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第百三十三話 保志 叶多の記憶 2

 あのジジイが来たのが年末。

 すぐに行方不明になったとかで、年が明けたらおかしな連中が会社に来るようになった。

「あのジジイのこさえた借金を代わりに払え」と。

「この会社と家を寄越せ」と。

「土地を寄越せ」と騒ぎ立てた。



 借金をしたのはあのジジイだろう。

 なんでじいちゃんが責められるんだ。

 じいちゃんはなにも悪くない。

 なのになんで誰も助けてくれないんだ。


『願い』を叶えるという霊玉に毎日お願いした。

 じいちゃんを助けてください。

 おれの家族を守ってください。


 そんなことしかできない自分がくやしくてかなしかった。



 三月。「決算は乗り切れそうだ」とじいちゃんは会社の朝礼で言った。

「苦労をかけるが、みんな、よろしく頼む」そう言って頭を下げた。

 じいちゃんは、たった数ヶ月でげっそり痩せた。


 痩せていくじいちゃんに反比例するようにおれはどんどん元気になっていった。

「おれもう元気だよ」「だからこんな霊玉(もの)、もういらないよ」

 そう言うおれにじいちゃんは笑った。


「その霊玉が私達の『願い』を叶えてくれたんだね」じいちゃんはそう言った。

「私達の『願い』。『叶多が健康であること』。

 この霊玉は、ちゃんと『願い』を叶えてくれているんだ。

 決して手放してはいけないよ?」


 そんなのいらない。

 おれは死んだっていい。

 じいちゃんばあちゃんのほうが大事だ。


 そう言ったけど、じいちゃんはただ優しく微笑んだ。


「『叶多の願いが叶うこと』『叶多がしあわせであること』

 これにまさる『しあわせ』はないよ」


「お前はまだ若い。夢も希望も未来もある。

 元気になって、好きなことをたくさんして、『しあわせ』になるんだよ」

「それが私の『願い』だ」



 ばあちゃんにも同じように言った。

 でもばあちゃんもじいちゃんと同じことを言った。

「叶多が元気になるほうが大切だ」「会社のことは気にするな」

「じいちゃんもばあちゃんもがんばるから。大丈夫」


 でもばあちゃん。

 ばあちゃんも具合悪いんでしょ?

 この前胸をおさえてたじゃないか。


 お願いだから病院に行って。

 お願いだから無理をしないで。

 おれのために苦労をしないで。

 お願いだから。自分を、会社を大事にして。



 父さんにもおじちゃんにも訴えた。

「もう大丈夫だ」と。「じいちゃんを止めてくれ」と。

 でもおじちゃんも父さんも何も言ってくれなかった。

 ただ「カナタは気にしなくていい」って頭をなでてくれた。


 父さんもおじちゃんも仕事の量が増えた。

 これまでの人数の社員さんを維持できなくて、仕方なく何人ものひとに辞めてもらった。

 そのぶんの仕事を残ったひとでやるから、大変になった。


 母さんも仕事が増えた。

 じいちゃんもばあちゃんも仕事に追われた。

 毎日一緒にごはんを食べていたのに、ひとりで食べる日が増えた。


 さみしい。かなしい。くるしい。

 なんでこんなことになったの?

 おれが病気になったから?

 ――ううん。

 あのジジイが来たから。

 あのジジイが災厄を持ち込んだ。

 あのジジイのせいでウチは大変なことになった。


 なんで誰も助けてくれないの?

 じいちゃんもばあちゃんもこんなに困ってるのに。

 じいちゃんもばあちゃんもこれまでたくさんのひとを助けてきたのに。

 なんで誰もじいちゃんとばあちゃんを助けてくれないの?

 神様でも仏様でも誰でもいい。じいちゃんとばあちゃんを助けて!


『「願い」を叶える』という水晶玉に、一生懸命に『お願い』した。

 じいちゃんとばあちゃんを助けてください。

 会社を助けてください。

 どうにかしてください。

 それでも事態は変わらない。

 家族はみんな忙しくしていて、じいちゃんもばあちゃんもいろんなひとに頭を下げてお願いしていたけれど、誰一人助けてくれるひとはいなかった。



 おれにもなにかできることはないかと色々調べたり考えたりした。

 ふと目についたのは、パソコン専門書に紹介されていたゲーム開発の記事。

 学校でも誰でも知っているそのソフトを開発したひとが、会社を大きくして大きなビルを建てたとあった。


 これならパソコンさえあれば、中学生(おれ)でもできる!

 おれもゲームを開発して人気になったら、じいちゃんの会社を立て直せる!


