久木陽奈の暗躍 52 『まぐわい』その後
ひな視点です
七月十七日まであと一ヶ月を切った。
あの『まぐわい』はかなりの効果をもたらしたという。
タカさんとトモさんによる『バーチャルキョート』の不正レベル上げは順調に進んでいる。
今のところ運営側に気付かれていない。おそらくは『災禍』にも気付かれていない。
不特定多数の対象にランダムにレベルアップするようなシステムをこっそりと流したその影で、霊玉守護者をはじめとする関係者のレベルを不正に上げ、装備を増やしている。
一気に上げるとさすがに気付かれる可能性があるため、毎日少しずつ上げている。
この調子で進めば、万が一『バーチャルキョート』と『同じレベル同じ装備での戦闘』となった場合でも戦えるレベルにまで持っていけるだろう。
竹さんの体調も良くなっている。
食事も睡眠もしっかりと取っているらしい。
なんと体力作りまで始めたという。
「最近の竹ちゃん、なんだか穏やかになってきたわ」
アキさんがそんなふうにおっしゃった。
間違いなくトモさんの効果だろう。
『まぐわい』からしばらくして、竹さんに会うことがあった。
久しぶりに会った彼女は、なんだか少し成長したように感じた。
アキさんのおっしゃるとおり、穏やかでやさしい雰囲気になっている。
元々穏やかでやさしい雰囲気の女性だったが、同時にどこか張り詰めたような、重荷を背負っている雰囲気も持ち合わせていた。
その『重し』が軽くなったような、どこかのびのびとしたものを感じた。
「これ、私が作ったんです! よかったらひなさんも晃さんも使ってください!」
ニコニコと嬉しそうに差し出してきたのは手首につける念珠。
「ご家族にもお渡しください!」なんてキラキラした目でジャラジャラ渡してくれる。
……………。
チラリと主座様に目をやると、仏様のような笑みを浮かべておられた。
どこか疲れ果てたような諦めたような、そんな笑顔に、色々と察した。
だから色々飲み込んで「……ありがとうございます」と受け取った。
手首につけると、ふわりと竹さんの霊力に包まれるような感覚がした。
これ、なんか付与してあるでしょ?
「石ごとに『運気上昇』と『霊的守護』を付与してあります!」
……………石ごと?
つまり?
このぐるっと連なった石一個一個に付与がしてあると?
それを連結させたと?
……………。
「『付与を施した石をつなげる』など、これまでやったことはなかったのだが。
なかなか効果が期待できそうなものができた!
是非着用して、感想を聞かせて欲しい!」
守り役様までノリノリだ。
どうにか「わかりました」と答えた。
キャッキャとはしゃぐ竹さんと黒陽様をトモさんがデレデレと見守っている。
《かわいいなぁ》なんて、昔のトモさんからは考えられないことを考えている。
そしてそんなトモさんに竹さんが向ける視線が変わっていた。
以前よりもさらに甘えている。
皮が一枚剥けたような、どこか吹っ切れたような。
トモさんにはそのままの竹さんを見せていると『わかる』。
己を『罪人』だと、『災厄を招く娘』だと信じて、他人を巻き込むまいと常に距離を取っているひとが。
トモさんは『受け入れている』。
トモさんを『受け入れて』甘えて寄りかかっている。
そしてトモさんは竹さんが自分を『受け入れて』くれていると理解している。
甘えてくれることを、寄りかかってくれることを喜んでいる。
彼女に頼られることでより強く在ろうとしている。
ふたりの間にナニがあったのかはわからないが、どうやら良い方向に向かっていることは間違いなさそうだ。
引き続きトモさんを竹さんにくっつけておくことを進言しておこう。
晃への守り役様による夜の修行は続いている。
時間停止の『異界』を展開して大暴れしているらしい。
晃も『むこう』で『それなり』と言われるまでに強くなっているらしく「いい相手になるわ」と緋炎様が喜んでおられた。
同じ火属性の緋炎様からすると、強くなった晃だからこそ「覚えさせたいことがある」らしい。
以前にも増して厳しく修行をつけられているらしく、ウチの阿呆がぼやいていた。
私がやりとりするのはもっぱらタカさん。
とはいっても、あれから事態が動いていないので、現状報告を聞いたり雑談をするばかり。
