第百二十九話 いざ社長室
トモ視点に戻ります
社長から面会の許可が出た!
「ありがとうございます」と口添えしてくれた野村さんに頭を下げると、彼はニコニコとひとの良さそうな笑みを浮かべた。
「いいなーテンくん。おれも社長に会いたいー!」
「オレもオレもー!」
社員達からあがる声に副社長が「ゴメンね」と苦笑で謝っている。
「これがきっかけになればいいよね」
野村さんはニコニコとそんなことを口にした。
「社長が寝食を惜しんでシステム組んでるのは知ってるけどさ。
やっぱり『誰にも会わない』っていうのは、不健康だと思うんだよ。
いきなり『社員に会え』っていうのはハードル高いかもしれないけど、外部の、言ってみれば通りすがりのひとなら会えるかもしれない。
そうやって少しずつ人慣れしていって、ボク達エンジニアから慣らしていって。
いつかはあの部屋からも出られたらいいよね」
社長を心配する様子に、いいひとだなぁと素直に思う。
そんな自分に気付き、驚いた。
どうやら自分でも気付かないうちにお人好しの『半身』に影響を受けているようだ。
その愛しい『半身』は俺の手をぎゅうっと握ったまま。
緊張しまくっている様子に、こっそりと動く親指でその手を撫でる。
『大丈夫だよ』そんな気持ちを込めて。
「じゃあ行きましょう」とタカさんに声をかける副社長に、わざと確認をした。
「俺らも同行していいですか?」
「ええ。もちろんよ。みんなで行きましょう」
俺『ら』と強調し、そこに守り役達と竹さんのイメージを込めて確認する。
これで隠形を取っている守り役達と竹さんも『承認』されたことになるはずだ。
目が合ったタカさんがちいさくうなずく。
それにうなずきを返し、副社長に「よろしくお願いします」と頭を下げた。
エレベーターを待っているとき。
《聞こえてる?》と緋炎様の声が頭に響いた。
『むこう』で精神系の能力も鍛えてきたらしい晃が中継機になって緋炎様の思念を届けてくれている。
聞こえていることを示すためにちいさくうなずく。
タカさんは副社長と他愛もない話をしながら指でマルを作った。
《今回確認したいことはふたつ。
社長が『宿主』か。そばに『災禍』がいるか。
これが確認できたら、速やかに離脱。
たとえ『災禍』を確認できても、今回は何もしない。
もし『いる』って気付いても、絶対に気配も霊力ももらしちゃダメよ!
バレたら逃げられるからね!》
愛しいひとが生真面目にうなずいているのが見えなくてもわかる。
繋いだ手をぎゅっと握ってくるから、かわいくて俺も強く握り返した。
《『災禍』の居場所まで確認できたら上出来だけど、決してムリはしないで!
まずは怪しまれないこと。全員無事に離脱すること。
安全第一で行きましょう。頼むわねタカ》
緋炎様の思念にタカさんがこっそりとサムズアップで応える。
ちょうどエレベーターが到着した。
「どうぞ」と副社長が扉を開けてくれタカさんが入る。
俺も続けて入ろうとして、ふと気付いた。
エレベーターは定員があったよな。
隠形をとっていても重さはあるわけで、竹さんと白露様蒼真様の重さも感知するはずだ。
となると、定員オーバーになる可能性があるか……?
エレベーター周辺に定員表示がないかと探す。
一応大丈夫そうだが、念には念を入れたほうがいいだろう。
こっそりと風の術を使い、一センチほど浮く。
これで俺の分の重さは感知されないはずだ。
黒陽はすぐに気付いたらしい。
《スマンな》と思念を伝えてきた。
わざと奥の角を位置取り、一人分開けて立つ。
その一人分に竹さんを押し込む。
狭いからか緊張からか、彼女が俺の背にべったりとくっついてくれているのがわかる!
頼られてる! 誇らしい! 俺が守らなければ!
《大丈夫だからね竹さん》
試しに念じてみたら、背中でちいさくうなずいたのがわかった。胸の黒陽が中継してくれてるのか?
なんでもいい。伝わるならば。
《しっかりくっついててね。絶対に離れちゃ駄目だよ?》
これにも生真面目にうなずく。かわいい。愛おしい。ぎゅうぎゅうに抱きしめたい!
彼女の愛らしさにひとり悶えているうちに、エレベーターは六階に着いた。
「どうぞ」と副社長が再び扉を開けてくれる。
「失礼します」とタカさんが降りる。
両肩に蒼真様と白露様を乗せているはずのタカさんだが、なにも弾かれることなくエレベーターから出ることができた。
以前守り役達が隠形を取って侵入したときは「エレベーターから出られなかった」らしいが、今回はうまく副社長の『承認』を得られたようだ。
晃に続いて俺も動く。
そっと手を後ろに差し出すと、すぐに握られた。
そのまま見えない彼女の手を引いてエレベーターを降りる。
なんの問題もなく六階のフロアに降り立った。
《大丈夫?》
思念での呼びかけに《大丈夫》と返事がある。
《黒陽は?》と問いかければこちらも《問題ない》と返ってきた。
扉の前に立った副社長が呼び鈴を鳴らす。
「三上です」と名乗ると、すぐにロックが解除された。
副社長が扉を大きく開け「どうぞ」と招き入れてくれた。
タカさん、晃と部屋に入るのに続く。
以前侵入したときには全く太刀打ちできなかった関門をあっさり通過したことに安堵すると同時に緊張感が増す。
見えない彼女が俺の腕にしがみついた。
励ますようにその手をぎゅっと握る。
俺達が全員入ったところで副社長が扉を閉め、一歩進み出た。
「社長。お時間いただきありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる副社長。
その前に、男が立っていた。
――これが、社長? 本当に?
