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第百三十一話 会社訪問終了

 会社を出て駐車場に足を踏み入れたそのとき、ふと彼女の手を握っている左の手首に違和感を感じた。

 立ち止まって袖を引くと、腕時計の奥につけていた竹さんの念珠がバラリと落ちた。

 同じように立ち止まったタカさんと晃の腕の念珠もバラリと落ちた。


 落ちた霊玉はアスファルトに砕け散った。

 サラサラと粉状になり風に消える。


「……守ってくれたんだな……」

 ポツリと落ちたタカさんのつぶやきに、心の中で霊玉に『ありがとう』と感謝を伝えた。



 車が視界に入る。内側から後部座席が開けられた。

「晃」

 ひなさんの姿を見た途端に晃がブワッと涙を溢れさせた。


「ひな」

 タッと駆け出す晃を誘導するように車の奥に移動するひなさん。

 そのひなさんを追いかけるように晃が車の中に入る。


 俺達が車に辿り着いたときには晃は三列目でひなさんに抱きついていた。


「よくがんばったわね晃。エラい。エラいわよ」

「ひな。ひなぁ」

「大丈夫よ。あとで全部聞くからね。大丈夫、大丈夫」


 ぐじぐじと泣きながら『半身』に抱きつく晃。

 泣くようなナニカを『()た』のだろう。


 チラリと俺達を見るひなさんの顔には心配か浮かんでいる。

 タカさんがすぐにシートを直してくれたので俺も竹さんの手を引いて二列目に座る。

 扉が閉まったのを確認して、隣に収まった竹さんにそっとささやいた。


「竹さん。もう大丈夫だよ。隠形解除していいよ」

「待ってください」


 ひなさんの強い声に顔を向けると、ひなさんはこわい顔で俺をにらみつけていた。


「まだ油断は禁物です。皆さんはまだ隠形のままで。

 タカさん。車、出してください」


 運転席に収まったタカさんが「了解」と答え、すぐさま車を出す。

「とりあえず国道を北へ。適当なコンビニで停まってください」

「了解」


 走り出す車の中、晃はひなさんにべったりとくっついている。

 ひなさんは目を閉じてそんな晃と額を合わせている。

 精神系能力者同士のふたりだから、それで情報のやりとりをしているんだろう。


 俺は隣の竹さんの腰を左手で抱きよせる。

 見えなくても彼女が俺にしがみついているのがわかる。頭を俺の肩に預けているのがわかる。

 身体に触れる彼女の手を、右手でぎゅっと握った。


「大丈夫。大丈夫だからね」

 根拠もなくそうささやくと「うん」とちいさな返事があった。



 車がコンビニに停まるなりひなさんが白露様を呼んだ。

「ちょっと時間つぶしてきてください」と言われたタカさんがうなずき「ちょっとトイレ借りてくる」とわざとらしく車内に告げてコンビニに入っていった。


 白露様は隠形のままひなさんのそばに行ったらしい。ひなさんが何事か告げた。

 白露様はそのまま車を出たようで、開けた窓に外へと風が揺れた。


 見えない白露様を見送ったらしいひなさんは晃をくっつけたままゴソゴソと鞄をあさり、札を出した。

 ハルの緊急連絡用の札だった。

 ひなさんも持たされていたらしい。

 それにひなさんは何事か吹き込んだ。


「主座様のもとへ」

 ちいさなつぶやきに札はくるりと白いちいさな小鳥の姿になり、消えた。



 車に戻ってきたタカさんは飲み物を持っていた。

 一本抜いて「ホイ」と袋ごと渡してくれるから、俺も一本抜いて後ろにまわす。

 

