閑話 訪問者 1
『バーチャルキョート』のバージョンアップは計画どおりに行えることが確実になった。
どういうわけか社員達が奮起してスケジュールがどんどん消化されていった。
おかげで七月第一週の現在、バージョンアップに関する仕事はほぼ完了している。
すべてがおれに都合よく進む。
やはり天はおれに味方しているのだ。
『間違った人間達を懲らしめろ』と。
『正しい世界に導け』と。
バージョンアップの作業が終わったおれが取り組んでいるのは、ある人物の捜索。
異世界の『姫』。『北の姫』。
『アレ』の封印を解くことのできる唯一の人物。
五千年前から何度も転生を重ねる娘。
今もこの京都のどこかにいるはずだ。
鬼の召喚実験に居合わせ死にかけたた男を助けるために姿を現した『北の姫』。
ドローンの画像では顔を判別することはできなかったが、背格好から中学生以上だと推察される。
『姫』は京都の人間だと『アレ』は断じる。
京都市には街を取り囲む結界があるという。
そのために『アレ』は京都を出ることができない。
『アレ』を追っているという『姫』達も、必然的に京都に生まれ落ちると、そういうことのようだ。
あれから時間を作っては『北の姫』を探している。
『北の姫』は名を『竹』というらしい。
だから京都市のシステムに侵入し、十二歳から十九歳の女で『竹』と名につく人間を検索している。
『アレ』が言うのに『姫』達は二十歳を迎えることはできないらしい。
おかげで対象が絞られたが、それでも名前に『竹』のつく娘は案外多かった。
『竹』『竹子』『竹乃』『竹美』
おれからしたら古臭い名前だと思うのだが、古臭い街の人間には受け入れられるもののようで、かなりの人間が候補に挙げられた。
『姫』かどうかがわかるのは『アレ』と『姫』に付いている『守り役』だけだという。
『アレ』は動くことができない。
だから京都に張り巡らせた陣を利用して『守り役』を探している。
『アレ』が『守り役』を感知した場所をリストアップしていき、頻繁に訪れる、または常駐している場所を『姫』の居場所と判じようとしている。
陣が完成したのが四月頭。
『北の姫』の存在を確認したのが四月末。
それから少しずつ調べていたのだが、バージョンアップの作業がありなかなか進まなかった。
どうにかならないかと念じていたら、社員達が突然奮起して計画より早く作業が終わった。
おれの『願い』どおりに事が進む。
このまま『願い』の満願までうまくいくに違いない。
「『守り役』の動きはどうなっている? 今日は感知できるか?」
おれの問いかけに『アレ』が答える。
「はい。今日は気配を消していないようで、感知できました」
「!」
これまでも何度も『姫』と『守り役』を探らせてきた。が、どちらも気配や霊力を隠しているようで、何度探らせても見つけることができなかった。
これまでにその存在を確認できたのは、あの鬼の召喚の映像に映ったものだけだった。
知らず笑みが浮かぶ。
やはりおれの『願い』どおりに事が進んでいる。
ここで『守り役』を感知できたのがなによりの証拠だ!
「今日は『北の守り役』と『南の守り役』が行動を共にしているようです」
「どこにいる?」
「東寺周辺に現れ、近くにしばらく滞在。その後伏見区周辺を移動し、現在は北西に向かっています。
安倍家に向かっているものと推察されます」
「安倍家か……」
京都の『能力者』を取り仕切っているという安倍家。
噂では京都の政治経済を裏から牛耳っているとも聞く。
その本拠地は京都市の北西部、北山杉を産出することで有名なエリアにあるという。
「『姫』と『守り役』は安倍家と関係しているのか?」
「数百年前から関わりがあると思われます」
「今生も『姫』と『守り役』が安倍家に身を寄せることは高確率であり得ることだと考えます」
「………ふーん」
モニタのひとつにマップを表示させる。
「『安倍家の本拠地』というのをどうにか探れないか?」
「今回展開した陣の外側である上に、周辺に監視カメラもありません。
現在の状況では、安倍家の本拠地を探ることは不可能です」
「………そうか………」
チッ、と舌打ちがもれる。
そこでふと思いついた。
「『守り役』はどうやって移動しているんだ? 監視カメラに映っていないか?」
「確認します」
しばらくの無言のあと。
「確認しました。画像を提供します」
そうしてモニタにいくつかの画像が現れた。
いくつかに分割された画面には、同じ車が映っていた。
「この男は誰だ」
運転手の男について確認すると「現在の安倍家当主の息子です」と答えが返る。
「安倍 晴臣。現在の住まいは中央区御池。車はこの男の所有です」
説明に合わせて男の顔が大きく映し出される。
四十代半ばと思われる男は、ごく普通に車を運転していた。
車の中には運転手以外に誰も乗っていない。
「『守り役』はどこだ」
「運転手の前、ダッシュボードの上にいます」
「………どこだ?」
質問にモニタの映像が変わる。
該当部分を切り取り大きく写したそこには、黒い亀と小鳥の置物が映っていた。
「………これが『守り役』?」
これまで何度挑戦しても映像を見つけることができなかった。
『アレ』の説明によると『守り役』は『隠形』という姿を消す術が使えるという。だから監視カメラには映らないのだと聞いていた。
まさか亀と小鳥だとは!
