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第百二十八話 いざ会社訪問

 転移陣をとおって御池に行くと、既に全員揃っていた。

「お、遅くなりました」

 俺達が一番最後と気付いた愛しいひとがあわてて頭を下げる。


「大丈夫だよ竹ちゃん。まだ時間の余裕はあるからね」

 タカさんに軽く声をかけられてホッとするかわいいひと。


 大丈夫だよ。ちゃんと時間考えて動いてるから。

 そう教えようかと思ったが、まあいいかと黙っておくことにした。



 その場には晃もひなさんもいた。

 晃は俺と同じ安っぽいスーツに黒縁メガネ。

 もっさりした印象になっているのはヒロに髪をいじられた結果だろう。


 ひなさんはシンプルなTシャツにジーンズ。

 吉野にいるときのような格好なのはきっと自宅から転移で来たからだろう。


 タカさんはスーツ。他の保護者とハルヒロは普段どおりの格好で思い思いの場所に座っていた。

 双子はハルヒロがそれぞれひとりずつ抱いている。


 守り役達も揃っている。

 緋炎様が大まかな戦略の説明をし、全員がうなずいたところで行動を開始した。




 タカさんの運転する車の二列目に俺と竹さん、三列目に晃とひなさんが乗り込んだ。

 守り役達はちいさくなってそれぞれの膝や肩の上におさまった。


 ひなさんは御池で留守番だと思っていた。

 同行すると知って驚いた。

「少しでも近くで祈りたいんです。

 少しでも『強運』が働くように」


『半身』を守りたいという想いがそのまなざしに宿っていた。

 その気持ちは俺もよくわかる。だから「そっか」と同行に納得した。

 竹さんは渋っていたけれど「少しでも晃のそばにいたいんです」とひなさんに訴えられ、しぶしぶうなずいていた。チョロい。



 車の中では誰も喋らなかった。

 竹さんがそっと手を出してきたので、ぎゅっと握った。

 不安そうな、泣きそうな彼女に「大丈夫だよ」とちいさく笑いかけた。

 彼女は弱々しく微笑み、うなずいた。


 繋いだ手から霊力を流す。

 彼女の霊力も俺に流れてくる。

 そうやって循環させているうちに彼女も少し落ち着いたようだった。



 伏見のデジタルプラネットへは思ったほど時間はかからず到着した。

 早速白露様と蒼真様、竹さんは隠形をとった。

 黒陽と緋炎様はいつものサイズよりもちいさくなり、黒陽が俺の、緋炎様が晃の胸ポケットにおさまった。


 俺達が車から降りる後ろで晃はひなさんを見つめ動かない。

「頼むわね晃」

 ひなさんに声をかけられ「まかせて」と晃が応じる。

 おい。こっそりキスすんな。バレてるぞ。

 うっかりな俺の愛しいひとは気付いていない。黙っておこう。


 竹さんは自分で隠形をかけたので、俺には見えない。

 それでもぴったりくっついてくれているので存在はわかる。

「邪魔じゃない?」そっと聞こえた声に「邪魔じゃないよ」とこっそり答える。

「竹さん、俺にくっついててね。絶対に離れちゃ駄目だよ」

 そうささやくとうなずいたのがわかった。

 きっと悲壮感ただようような必死な顔をしているに違いない。それがわかっておかしくてかわいくて笑みがこぼれた。


「いいか? じゃあ、行くぞ」

 隠形をとった蒼真様と白露様を肩に乗せているはずのタカさんに従い、デジタルプラネットの扉をくぐった。




「ようこそ目黒さん。お忙しいのにありがとうございます!」

 扉をくぐるなり美女が出迎えてくれる。

「お招きありがとうございます三上副社長。まさか副社長自らお出迎えくださるなんて、光栄です!」


 なるほど。この女性が副社長の三上女史か。

 挨拶を交わし、副社長は俺達を上階へと案内してくれた。


 扉を開けたそこは食堂のようだった。

 並ぶ机にたくさんのひとが座っていた。

 全員デジタルプラネットの社員だという。


 今日は土曜日。本来は会社は休み。

 相談を受けるシステム担当者以外にとって『目黒千明の夫に会う』というのは、厳密にはデジタルプラネットの業務外のこと言える。

 それでも「会いたい!」「話をしてみたい!」という声が多く、妥協案として休日に業務外のこととして集まるならと提案したら、全員が出てきたらしい。

 そんなに人気あるのか千明さん。すごいな。


 副社長の、というか、タカさんの登場にその場の全員がザッと立ち上がった。

 誰もが目を輝かせ、ウキウキワクワクしている。

 そんなひと達に気圧されたのか、隠形をとっている愛しいひとが俺の背に隠れたのがわかった。

 頼られてる! 誇らしい!


