第三百七話 保志 叶多の記憶 6
『アレ』の声を聞いて五年が経った。
『バーチャルキョート』は四作目がヒットを続けていて、今は第五作目の作業の追い込みに入っている。
おれのアパートは手狭になり、もう少し広いマンションに引っ越した。
一部屋をおれの自室にし、もう一部屋を仕事部屋に、一部屋を倉庫にした。
システムエンジニアはおれを入れて五人になっていた。
事務関係を請け負うのがふたり。
エンジニアも事務もそれだけでは足りなくて外注にも依頼している。
三上はそれらの人間を取りまとめ、あちこちと交渉し、飛び回っていた。
三上か事務の人間がメシを作るので仕方なく食べる。
「ちゃんと三食バランス良く食べろ」「夜はちゃんと寝ろ」と三上がうるさい。
放っておいたらもっとうるさい。おれはログを書きたいのに。
新しいパソコンが出る。購入して検証する。
デジタル環境はどんどん良くなっていった。
CG技術も上がった。おれの目指す『キョート』を作れる人材がやってくる。
マシンパワーも上がっていく。できることが増えていく。
『キョート』の街をどんどん作り込んでいく。
現実世界と同じになることを目指して。
「霊力はどのくらい貯まった?」
『アレ』に問うと頭の中にイメージが浮かぶ。
まだまだ足りない。
もっとゲームを広めなければ。
第五作、第六作。
増えるハードにも対応し、ヒットを続ける。
それでも霊力は足りない。
現在できる範囲のことを示される。
まだあの偉そうな男を調べることもできない。
「まだ霊力は貯まらないか?」
『アレ』に問うと頭の中にイメージが浮かぶ。
まだまだ足りない。
「現時点の霊力で可能なことは次のとおりです」
「推奨する優先順位は次のとおりです」
「予測される各到達目標の到達時間は次のとおりです」
時間がかかりすぎる。
どうすればいい?
「新たな『贄』があれば、状況は変化します」
「『贄』……」
つまり、生命力を誰かから奪う。
「――それはどうすればいい?」
「現時点での可能な方法を提案します」
どこかに陣を設置し、入った人間の生命力を奪う。
ゲームのユーザーにメールを送り、それを開くと陣が展開して生命力を奪う。
おれが霊玉を持って『あいつの霊力を奪え』と指示する。
他にも数種類の方法の提案を受けた。
どれも一長一短がある。
検討していたら三上から呼ばれた。
「メシを食え」とうるさいので仕方なく自室を出た。
野村をはじめとする社員が一同に会しての食事。
つけっぱなしのテレビに映っていたのは、夜ごと迷惑行為を繰り返す暴走族だった。
――ここにも『悪人』がいる――
顔をしかめたが、ふと思いついた。
『悪人』なら『贄』にしてもいいじゃないか。
深夜。
『アレ』の術で暴走族の進行方向に転移する。
向かってくる暴走族に向けて、手にした霊玉を突き出した。
「こいつらみんな『贄』としろ」
「了解しました」
罵詈雑言を叫んでいた連中が、糸が切れたように動きを止めた。
そいつらを乗せたままバイクや車は進み、互いにぶつかり合って爆発を起こした。
「どうだ?」
転移で自室に戻ってから聞いてみた。
「今回貯まったのはこちらです」
ホンの少ししか増えてなかった。
それから毎夜暴走族やチンピラのいる場所に転移し、そいつらを『贄』とした。
警察はそいつらの揉め事で、または事故で死んだと判断しているようだ。
おれが捜査線に上がることもない。
万が一目撃されても、目深に被ったフードのおかげで顔は判別できないはずだ。
そうしてようやく、あの偉そうな男を調べられるだけの霊力が貯まった。
早速そいつらについて調べさせ、転移した。
突然現れたおれにその場にいた人間が驚いている。
鉄砲を撃ってきたが『アレ』がおれの周囲に展開している結界が全て防ぐ。
殴ろうと向かってきたら弾く。日本刀で斬り掛かってくるヤツも弾く。
なんだ。大したことないじゃないか。
ニタリと嗤うおれに悲鳴をあげ逃げようとするから、すぐに『贄』にした。
叫び暴れていたヤツが急にパタリと動かなくなったのを目撃した連中は、パニックを起こしたように逃げようとした。
だからまとめて『贄』にした。
あの偉そうな男も、あのとき一緒にいたヤツらも全員いた。
偉そうな男の動きを封じて霊玉を額に当てる。
