第百三十話 社長室の攻防
《『災禍』の居場所が、わかった》
伝わった晃の思念に、必死で霊力を抑える。
俺の腕にしがみついた竹さんがちいさく震えている。
《あの扉のむこう。カナタさんの仕事場》
《モニタが並んでる机の上の水晶玉。
それが『災禍』だ》
―――!
ついに――!
ついに『災禍』の居場所も確定した!
これであとは南の姫を覚醒させて『災禍』に気付かれないように侵入して斬れば、竹さん達の責務は果たせる――!
と。
バシリ!
ナニカ弾いた!?
あっと思ったときには竹さんが俺の背中に抱きついていた!
見えなくてもわかる。彼女が必死に俺を守ろうとしている!
バシリ! バシリ!
ナニカが俺に取り憑こうとするのを、竹さんの守護結界が守ってくれている。
竹さんが結界を展開すればこんな攻撃も簡単に防げるんだろう。
だが、こんな敵の本拠地のど真ん中で彼女の存在を知らせるわけにはいかない。
だから竹さんも黒陽も、俺が攻撃されているとわかっても結界を展開できない。
できるのは事前にかけた守護結界にこっそりと霊力を注ぐことだけ。手首に、首につけた彼女のお守りにこっそりと霊力を注ぐことだけ。
感知する限り、攻撃を受けているのは俺だけのようだ。
だから強く念じた!
《竹さん! 離れて!》
《いや!!》
強い思念が返ってきた!
そしてぎゅうっと抱きしめられる!
《霊力も気配も封じてるから大したことできない。
けど! 守りたいの! そばにいたいの!!》
「―――!!」
――くっそおぉぉぉ!! かわいいぃぃぃ!!
なんだこのひと! こんな場面で俺の忍耐力試してんのか!? なんでそんなにかわいいこと言うんだ!!
ああもう! 守りたいのになにもできない! 抱きしめたいのに身動き取れない! 叫び出したいのに声出せない!! なんの拷問だ!!
どうにか霊力は抑えているが、いつ爆発するかわからない。
生真面目な彼女が生真面目に俺を守ろうと抱きつくのかわいすぎ!
もう、抱きしめたい。キスしたい。思いっきり《オイ》
……………。
ドスの効いた守り役の一声に、一気に冷えた。
ふと視線に気付いて顔を向けると、晃が生ぬるい笑顔を向けていた。
《大丈夫。竹さんには伝わってないよ》なんてわざわざ教えてくれる。
……つまり晃には伝わってたってことだな!?
情けないやら恥ずかしいやらでガックリする。
謎の攻撃が止んでいるからそんなのんきなことも考えられる。
攻撃が止んでも彼女は生真面目に俺に抱きつき守ろうとしてくれている。
かわいくて愛おしくて、愛されている実感にココロが満たされる。
今ならどんなことでもできそう。謎の攻撃でもなんでも抵抗してやる!
気合を入れて社長をにらみつけた。
その社長と話をしていたタカさんが軽い男を装って言った。
「社長のパソコン、見たいなぁ~。部屋の外からでいいから、チラッとだけでいいから、見せてもらえませんか~?」
媚びるようなタカさんに社長も悪い気はしていないらしい。
得意になるのを抑えられないようで、自慢気な表情でニヤニヤしている。
「テンもコウも見たいよな!」とタカさんが話を振ってくる。
「見たいです」という晃に続いて「ぜひ」とうなずく。
パソコンのある部屋に『災禍』がいると晃が言う。
ならば、扉が開けば、さらに詳しい情報が得られるはずだ!
必死に念じる俺達に、副社長がおずおずといった様子で社長をうかがう。
「……どうされます? 社長…」
社長が口を開くよりも早くタカさんが身を乗り出して訴える。
「近寄りません! 遠くから見るだけでもいいんで!
あのすごいシステムが生み出される空間を一目でも! お願いします!」
手を合わせ社長を拝み倒すタカさんに社長は満足そうだ。
俺も晃も必死に「お願いします」と頭を下げる。
そんな俺達に、社長は満足そうにニヤリと嗤った。
そうして鷹揚にうなずく。
「まあ、ちらっと見るだけなら、いいでしょう」
「―――!!」
思わず息を飲んだ。
本当に? うまくいきすぎじゃないか!? 竹さんの『運気上昇』のお守りが仕事してんのか!?
「ありがとうございます! ありがとうございます!」とタカさんは両手を挙げて喜ぶ。
おだてられて持ち上げられて社長はかなりご機嫌になっている。
ヒロが言っていた。タカさんは『人たらし』だと。
その『人たらし』の本領を発揮して社長を気分良くしているらしい。
立ち上がる社長に釣られるようにタカさんも立ち上がり、社長についていく。
俺と晃もすぐさま後を追ったが「そこで止まって」と社長に言われピタリと止まる。
「ここから先には出ないでくれ」と社長が言い、仕事場につながる扉を開いた。
その途端。
「「「―――!!」」」
竹さんが。黒陽が。晃が。
息を飲んだ。
その瞬間!!
バシリ!
またしてもナニカが俺に攻撃が仕掛けられる!!
ガバッと竹さんが俺の背中にしがみついた!!
《動くな!》
咄嗟に竹さんを守ろうとした俺を黒陽の強い思念が止める!
グッと拳を握り歯を食いしばる!