 顔が勝手にニヤけるのをどうにか引き締め、にっこりと笑顔を作る。


「みんな! おまたせ!

 こちらが目黒 千明さんの旦那様の、目黒 隆弘さんです!」


 副社長の紹介に「わーっ」と拍手が沸き起こる。

 ドン引きの状況にもタカさんは平気な顔で、一歩前に出た。


「はじめまして! 目黒 隆弘です!

 一乗寺の『目黒』という会社の副社長をしています!

 今回は妻の千明の希望が実現できるか、ご相談に参りました!

 どうぞよろしくお願いします!」


 万雷の拍手に「どうもどうも」なんて愛想よく手を振るタカさん。

 と、あちこちから「ハイハイハイ!」と手が挙がった。


「あの!『ホワイトナイツ』の『テイク』さんですか!?」

「『元』ね」

 ニヤリと笑って答えるタカさんに、数人の頬が紅潮していく。


「あの! 色々お話聞かせてもらいたいんですけど!」

「ちょっと待ってよ伊藤くん! こっちだって聞きたいことあるんだから!」

 色めき立つ男性を女性が遮る。


「目黒千明さんの旦那様なんですよね!

 おふたりの馴れ初めは!?」

「夫婦円満のコツってありますか!?」

「千明様のどんなところが好きですか!?」

「おうちでの千明様ってどんな感じなんですか!?」


 女性達が矢継ぎ早に質問を投げかける。人気があるとは聞いていたが、すごいな千明さん。あんな日常生活能力ポンコツなのに。


「妻について語ると一日じゃ足りませんけど、話します?」

「是非!」


「キャー!!」と女性達が喜びの声をあげるのを「ちょっと待ってよ!」と別のひとが止める。


「目黒さんは仕事の話に来られたんだろ!? まずは仕事の話だろ!」

「そうよ! 千明様がどんなことを考えておられるのか、聞くのが先よ!」

「システムエンジニアとして来られたんですよね!? 詳しく話聞かせてください!」

「でも千明様のこと聞きたくない!?」

「そりゃ聞きたいけど!!」


 ………支離滅裂だな。


 呆れ返っていたら、パン! と大きな音がした。

 目を向けると、副社長がにっこりと微笑みを浮かべていた。どうやら彼女が手を打ったようだ。


「とりあえずみんな。落ちついて。

 目黒さんの貴重なお時間をいただいていることを忘れちゃいけないわ」


 その言葉に一同がバツが悪そうに口を閉じる。


「目黒さん」

「はい」

「奥様はおうちではどのように過ごされているのですか?」


 その質問に一部の社員が目をランランと輝かせた。


「家でもテレビのまんまですよ!