知らず息を飲んだ。
それほど目の前の男はホームページの写真と違っていた。
ホームページの写真は五十代はじめくらいに見えたが、目の前の男はどう見ても老人としか表現できなかった。
痩せこけた顔には皺が多く刻まれ、髪は白く薄い。
気難しげに口をへの字に結び、品定めするように俺達を睨めつけている。
落ち窪んだその目だけがギラギラとしていた。
高霊力は感じない。
特殊な術をまとっている気配もない。
それでも、俺の愛しいひとがぎゅうっとすがりついてきた。
《このひとだ》
《このひとが『宿主』だ》
「―――!」
『宿主』!? ホントに!?
《間違いない》
黒陽の思念が伝わってくる。
《この男、『災禍』の『宿主』だ。間違いない》
「―――!!」
この男が。
ついに『宿主』が確定した!
ならば、このフロアのどこかに『災禍』がいるはずだ!!
興奮する気持ちを必死で抑える。落ち着け。落ち着け。霊力を乱すな。霊力は抑えろ。どんなきっかけで『災禍』に逃げられるかわからない。
すう、はあ、と深呼吸を繰り返す。
俺の思念を読んだらしい黒陽が《そのとおりだ》《霊力は抑えろよ》と忠告してくる。
俺にぴったりくっついている愛しいひとも深呼吸しているのが気配でわかる。
ふと横を見ると、晃は緊張でガッチガチになっていた。
じっと社長を見据え、拳を固く握っている。
きっと俺も同じような顔をしている。
ちいさく小突くと、目だけでこちらを向く晃。
《力んでるぞ》と念じたら、ハッとしてうなずく晃。
どうやらこちらの念じたことがうまく伝わったらしい。
おそらく晃もタカさんも目の前の男が『宿主』だと守り役から伝えられている。
いつものようにヘラヘラしているように見せているタカさんも緊張しているのが伝わってくる。
「こちらがこの度『バーチャルキョート』に新規参入いただく『目黒』の副社長、目黒 隆弘さんです」
「はじめまして。目黒です。『テイク』です」
紹介を受けニカッと笑うタカさんに、社長は不機嫌さを隠すことなく眉を寄せた。
タカさんにもそれはわかっているだろうに、敢えて気付かないフリでケロッと俺と晃を紹介してくれる。
「テンです」と頭を下げ、じっと社長を探る。
やはり高霊力は感じない。俺達のように抑えているのか? そもそもどうして『宿主』とわかるんだ?
《うまく説明はできない。『わかる』としか言えない》
俺の思念を読んだらしい黒陽から思念が返る。
で、ここからどうする?
『宿主』の特定はできた。
次の目的である『災禍』がそばにいるかはわからないのか?
《わからない》
《これだけ濃い気配をまとっているならば、絶対近くにいるはずなのだが…》
そのとき。タカさんが動いた。
社長にハグをしようと近づいて逃げられた。
その勢いで握手をすることに成功した!
お調子者のフリをして俺と晃にも握手をしろと誘うタカさん。
「お願いします」と手を差し出すと、社長が握ってきた。
少しでもなにかヒントはないか、竹さんと黒陽がなにかを探れないかとじっと社長の手を見つめた。
皺だらけのガサガサの手は九十歳で死んだばーさんを思い出させた。
四十九歳と情報にはあったが、この手もこの顔もとてもそんな年齢には思えない。
なにか特殊な術の代償か?
単に不健康な生活のために老けただけか?
わからなくてじっとその手を見つめていた。
ふと社長もじっと俺を見つめていることに気が付いた。
ヤバい。なんか怪しまれたか?
「……ありがとうございます」と手を離す。
と、すかさず晃が横から手を伸ばしてきた。
「お会いできて光栄です」
そう言った晃が両手で包むようにぐっと社長の手を握った。
一度目を閉じた晃は、一呼吸のあとゆっくりと瞼をひらき、社長の目を見つめた。
「―――」
なにか言おうとしたが、言葉にならないようだ。
パクパクと口を開け閉めしていた晃だったが、話すのを諦めたのだろう。手を離し、深々と頭を下げた。
「さあ。立ち話もなんですから。こちらへどうぞ」
副社長がソファを勧めてくれたが、竹さんがいるのに座るわけにはいかない。
そう考えているのは晃にも伝わったようで、晃がソファの後ろに立った。
その横に並んで立つ。
タカさんだけが「失礼します」とソファに座ろうとした、そのとき。
《浸入できた》
伝わってきた晃の思念に、タカさんが一瞬動きを止めた。
が、何事もなかったかのように、ゆっくりとソファに座る。
胸の黒陽もくっついている竹さんも息を飲んだのがわかった。
俺も晃を見ないように身体を固くした。
まっすぐ前を向き、笑顔を作る。
俺の横の晃も同じように前を向いたまま、思念を飛ばしてきた。
《『災禍』の居場所が、わかった》