久木陽奈の暗躍 54 作戦会議 2
「今回の訪問で考えられる問題点は」
そうしてタカさんは指を一本立てた。
「社長に会えるかどうか。
オレもなんとか粘ってみるけど、こればっかりは何とも言えない」
「運良く気が向いてくれたらいいんだけどなあ」と、腕を組みぼやくタカさん。
確かにこればかりは神様達の授けてくださった『強運』にすがるしかない。
うなずきを返しながら『お願いします』と竹さんのお守りをそっと撫でた。
「それと」タカさんが二本目の指を立ててVサインを見せる。
「社長が能力者だった場合。
能力によっては皆さんの隠形を見破られたり、トモや晃の高霊力に気付かれたりして追い出される可能性もある」
なるほど、とそれぞれにうなずく。
「それから三つ目」
指を一本増やし、タカさんがぐるりと全員を見る。
「社長が『クロ』だったと仮定して。
『災禍』が社長のそばにいたとして。
守り役の皆様のことがバレる可能性。――つまり」
「『災禍』に逃げられる可能性」
その可能性に全員が「ううん」と唸った。
「……確かにその可能性はないとは言えないわね……」
緋炎様が絞り出すように言う。
「私達に『災禍』の気配がわかるように、向こうにも私達の気配がわかるようなの。
何度か追いかけている途中で姿を消すことがあったわ」
「そうなると捜索は振り出しに戻ることになりますね……。
この段階でそれは、痛いな……」
主座様が「ううん」と唸る。
「……ぼくたち、ついていかないほうがいいんじゃない?」
「でもなにかあったときに晃とトモで防ぎきれるかわからないわよ?」
「修行してきたから大丈夫じゃない?」
「それこそ怪しまれて『災禍』に逃げられたら晃とトモじゃ太刀打ちできないでしょう」
ああだこうだと守り役様が議論を重ねた。
そのとき。
黙って話を聞いていた千明様がポンと手を打った。
その仕草に全員が注目するなか突然立ち上がった千明様は「ちょっと待ってて!」とどこかに飛び出して行った。
すぐさま戻ってこられた千明様。
「これ! これ、使えない!?」
その手からテーブルに置かれたのは、オカメインコと亀の人形。
どちらも緋炎様と黒陽様にそっくり。
違うところがあるとすれば大きさ。いつもの二人よりも一回りから二回りちいさい。
「これ、フェイクにならない!?」
「「「フェイク?」」」
「そう」と千明さんが説明する。
「例えばこの人形に黒陽様の気配をいっぱいつけておいて、さも『ロビーにいますよー』『調べてるけどわかりませーん』みたいにすることは、できない?」
「――『形代』か!」
主座様の叫びに言った本人の千明さんは首をひねっている。
「『形代』っていうの?」
「そう。息を吹き込んで身代わりにするものだ。
これだけ姿の似ているモノを形代とするならば、十分身代わりにできるかも――?」
「ちょっとやってみましょう」と緋炎様がオカメインコの人形に触れた。
ド! と大きく噴き出した霊力が小鳥の人形に込められる。
そして緋炎様は気配を消した。
「どう?」
「――いけます。気配を消した緋炎様よりもこちらの人形のほうが緋炎様の気配が強いです」
主座様がテンション高めでおっしゃる。
私から見ても主座様のおっしゃるとおり人形のほうが緋炎様の気配が強い。
「ちょっと実験してみよう」とヒロさんが言い出した。
「ぼくちょっとあっちの部屋行ってるから。
その間に緋炎様と人形をシャッフルして」
そう言って部屋をでていくヒロさん。
意味を理解した主座様がすぐに人形の位置を変えた。
「緋炎様。こちらで気配を消してもらえますか」
主座様の言葉に「ええ」と移動する緋炎様。
主座様はさらに人形と緋炎様を隠すように布をかけた。
ヒロさんはわざわざ電話をかけてきた。
「緋炎様の気配、するよ」
「僕の前と晃の前、どっちだ」
「ハルの前」
それは人形のほうだった。
「成功かな」タカさんがニヤリと笑う。
戻ってきたヒロさんに主座様が「どこにおられるか指さしてみろ」と布を示す。
ヒロさんは「ここ」と一点を突いた。
布を取ると、そこにはオカメインコの人形があった。
「これならいけるんじゃない?」
布がどけられた緋炎様が期待をこめて主座様を見る。
「この人形を、たとえばタカの車に置いておいて。
いかにも『この近辺を調査してます』って感じにしたら、『災禍』の注意を逸らせるんじゃないかしら!」
「それならオミの車に乗せて、会社の近くを走らせよう。
そのほうが調査してるっぽく思わせられるんじゃないか?」
「いいわね!」
こうして、大まかな作戦が決まった。
「やってみないとわからないけど、やらないとなにも進まない。
この策でやってみましょう!」
緋炎様のまとめに全員で大きくうなずいた。
『体力づくりのための散歩』という名のデートから戻ってきた竹さん達は私と晃がいることに驚いた。
タカさんから「デジタルプラネットに行けることになった」と聞いてさらに驚いた。
私達の策を聞いた黒陽様は大絶賛してくださった。
「もちろん同行する!」と張り切っておられる。
トモさんも協力を約束してくれた。
そして竹さんは。
「私も行きます!」
やっぱりね。
「『災禍』を追うのは私の責務です!
