第百三十五話 保志 叶多の記憶 4
家族をすべて喪った。
それは、祖父を裏切ったジジイのせい。
ジジイを使って祖父の土地を奪おうとたくらんだ『悪人』のせい。
こんなにたくさんひとがいる京都の街で、助けを求めても誰ひとり助けてくれなかったせい。
祖父を裏切ったジジイに制裁を。
祖父から全てを奪った連中に制裁を。
そして。
祖父母を、父母を、伯父を助けなかった、京都の全ての人間に鉄槌を!
【――『願い』を感知しました】
【思念量 クリア】
【詳細確認に入ります】
強く強く強く『願った』。
こんな世の中間違っている。
『悪人』はみんな消えてしまえばいい!
おれが『悪人』を『消す』!
じいちゃんを陥れた人間を。助けてくれなかった京都の全ての人間を!
【『願い』を受理しました
『願い』
『篠原 泰造を陥れた人間全ての抹消』
『京都の全ての人間の抹消』】
ただ『消す』だけでは気が済まない。
俺の家族が味わった苦しみを少しでも思い知らせてからでないと気が済まない!
『喰い物』にされる苦しみを。痛みを。
この京都の全ての人間に味わわせる!
【検証します――検証しました
『願い』を叶えるためのフェーズを開始しますか?】
「開始しろ」怒りのままに、迷わず答えた。
【――フェーズの開始に同意を得たことを確認しました】
チチチッ。
なにかの起動音がしたと思ったら、手の中の霊玉がカッと光った!
その途端、頭の中に映像が浮かんだ!
京都の街に棲む化け物にチカラを与えて人間を喰うようにけしかける。
京都の街にどこかから化け物を連れて来て暴れさせる。
京都の街に毒のようなものを撒き、人間を化け物にして喰い合いをさせる。
京都の街の人間の負の感情を増幅させて化け物を出現させ、人間を喰わせる。
「ゲームみたいだ」
頭のナカに浮かんでくるイメージに、ポロリと言葉が漏れた。
京都に化け物が現れる。
それを倒すためにプレイヤーが冒険をする。
装備を整えレベルを上げて、最終的に『ボス』を倒してゲームクリア。
でも実際には『プレイヤー』はいない。
俺の家族を奪った京都の人間は、なにもできずただ奪われ死ねばいい。
俺の家族のように。
【『ゲーム』を作ることは可能です】
声の言っている意味がわからず意識を向けた。
途端に新しいイメージが流れてくる。
たくさんの人間が集まる仮想空間。
現実世界と同じ『異界』をそこに作る。
その中に陣を組み込む。
その陣で思念を集め、霊力を集める。
陣を作る。鍵を作る。
そうして、逆転させる。
逆転したその『異界』で、招いた化け物に喰わせる。
「――招く化け物は鬼がいいな」
ポツリとこぼす。
俺の家族を裏切ったお前達は鬼だ。
その鬼が鬼に喰われるなんて、滑稽じゃないか。
【現在の霊力で出来うる具体案を提示します】
声とともにイメージが浮かぶ。
ゲームを作る。
京都を舞台にしたゲームを。
その電脳空間に『異界』を創る。
現在はまだデータ処理能力が足りない。
これから徐々に電算能力も通信能力も上がるだろう。
世の中を電算処理ありきの世の中にして、データ量を増やしていく。
現実世界と遜色のない世界を創る。
現実世界と同じように生活できる世界。
鬼と戦う世界。
そこと現実世界をつなぐ
ゲームのプレイヤーを増やし、そいつらから霊力を奪う。
世の中のデータ処理能力が上がれば集められる霊力も増える。
そうやってできることを増やしていき、最終的には京都全体を囲む陣を現実世界と電脳空間の両方に創り、逆転させる。
「――悪くない」
到達に必要な時間の予測も示されていた。
かなり時間がかかる。
もっと早められないか?