 ふと気が付いてアイテムボックスから竹さんの作った水を出しフタを開けた。

「竹さん。これ、飲んで」


 胸の黒陽がなにかしたらしく、手の中のペットボトルが見えなくなった。

 見えない彼女が俺にしがみついたまま見えない飲み口に口をつけたのがわかったから、そっと傾ける。

 コクリ、コクリとかすかな音のあと、そっと手に触れるものがあった。

「もういい?」問いかけるとちいさなうなずきがあった。


 キャップを閉めながら「黒陽は?」と問いかける。

《私はいい。私はまだ置物だ》

 生真面目な答えに「わかった」とだけ答えた。


 また俺にもたれる彼女の肩を抱く。

 霊力を循環させる。かなり乱れてる。

 俺を守るためにできる範囲でがんばってくれたらしい。愛されていると強く感じて、愛おしさに胸がいっぱいになる。

 同時に彼女にここまでの負担を強いてしまった事実に悔しくなる。


 こっそりと回復をかける。俺の回復なんて大したことないだろうが、やらないよりはマシだろう。

 霊力を循環させ様子を診て、もう一度回復をかける。



 竹さんが俺達に作った念珠は文字通り特別なものだった。

 運気上昇だけでなく霊的守護や毒耐性などありとあらゆる付与が、連なる霊玉ひとつひとつにつけられていた。


 色々と検証を重ねた結果、違う付与をつけた霊玉同士を連ねても問題はないことかわかった。

「ひとつの石に付与するのは五つが限界だけど、これならたくさんの付与ができる!」と彼女と黒陽はノリノリで霊玉に様々な付与をつけ、それらをゴムに通していった。

 そうして最後に彼女が祈りを込めて『ひとつの念珠』としてまとめ上げた。


 そのおかげで謎の攻撃にも耐えられたのだろう。

 タカさんと晃に比べて俺は多く攻撃を受けているのに同じタイミングで同じような念珠の(くだ)け方をしたのは、竹さんがくっついてくれていた分がブーストされていたからだろう。