 山や花のこと考えて、あんなことしたい、こんなことしたいって言ってます。

 子供達が二歳半になったんで、そろそろ活動を広げてもいいかなって話しているところです」


 その説明にまたもざわめきが起こる。


「『バーチャルキョート』への参入もそのひとつですね。

『バーチャルキョート』内にウチの店を出店させてもらって。

 生花教室をやったり、現実ではとてもできないような大きな作品作りをしたりできないかって、張り切ってます」


 今度は聞いた全員からどよめきが起こった。

「『バーチャルキョート』で生花教室!?」

「作品作りって、どんなのを考えておられるのかしら!!」

 口々に声があがる中、何人かは考えを巡らせているのがわかる。

 考えているのがシステムの人間なのだろう。


「千明がイメージ画を描いてます。見ていただけますか?」


 そう言ってタカさんが机に何枚も紙を並べる。

「わあっ!」と社員が群がる。


「絵も上手なんだ!」「なにこれ素敵!」「これは……どうすべきかな……」

 好き勝手口々に喋る社員達に副社長もタカさんもニコニコしている。


 どうやら副社長は千明さんのイメージ画を見ているようだ。

 他の社員は千明さんの話を聞いたアキさんが書いた細かい注釈をひとつひとつ読んでいる。


 タカさんが亀とオカメインコの置物も紹介する。

「よかったら受付に置いてください」とプレゼントされ副社長をはじめとする女性社員が喜んだ。


 ワイワイ騒ぎ、システムエンジニアと具体的な話をする。

 これはできるか、あれはどうだと検討し、システム容量がどうとか『目黒』でどんなことをすればいいか具体的な話も出た。


 その間晃はずっとニコニコと話を聞いていた。

 いかにも先輩方の話から勉強させてもらっているような顔をしているが、中学の頃から勉強を見ていた俺にはわかる。

 こいつは全く話についていけていない。

 ただただ周囲の邪魔をしてはいけないと、それだけを考えている。


 そのくせ気を遣った社員に「君はどう思う?」なんて声をかけられたら「いいと思います」「難しそうですね」なんて適切な回答をするもんだから周囲は『勉強中のエンジニアの卵』という設定を信じている。

 単にタカさんの思念を『読んで』答えているだけなのに。精神系能力にこんな使い方があるなんてな。


 その流れで俺が冬休みからバイトをしていた『テン』だとタカさんがバラした。


「『テン』くん!? はじめまして『ユーゴ』です!」

 俺の窓口になっていたユーゴさんが自己紹介してくれたので挨拶をする。

「テンくんのシステムのおかげで処理が早くなって助かったよ! ありがとう!!」


 ユーゴさんの褒め言葉に、聞いた竹さんが驚いているのがわかる。

「トモさんすごい」ちいさなちいさな声が聞こえた!

 彼女に褒められた! 嬉しい!!

 