「亀が『北の守り役』、鳥が『南の守り役』です」
「……こんなにちいさかったのか……」
ていうか、人間じゃなかったのか……。
「『守り役』は『呪い』で獣の姿になっています。
『北の守り役』は亀、『南の守り役』は鳥、『東の守り役』は龍、『西の守り役』は虎の姿になりました。
大きさは自在にできるようです」
「……そんな話は初めて聞いたぞ?」
責めるように文句を言えば「過去に聞かれたことはありませんでした」とサラッと答えが返ってくる。
チッ、と舌打ちがもれる。
そのとおりだからそれ以上文句も言えない。
ギッ、と背もたれに身体を預け、思考を切り替える。
「……なんで『今』『守り役』は気配を現したのかな……」
「わかりません」
「そりゃそうか」
少し考えて質問を変える。
「『今』『守り役』が気配を現した。考えられる動機は?」
この質問に『アレ』はしばし黙った。
「――いくつかの状況が考えられます」
「言え」
「まずひとつは、『南の姫』を捜索している」
「というと?」
「数百年前から、『南の姫』と『南の守り役』は別行動を取ることが多くなっています。
今生もなんらかの事情で『姫』と『守り役』が別行動となり、行方不明となった『姫』の捜索に『北の守り役』と安倍家に協力を依頼したと考えると、あり得る話だと考えられます」
「気配を現すことが『捜索』になるのか?」
「能力者は互いの霊力を感知できます。
普段抑えている気配を現すことで『姫』を刺激し、霊力を示させて居場所を特定するという方法は、十分考えられます」
「そういうもんか」
一応理には適っている。
「『北の守り役』が同行している理由は?」
「『北』の人間は封印や結界に詳しいモノが多いです。
万が一『南の姫』が封印されていたり結界に閉じ込められていた場合に備えて同行を依頼したと考えることができます」
「なるほど?」
「捜索だから車でウロウロしているということか」
「可能性はゼロではありません」
「なるほど」
モニタを見つめ、考えを巡らせる。
「最初に現れた場所の周辺が『守り役』の本拠地という可能性は?」
「低いです」
「何故?」
「国道の真上で出現しましたので」
「……なるほど……」
さすがに道路の真ん中は『本拠地』にはできないな。
「約一か月前、高霊力保持者がここに突入してきたときに、東寺の真上に出現しました。
そのときの『時空のゆがみ』を確認している、というのも考えられる動機のひとつに挙げられます」
「一月前のことを? 今?」
今更そんなことを調べたってなにもでてこないだろうに。
そう思ったが『アレ』は「可能性はゼロではありません」と淡々と答える。
「一月前に調査したことを、改めて調べなおすことは多々あります」
「なるほど」
先月事件が起きたときに調査している可能性を示され、納得した。
『守り役』は隠形とやらをとっているから気付かなかっただけで、調査をしている可能性は十分にあった。
「今日の『守り役』の行動ルートは、先日の高霊力保持者の行動ルートと重なる部分があります」
「……つまり、この近辺にも『守り役』は来ていたのか……」
「はい」
舌打ちがもれる。
『北の姫』を捕らえるチャンスを逃したのか。
そこでふと気が付いた。
「『北の姫』はどうしている? 車に乗っていないのか?」
「現時点では察知できません」
「つまり?」
「隠形をとって車に乗っていた可能性は否定できません」
「―――!」
ダン!
机に拳を叩きつける。
そんなことをしてもどうにもならないのはわかっているが、腹の底にグツグツと怒りが込み上げてくる。
「―――『姫』を捕らえるチャンスが――」
「くそっ」と毒づいたが『アレ』はいつもの調子で「あくまで可能性です」とだけ答える。
「別の動機としては」
あっさりと次案を説明しようとするので仕方なくそちらに意識を切り替える。
「ただ単にドライブを楽しんでいた。
『守り役』達は車に乗ることはないと思われるので、車に乗せてもらって移動しているうちに興奮して気配を抑えられなくなったとも考えられます」
「……………」
………そんなことがあるわけ………
そう否定しようとして、はたと気付いた。
そうだ。世の中は、案外そんなもんだ。
難しく考え深読みしていたら、ふたを開けたらシンプルな理由だったなんてこと、ざらにある。
なんだかおかしくなって肩に入っていた力が抜けた。
「――そうか。案外そうかもな」
「可能性はゼロではありません」
「なるほど」
そんな話をしていたそのとき。
電話が鳴った。