第二十一話 竹さんとのデート? 3
買い占める勢いでパンを買い店を出る。
ヒロ達の分は黒陽の無限収納に入れてもらい、今から食べる分は俺のアイテムボックスに入れる。
「あの、お金……」
支払いを済ませた俺に彼女が申し訳なさそうについてくる。かわいい。
「いいですよあのくらい」
「でも」と言いつのる彼女に黒陽が声をかけた。
「姫。これは男の矜持に関わる問題です。
同行する女性に金を払わせるなど、男の価値が下がります。
この男のために、今日はおごられておきなさい」
いいこと言うなあ。
「そうですよ」と俺も同意したのに彼女は納得しない。
「でも」と困ったように俺を見上げてくる。かわいい。
「ヒロ達のお土産のついでです。だから本当に気にしないで」
そう言ったけれど、それでも気が収まらないらしい。困ったな。
すると黒陽がひとつため息をつき、言った。
「気になるならば今度対価を作って渡しましょう」
「対価を?」
「守護石でも作りましょう。ほら、この男の家の床の間にあった地蔵についていたようなものならば、対価にふさわしいのではないですか?」
「……それなら……」と彼女はようやく納得してくれた。
ていうか。
「オイ」
「なんだ」
彼女に聞こえないようにボソリと肩の亀に声をかける。
「あれ、四重付与って言ってなかったか?」
「言ったぞ?」
ケロリと答える亀に言葉を失う。
かろうじて再起動し、小声で亀に怒鳴る!
「――阿呆か⁉ たかがパン少しの対価にするには高すぎるわ!」
「ああでも言わないと姫が気に病むだろうが。諦めて受け取れ」
「受け取れって……おま……」
あぜんとしてまた声を失った俺に、亀はわざと普通の調子で言った。
「それよりどこで食べる? 腹が減ったぞ」
「黒陽!」
それまでの会話は聞こえていないようだった竹さんもこれには反応した。
図々しい亀は主の叱責にも知らん顔で「早くしろ」と俺の肩をてしてし叩く。
「……広沢池のほとりに行こうかと」
「いいな。じゃあ、行け」
「ハイハイ」
「……黒陽が、スミマセン……」
恥ずかしそうな申し訳なさそうな彼女がかわいい。
「大丈夫ですよ」
この守り役が遠慮がちな主のためにわざと傍若無人な態度をとっていることはわかっている。
守り役が言い出せば主たる彼女は付き合わざるを得ない。いいことだ。もっとわがままを言ってもらおう。
彼女に自転車に乗ってもらい、再び隠形をとってもらう。
ちょっと走っただけで目的の広沢池のほとりに到着した。
隠形を解除して観音島の祠の横の階段に並んで座る。
広々とした水面が目の前に広がりなんだか爽快だ。
サアッと渡る風が火照った身体を冷ましてくれる。
「きもちいいですね」
彼女も気持ちよさそうだ。よかった。
アイテムボックスからもらったお手拭きを出して彼女に渡す。
俺も自分の手を拭き、亀のちいさな手もふいてやる。
「ん」と言うだけで素直に両手を差し出す亀。
やはりアイテムボックスから出したバンダナを広げて亀を乗せておく。
「さて。どれから食べましょうか」
バンダナの上に買ったパンを次から次へと置いていく。
彼女の目がパンに釘付けになっている。かわいい。
「これ、まだあたたかいですよ。どうぞ」
ウインナーのパンを手渡したが、彼女は困ったように微笑んだ。
「……その……。こんなに食べられないと思います……」
彼女が選んだのはちいさなサンドイッチだった。
「黒陽と一切れずついただこうと思って」なんて言うが、足りるわけがないだろう!?
そういえばとヒロの話を思い出した。
食が細くなっていると言っていた。
黒陽も言っていた。思いつめて食事が喉を通らなくなると。
食わないと体力保たないだろうに。
ヒロ見てみろ。バカ食いしてるぞ?
ふと、ヒロのところの双子のことを連想した。
そうだ。双子のようにすれば。
最近は忙しいのと双子がそこまで手がかからなくなったこともあってご無沙汰だが、生まれたときから俺達は双子の世話に駆り出されていた。
離乳食も俺達が食わせた。
そのとき、一度に全部目の前に出すのではなく、少しずつ少しずつ出して食わせたことがある。
あれなら、この食が細い人も食べるんじゃないか?
