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閑話 訪問者 3

 この部屋に三上以外の人間を招くなど、一体どれくらいぶりだろう。

 三年? 五年? もしかしたら、もう十年以上誰も立ち入っていないのではないだろうか。


 この部屋に西村を呼ぶことはおれに利がある。

 あいつがここに来れば『アレ』が勝手になにかをして探ることができるようになる。

 西村が『北の姫』と繋がりがあるとすれば、それで『北の姫』を見つけられるはずだ。


「西村が来る。探れるようにしろ」

 おれの命令に「了解しました」と答えが返った。



 監視カメラの映像は連中がエレベーターに乗り込む様子を映し出した。

 仕事部屋を出て応接室に移動すると、丁度呼び鈴が鳴った。

 ロックを解除してやると、三上が扉を大きく開けた。

 監視カメラで見た三人の男が部屋に入ってきた。


「社長。お時間をいただきありがとうございます」

 扉を閉め、ぺこりと頭を下げる三上。

 その態度だけでおれが『偉い男』になったようで、自尊心が満たされる。

「こちらがこの度『バーチャルキョート』に新規参入いただく『目黒』の副社長、目黒 隆弘さんです」


「はじめまして。目黒です。『テイク』です」

 二カッと笑う男は一言でいうなれば『爽やか』な男だった。

 背は高くがっしりとした体つき。茶髪をさっぱりと整え、肌艶もいい。

 人懐っこい笑顔に、誰からも好かれているのだろうと一目でわかった。


 気に入らない。


 世の中のいいところしか知らないような。世間のおいしいところだけをわたってきたような。

 明るく爽やかで人気者の気配に、ムッと眉が寄る。


「で、こっちが『テン』です」

 紹介されてペコリと頭を下げたのは西村だった。

 こいつがあのシステムを組んだエンジニア!?

 驚いたが、「テンです」と頭を下げる西村に黙ってうなずいた。


 その西村は無表情だった。

 おれへの尊敬も憧れもない様子に、知らずがっかりする。

 もうひとりの男も紹介されたが耳に入らなかった。


 西村はただじっとおれのことをみつめていた。

 ナニカを探ろうとでもいうように。

 その態度にふと昔のことを思い出した。


 まだゲームを開発してすぐの頃。

 相対した大人達がこんな態度をしていた。

「本当にこいつがこのゲームを開発したのだろうか」という態度。

「こいつは利益を出すだろうか」と値踏みするような目。

 あの目と態度に、今の西村の態度が重なった。


 なるほど、本当におれがホンモノの社長かどうか疑っているのかもしれない。

 おれがあのシステムを構築したのか疑っているのかもしれない。

 今までもそういう人間はたくさんいた。

 そう思うと西村の態度も納得できた。


 と。


「!」

 いつの間にか迫ってきた目黒にあわてて後ずさる!


「な、なな」

「目黒さん!?」

 おれと三上の驚きに目黒はきょとんとしている。


「あ。こっちでは初対面の挨拶でハグしないんですっけ。すみません。留学時代の癖がなかなかぬけなくて」

 てへっ。と笑う様子にドン引いていると、三上が話しかけた。


「私にはされませんでしたよね?」

「女性にはしませんよー。妻がヤキモチ焼いちゃいます」

 ハハハ。と楽しそうに笑う目黒。


 ……こいつ、合わない。


 全身で拒否を示しているのに、目黒はさらにぐっと寄ってきた。

 嫌悪感が顔にでているのに気付いていないのか? 馬鹿なのか?


「ええと、日本では握手するんですよね」


 するか。


 なのに三上が「そうですね」などと言う。

 その言葉にニコーッ! と笑った目黒が、無理矢理おれの手を取った。


「よろしくお願いします! いやー、伝説の開発者にお会いできて、光栄です!」

 ブンブンとおれの手を握ったまま手を振る目黒に気圧(けお)される。

 が、おれのことを褒めるのはいい。「どうも」とだけ答える。


「ホラ。テンも。コウも。握手してもらいな!

