閑話 訪問者 2
電話をかけてきたのは三上だった。
まあおれに電話をかけてくる相手なんて三上以外にはいないんだが。
メシの時間でもない。土曜だから仕事の話もないはずなのに、なんで電話をかけてきたんだ?
面倒だったが、取らないともっと面倒だということは経験でわかっている。
ため息をつき、しぶしぶ通話ボタンを押した。
「……もしもし」
『社長。今いいですか?』
三上が『社長』と呼ぶということは、仕事絡みか。
三上は切り替えがはっきりしている。
仕事の用件のときは『社長』と呼び、態度も上役に対するものとなる。
それ以外の、メシを持ってきたり髪を切ったりするときには『保志』と呼び、態度も偉そうなものになる。
仕事絡みなら仕方ない。
黙って三上の話を聞く。
大体三上が持ってくる話は面倒なものが多い。
やれ取材を受けろとか。やれ質問に答えろとか。
それが『バーチャルキョート』を広げるために必要なことだと理解はしているが、正直面倒だ。
おれはシステムを構築するのが忙しいのに。
そんな雑事はやりたくないのに。
でも、そうだ。
この前三上が電話してきたときに若い女がおれを褒め称えたのは気分がよかった。
いかに『バーチャルキョート』が素晴らしいか。
それを創造したおれがいかに素晴らしいか。
熱心に感動と感謝を伝えてきた。
あれは気分がよかった。
そう思い出していたら、三上が言った。
『実は今、目黒 千明さんの旦那様が来られてるんですよ』
「……………」
………誰だ?
黙っていたらおれがその人物を知らないと気付いたらしい三上が「『バーチャルキョート』に新規参入したいとおっしゃる会社の副社長さんが来られてるんです」と言い換えた。
『この間から何度か確認をしていたでしょう?
「こんなことができるか」って問い合わせが来てるって』
……そういえばそんな話を聞いた気がする。
バージョンアップが忙しかったから「うるさい」「今考えられない」と突っぱねたんだった。
『先方のイメージ画を拝見して、システム担当の副社長さんに来ていただいて、野村くん達と話をしてもらいました。
野村くんの判断は「できる」です』
「……………」
野村がそう言うなら好きにすればいい。
そう思っていたら「それでですね」と三上が続ける。
『この「目黒」の副社長さん、元システムエンジニアなんですって。
「ホワイトナイツ」立ち上げメンバーで「伝説のシステムエンジニア」と呼ばれてるそうですよ』
ほう。
それはなかなかの腕前じゃないか?
驚いて黙っていたら『大げさですよ〜』という聞いたことのない声が聞こえた。
『その目黒さんが「社長に会いたい」っておっしゃるんですけど……』
「……………」
おれの機嫌を窺うような三上の声。
三上はおれが他人に会うのを嫌うのを知っている。
なのになんで電話をかけてきた?
ムッとして断ろうと口を開いたとき。
『社長?』と別の声がした。
『野村です』
――久しぶりに声を聞いた。
創業時から共にシステムを作ってきた男の声に、怒鳴ろうとした口を閉じた。
『社長、年末あたりにマップシステムが格段に良くなったの、気付いてますよね。
あのシステム組んだテンくん、この「伝説のシステムエンジニア」の弟子だったんですって。
今一緒に来てますよ。
彼も「社長に会いたい」って』
――年末……。
そう言われて考えて、思い出した。
突然処理スピードが早くなった。
野村に『なにがあった』と問い合わせたら『外部のエンジニアがいいシステムを考えてくれた』と言っていた。
そのシステムを組んだ男が来ているという。
興味を引かれ、監視カメラの映像を確認する。
システム部にいるのかと思ったらそこはもぬけの殻だった。
どこにいるんだと社内の監視カメラを確認していく。と、二階の食堂に社員が集まっていた。
とりあえず三上と野村を探そうとモニタを切り替える。
ひとつのカメラに三上と野村をみつけた。
そばに見たことのない男が三人いる。
これがその『伝説のシステムエンジニア』とその弟子らしい。
どんな顔をしているのかと興味が湧いてカメラを切り替える。
ひとりは茶髪の四十代に見える男。爽やかそうな人気者の雰囲気にムッとする。
ひとりはもっさりした感じの若い男。黒縁眼鏡をかけ、いかにもパソコンばかりいじっているような男。
そしてもうひとり。背の高い、眼鏡の若い男。
こちらはシュッとした営業のような男。
システムを組んだというのは、こっちのもっさりした男のほうだろう。
『彼、まだ二年生なんですって。
社長に会わせて心酔させて、ウチに入社してもらいましょうよ』
『心酔させる』という言葉にちょっとココロが動いた。
おれはすごい男なんだと。誰もが尊敬する男なんだと言われたよう。
得意になったが、それでも他人に会うのは面倒だった。
「……今別件で忙しい」
そう答えたが、野村は納得しなかった。
『バージョンアップの作業はもうほとんど終わってるでしょ?