それで『アレ』には『依頼者』がわかった。
手にしているおれにもわかった。
必要な情報を全て奪い、用が済んだ。
まとめて『異界』に連れて行き『アレ』が幻術を見せる。
幻術といっても実際に体験しているのと変わらない。痛みも苦しみも感じる。
『アレ』がおれにもその幻術を見せてくれる。
まるで映画でも観るように連中が逃げ惑うのを視た。
『バーチャルキョート』に使った鬼を何匹も使って連中を追い回させた。
捕まえて手足を一本ずつちぎり喰わせた。
悲鳴を上げ「助けて」と懇願していた。
自分だってそう言われても助けなかったのに、なにを都合のいいことを言っているんだか。
お前が言ったんだろう。『搾取する側』『される側』と。
お前は『搾取される側』なんだよ。
そう教えてやり、連中が苦しみのたうつ様子を眺めた。
しっかりと苦しめてから『贄』にした。
偉そうな男から得た情報をもとに、じいちゃんを陥れた連中を探す。
見つけては情報を探り、もれのないように調べた。
全員幻術でしっかりと苦しめてから『贄』にした。
「発願者 保志 叶多の願い』
『篠原 泰造を陥れた人間全ての抹消』
『願い』の『満願』を確認しました」
あのジジイが来て十年経っていた。
けっこうな人数を『贄』にしたから、できることが増えた。
デジタル環境はますます広がった。通信環境もよくなっていく。
新しいパソコン。新しいハード。マシンが増える。扱えるデータが増える。
重いデータを処理できるシステムを書く。もっとパワーのあるマシンが必要だな。
民間でもスーパーコンピューターが買える時代になった。
三上に「これが欲しい」と言ったら「どこに置くのか」と聞かれた。
それもそうだと困っていたら、三上があっさりと「これが置けるビルを建てよう」と言った。
「いつかそんなことを言い出すと思ってお金を貯めていた」と。
三上が持ってきたいくつかの候補地のなかに、忘れられない場所があった。
迷うことなく「ここ」と決めた。
「現地を見なくていいのか」と野村が言うので三上と不動産屋とで現地の確認にいった。
そこにはなにもなかった。
あの大きな桜の樹も。広い池も。見事な植え込みも。古い日本家屋も。
なにもない。
ただの更地。
買い求めた企業がマンションを建てようと更地にしたらしい。
その企業は建設に着手する前にバブルで倒産。
その後もこの土地の所有者となった者は建設に着手する前に没落した。
そのせいで今ではここは『呪われてる』と言われていると不動産屋が説明する。
「それでも本当に買いますか?」と。
迷わず「買う」と答えた。
「希望はあるか」と三上が聞く。
「ワンフロアに置ける限りのスパコン置きたい」と言ったら「わかった」と言う。
システムの連中と「あれが欲しい」「こうしたい」と思いつくままに答えた。
三上は全部「わかった」と受け入れた。
そうしてできた図面は、地上六階、地下一階のビルだった。
「一番上が保志の家ね」
六階はおれのプライベートスペースにして、所有者もおれ個人にするという。
五階から下は会社所有にすると。
ややこしい説明をされたが面倒なので「好きにしろ」と答えた。
「四階にシステムエンジニアが集まる部署を、二階に食堂を作る」と三上が言う。
「だから朝は降りてきてここでごはんを食べて、四階で仕事をしろ」と。
「エレベーターもつけるから、すぐでしょ?」と言うが、移動なんて面倒くさい。
「六階に仕事部屋を作ればいい」
「少しは動かないと身体に悪いでしょ?」
「関係ない。おれはログを書く」
「――みんなと顔合わせて仕事したほうが楽しいわよ!」
「関係ない。打合せはできる。外注とだってやりとりできてる」
三上も野村もぐだくだと文句を言っていたが、最終的に六階全部がおれの部屋になり、その中にもスパコンを置き、仕事部屋を作ることになった。
ビルが建つのは時間がかかる。
スパコンが入るのも同じくらい時間がかかるからちょうどいい。
それまでにできることをとログを書いていて、思いついた。
『ゲームのユーザーにメールを送り、それを開くと陣が展開して生命力を奪う』
『外注とだってやりとりできてる』
やりとりできてる。メールで。チャットで。
――外注のエンジニアを使って『実験』ができないだろうか?