 この人、すごい開発者なんだぞ! 握手してもらってご利益にあやからせてもらいな!」


 おれのことを褒め称える様子に自尊心をくすぐられる。

「ぜひお願いします」と手を出してくる西村の顔が緊張で固くなっている。

 どうやらおれがすごい男だと理解したらしい。

 ほの昏い喜びが広がる。


 握手してやると、西村はじっとおれの手をみつめていた。

 ぐっと握る西村の手に力が入った。

 緊張している様子に(わら)いが込み上げる。


 改めて西村に目を向ける。

 背の高い男だ。

 モニタで見ていたときにはこんなに背が高いと気付かなかった。

 おれを見下ろすようなのが気に入らないが、その目は真剣におれのナニカを探ろうとしているようで、今までに出会ったシステムエンジニアに共通する部分があった。


 おれがどんな考えであのシステムを組んだのか。

 どうやって展開していったのか。

 それを探ろうとしているのだろう。


『実力のあるエンジニアの秘密を探りたい』といいたげなその目は、おれの嗜虐(しぎゃく)心を十分満足させた。


「……ありがとうございます」


 固い表情で、なんとか笑顔を作ろうとして口の端を無理矢理上げる様子に、緊張していることが伝わってきた。


 そうだ。おれはすごい男なんだ。気安く話せるような相手じゃないんだ。偉いだろう。すごいだろう。

 そんな思いが湧きあがり、腹の底から笑いたくなった。


 すっと西村が手をゆるめたので手を離す。

 すぐに次の手が差し出された。

 そんなにおれと握手がしたいのか。仕方ないな。


 黒縁眼鏡をかけた『コウ』と紹介された男は「お会いできて光栄です」と言い、両手で包むようにぐっとおれの手を握った。


 一度目を閉じた男は、一呼吸のあとゆっくりと瞼をひらき、おれの目を見つめてきた。


「―――」

 なにか言おうとしたが、言葉にならないようだ。

 そんなに緊張するのか。そうだろうそうだろう。


 パクパクと口を開け閉めしていたコウだったが、話すのを諦めたのだろう。手を離し、深々と頭を下げた。

 その態度にまた自尊心を刺激される。



 その後は三上がソファを勧め、おれと三上が並んで座り、対面に目黒だけが座った。

 西村とコウは目黒の後ろに立ったまま。

 若造だから遠慮しているらしい。


 落ち着くなり目黒はペラペラと話しかけてきた。

「どこで仕事してるんですか?」「ハードはどんなの使ってます?」「部屋のエアコン設定温度何度にしてます?」「いつ寝てるんですか?」


 質問攻めしてくるのも同じシステムエンジニアなら知りたいようなことばかりで、こいつがおれに敬意を払った上で少しでも近づきたいと思っていることが伝わってきた。

 ふふん。と得意になる。


「オレ、今四十七です。保志社長、四十九ですよね。オレとそんなに年齢(とし)が変わらないのにあんなすごいシステム開発して、こんな大きな自社ビル建てて、社員いっぱい従えるなんて、ホントすごいですね! 尊敬します!」


 目をキラキラさせておれを褒めちぎる目黒に気分がよくなる。

 いいぞ。もっと褒めろ。

 おれがすごい男だと広く知らしめろ!


「社長のパソコン、見たいなぁ~。部屋の外からでいいから、チラッとだけでいいから、見せてもらえませんか~?」


 ()びるようにねだられて、ちょっとココロがくすぐられた。

「テンもコウも見たいよな!」と目黒の言葉に二人も真剣な表情で「見たいです」「ぜひ」とうなずく。

 ガチガチに緊張しながらも期待している様子にまたココロをくすぐられた。


「……どうされます? 社長…」

 三上はおれが仕事場を見られるのを嫌がるのを知っている。

 扉に触れられるだけで激怒することを知っている。

『嫌なら私が断ります』と目で訴えてくるのが、おれの機嫌をうかがっているようで、またココロがくすぐられる。


 そうだ。おれは『周りが勝手に気を遣う側の人間』なんだ。

 決して『搾取(さくしゅ)される側』ではないんだ。


「近寄りません! 遠くから見るだけでもいいんで!

