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第三百八話 保志 叶多の記憶 7

 デジタル環境は年を経るごとに進んでいく。

 通信環境も整ってきた。

 ついにオンライン版『バーチャルキョート』を出せることになった。


「あの日の保志が言ったとおりになったね!」

 三上がそう言って笑った。



 大きな自社ビルに立ち並ぶスパコン。

 おれの会社は話題になっているという。

 得意になるのを抑えられない。


 その新しい部屋からは京都の街が見下ろせる。

 全面ガラス張りのその足元に京都の街が広がっている。


 おれの家族を助けなかった人間共の住む街。

『悪人』だらけの、間違った『世界』。

 おれが『世界』を変えてやる。

『善人』の救われる、正しい『世界』に。


 決意を新たに、街を見下ろした。



 オンライン版ではより霊力が集まった。

 話題が話題を読んでいるらしく、ユーザーもどんどんと増えた。


 三上が「観光協会を巻き込もう」と提案してきた。

「観光できるようにできるか」「買い物できるようにできるか」

 おれの目的にも合っていたから、三上の要望に従うフリをしてログを書く。

 ひとをやって下調べするときに『アレ』がなにかをしてこちらに必要な陣を設置する。

 そうすることでおれの『異界』はさらに濃密になっていった。



 観光協会との取り組みは大成功だと三上が言う。

『バーチャルキョート』をプレイした人間が京都を訪れる機会が増えたと。

『バーチャルキョート』の中に出店した店の売上が伸びたと。

 それを見たほかの神社仏閣や店が「自分のところも協力したい」と次々に名乗りを上げてきていると。


 そうしてまたひとをやって下調べをさせ、こちらに必要な陣を設置する。

 そうしてさらにおれの『異界』は濃密になっていった。



 おれの『願い』どおりに物事が進む。

『現実世界』と遜色のない『世界』を作る。

 困難かと思われたことだが、周りが勝手に協力を申し出てくる。

 これはきっと神仏がおれを導いてくれているんだ。

『間違った人間達を懲らしめろ』と。

『正しい世界に導け』と。



 観光協会やあちこちの神社仏閣からの要望でひとをやって調査する。データを集める。『バーチャルキョート』の観光地をさらに作り込む。

 ついでに『バーチャルキョート』の街並みデータも作り込む。

 より『現実世界』に近づいた。


 データを作り込むための下調べのついでに、鬼を出現させる転移陣をあちこちに仕込ませた。

 色々実験した結果、過去に『ヒトならざるモノ』――妖魔や鬼と呼ばれる存在――が出現した場所ならば『世界』に弾かれることなく鬼を転移させられることがわかった。


異界(むこう)』に迷い込んできた鬼をその場所に誘導し、転移陣で『現実世界(こちら)』に召喚する。

 試しにゲームのほうでも同じ時間同じ場所に鬼を出現させてみた。

 プレイヤーが集まり、強い『思念』が集まった。

 丁度いいと、なるべく『現実世界』と同じ時間同じ場所に鬼を出現させるようにした。



『現実世界』に召喚した鬼は目にした人間を喰った。

 それも『(にえ)』にできた。

 その鬼は『現実世界(こっち)』の『退魔師』と呼ばれる連中に始末された。


「『退魔師』なんてものがいるなら、おれの計画に支障が出るか?」

 質問したら「問題ありません」と答えが返る。


「現段階であのレベルの鬼を退治できる退魔師は限られています。

『現実世界』と『逆転させる』ことで複数の鬼が同時に出現した場合、対処は不可能だと判断します」

「ならいい」


 ギッ、椅子の背もたれに身体を預け、モニターを確認する。

 ここ数年で監視カメラが増えた。どれも侵入するのは簡単だった。

 おかけで部屋に居ながらあちこちの様子をリアルタイムに確認できる。



「『現実世界』と『逆転させる』のは、あとどのくらいかかる?」

「現段階での予想到達時間は次のとおりです」


 頭の中にイメージが浮かぶ。

 思った以上に時間がかかる。


「『(にえ)』を増やせばどうだ?」

「このように変化します」

 それでも思ったよりも時間がかかる。


「到達目標にもっと早くたどり着くためにはどうしたらいい?」


 十数年の付き合いで質問の仕方を覚えた。

 聞き方を変えると、違うイメージが頭に浮かんだ。


現実世界(こちら)』と『異界(むこう)』を完全に逆転させるのではなく、『現実世界(こちら)』の一部の人間だけを『異界(むこう)』に転移させる。