 ニヤけそうなのを必死に抑え、ユーゴさんに向けて微笑みを向ける。

「とんでもないです。お役に立てたならよかったです」


「テンくん、学生さんだっけ? 何年生?」

「二年です」

「じゃあもうすぐ就活だね!」


 勝手に大学生だと思ってくれたらしい。訂正する必要もないので黙っておく。


デジタルプラネット(うち)来なよ! 即戦力、大歓迎だよ!」

 どう答えるか困り曖昧に微笑んでいたら、タカさんがガッと肩を組んできた。


「こいつはオレが育てたエンジニアですよ! あげません!」

「えー!」

「やっぱ『ホワイトナイツ』に入るの?」

「イエ。まだ進路は決めてないんです」

「ならウチにおいでよ!」


 そのとき。

 タカさんがちいさく笑ったのがわかった。


「皆さんは大歓迎でも、社長がなんていうかわかんないでしょー?」


「社長は絶対テンくんのこと気に入るよ!」

「社長に会ったことあるんですか?」

「ないですけどー」

 アハハ! とあちこちから笑いが起こる。


「入社試験は社長が直々にチェックするんです。

 色んなテストがあるんですけど、テンくんなら絶対クリアできるよ!」


 システム担当者からの無責任な励ましに「どうも」と軽く応える。

 と、タカさんが俺から離れ、夢見るようにつぶやいた。


「保志社長が『バーチャルキョート』の基を作ったんですよね。すごいなぁ! (いち)エンジニアとして憧れますよ!」

「ですよねぇ!」

「わかります!」

 ウンウンと周りも同意を示す。


「一度社長にお目にかかりたいって、ずっとこちらの三上副社長にお願いしてるんですけどねー。

 いつも『ダメ』で終わっちゃうんですよー」


 タカさんに目を向けられた副社長は「スミマセン」と苦笑した。


「保志はとにかく人嫌いで。

 もう何十年も私以外の人間と会ってないんですよ」


「徹底してますね」

 はー。とタカさんが呆れたように息を吐く。


「三上副社長は信頼されてるんですね」

「高校時代からの付き合いなので。単に慣れてるだけだと思いますよ。

 それか、単なる便利屋だと思ってるか」

 クスリと笑う副社長に「大変ですね」とあちこちから苦笑がもれる。


「……せっかくここまで来たんだし、社長に会うことってできないですかね……?」


『思い切って聞きました!』みたいにタカさんがオズオズと申し出る。

 副社長も困ったように苦笑を浮かべた。


「駄目だと思いますよ?」

「そこをなんとか! 三上副社長が一緒ならイケるんじゃないかな!?」


『お願い!』と両手を合わせて拝む様子は軽薄なお調子者のよう。

 でもその裏でタカさんが必死に願っていることを俺達は知っている。

 だから俺も晃も同じように手を合わせ必死に願った。


 俺達三人に拝まれ、副社長はさらに困ったように眉を下げた。

 そこにひとりのエンジニアから声がかかった。


「言うだけ言ってみたら三上さん」

「野村くん」

 野村と呼ばれたエンジニアの責任者はニコニコと人の良い笑顔を浮かべていた。


「テンくんの作ったシステムのおかげで仕事が格段に進んだんだよ。

 どんな子なのかって思ってたんだ。

『伝説のエンジニア』の弟子だっていうのなら納得だよ」


 その言葉に副社長の俺を見る目が変わった。

 これは、あれだ。獲物を見つけた捕食者の目だ。


「社長に会わせて『ここで働きたい』って思ってくれたら、即戦力になるよこの子」

「テンはオレの弟子ですよ」

「でも就職先は自分で決めていいでしょ?」

「それは……まあ、そうですけど……」

「テンくんウチにきてもらって、目黒さんの仕事させたらいいじゃないですか。

 知り合いが窓口にいたら気軽に要望出せるでしょ?

 ウチの社員もまた目黒さんにも奥様にも会いたいだろうから、たずねてきてくれたらみんな喜びます」


「いい考え!!」

「野村さん天才!」

「君! テンくん! 入社しなよ!」


 外野が騒ぐ中、副社長は頬に手を添えて考えているようだった。

 なんか色々計算しているのがわかる。


「………テンくん?」

「はい」

「君……将来はどうするとか、考えてる?」


 ――チャンスだ。

 俺の答えで社長への道が(ひら)ける――!


 ぎゅ、と竹さんが腕にしがみついた。

 見えなくても彼女が緊張しているのも俺を頼りにしてくれているのもわかって、奮い立った。


 すう、はあと深呼吸をして、副社長にむけてにっこりと笑顔を向けた。


「できるならばシステムに関する職業に就きたいと考えています。

 ――とはいえ、まだ二年生なので、具体的にどことかは調べてないです」


「ちょっとちょっと。三上副社長。やめてくださいよ。

 こいつ『ホワイトナイツ』最強チームのひとりなんですよ。

 とられたらオレが社長から怒られるじゃないですか」

「アラ。どこで働くかは個人の自由じゃないんですか?」

「そ、そりゃ、そうですけど……」


 タジタジになるタカさんに副社長は余裕の表情だ。


「あのシステム組んだ人間だって知ったら、社長も会いたいと思うよ。

 ボクのときもそうだったじゃない」

「……………そうだったわね」


 野村さんの言葉は副社長のナニカを刺激したらしい。

 ちょっと考える様子を見せた副社長は、チラリと他の社員に目を向けた。

 目を向けられた社員達が口々に意見を出す。


「電話するだけしてみたら!?」

「ここで恩を売ってテンくんゲットしよ!」

「ついでに目黒さんもゲットしよう!」

「ちょっとちょっと! オレは自分の会社があるんですよ!?」

「テンくんゲットしたら目黒さんに繋ぎをとれるでしょ?

 困ったことが出たら相談させてくださいよー。

 会社のホームページ見ましたよー。

 かなりのシステム組んでるでしょー」

「お。わかります?」

「わかりますよー。あれだけ重いデータ載せておいてあの軽さ。ページ構成もいいし」


 タカさんとエンジニア達のやり取りを副社長は黙って聞いていた。

 そんな副社長に野村さんが気付いた。


「ね。三上さん。電話するだけしてみたら?」

 その言葉で、その場の人間の視線が副社長に集まった。

 迷うような副社長に、野村さんはタカさんに声をかけた。


「目黒さん、社長に会いたい?」

「会いたいです!」

「テンくんは?」

「! もちろん、会いたいです!」

 力強くうなずく俺達に野村さんは満足そうにうなずく。


「ホラ。恩を売っておいて損はないと思うよ」

「……………」

「バージョンアップの作業は済んでるわけだし、今ならちょっとなら時間取れるんじゃない?」

「……………」

「なんならボク、システムのこと説明するよ?」


「……………野村くんがそこまで言うなら……」


 迷っていた副社長だったが、困ったようにちいさく笑みを浮かべて俺達に目を向けた。


「電話、してみましょうか」

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