 あのすごいシステムが生み出される空間を一目でも! お願いします!」

 手を合わせおれを拝み倒す目黒。

 そんなにおれの仕事場が見たいのか。


 自尊心があおられる。今ならどんなことでもできそうな気がする。

 万能感に支配され、おれはうなずいた。


「まあ、ちらっと見るだけなら、いいでしょう」


 途端にパアッと笑顔になり「ありがとうございます! ありがとうございます!」と目黒が両手を挙げて喜ぶ。

 西村とコウは息を飲んだ。それでも興奮していくのがわかる。緊張に顔がこわばっている。

 三上は意外そうな顔をしていたが、どこかホッとしたようだった。


 立ち上がるおれに釣られるように目黒も立ち上がる。

 ぴょこぴょこついてくる目黒と二人の若い男に「そこで止まって」と指示するとピタリと止まる。


 念のため「ここから先には出ないでくれ」と言いおいて、仕事場につながる扉を開く。

 目黒達の場所からはモニタが並ぶ机しかみえないはずだ。


「ハードはどこに置いているんですか?」

 つま先立ちで首を伸ばしながら目黒がたずねてくる。

 おれの仕事場に興味津々だが言いつけを破って怒らせてはいけないというのが丸わかりの態度に得意になる。


「ここからは見えませんね。――もう一歩、出てもいいですよ」

 許可を出すと「ホントですか!?」と喜色を浮かべる目黒。

 飛び上がる勢いで喜び、一歩出た。


 その位置からだと壁面に並ぶコンピュータが見えるだろう。


「すごいですね。スパコンみたいだ」

「スパコンレベルのは別の階にありますよ。会社全体で使うものですね。

 こっちは私だけが使うものです」

「こんなすごい設備を整えているから、あんなすごいシステムが運用できるのか……」


 すごいです。と、ため息混じりに落ちた言葉は心からの言葉とわかって、また自尊心が満たされる。


「でも、最初は市販のパソコン一台って聞いたんですけど」

「ええ。そうですよ」

「パソコン一台からここまで持ってきたって、すごくないですか!?」

「そうですか?」


 驚く目黒に『そうだろう。すごいだろう』と言いたいのを隠してしれっと答える。


「これだけの設備があると、温度管理大変そうですね」

「そこはまあエアコンがありますから」

「掃除は? ホコリ対策は?」

「お掃除ロボットがいますから」

「はー! そんなところもハイテクかー!」


 すごいすごいと手放しに誉める目黒。なかなかかわいいやつじゃないか。


「『バーチャルキョート』が話題になり始めたとき――二十年くらい前?

 オレの仲間内でも話題になったんですよ。

『すごいシステム運用してる』『どこからこんな発想でてくるんだ』って」


 そうなのか。誇らしい気持ちにますます気分がよくなる。


「みんなでよく言ってたんですよ。『社長、いつ寝てるんだろうな』って。

 そのくらいすごいシステムですよね」


 目をキラキラとさせて熱弁をふるう目黒に「ありがとうございます」とだけ答えておく。


「社長、いつも何時間くらい寝るんです?」

 唐突に聞かれ「何時間かなあ」と曖昧に答える。


「オレも若いときはけっこうムチャして二徹とか三徹とかしてましたけど、四十過ぎたらもうダメですね! 寝ないとアタマ働かない!」


 心底「嘆かわしい!」という様子に思わず笑みがこぼれる。


「そういえば、十年……十五年前? 一時エンジニアやプログラマーが行方不明になった時期がありましたよね」


「知ってます?」と聞かれ、固まった。

 三上が「ああ。知ってます知ってます」と答えた。


「ウチも仕事の依頼してた人がいなくなったり、ヘルプで入ってもらおうと思ってた人が連絡とれなくなったり、大変だったんですよー」

「この仕事、精神病みますからねー。あの頃は今ほど労働環境整ってなかったし。

 思い詰めちゃったか、寝なさ過ぎて判断力低下しちゃったかなんかでしょうねー」


「やっぱ寝ないとダメですよね」

 ウンウンとひとりうなずき、目黒は三上に話しかける。


「その点こちらは仮眠室完備で素晴らしいですよね!」

「仮眠室を作らないといけない時点でどうかと思わないでもないですが」

 苦笑する三上。


「みんなちゃんと家に帰ってゆっくり寝てもらいたいんですけどね」

「いやいや。社によっては『固ったい床に段ボール敷いただけで寝る』とか『椅子をつなげて寝る』とか『机の下で丸まって寝る』とか聞きますから。

 しっかり足を伸ばして横になれるなんて、しかもそれが柔らかいベッドなんて、天国ですよ!」

「そのせいか、居ついちゃってるスタッフもいるんですけどね」


 三上と楽しそうに話す目黒は何も気付いた様子はない。

 そのことにホッとして、ハッと気づいた。


「そろそろいいですか?」

 あまり長くこの部屋を見せたくはない。

 この部屋は―――。


「ああ。すみません。ありがとうございました!」

 扉を閉めて目黒の前に戻ると、目黒はそれはそれはうれしそうに両手を出してきた。

 握手を求められているとわかり右手を出すと、ガッと両手でつかまれた。


「ホント光栄です! あの伝説のエンジニアの仕事場を見せていただけるなんて!

 ありがとうございます! ありがとうございます!!」


 ぶんぶんと手を振る目黒に「ど、どういたしまして」とかろうじて答える。

「みんなに自慢してもいいですか?」なんて期待を込めて言われ、またしても自尊心が満たされる。


「『貴方に見せたんだから自分も見せろ』というのが出てきたら困るので、言わないでいただけると」

 そう答えると「そっかー。そうですよねー」「あー、でも、自慢したいなー!」とくねくね(もだ)える目黒。


 そうだろう。おれの仕事場を見るというのは、それほど貴重なことなんだ。

「ハハ」と笑いが出た。


 どうだ。おれはすごい男なんだ。すごい男になったんだ。

 あの頃おれ達を舐めて搾取していた連中に見せつけてやりたい。

 そんなことはもうできないけれど。


「では目黒さん。そろそろ」

「はい」

 三上にうながされ、目黒達はきちんと姿勢を正した。


「保志社長。本日は貴重なお時間を頂きまして、ありがとうございました」

 三人そろって深々と頭を下げる様子に満足してうなずいた。


 こんなに褒めちぎられるならば他人に会うのも悪くないな。

 そう思った。

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