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第百三十四話 保志 叶多の記憶 3

 ばあちゃんに続き、じいちゃんも亡くなった。

 やっぱり家族だけのさみしいお葬式で、泣いた。


 おれがもっと強く言ってじいちゃんと一緒に暮らせていたら。

 おれがもっと早くじいちゃんのところに行っていたら。


 ――ちがう。

 そもそもはおれが具合悪くならなかったら。


 スウッとどこかが冷えていく。

 でもすぐに別の考えが浮かんだ。


 ――あのジジイだ。

 あのジジイが『災厄』を持ち込んだ。


 あのジジイが来てからすべてがおかしくなった。

 おかしな連中が来るようになった。

 家のものがどんどんなくなっていった。

 助けを求めても誰も助けてくれなかった。


 そうだ。誰も助けてくれなかった。

 心配そうに話をするその裏でじいちゃんを馬鹿にしてた。


 誰かが助けてくれたらこんなことにはならなかったのに。

 じいちゃんもばあちゃんも死ななかったはずなのに。


 なんで誰も助けてくれなかった?

 なんでじいちゃんとばあちゃんは死んだ?



 泣いてもかなしんでも日は巡る。

 夜が来て朝が来る。眠くなるし腹も減る。仕事は数日しか休めない。父さんも母さんもおじちゃんも、がむしゃらに働いた。


 じいちゃんはおじちゃんと母さんを絶縁していた。

「だから借金はない」って母さんが教えてくれた。

 おじちゃんも父さんも母さんも、じいちゃんが背負うことになった借金返済を「少しでも助けよう」と絶縁されてもがむしゃらに働いていた。

 そのじいちゃんとばあちゃんが亡くなって保険金とかなんとかが出たから、本当に借金は無くなったと教えてくれた。


「だから叶多は自分の好きなことを好きなようにしたらいい」

 そう言ってくれた。


 じいちゃんとばあちゃんが亡くなって、がむしゃらに働く理由もなくなったけど、父さんも母さんもおじちゃんも変わらずがむしゃらに働いていた。

「叶多が大学に行くために」なんて言ってたけど、本当はそうやって働いていないと苦しくてかなしくてつぶれそうだからだってわかった。


 だっておれもおなじだから。


 ほんの一年前にはじいちゃんもばあちゃんもいた。

 ほんの一年半前にはあの広い庭のある昔ながらの日本家屋でみんなでごはんを食べていた。

 桜降る、陽射しそそぐ、落葉舞う、雪踊る、あの庭。

 あの庭に、笑顔もしあわせもあふれていた。


 今は、だれもいない。

 じいちゃんもばあちゃんも死んだ。父さんも母さんもおじちゃんも仕事でいない。


 さみしい。

 さみしい。

 かなしい。

 それでも日は巡る。

 夜が来て朝が来る。眠くなるし腹も減る。


「少しでもじいちゃんの助けになれば」と取り組んでいたゲーム開発の勉強は続けていた。

 いつかヒット作を作ってお金を稼いで、あの家を取り戻そう。

 それを目標にがんばっていた。



 春が来て夏が来て秋が来て冬になった。

 その冬最初の雪は思いもかけない大雪になった。


 チェーンをはいていなかったトラックがスリップして対向車線に突っ込み、何台も巻き込む大事故が起きた。


 最初に正面から突撃されたトラックの運転手と同乗者が亡くなった。

 父さんとおじちゃんだった。

 じいちゃんが亡くなった一年後だった。



 父さんとおじちゃんは仕事中で、被害者で、だからお金がたくさん母さんのもとに入った。

 それでも母さんはがむしゃらに働いていた。

 働かないとつぶれてしまうから。

 立ち止まったら動けなくなるから。


 おれも懸命に勉強した。

 じいちゃんやばあちゃんが、父さんやおじちゃんが自慢できるようにと、公立のトップレベルの学校を受験した。

 ゲーム開発の勉強も続けている。

 高校に入ったらゲームを作ろう。

 ヒットさせてお金をいっぱい稼ごう。

 そのお金であの家を取り戻そう。

 懐かしいあの古い家を。しあわせあふれるあの庭を。



 母さんは、二月に入って、倒れた。

 そのまま病院に運ばれて、結局出てこられなかった。


 卒業式の日。

 制服のまま母さんの病室に行った。

 卒業証書を見せたら、母さんはものすごく喜んでくれた。

「高校も多分大丈夫だよ」「合格発表、楽しみにしててね」

 そう言うおれに母さんは笑って、涙を一粒落とした。

 綺麗な笑顔だった。


「あの霊玉に感謝しないと」そんなことを母さんは言った。

「叶多を元気にしてくれて。こんな立派な姿を見せてくれて。感謝しないと」


 そして母さんはおれの頭をなでてくれた。

「叶多が元気でしあわせなら、それにまさる『しあわせ』はないわ」

「きっとおじいちゃんもおばあちゃんも、おとうさんも兄さんも、みんな喜んでくれているわ」

 