 自身の気配と霊力を抑えながら、それだけの攻撃を跳ね返すだけの霊力を霊玉に込めた竹さん。

 さぞ大変だったろう。

 だから「ありがとう」と改めて彼女の耳にそっとささやいた。

 彼女がちいさく首を振ったのがわかった。




 最初は御池のマンションか北山の安倍家の離れに戻る予定だったのに、ひなさんの指示は「一乗寺の『目黒』へ」だった。


『目黒』に着いてひなさんはすぐに指示を出した。

「蒼真様と竹さんは引き続き隠形を取ってください。

 黒陽様と緋炎様もそのままで。

 転移陣をとおって移動します」


 三列目からの指示にうなずき、車を降りる。

「竹さん」ちいさくささやいて手を広げると、ポスリと身体を預けてくれたのがわかった。

 見えなくてもわかる彼女の身体を抱き上げ、移動する。


 入口で千明さんが待っていてくれた。

「こっちへ」とうながされ、ついていく。

 秋の集団作業で何度かお邪魔している『目黒』だが、立ち入ったことのないエリアに案内される。


 双子は千明さんの両親がみてくれているという。

 二階に上がり、脱いだ靴をアイテムボックスに入れてさらに千明さんについていく。

 扉を開けたそこはいつもの御池のリビングだった。


 千明さんはそのまま部屋を進み、別の扉を開く。

 北山の離れに繋がる転移陣をくぐると、リビングにアキさんとオミさんが待っていた。


「おかえりなさい。こちらへ」


 うながされるままに進む。

 竹さんは俺が抱きかかえたまま。晃はひなさんが支えて。

 そうして案内されたのは一階の祭壇の部屋だった。

 ハルとヒロが待っていた。


 最後に入ったオミさんがタン、と襖を閉めた。

 途端にひなさんがホッと肩を落とした。


「――もう大丈夫だと思います。隠形解いてください」

 その言葉に腕の中の竹さんの姿が見えるようになった。

 顔色が悪い。目を閉じ俺にもたれる様子は弱々しい。


 ――こんなにがんばってくれたのか――。

 申し訳なくて愛おしくてぎゅっと抱きしめた。

 胸の黒陽がぴょんと飛び出し、俺の肩に乗った。


「とりあえず座れ」とハルにうながされ、思い思いに床に座る。

 自然と車座になった。

 俺も胡座(あぐら)で座り、膝の中に彼女を収める。


「みんなおつかれさま。とりあえず、ハイ」

 ヒロに渡されたのは濡れタオル。

 おそらく回復効果のある水を含ませているのだろう。

 冷たいタオルで竹さんの顔を拭くと、ホッとしたのがわかった。


「竹さん。これ、押さえててね」

 タオルに顔を埋めたままの竹さんにそう言うとコクリとうなずいた。

 タオルを自分の顔に押し当てる竹さん。

 それだけでも回復するようだ。


 車の中で何度もかけていた回復をもう一度かける。

 アイテムボックスから出した飲みかけのペットボトルの蓋を取り、彼女のタオルと交換して飲ませる。

 胡座をかいた俺の足に横座りですっぽりと収まった彼女は水を飲むとぐったりと俺にもたれかかった。


 報告をしようとしたが、ハルに「報告は待て」と止められた。

「菊様がお出ましになる。しばし待て」

「今白露様が菊様呼びに行ってるから。もーちょっと待ってね」

 ヒロに声をかけられ、竹さんがうなずいた。



 菊様。西の姫。

 会うのは始めてだ。

 知らずゴクリとつばを飲み込んだ。


 式神を飛ばしてきたことは何度かあった。それを見る限りでは優秀な人物のようだ。


 ハル達が言っていた。

 他の三人の姫の記憶の封印を執り行ない、自身は記憶を封じることなく『災禍(さいか)』を追い続けてきた人物。

 どんなひとなんだろう。

 西の姫が今現れるということは、今回の報告を受け、今後の行動を指示するに違いない。



「なにか食べる?」

 アキさんが心配そうに聞いてくれた。けど、今はちょっと食べられそうにない。竹さんにくっついていないと。


 その竹さんも食べられそうにない。

 ぐったりと俺にもたれて目を閉じている。


 晃とひなさんも無理そうだ。

 ここに来るまでは自分で歩いていた晃だったが、部屋に落ち着くなりまたひなさんにべったりとくっついている。


 自分の肩に顔を埋めて抱きつく晃の頭をひなさんが撫でている。

 撫でながらなにか考えを巡らせているのか、眉を寄せたしかめっ面でどこかをにらみつけていた。

 



 そうしていたら、部屋の外にひとの気配がした。


 すぐにヒロが動き、襖を開ける。

 そのままスッと片膝をついて平伏した。

 それにつられるように保護者達もハルも姿勢を正し頭を下げた。

『半身』がくっついている俺とひなさんがじっと見つめる中、ヌッとあらわれたのは――。


「――白露様」

 ひなさんのつぶやきに晃がやっと顔を上げた。


 襖から顔だけ出した白露様はにっこりと微笑み、そのまま部屋に入ってきた。


 その背に、ひとりの女性が座っていた。



 大きな白虎の背に横座りに座った彼女は、恐ろしいくらいの美人だった。


 竹さんと同じような巫女装束。頭には黄金の天冠。ふわりと揺れる領巾(ひれ)

 竹さんの袴と千早は若竹色なのに対し、そのひとの袴と千早は黄色。

 白露様に座ったその姿は、まさに大輪の菊のようだった。

 