私も隠形とれます! 私も行きます!」
ふんす! とやる気をみなぎらせ主張する。
めずらしい竹さんにトモさんがデレデレしている。
デレデレしながらもトモさんは眉をひそめた。
「竹さんに気付かれたらマズいんじゃない?」
「そ、そ、」
丸め込まれそうになっていた竹さんだったけど、顔をしかめた。
《………でも、トモさんが心配》
《ホントは行ってほしくない。危ないことしてほしくない》
《でも、トモさんでないとダメっていうのも、わかる》
《なら、少しでも守りたい。
まえにひなさんもおっしゃってた。
『イマドキのお姫様』は『好きなひとを守るんだ』って》
《私が、トモさんを、守る!》
そう決意した彼女はグッとトモさんに顔を向けた。
「――しっかり結界まとっていく!
気配も完全に断って、霊力も封じていけば、大丈夫!
……だと、思う!」
―――おや。
竹さんが、タメ口?
いつでも誰にでも丁寧な言葉を使う彼女が、まるで黒陽様に話すようにトモさんに話しかけている。
そのことにトモさんも黒陽様もなんら違和感を感じていない。ごく普通のこととして受け入れている。
「やっぱり心配だよ」というトモさんに「大丈夫!」と答えている竹さん。
おふたりの距離がまた縮まっている。
いいことだ。黙っておこう。
チラリと目を向けると晃もこちらに目を向けていた。
ふたり視線を合わせ、こっそりと微笑み合った。
黒陽様と緋炎様の人形に竹さんは目をキラキラさせて喜んだ。
「かわいい」
「でしょ?」
喜ぶ竹さんに千明様も得意げだ。
「こういうふうに使えないかなって」
そう言って千明様が見せてくれた写真は、花を生けた水盤の横にちょこんと亀がいる写真。別の写真には生けられた枝にオカメインコが止まっていた。
「ウチのスタッフに手先が器用なひとが何人もいてね。
いろんなパターンで小鳥と亀を作ってもらったの。
その中でも一番黒陽様と緋炎様に近い仕上がりなのが、これ」
報告会だおやつだと守り役様達と同席する機会のあった千明様が、あるときひらめいた。
「こんな人形が生けた花のそばにあったらかわいいんじゃない?」
その視線の先におられたのが、ちいさな黒い亀と可愛らしいオカメインコだった。
質感にこだわって作ってもらったらしい。
確かに黒曜石のような黒陽様の甲羅も、緋炎様のふんわりとした羽根の感じもよくでている。
「カラーバリエーションもあるのよ! 見て見て」
スマホの写真を見せてくれる千明様。
亀の甲羅の色違い、オカメインコの羽根の色違いが何種類もあった。
「甲羅に模様つけてもかわいいんじゃない? 水玉とか、お花とか」
「さすがアキ! それもらった!」
商品化も考えているらしい。商魂たくましいですね。素晴らしいです。
「達磨さんみたいに『この色は恋愛成就』とか『この色は開運』とかできたら楽しいんだけどね」
千明様のつぶやきに「付与しましょうか?」と軽く提案するお人よしの竹さん。
竹さんが付与したらとんでもないモノができあがりますからね。やめといてくださいね。
「――これ、いくつもあるんですか?」
トモさんの問いに「あるわよ」と胸を張る千明様。
「それなら、いくつか会社にサンプルで持って行ったら?」
トモさんがそんなことを言い出した。
「で、俺やタカさんがこのサイズになった黒陽と緋炎様を胸ポケットに入れたらどう?
そしたら隠形とる必要ないだろ?」
「そのほうが探りやすいんじゃないか?」とのトモさんの問いに「そのとおりだ!」と黒陽様が嬉々としてうなずいた。
緋炎様も「いいこと言うわね! さすがトモ!」とご機嫌だ。
「千明。龍はないの?」
「猫は!? 猫はないの!?」
そして蒼真様と白露様は千明様に迫っておられた。
「ない」と知るとおふたりともガックリと落ち込まれた。
そうして明後日、デジタルプラネットに訪問することが決まった。