「元気で。しあわせになってね。叶多」

「あなたの夢が、願いが叶うことを祈っているわ」


 翌日。母さんは息を引き取った。

 志望校の合格通知を受け取ったけれど、母さんに見せることはできなかった。



 病院のひとが知らない大人に紹介してくれた。

 保護者のいなくなるおれを心配した母さんが頼んでいたらしい。

 行政とか弁護士とか、いろんな大人にいろんなことを教えてもらいながら手続きをした。

 全部終わってアパートに帰ったとき、手には母さんだった箱と書類の束があった。




 母さんだった箱を、父さんとおじちゃんの箱の横に並べて置く。

 その横にはじいちゃんとばあちゃんの位牌。


「………ひとりになっちゃった」

 ぽつりと落ちた言葉は、狭い部屋にやけに大きく響いた。


 遺骨と位牌の前には線香立てとお鈴とろうそく。ごはんはひからびてちいさく固くなっていた。

 そして、あの水晶玉。

『願い』を叶えるという、あのジジイの持ってきた霊玉。


 ―――これさえなければ―――


 霊玉を手に取り、じっとにらみつける。

 おれの両手にすっぽりと包まれた霊玉。

 占い師さんが使うみたいな、大きな大きな水晶玉。


 これさえなければ、じいちゃんはあのジジイの保証人になんかならなかった。

 これさえなければ、じいちゃんはあんなに苦労しなくてよかった。

 会社はつぶれなかった。ばあちゃんも苦労しなくてよかった。死ななかった。

 これさえなければ、今頃あの家でみんなで暮らしてた。


 これさえなければ。


 霊玉を包む両手に力が入る。

 ギリ、と握っても霊玉はびくともしない。

 その透明な表面に、ゆがんだ顔が映っていた。



『この霊玉は、ちゃんと「願い」を叶えてくれているんだ。

 決して手放してはいけないよ?』


 いつかのじいちゃんの声が響く。


『私達の「願い」。「叶多が健康であること」』

『「叶多の願いが叶うこと」「叶多がしあわせであること」

 これにまさる「しあわせ」はないよ』


 じいちゃんのやさしい笑顔が浮かんできて、目の前がゆがんだ。



 じいちゃんは『善い人間』だった。

 他人を裏切ることなく、誠実に働いていた。


 父さんもおじちゃんも『善い人間』だった。

 真面目に働き、他人のために動く人間だった。


 母さんもばあちゃんも『善い人間』だった。

 周囲を気遣う、あたたかくてやさしい人間だった。


 そんな『善い人間』が、なんでこんな目に遭わなくてはならない?


 なんでじいちゃんは死んだ?

 なんでばあちゃんは死んだ?

 なんで誰も助けてくれなかった?


 なんで父さんとおじちゃんが事故に遭わないといけない?

 真面目に働いていただけなのに。

 悪いのは相手なのに。

 なんでふたりが死なないといけない?


 なんで母さんが死んだ?

 なんで誰も助けてくれなかった?

 なんで誰も支えてくれなかった?


 なんで善人がこんな目に遭わないといけない?

 こんな世の中、間違ってる。



 ポタリと霊玉の表面に水滴が落ちた。

 次から次に落ちる水滴が霊玉を濡らす。

「―――っっ」


 これさえなければ。


 これさえなければ、じいちゃんは道を誤らなかった。

 これさえなければ、誰も死ななかった。

 おれひとり死ぬだけで済んだ。

 なのになんでおれひとり生き残っている?

 なんで。なんで。



『私達の願い』

『叶多が健康で、しあわせでありますように』


 そんなこと願わないで。

 おれは死んでもよかった。

 じいちゃんが、ばあちゃんが、父さんが、母さんが、おじちゃんが生きていてくれたほうが何倍もよかった。


 そんな願いのためにじいちゃんはこの霊玉を受け取った。

 そんな願いのためにおれの家族はみんな死んだ。

 おれのために。


 どうすればよかった?

 どう言えばよかった?

 どうしたらみんなは死ななくて済んだ?