 ほっそりとした輪郭。ぬけるように白い肌。

 黒々とつややかな長いストレートヘアを結ぶことなく背に流している。

 長いまつ毛に縁どられた大きな目が特徴的だった。


 その目に射抜かれただけでなにもかも見通されてしまうような、その目にとらえられただけで平伏してしまうような、威厳のある強い眼差し。


 白露様の登場にひなさんから身体を離した晃も、ひなさんも、そのひとにチラリと視線を向けられただけでガバリと平伏した。


 俺もチラリと視線を向けられ、平伏しないといけない気持ちになった。

 竹さんを抱いているからできなかっただけで、そうでなかったら平伏してた。


 俺のそんな変化に気付いたのだろう。

 竹さんがゆっくりと瞼を開けた。


「――菊様――」

 うなずいた女性――西の姫は、にっこりと微笑んだ。


「ご苦労だったわね竹。皆も」

 声をかけられた守り役とタカさんが「ハッ」と平伏する。竹さんはヘラリと笑った。


 祭壇の前で歩みを止め伏せをした白露様。

 伏せたことで西の姫の足が床についた。

 そのまま立ち上がり部屋の全員をぐるりと見回す西の姫。


高間原(たかまがはら)の西、白蓮(はくれん)が女王、白菊(しらぎく)よ。『(きく)』でいいわ」


 静かな、だが威厳のある声で西の姫は名乗った。


「白露と晴明から報告を受けている。皆、この度の働き、ご苦労だったわね」


「「「ハハッ」」」

 何故かそうするのが当然であるかのように頭を下げた。


 西の姫はぐるりと全員を見回し、ひとつうなずいた。



「早速で悪いけれど、竹」


 声をかけられた竹さんが「はい」と答え、俺の腕の中でピッと背筋を伸ばした。


「結界を」


 命じられるままに竹さんが結界を張る。

 二重? 三重? 重ねられた結界に、これから何が起こるのかとゴクリとつばを飲み込む。


 西の姫はどこからか紐を出してきた。

 その紐で直径一メートルくらいの円を床に作る。


「竹。水」「はい」

 命じられるままに竹さんはトプリと大きな水球を出し、その円の中心に置いた。

 不思議なことに水球は紐からはみ出すことなく納まった。

 板の間に浅い水たまりができた。


 西の姫はどこからか取り出した鏡を床に現れた水たまりの中心にそっと置いた。

 その途端、フワァッと水面が虹色に光った!

 一瞬のことに目を見張っていると、水面が銀色の膜のようなもので覆われた。



「晃。こっちに来てくれる?」

 白露様に声をかけられた晃がおそるおそるというように白露様の隣に座る。

 ガチガチに緊張している晃に西の姫は平気な顔だ。


「じゃあ、晃」

「ハイッ!」


「ここに手を入れて」

「ハイッ!」


 言われるがまま何の迷いもなく、ボチャリと水面に手を突っ込む晃。少しは疑えよ?


「中央の鏡がわかる?」

「わかります」


 俺からは見えないが、手を突っ込んでいる晃にはわかるらしい。


「そこに、アンタが『視た』ものを流し込んで」

 キョトンとする晃に西の姫はなんてことないように続ける。


「こっちで投影するから」


 ……意味がわからない。

 が、晃は素直に目を閉じた。


「ひな。晃の手を握ってあげててくれる?」

 白露様に言われ、ひなさんが晃の横にぴったりとくっついてその手をぎゅっと握った。

 それだけで晃はホッとしたようだった。

 無駄に入っていたこわばりが解け、ナニカに集中したのがわかった。



 何が起こるのかわからなくて、何が起きてもいいように竹さんをぎゅっと抱きしめた。

 竹さんも俺にそっと寄りかかった。

 そろりと右手を出してきたから、すぐにその手を握る。

 ぎゅっと手を握り『大丈夫』という想いを込めて彼女を見つめた。

 チラリと俺を見上げた彼女は、俺と目があっただけで泣きそうな顔で微笑み、力強くうなずいた。


 よかった。少しは勇気づけられたようだ。

 もう一度ぎゅっと肩を抱き寄せ、竹さんとふたり一緒に晃達の様子を見守った。



 ふ。と。

 西の姫がその手を水たまりの上にかざした。


 その途端。


 パアッ!

 

 目がくらむほどの光が俺達を包んだ!

 真っ白になる視界の中、彼女をぎゅっと抱きしめた。

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