 それを数度繰り返すことで『京都の全ての人間の抹消』を果たすという案だった。



「現段階で不足していることは?」

 しばしの間のあと、答えが返ってきた。

「『キョート』の作り込み。

現実世界(こちら)』に展開している陣の作り込み。

 使用可能な霊力。

 そして私の能力です」


「お前の能力?」

「現時点で私は封印されています。

 この封印が解ければ、能力が(いちじる)しく上昇するため、計画しているフェーズの大半を早期にクリアすることが可能になります」


「『封印を解く』のはどうすればいい?」

「私の封印を解くことができるのは『北の姫』だけです」

「『北の姫』?」

「はい」

「誰だそれは」


『アレ』の説明によると、異世界から『落ちて』何千年も転生を繰り返している女がいるという。

 その女に封印されたと。だから解くことができるのもその女だけだと。


「今はその女はどうしている?」

「現段階の私の能力では『姫』の存在を感知することができません」

「生まれていないと、そういうことか?」

「可能性はゼロではありません」

「……………」


 少し考えて、質問を変えた。

「その女がお前の封印を解くためには、どうしたらいい?」

「願えば、叶います」

 いつもの答えに「そうだったな」と軽く返し、願った。


『北の姫』が生まれてきますように。

『アレ』の封印を解いてくれますように。




『バーチャルキョート』はどんどんと広まっていった。

 観光協会や神社仏閣だけでなく、京都のほとんどの観光関係の会社や店舗が協力を申し出てきた。

 観光業に関係のない一般企業も多く参入してきた。

 ついには官公庁までが乗り出してきた。


 現実世界と同じように電車やバスを走らせた。

 現実世界とリンクさせて交通情報も提供できるようにした。

 会議やイベントができるようにした。

 官公庁や民間からのお知らせも提供できるようにした。

 現実に即した金銭のやりとりもできるようになった。


「『キョート』に住みたい!」という声に応えてエリアを専有できるようにした。

 販売即完売が続いた。

『現実世界』での所有者に優先権を与えた。

 その所有者の思念で建物の内部までがリアルに再現される。

 ユーザーも社員も「なんでこんなことができるんだ」と不思議がった。


 エリアを専有できるようにしたときに、そのエリアを好きに作り込めるようにした。

『バーチャルキョート』を基に作った『異界』のなかにさらに『異界』を作る形にして、あくまでも『現実世界』とも『異界』とも別のものとして扱うようにしたら問題なかった。


 そのシステムで懐かしい家を作った。

 古い日本家屋。広い庭。

 大きな桜の樹と広い池。

 おれの『家』が蘇った。




 そうやって専有を認め続けていたある日、三上が言った。

「そろそろ売れるスペースが少なくなってきたの」

 企業や個人がどんどんと『バーチャルキョート』の場所を専有していき、売れる場所が少なくなってきたらい。

 この専有、かなり大きな収益をもたらしているという。

「どうにかならないかな?」


 三上の案は『マンションのようなものを建てられないか』というものだった。

現実世界(こっち)』にあるなら考えてもいいが、無いものを『バーチャルキョート』に作るのは整合性が狂ってくる。

 おれのあの『家』と同じ考え方でどこかのビルの中に作るのならできるだろうが、一般人には理解しにくいだろう。

 さてどうするか。


 考えを巡らせていて、ふと思いついた。

 おれのあの『家』。

『現実世界』とも『異界』とも別のもの。

 部屋の中に別の『異界』を作るというのはわかりにくい。

 わかりやすく表すならば――階層(レイヤー)


 別階層(レイヤー)を作る。

 ビルのフロアマップのようにマップをつけて。

 転移陣(ワープポイント)を使って、エレベーターのように上下の階層(レイヤー)の同じ場所に転移(ワープ)するようにすれば。


 ……うん。それなら理解されやすいかもしれない。行き来も楽だろう。

 そうだ。階層(レイヤー)ごとに違う時代の『キョート』を作ったらどうだろう。


 これまでに『アレ』から色々な話を聞いた。

 それをヒントに『バーチャルキョート』を作った。

 京都は千二百年前から区画が大きく変わっていない。それなら今あるデータを使って昔の街並みを再現することもできるんじゃないか?