《いる》
《『災禍』は、ここにいる》
黒陽の思念に呼応するように竹さんが俺の背中でうなずいた。
震えているのがわかる。
こわがってる? ナニに?
薄暗い部屋の中には大きな机。
その上に並ぶモニタが見える。
モニタの前にはキーボードと――。
バシリ!
またナニカを弾いた!
今のは俺にもわかった。
この部屋の中からナニカが飛ばされている!
術なのか、式神なのかはわからない。が、この部屋にいるという『災禍』が俺を狙ってナニカを仕掛けているらしい!
と、隣の晃が眉を寄せた。
タカさんもグッと拳を握った。
どうやらふたりにもナニカが仕掛けられ、それを抵抗したらしい。
タカさんにくっついている白露様がなにか指示したのか、軽い男を装ってつま先立ちで首を伸ばすタカさん。
「ハードはどこに置いているんですか?」
そんなタカさんに社長は鷹揚にうなずいた。
「ここからは見えませんね。――もう一歩、出てもいいですよ」
「ホントですか!?」
タカさんは飛び上がる勢いで喜び、一歩出た。
俺と晃も同じように一歩前に出る。
机の上、キーボードの奥に、水晶玉が置いてあるのが目に入った。
あれが――『災禍』――?
特になにも感じない。
話に聞く高霊力も暴力的なチカラも。
威圧も瘴気も、気配すら感じない。
ホントにアレが『災禍』なのか?
ただの水晶玉じゃないのか?
《姫の封印が効いている》
黒陽の思念が伝わってくる。
《それでも、我らには『わかる』。
アレが『災禍』だ》
《我ら同様、霊力と気配を抑えているだけだ》
その説明に納得し、同時に疑問が浮かんだ。
霊力と気配を抑えている『災禍』が黒陽達にわかるなら、逆に『災禍』にも黒陽達がわかるんじゃないのか――?
俺の疑念に《おそらくは大丈夫だ》と黒陽の思念が伝わる。
《気付かれるならばすでに気付かれている》
《なんの反応もないということは、気付かれていない》
それならさっきからの攻撃? はなんなんだ?
気付かれているからあんな攻撃仕掛けてきたんじゃないのか?
《我らが『いる』と気付いて攻撃を仕掛けるならば、我らを狙うはずだ》
《最初はトモしか狙っていなかった。
ということは、別に理由があったに違いない》
今タカさんと晃も攻撃されたのは?
《お前に抵抗されたからだろう》
《お前の同行者であるタカと晃を糸口に、お前を攻めようとしたのではないか?》
なるほどな。理屈は通る。
俺が狙われた理由は?
《……あの鬼の召喚に『災禍』が関わっていたとしたら。
お前のことを知っている可能性が、高い》
………なるほど。
俺があのとき鬼に殺されかけた男だと気付いたのか。
あのとき、死にかけた俺を竹さんが助けてくれた。
もしかしたら俺と姫が関係あると見て調査しようとしているのかもしれない。
逆に言えば、まだ『災禍』は姫にも守り役にも気付いていない――?
バシリ!
またもナニカを弾いた!
竹さんが必死にくっついてくれているのがわかる。
気付かせてたまるか。
過剰に反応したら気付かれる。
敢えて無表情に、霊力も感情も抑えて部屋の中を観察した。
時間稼ぎだろう。タカさんがとりとめもない話を振っている。
風を展開したら全容がわかるが、それだと俺が『能力者としてナニカを探りに来た』とバレてしまう。
だからじっと部屋の中を観察した。
部屋の中の目立つ家具はモニタを乗せている机だけ。
薄暗くて見えにくいが、右奥の壁面にスパコンが何台も並んでいる。
左側は全面カーテンが閉められている。
外からの光があるとモニタが見えにくくなるから閉めているのだろう。
水晶玉以外に余計なものはなにもない。
良く言えばシンプル、悪く言えば無機質な部屋だった。
じっと部屋を観察していて、ふと違和感があった。
あの壁の一角。
なんか、おかしい――?
俺達の正面、奥の壁。
なにか違和感を感じる。
それこそ、あの一角だけ四角く切り取れそうな――。
「そろそろいいですか?」
社長の声にハッとする。
と、違和感も消えてしまった。
バシリ!
またナニカを弾く!
それに気付かないフリをして扉を閉めた社長に顔を向けた。
タカさんの辞去の挨拶に合わせ頭を下げる。
副社長が扉を開けてくれ、社長の部屋を出た。
エレベーターに乗り込むときも、乗り込んでからもタカさんが副社長に礼を言った。
興奮とともに何度も何度も「ありがとうございます!」と言われ、副社長もニコニコしていた。
食堂にはまだたくさんのひとがいた。
システムのひともいた。社長に会えるよう口添えしてくれた野村さんにタカさんが礼を言った。
「社長、どんな感じでした? 機嫌悪くなかったです?」との野村さんの問いにタカさんは「気持ちよく対応してくださいましたよ」とだけ答えた。
それからシステムのひと達ともう少し打合せをし、タカさんが女性社員に取り囲まれて千明さんの話をし、副社長と今後の話をした。
そうして何事もなく「本日はありがとうございました」と挨拶を交わしてデジタルプラネットを辞去した。
たくさんの社員が見送ってくれ、タカさんは何度も何度も手を振って応えていた。