それによると、竹さんとトモさんは毎日『体力作り』名目のデートに出かけているらしい。
先日念珠をもらったときもラブラブだったけれど、さらに甘々になっているという。
「まさかトモがあんなになるなんて」とタカさんが苦笑していた。
その竹さんの作ってくれた念珠に祈りを込める。『願い』を込める。
お守りにも『願い』を込める。
少しでも私達に都合の良い状況になるように。
少しでも晃の助けになるように。
私の体力作りも柔軟も霊力訓練も続けている。
『バーチャルキョート』もプレイしている。
いつどこでどんな状況におちいるかわからない。
何が起こっても対応できるように、考えられる限りのできることをやっている。
七月に入った。
ニュースで祇園祭の始まりが告げられた。
ついに。
言葉にできない不安と緊張で汗がつたう。
どれだけ不安でも状況は変わらない。
やるべきことが見当たらず、ただただお守りや念珠に『願い』を込める。
晃を守れますように。
『ボス鬼』なんかが現れることがありませんように。
『災禍』を滅することができますように。
いつものように学校で授業を受けていた。
さて帰ろうと何気なくスマホを確認すると、タカさんからのメッセージがあった。
『デジタルプラネットに行けることになった』
その一文に、釘付けになった。
行ける? 誰が? なんで? バージョンアップが終わらないと行けないんじゃなかったの?
なんでもいい。チャンスだ! 今度こそ!
すぐさまタカさんに電話をかけた。
『もしもし』
ワンコールでタカさんに繋がった。
「タカさん。ホントですか!?」
『ホントホント。こんなことでウソついてどうするの』
軽い調子で、それでも不敵なタカさんの声に息を飲む。
ついに。ついに!
こうなったらタカさんとじっくり話したい。
そう思ったのはタカさんもだったらしい。
『白露様が迎えに行ってくれてるから。ちょっと学校で待ってて』
どういうことかと思っていたら、すぐにふわりと風が吹いた。
「晃。ひな。おまたせ」
ちいさな声に姿を探すと、白猫がいた。
その黄金の眼。白露様だとすぐにわかった。
一応隠形を取っているらしく、周囲の学生は誰も白猫の存在に気付いていないようだった。
晃と白露様と一緒にそっと教室から移動して、人気のない校舎裏から転移した。
御池の安倍家のリビングには主座様とヒロさんもおられた。
おふたりも制服姿。私達同様、タカさんの連絡を受けて転移で帰られたという。
リビングに集まったのは、私と晃、主座様とヒロさん、保護者の皆さん、そして白露様と蒼真様、緋炎様。
「竹さん達は呼ばないんですか?」
「まだお散歩から帰ってきてないのよ」
連絡を入れれば文字通り飛んで帰ってくるだろうが、まずは私とタカさんで大まかな計略を立ててからにのほうがいいだろうとの主座様の判断だった。
タカさんの説明はこうだった。
先月、私が前川くんにデジタルプラネットに連れて行ってもらった。
そのときに社長のところに連れて行ってもらおうとリカさん仕込みの大演説をぶちかました。
残念ながら社長のところには行けなかったけど、そのときの私の『バーチャルキョート愛』に居合わせた多くの社員が奮い立ったらしい。
さらにはたまたま同席したひとがヘコんでいたのを見かねて励ました。それもまた燃料投下になったという。
そうして奮い立った社員の皆様がそれぞれに持てる以上の能力を発揮し、七月十六日まで、下手したらバージョンアップ予定日である十七日までかかると思われていたスケジュールが全て完了したという。
「新たな『日崎雛の伝説』が生まれたね」なんてタカさんが茶化してくる。
知らんがな。
ノルマ完了した皆さんは、副社長の三上女史に向かって口々に訴えた。
「目黒千明を連れて来て!」
「『伝説のホワイトハッカー』に会わせて!」
「あの前川印刷のコ、また連れて来て!」
千明様はともかく、なんで私!?
「なんかファンがついたらしいよ?」
なんでやねん。
とにかく、予定の仕事は完了したからと三上女史は千明様に連絡をくれた。
『予定より早く時間が取れました』
『社長はお会いできませんが、他のエンジニアはお話を伺えます』
『ご都合がよろしければ弊社にいらっしゃいませんか』
「―――!!」
もしかしたらこれも『運気上昇』の効果かもしれない。
なんでもいい。このチャンスを活かせ!