『アレ』に思念を飛ばし、可能かどうかを検証させる。

【不可能ではありません】と答えが返ってきた。



「ステージを増やそう」

 そう言ったら三上はキョトンとした。

 わかってない様子に、考えを説明する。


「『平安時代のキョート』とか『室町時代のキョート』とか、昔の京都をモチーフに新しいステージを作ろう」

階層(レイヤー)仕立にして、時代を行き来できるようにしよう」

「そうすれば、同じキョートで場所が増やせる」


「―――!!」


 口をポカンと開けていた三上だったが、すぐに顔を赤くして飛び上がった。


「――すごい! すごいよ保志! やっぱり保志は天才!!」


 そうだろうそうだろう。もっと褒めろ。



 最初は『平安初期』『室町』のふたつだけを追加する計画だった。

 それがエンジニアの中の歴史好きな連中が「この時代もいるでしょう」「幕末は外さないでください!!」などと懇願してきて、最終的に現代を含めて八つのステージを作ることになった。


 おれが『アレ』から提供された思念をもとに各時代の骨組みを作る。

 細かいところはそれぞれの年代に専属チームを作って担当させる。

 三上が専門家の意見を持ってくる。これまでに関係を持った神社仏閣や役所からも意見を持ってくる。

 そうやって、ひとつひとつ作り上げていく。

 


 大まかなデータが出来た。が、まだまだ作り込みが甘い。

 修正を命じたら悲鳴が聞こえた。

「あんなこと言わなきゃよかった」と聞こえた気がするが無視しておく。


 数日したらケロッとして「社長! 新選組出してもいいですか!?」「戦国武将出したいんですけど、厳密には何年の設定ですか!?」などと問い合わせてきた。

 そのあたりはおれの『願い』に関係ない。

 好きにするように許可を出した。



 各時代を作り込んでいるうちに一年経ち、二年が経った。

 ついでという形にして、改めて『現実世界(こっち)』のデータを取り直し『現代』の『バーチャルキョート』を作り直そう。

 そうすれば『異界(むこう)』との整合性はほぼ完璧となる。

 観光協会や神社仏閣から依頼があるたびにその近辺は修正してきたが、このバージョンアップを名目とするならば大がかりに、全域を一斉に調査できる。


 そうだ。ついでに京都全域を包むような大規模な陣を展開しよう。

 これまでのチマチマしたものでなく、『アレ』が昔作ったような、街を囲む陣を。


『アレ』に提案したら「現在集まっている霊力量とその条件であれば陣の展開は可能です」との回答が返ってきた。


 すぐにでもとりかかろうとしたが、野村が「人手が足りない」という。

「現代の街並みだったら、全ステージが完成の目処(めど)がたってからのほうがより現実に近いものになるんじゃないか」と言われ、納得した。


 実際すべてのステージが完成するまでに十年かかった。

 野村の言うとおりにしてよかった。

 これも神仏がおれに味方しているからかもしれない。



 そうしてどうにか八つのステージを作り上げた。

 最後の仕上げとして市内全域のデータを集め直した。

 ギリギリのスケジュールを組んで、少しでも最新の京都と同じになるようにした。


『鍵』も決めた。

 そのためにアップデートは「七月十七日」と決めた。

「間に合いません!」「外注増やしていいですか!?」と言うので許可する。

 システムの人間のひとりが有名なホワイトハッカー集団でバイトしていたとかで、そこのエンジニアが何人も加わった。



 あと少し。

 あと少しで『そのとき』が来る。



 あと少し。

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