「――なんでこんなことになったんだ――」


 悔しくてかなしくてただ霊玉を握って涙を落とした。

 そのとき。


【対象者・保志 叶多からの質問を受信しました】

【思念量 クリア】

発願者(ほつがんしゃ)すべての死亡を確認】

【情報公開に制限が無いことを確認】

【質問に答えますか?】


 突然頭の中に声が響いた!


「――え? なに? 誰?」

 ついつぶやき、あたりをキョロキョロと見まわす。

 誰もいない。狭いアパートには隠れる場所もない。

 それなのに【質問に答えますか?】とまた声が響いた。


「お、お願いします」

 反射的に答えた途端。

 頭の中に映像が浮かんできた!



 じいちゃんがいた。

『じいちゃん!』思わず叫びそうになったけれど、声にならなかった。

 じいちゃんは真剣な顔で、言った。


「あなたが『願いを叶える』霊玉ならば。

 どうか私の『願い』を叶えてください。

 孫の叶多を、どうか健康にしてください」


「!」

 そんな!

 じいちゃん、そんな『願い』をかけていたのか!


 そのとき、どこからか声が響いた。

 

【『願い』を叶える為には『祈り』が必要です。

 強い『思念』が必要です。

『祈り』と『思念』を捧げることが可能ですか?】


 じいちゃんは驚いた顔をしていたけれど、すぐに表情を引き締めた。

「可能です」

【同意を確認しました】


 そして声は淡々と告げる。


【『願い』を叶える為には『霊力』が必要です。

『霊力』を捧げることが可能ですか?】


「霊力?」


【生命力でも代替可能です】


「生命力……」


 じいちゃんはなにか考えていた。

 でも、言った。

「それは私の生命を捧げれば、叶多は助かると、そういうことですか?」


 チチチッ。

 なにかの音がした。


発願者(ほつがんしゃ)篠原(しのはら) 泰造(たいぞう)及び、対象者・保志 叶多の霊力を使用した場合の効果は次のとおりです】

【これに発願者・篠原 泰造の魂を(にえ)とすると、次の効果が予測されます】


 おれにもその提案が『視えた』。

 おれとじいちゃんの霊力だけを使った場合とじいちゃんの魂まで使った場合とでは、当然だけどじいちゃんの魂を使ったほうが効果が高かった。


 じいちゃんは迷わず言った。

「ならば、私の生命を、魂を捧げます」


【発願者の魂を(にえ)とすることに同意しますか?】

「はい」


 そして、同じことを、ばあちゃんも、父さんも、母さんも、おじちゃんも、それぞれにやっていた。

 みんなが『願い』をかけていた。

 おれの健康を。おれのしあわせを願っていた。

 そのために自分の魂を(にえ)とすることに同意していた。




「――そんなの願ってない!!」


 叫んだけれど、手の中の霊玉は変わらず冷たく固いまま。


「おれは、そんなの、願ってない!!」


 涙が、つばがかかったけど、手の中の霊玉はなんの反応も示さなかった。


「おれは健康でなくていい! おれは死んでもいい!

 だから、返して!

 じいちゃんを! ばあちゃんを! 父さん母さんを! おじちゃんを!

 おれの家族を、返せ!!」


【それは不可能です】

 淡々と声が答える。


【死したモノを蘇らせることは、現時点では不可能です】


「――そんな――」


 じゃあ、あきらめるしかないのか?

 じいちゃんは、おれの家族は、もう帰ってこないのか?

(にえ)』とやらになったのか?


 おれのために?