ちょっとだけ会ってあげてもいいんじゃないです?』
「……………」
そうして野村はその男の仕事について説明してきた。
聞く限りは確かに優秀な男のようだ。
野村が『即戦力』と判じるならば、そのとおりなのだろう。
そのとき、ふと、気がついた。
モニタに映る、営業のような男の目。
……どこかで見た気がする……?
なぜか気になった。
通話中の電話に声が入らないように『アレ』に呼びかけた。
「……今来ている三人のデータ、調べられるか?」
「確認します」
しばらくの間のあと、ひとつのモニタに三人のデータが現れた。
名前。年齢。住所。職業。
その名前のひとつに、見覚えがあった。
「――『西村 智』――?」
西村 智。
先日の実証実験で鬼に殺されかけた男。
本人か?
あれだけボロボロにされたのに、助かったのか?
「――この『西村 智』というのは、あの実証実験のときに鬼に殺されかけた男か?」
「はい」
「―――!」
なんでこいつがここにいるんだ?
『高霊力保持者』の『能力者』と言っていた。
ナニカを察し、調べに来たのか?
自分のそんな考えに「いや」と嗤う。
わかるわけがない。
あの『異界』は完璧だ。
『こちら』からは察することなどできない。
「以前見たときよりも大人びて見える気がするが……気のせいか?」
あのときは暗い森の中の映像だったから若く見えたのか?
「あれだけ痛めつけられていたのに、よく助かったな」
「『北の姫』の関与があったと考えられます」
その答えに、息を飲んだ。
「この男からは『北の姫』の気配を濃く感じます。
おそらくはかなりの量の霊力を注がれています。
さらに守護の術もかけられていると思われます」
「……つまり、この男は『北の姫』とつながりがある……?」
「可能性はゼロではありません」
――やはりおれの『願い』どおりに物事が進む!
あれだけ探しても手がかりひとつなかった『北の姫』につながる男が向こうから転がり込んでくるとは!
この男の身辺を探らせれば『北の姫』を見つけられるに違いない!
「……こいつを探って『北の姫』と関わりがあるかどうかを調べることはできるか」
おれの問いに「現状では困難かと思われます」と答えが返る。
「現在学校を休学しているため、学校及び登下校を探ることはできません。
また自宅は陣の外側にあたるため、現状で対象者『西村 智』の行動を調査することは困難かと思われます」
「自宅はどこだ?」と問えば、モニタのひとつに地図が表示された。
陣からはずれた山のふもとの一軒家だった。
「……どうにかこいつを探ることはできないかな……」
つぶやきに「この部屋に招くならば可能性はあります」と答えが返る。
「小型の監視カメラを取り付ける、または私の術で式神を取り付けることができれば監視は可能です」
ならばすぐに招こうと言いかけ、ふと思い出した。
「……あいつ『高霊力保持者』の『能力者』と言っていなかったか?」
「そうです」
「安倍家と関わりがあるんじゃないか?」
「可能性はゼロではありません」
「ここに招いて、なにかに気付かれる、またはなにかを探られる可能性があるんじゃないか?」
「可能性はゼロではありません」
「……………」
決まりきった答えに口を閉じる。
考えを巡らせる。
「………なにかを探られるリスクと、『北の姫』に繋がる糸口を得られる可能性と………。
どちらを取るべきかな………」
迷っていたら声がかかった。
『聞いてますか? 社長』
三上の声に「聞いてる」と返す。
三上のため息に続いて野村の苦笑も聞こえきた。
その野村が『テンくんはね』と話をはじめる。
『データ集めやマップシステムだけじゃなくて、『バーチャルキョート』のシステム全体の処理を早くするシステムを提案してくれたり、問題点を解決してくれたり、今すぐにでもスタッフに入ってもらいくらいなんですよ』
「ほう」
そういえば今年に入ってから処理が早くなっていた。
なるほど。このもっさりした男が一役を担っていたのか。
そのそばで西村はえらそうにしている。
野村や他のエンジニアと楽しそうに話をする様子に、その目に、ふと、思い出した。
暗い森の中、やられてもやられても立ち上がる西村。
あいつのあの目が気に入らなかった。
やられてもやられても諦めない、あの目。
ふと、嗜虐心が湧き起こった。
あの目がおれを見てどんなふうになるのか、見てみたくなった。
まだ高校生の西村にとって、社会人の、それなりに有名な会社の社長のおれは雲の上の存在に違いない。
実際「おれに会いたい」「おれの側で働きたい」という人間は後を絶たないと聞いている。
おれのことを知っているならば、西村もきっとおれのことを羨望の眼差しで見つめるに違いない。
もし西村が知らなくても隣の男がおれのことを知っているようだから、大袈裟におれのことを褒め称えるだろう。
そうすればきっと西村も感心するに違いない。
『どうですか? 五分でもいいから、会ってあげてくれませんか?
社長に会えたら感動してウチに入社してくれるかもしれない』
野村のおれを持ち上げるような言葉に、さらにココロが動いた。
あの気に入らない目を持つ男がおれに尊敬を向ける――。
そう考えると、いい気分になった。
「――じゃあ、特別に。五分だけ」
気が付いたら、そう答えていた。