「――竹さんはシェアして食べるのは平気ですか?」
「『シェア』?」
こてんと首をかたむけるのかわいい。いやそうじゃない。
「『分けっこ』です」
「『分けっこ』」
つい双子に言うように言ったが、今度は理解してくれたらしい。
「平気です」と答えが返ってきた。
「じゃあ、三人で分けっこしましょう。
そのほうがいろんな種類が食べられるでしょ?」
「え? でも「いいな!」黒陽!」
またしても守り役に言葉をかぶせられ怒る竹さん。かわいい。
「この身体だと量が食えないからな。
このパンもとうもろこしの乗ったパンもうまそうだと思っていたんだ。
切り分けてもらえるなら色々食べられていいな」
「じゃあそうしよう」
「あの」「その」と竹さんが遠慮がちにあわあわしているが無視だ。ゴメンね。
さっとアイテムボックスから皿を出してまだあたたかいウインナーのパンを乗せる。
霊力の刀をペティナイフサイズに出して一口サイズにカットする。
真ん中のウインナーがしっかりある部分を「はい」と竹さんに差し出すと、彼女はおずおずと手を出してきた。
黒陽にも渡すと、こちらはさっさと受け取りパクリとかじりついた。
「ほう。うまいな」
「どれどれ」
俺も一切れ口に放り込む。
「ウン。うまい。いいソーセージ使ってるな」
俺達の会話に興味をそそられたらしい。
竹さんもためらいながらもパンを口に運んだ。
一口サイズのつもりだったのに、半分のところでかじった。口ちいさいな!?
もぐ。と噛み締めた途端。
パアッと表情が明るくなった!
目が大きくなって心なしか頬が紅潮している! かわいい!
そのままもぐもぐもぐもぐ咀嚼する竹さん。かわいい。
「お口に合いました?」
咀嚼しながらコクコクと熱心にうなずく様子もかわいい。
なんだこのひと。かわいすぎじゃないか!?
コクリと飲み込んで、残ったもう一口を口に入れる。
咀嚼する彼女に黒陽がホッとしたのがわかった。
が、気付かないフリをして別のパンをカットする。
「これもうまそうだな」
「まだかろうじてあたたかいぞ。ホラ」
「――ウム。これもイケるな」
ムグムグしながらも俺達のほうに興味があるのがまる分かりだよ! かわいいひとだな!
笑いをこらえて「はい」と一切れ渡すと、今度は素直に受け取った。
そのままの勢いで「あーん」と一口かじる竹さん。
またパアッと明るくなる!
喜んでくれているようだ。よかった。
「サンドイッチも切るな」
「ウム。そっちはなんだ?」
「こっちが卵。こっちがカツ。
そういえば今さらだけど、肉類食って大丈夫か?」
「関係ないみたいだな。食事は人間のときと同じものを食うが、腹が痛くなったことも具合が悪くなったこともない」
「へー。どういう構造になってんだろうな?」
俺達の会話を竹さんは楽しそうに聞いている。
口の中が空になったようなのでカットしたサンドイッチを「はい」と渡す。
また素直に受け取り口に運ぶ。
「アキさんにも飯出してもらってるのか?」
「ウム。良くしてもらっている」
「アキさんの飯うまいよな」
「うまい。この前のカレーもうまかった」
「スパイス系もイケるのか…。どうなってんだこの身体?」
話しながらも竹さんの様子を見る。
口の中身がなくなったら次のパンを手渡す。
ひとつのパンを、彼女が一口、黒陽が一口、残りを俺が食べていく。
なんだか『家族』みたいだ。
ふと、そんなふうに感じた。
それは不思議なくらい自然な感じで、それが当たり前のように感じて、なんだかふっと力がぬけた。
颯々と水面を渡る風。ぽかぽかとあたたかな太陽。
うまいパン。遠慮のない会話。
図々しい亀とおだやかに微笑む女性。
何故かすごく落ち着いて、リラックスしてしまう。
ああ。いいな。こういうの。
おだやかで、平和で、のんびりして。
大切なひとと一緒にメシ食って。
たいしたことのない話して。笑って。
ずっとこんな時間が過ごせたらいいのにな。
黒陽がカレーパンを温めなおしてくれた。
見事な温め加減に術式を教えてもらい片っ端から実践してパンがより美味くなった。
竹さんが大コーフンしているのが伝わってくる。よかったな。かわいいな!
三人で大したこともない話をしながら次々とパンを食べた。
明日の朝食用のパンまでいつの間にか腹に消えていた。