【発願者・保志 叶多がゲーム開発に『異界』を利用すれば、現実世界での時間短縮は可能です】
その説明も頭に浮かぶ。
おれが霊力を提供するだけで、この『声』が『異界』とやらを展開する。
そのナカにいる間は外の時間は止まっている。
ナカで何日も何ヶ月も経っても、現実世界に戻ったら入った時間に戻っているという。
【現在の私は封印により能力の低下が見られます。
現在発願者・保志 叶多の提供できる霊力で一度に展開できる『異界』は、この世界の時間にして最長四十時間です】
「封印?」
【はい】
「封印されて水晶玉になってるってことか?」
【はい】
「ふーん」と応え、浮かんだ疑問を口にする。
「封印されてても話ができるんだな?」
【会話は不可能です。
現在は思念の伝達のみで意志の疎通が可能です】
【霊力が集まれば、封印を弱め、会話することも可能になると思われます】
よくわからないが、おれの『願い』を叶えることに問題はないらしい。
「あのジジイは『死んでいるから贄にできない』と言ったな」
【はい】
「他の人間は? あの偉そうな男やその取り巻きは『贄』にはできないのか?」
【封印による能力の低下により、発願者・保志 叶多の指定する人物の特定及びその人物を『贄』とすることは現時点では不可能です】
「どうすればできる?」
【霊力を集めれば可能になるかと思われます】
「――つまり、なにをするにもまずは霊力を集めないといけないということか――」
そのためにゲームを作ることが必要だと。
「――わかった。ゲームを作ろう。情報の提供を」
【了解しました】
「それと、『異界』を展開しろ」
【了解しました】
そうしておれは『声』に従い、ゲーム作りをはじめた。
元々ゲーム開発の勉強をしていた。
それでも『声』の伝えてくるシステムはすごいものばかりだった。
『声』は言う。
【現時点での可能なシステムはこちらです】
つまり、世の中の電算能力や通信能力が上がれば、もっとできることが増えるという。
そんな世の中にするにはどうすればいいのかと問えば【願えば叶う】という。
おれが『こんなことがしたい』『こんな世の中になればいい』と『願う』だけでそうなるという。
信じられないが、他に方法もないし『願う』くらいは苦ではない。
『声』の示す最終到達目標を思い浮かべ『こうなればいい』と強く願った。
春休みの間ずっと家に引きこもっていた。
『声』から与えられる情報を覚え、理解することに努めた。
現在のデジタル環境を確認した。できること、できないことを調べた。
今後の展開を予測した。あちこちから出ている論文を読み漁った。
そうして、ログを書き始めた。
ログを書いていると思い出す。
ゲームが好きだった父と伯父と三人でパソコンに夢中になった。
懐かしい日々。大好きな家族。
広い庭と、古い日本家屋。
大切な、おれの家。
その家も会社も土地も人手に渡った。
祖父母が亡くなった。
事故で父と伯父が亡くなった。
これ以上俺から奪わないで。
俺の大事なものを奪わないで。
そう願っていたのに、母も亡くなった。
ひとりになって、霊玉にその無念を、怒りを、悲しみをぶつけた。
『ゲーム開発』を提案されてからはゲーム開発にそれらを叩きつけた。
なんでこんなことになった?
悪いのは誰だ?
じいちゃんを陥れた人間が悪い。
じいちゃんを助けなかった人間が悪い。
この京都には悪い人間しかいない。
なんで神様も仏様も助けてくれなかったのか。
なんで神様も仏様も悪い人間を放っておくのか。
悪い人間は鬼に喰われてしまえばいい。
この京都を滅ぼす。
京都の人間を鬼に喰わせる。
『善人』が喰い物にされないように。
『異界』を展開する。
時間停止の『異界』の中、ログを書いていく。
重ねた時間。俺だけが進む時間。
構わない。それで無念が晴らせるのならば。
間違った世の中を正せるのならば。
時間停止の『異界』を展開できるのは二日に一回だけ。
現在のおれの霊力ではそれが限界らしい。
ゲームを売り出して、そのゲームに込めた陣から霊力を集められるようになったら、もっと短期間に長く展開できると『声』が言う。
『異界』から出てもログを書く。
とにかくゲームを作ろう。
そうして霊力を集めて、京都の人間を鬼に喰わせよう。
おれがこの間違った『世界』を変えてやるんだ。