【発願者の『願い』

『保志 叶多の健康としあわせ』

 発願者すべてが死亡しましたが、対象者である保志 叶多が生きている限り、この『願い』は有効となります】


【発願者がすべて死亡したため、これ以降は発願者の魂を(にえ)として使用し『願い』を叶えます】


「――やめろ!!」


 反射的に叫んだ。


「じいちゃん達の魂を使うなんて、やめろ!」


【では代わりの霊力もしくは生命力の提供をお願いします】


「代わりの………生命力………」


 ふと、浮かんだ。

 あのジジイ。

 あのジジイこそ、死ねばいい。


「――『生命力の提供』というのは――」

「――『こいつから奪え』と指示したら、できるか――?」


 おれの質問に【不可能ではありません】と声が答える。


【『陣を展開する』『召喚したモノに供物にさせる』など、いくつかの方法があります】


 それなら。

 生命を奪えるならば。


「――じゃあ、殺してほしい――生命を奪ってほしい人間がいる」


 あのジジイから奪え。

『災厄』を持ち込んだ、あのジジイに天罰を。


「お前の前の持ち主だ」


 おれの言葉に【確認します】と声が答える。

 少しの間のあと、声が言った。


【――確認しました。

 対象者・佐藤 修一はすでに死亡しているため、新たな(にえ)とすることはできません】


「――死んだ――?」

「なんで――?」


 ぽろりとこぼれた言葉に、声は淡々と答えた。


【対象者の死亡を確認】

【情報公開に制限が無いことを確認】

【質問に答えますか?】

「答えろ!」


 叫ぶと同時に、またも頭に映像が浮かんだ。



 あのジジイが誰かに殴られていた。

「助けてくれ」「許してくれ」と懇願していた。

 殴っている男に見覚えがあった。じいちゃんの会社に来て暴れていた男だった。


「お前が借金を返せばいいんだ」

 殴っている男の向こうの男が言った。数人の部下らしき男に囲まれた、偉そうな男。

「散々賭け事を楽しんだんだ。借りたものは返す。そうだろう?」

「で、ですが、もう……」

「お前が返せないのならば」

 ニヤリと(わら)う偉そうな男。

「オトモダチに保証人になってもらえばいい」

「保証人になってもらって、お前が姿をくらませば、俺達はオトモダチから取り立てる」


「伏見の篠原を知っているだろう?

 あそこの孫が原因不明の病気にかかっているらしく、当主があっちこっちに金をばらまいている。

 お前の家には不思議な霊玉があるだろう。

 それを持って『保証人になってくれ』と頼んでみろ。

 うまくいけば、お前は助かるだろうよ」


 その提案に、ジジイは飛びついた。

 去り際、男がつぶやいた。


「お前達は『搾取される側』なんだよ。

 俺達『搾取する側』の手のひらで踊って、せいぜい儲けを生み出してくれや」



 ―――つまり、こいつらのせいでウチに『災厄』が降りかかったのか―――!

 怒りに震えていると、新しい映像が浮かんできた。



「これで私は助かるんですよね!」

 あのジジイが偉そうな男の前で訴えていた。


「ああ。

 お前のおかげで篠原の土地すべてが手に入った。

 依頼主もお喜びだ。よくやってくれたな」



『依頼主』!?

 つまり、誰かがこいつらに命令してじいちゃんの家も会社も奪ったってことか!?

 そのせいでおれの家族は死んだってことか!?



「よくやってくれた褒美をやらないとな」

 偉そうな男が偉そうに手を挙げた。

 隣の男が懐から鉄砲を出し、ジジイに向けた。


 悲鳴を上げて逃げようとしたジジイの脳天を、弾丸が貫いた。


「どうだ。これで楽になっただろう。

 罪悪感に苦しむことも、逃げ回る必要もなくなったぞ」

 偉そうな男は偉そうにそんなことを言う。


「お前達は『搾取される側』だ。

 蟻のように働いて、俺達の役に立て。

 用が済んだら踏みつぶすけどな」


 偉そうな男は、楽しそうに(わら)った。



「――勝手なことを――」


 ぎゅう、と霊玉をつかんだ手が震える。

 目の前が赤く染まる。


 なにが『搾取される側』だ! そんなもの勝手に決めるな!

 なんでおれのじいちゃんが『搾取』されないといけない!

 なんでお前なんかに渡さないといけない!


 許せない。

 許せない。


 こんな人間、生かしていてはいけない。

 こんな人間がいたら『善人』が苦しむ。

 なにが『搾取』だ。ふざけるな!


 許せない。許さない。

 絶対に殺してやる。


 あのジジイは自分が逃げるためにじいちゃんを差し出した。

 じいちゃんの痛みを、苦しみを利用した。

 許せない。死んだからって許さない。

 絶対に復讐する!


 なんでこんな人間がのさばっている? 

 なんで『善人』が苦しんで『悪人』がのさばっている?

 こんな世の中間違っている。


 なんで誰も助けてくれなかった?

 なんで『悪人』をのさばらせておく?

 この京都には『悪い人間』しかいないのか?

 ならばこんな街、滅びてしまえばいい!


 

 ギリ。歯を食いしばる。

 握りつぶす勢いで霊玉を持つ手に力がこもる。

 


 祖父を裏切った男に制裁を。

 祖父から全てを奪った連中に制裁を。

 そして。

 祖父母を、父母を、伯父を助けなかった、京都の全ての人間に鉄槌を!




【――『願い』を感知しました】

【思念量 クリア】

【詳細確認に入ります】

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