 そう思ってゲーム開発の勉強をはじめた。

 じいちゃんばあちゃんが心配するから学校にはちゃんと行って勉強もちゃんとして、少しでも時間を作ってはゲーム開発の勉強をした。


「叶多が夢中になれることができた」と家族は喜んだ。


「叶多が元気になって、夢を持って、がんばる姿を見られた」

「それだけでじいちゃんはうれしいよ」

 そう言って頭をなでてくれるじいちゃんの手は、枯木のようだった。




 十月。

 じいちゃんの会社は、倒産した。


 おれの『世界』の中心だったあの庭のある古い日本家屋から、じいちゃんとばあちゃんは近くのアパートに引っ越した。


 父さんとおじちゃんは別の会社に再就職した。

 やっぱり運送会社で、これまでと同じようにあちこちトラックを走らせた。


 おじちゃんはその運送会社の独身寮に入った。

 仕事をたくさん受けているようで、会えなくなった。


 じいちゃんとばあちゃんが引っ越したアパートはおれのアパートの近くだったから、学校帰りに毎日顔を出した。

「ちゃんとごはん食べてる?」「寒くない?」そんなことを言うおれにじいちゃんもばあちゃんもうれしそうに笑った。

「叶多はやさしい、いい子だね」

「叶多の元気な顔を見られるだけで、私達は『しあわせ』だよ」

 そう言って頭をなでてくれる。


 じいちゃんとばあちゃんが褒めてくれるから、「がんばろう」ってがんばった。

 学校の勉強も。家のお手伝いも。ゲーム開発の勉強も。

 母さんも別の仕事に就いた。いくつもの仕事をかけもちしていて、朝も昼も夕方も働いていた。


 夜に寝に帰ってくるような母さん。

 それでもおれのことを心配してごはんを作ろうとするから、先回りして家事をした。

 わからないことはばあちゃんに教えてもらった。

「おてつだいまでするなんて、叶多はえらいねえ」ってまた褒められた。


 どうにか新しい生活に馴染もうとみんなでがんばっていた。

 じいちゃんもなにか仕事をしようと探していた。

 ばあちゃんはそんなじいちゃんを支えようとがんばっていた。

 父さんも母さんもおじちゃんもがむしゃらに働いていた。

 おれも一生懸命に勉強していた。



『「願い」を叶える』という水晶玉は、変わらずおれの手元にあった。

 毎日変わらず『お願い』した。

 じいちゃんとばあちゃんが元気でいられますように。

 父さんとおじちゃんが無事に帰ってきますように。

 母さんが元気でいられますように。

 新しい生活で、みんなで『しあわせ』に暮らせますように。




 紅葉が色付き、観光シーズンになった。

 朝晩は寒さが厳しくなった。吹く風も冷たくなった。

 いつものように学校帰りにばあちゃんのところに行ったら、ばあちゃんはマスクをしていた。

「風邪ひいたの? 病院行った?」

 心配でたずねたけれど、ばあちゃんは「お薬を飲んだから大丈夫よ」と笑っていた。


 次の日。

 アパートにばあちゃんはいなかった。

 鍵がかかっていたから「買い物にでも行ってるのかな」って思った。

 仕方なく家に帰って勉強をしていたら、電話がかかってきた。

 仕事に行っているはずの母さんからだった。


「おばあちゃんが死にかけている」


 言葉の意味がわからなくて、それでも言われるままに病院の名前をメモし、その病院に向かった。


 免疫不全を起こし、肺炎をこじらせている。

 今夜が峠。

 そんな話を聞いた。


 ベッドに横たわるばあちゃんのそばにはじいちゃんがいた。

 母さんと三人で苦しむばあちゃんの手を握り汗を拭いた。

 ふと、ばあちゃんの目が覚めた。

 おれと目が合ったばあちゃんはうれしそうに笑った。

 弱々しく手を伸ばして、いつものように頭をなでてくれた。

 酸素マスクの中の口がちいさく動いた。

『しあわせに』そう言ったと、なんでか、わかった。


 一晩闘って、ばあちゃんは息を引き取った。

 峠は、超えられなかった。



 お通夜をしてお葬式をした。

 家族だけのさみしいお葬式だった。

 誰もばあちゃんを弔ってくれないことが、くやしかった。


 ばあちゃんが亡くなったことでじいちゃんはひとりになった。

「一緒に暮らそう」って母さんは何度も言った。おれも言った。

 でもじいちゃんは「まだばあちゃんの後始末をしないといけないから」って「うん」と言わなかった。


「後始末が終わったら、一緒に暮らせる?」

 そうたずねたら「そうだなあ」と笑った。

「また一緒に暮らそうよ! 昔みたいに!」

 そう言ってもじいちゃんは笑うだけ。

 不安になって、闇雲に話しかけた。


「もうすぐ煤払(すすはら)いだよね。このアパートは来たばっかりだからそんなに掃除しなくていいよね」

大晦日(おおみそか)は一緒に年越しそば食べようね」

「今年は初詣は避けたほうがいいんだよね。寒いから出かけなくてもいいよね」

「早くあったかくなるといいね。きっとすぐに春になるよ」

「そうだ! 桜が咲いたらお花見に行こう! 昔みたいに、お弁当作って。

 おれ、料理うまくなったんだよ! おれが巻き寿司作るから。じいちゃん、味見してよ!」


 ムダにはしゃいでみせるおれにじいちゃんはうれしそうに笑った。


「叶多が元気で楽しそうにしていたら、それだけでじいちゃんはうれしいよ」

 そう言ってじいちゃんは頭をなでてくれた。


「『これからも、叶多が健康で、夢をかなえられますように』

 じいちゃんはずっと『願って』いるよ」



 次の日。

 いつものように学校から帰っておかずをつくり、じいちゃんのところに持って行った。

 合鍵で部屋に入ると、じいちゃんは布団に横になっていた。


 息をしていなかった。



 あのジジイが来た、ちょうど一年後だった。

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