思いついた案を『アレ』に話す。
「可能性はゼロではありません」
じゃあとりあえずやってみよう。
その頃には『バーチャルキョート』の一部は現実世界と遜色ないレベルに作り込んでいた。
それを利用して『異界』を展開することにも成功していた。
おれが時々行って、通信環境や滞在環境などを確認していた。
『アレ』の持っていた技術で通信環境も滞在環境も問題なかった。
そこに普通の人間を一定期間滞在させてはどうだろうか。
最初は出入りできるかの確認。問題ないようだったら数日滞在させて仕事をさせる。
仕事のやりとりのなかで通信環境やその他の問題も洗い出せるだろう。
行方不明とか騒がれるとまずいから、一人暮らしのフリーのエンジニアを対象者に選んだ。
「社内の人間にはナイショの極秘実験に協力してほしい」と持ちかけた。
「いつか『バーチャルキョート』のなかに暮らせるような時代が来る」「そのための実験」「選ばれた特別な人間にしか依頼していない」「くれぐれも誰にも話さないで欲しい」
そう念押しして、メールで転移陣を送った。
メールを開くと『バーチャルキョート』のそいつの部屋に転移する、というものだ。
『アレ』が組んだ転移陣は、対象者の思念を読み取り『異界』に反映させるとかで、対象者の部屋をそのまま再現できた。
『異界』の中は『アレ』の陣が張り巡らされていて、建物の中でも様子が確認できた。
転移したエンジニアは最初こそ驚いていたものの、『実験』と説明していたからか、すぐにあれこれ検証をはじめた。
最初は数時間で『現実世界』に戻す。体調を確認する。そうしてまた『異界』へ連れて行く。仕事をさせる。また戻す。
そんなことを繰り返しているうちに、対象者は『世界』を行き来することに慣れた。
食事は。トイレは。風呂は。
細かい改善点が出てきた。
その都度『アレ』と改良していく。
『異界』から電話もメールもできた。買い物は無人のコンビニから勝手に持って行っていいと許可を出した。
コンビニはすべて『現実世界』とリンクさせている。そういう陣をコンビニの管理システムに流した。だからコンビニの中の商品は本物だ。
『異界』で消費した分は現実世界でもなくなっている。
それも『現実世界』の管理システムから確認できた。
数人を使って様々な実験と検証をした。
最後に、一番大事な実験をした。
少し前から実験をしていた。
それは「『バーチャルキョート』と、ちがう『世界』を繋げる」というもの。
『ソコ』は『鬼の世界』。
『ヒト』はあくまでも鬼のエサ。
そんな『世界』を『アレ』が見つけてきた。
『ソコ』と『バーチャルキョート』をつなげる。
将来的に『現実世界』の街中に陣を展開し、『鍵』を設置し、逆転させる。
すると『異界』と繋がっていた『鬼の世界』が『現実世界』と繋がり、人喰い鬼が街中に現れるという筋書きだ。
そのために、『ソコ』の鬼が『世界』に拒絶されないかを実験する必要があった。
『現実世界』はまだ準備が整っていないが『異界』は準備ができてきている。
その実証実験をやっていた。
結果。
現段階で『世界を繋げる』ことはできなかった。
できるのは両方の『世界』を繋げる『トンネル』を作ることだけ。
『ソコ』の鬼がうまく迷い込んだら『異界』に移動できる。
モノによったら『「世界」に弾かれることもある』と聞いていたが、おれたちの作った『異界』は鬼を弾かなかった。
ただ、長い時間は滞在できない。
数時間で鬼は苦しんで死んでしまった。
「霊力量が関係していると考えられます」
死んだ鬼も『贄』にした。
その鬼が『現実世界』の人間を喰うことで変化があるか。
普通の人間で鬼に対抗できるか。
鬼が『異界』に迷い込むかは運だったが、うまくエンジニアが出歩いていたときに迷い込んできた。
驚き叫び逃げ惑うエンジニアを鬼は捕まえ、喰った。
問題ないようだった。
その後も一人暮らしのエンジニアを選んでは『異界』に送り込んだ。
様々な有用なデータがとれた。
『贄』も増えた。
目標到達点まで、あと少し。