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第百二十六話 穏やかな日々

 翌日からようやく生活が安定した。

 朝起きて柔軟と体操。それから霊玉作り。朝食を食べて、午前中は霊玉の研究とアクセサリー作り。

 昼食を食べて散歩。帰って夕食を食べて竹さんは寝る。俺は途中で一度起きてタカさんに頼まれた仕事してまた寝る。




 朝の霊玉作りは俺とヒロも強制参加になった。

 ヒロは単に同じ水属性だから「勉強になるだろう」と参加させられている。

「レベルが違いすぎてお話にならないんだけど」と死にそうな顔で言っている。

 それでも黒陽に色々教わってヒロもレベルアップしている。


 金属性の俺は錬成能力があるらしい。前世ではせっせと聖水を作っては竹さんに飲ませていたと黒陽が話す。

「姫のために聖水作れ」と命じられ、やり方を教わってせっせと作る。

「姫のアクセサリー自分で作りたくないか?」

 そうそそのかされせっせと霊玉作りに挑戦する。


 竹さん達が作るのをずっとそばで見ていたから、俺も穴の開いた霊玉は作れた。時間はかかったが。

 それに紐を通しただけの簡単な首飾りを、竹さんはそれはそれは喜んでくれた。

「トモさんがそばにいてくれるみたい」なんてかわいいことを言ってくれるから、うれしくてしあわせでまたせっせと霊玉作りに挑戦する。


 数日かけてどうにか手首につける念珠になるだけの霊玉を作ることができた。

 黒陽に教わった運気上昇の付与を施す。

 竹さんの横でひとつに繋げ、彼女にプレゼントした。

「手、出して」とお願いし、俺が彼女の手首につけてあげた。

 恥ずかしそうに、それでもうれしそうに微笑む彼女に、またも胸を貫かれた。


「おかえし」と俺にも念珠を作ってくれ、手首につけてくれた。

「なんだか結婚式の指輪交換みたいねえ」アキさんにそんなことを言われ、ふたりで真っ赤になって固まった。



 ちなみに南禅寺で買ったポニーフックは俺が付与をつけて彼女にプレゼントした。

 めちゃめちゃ喜んで笑顔になったあと、ハッとして申し訳なさそうな顔をするから、頬を挟んで懇々と『おはなし』した。


 俺が彼女にプレゼントしたくて選んだこと。

 少しでも彼女を守りたいと願って付与したこと。

「どうせ俺なんかの付与じゃ役に立たないよね…」

 わざとそう自嘲(じちょう)したら、素直なお人好しはようやく受け取ってくれた。


 頑固で。チョロくて。

 どこまでも愛おしい、俺の『半身』。

「ありがとうございます」とはにかんで微笑む、その愛らしさにまた胸を貫かれた。


 それからずっとポニーフックをつけてくれている。

 俺の選んだものが彼女を飾っていることがうれしくて照れくさくて何度見てもキュンキュンする。




 アクセサリー作りは順調に進んでいる。


 アクセサリー作りは基本的に御池でアキさんとやっている。

 一乗寺の千明さんの会社の手芸部が「とても楽しかった」らしいのだが、竹さんの霊玉の持ち出しをハルが禁止したので仕方なくアキさんと作っている。


 それでも色々なものができていった。

 手首につける念珠、ネックレス、ブローチ、髪飾り……。

 どれも彼女が祈りと『願い』を込めながら作ったもの。

 だから勝手に『運気上昇』が付与されていると黒陽が説明してくれた。


 俺達やハルヒロの家族だけでなく霊玉守護者(たまもり)みんなとその家族、西の姫、守り役達と、思いつく限りのひとに渡している。


 少しでも運気が上がって、俺達に都合のいい状況を招くことができるように。

 少しでも『災禍(さいか)』を滅する可能性を上げられるように。


『願い』を込めて、せっせと作っている。



 作業に励む竹さんの横で俺はタカさんに指示された仕事をする。

 彼女がそばにいてくれるだけで仕事がはかどる気がする。

 我ながら単純だと思う。




 午後は散歩。


 哲学の道を散歩した。嵐山にも行った。

 やっぱり写真をたくさん撮った。

 店がたくさんあって竹さんのテンションがずっと高かった。

 あれもこれもと見るだけで買いはしない。

 遠慮がちなひとだから買わないんだと、そのときはなにも思わなかった。



 そうしているうちに本格的な梅雨シーズンに入った。

 連日雨続き。

「散歩は無理かなあ」とぼやいたら、保護者達が屋内施設を勧めてくれた。

 美術館。博物館。どこも竹さんは大喜びだった。

 広い館内を歩くのはかなり歩数を必要とした。


 なかでも彼女が喜んだのが水族館。

 年間パスを買って、一日目はこのフロアだけ、二日目はこのフロアだけ、と、少しずつ見ていった。


 目をキラキラさせながら魚に喜ぶ彼女がかわいすぎる。

「見て見て!」といつもより無邪気な様子にこちらも笑みこぼれてしまう。

 そんな彼女に黒陽もうれしそうだった。




 あるとき、なんの気無しにポツリと黒陽にこぼした。

「竹さん、自分の好きなもの買えばいいのにな」


「……姫は罪にとらわれているから」

 ポツリと落ちた言葉の意味がわからなかった。


「自分の好きなことをするのも、自分の好きなものを買うのも、『許されないことだ』と思っている」


 ハア、とため息を落とす黒陽に、なにも言葉が出なかった。


 そういえばそうだった。

 最近のびのびと楽しそうにしているから忘れていた。



 竹さんは罪を背負っている。

災禍(さいか)』の封印を解いてしまった罪を。


 誰が何を言っても耳に入らない。ココロに届かない。

 彼女自身が自分のことを『罪人だ』と思っているから。


災禍(さいか)』の招いた災いのせいで人が亡くなったのを、国が滅びたのを「自分のせいだ」と背負っている。


 その罪に押しつぶされて食事が喉を通らなくなる。思い詰めて眠れなくなる。

 そうして疲弊して生命を落とす。


 その繰り返しだった。



 今生は『半身』である俺がそばにいる。

『半身』はお互いの欠けた部分を補うという。

 それが作用しているからか、俺に気を許してくれているからか、最近の彼女はよく食べよく眠るようになった。


 後ろ向きなことを口にしたり考えていたりしたらすぐさま叩き潰している。

 うれしいこと、楽しいことに目をむけるよう誘導する。

 その甲斐あってか、最近の彼女は俺に甘えてくれるようになった。


 だから、忘れていた。

 彼女が『罪を背負っている』ことを。



 ――罪を償えるとしたら『災禍(さいか)』を滅したとき


 いつか黒陽が言った。

 そのために今色々と取り組んでいる。


 でも、『災禍(さいか)』を滅した、そのあとは?


 竹さんは生きているのか?

 四百年前『災禍(さいか)』を封じたときには霊力を使い果たして死んだと言っていた。


 もし生き残ったとして、『呪い』はどうなる?

 うまく彼女が転生するのにあわせて俺も転生できるならいいが、そうでなければまた彼女はひとりで『半身()』を探すことになる。

 そんなこと、させたくない。



災禍(さいか)』を滅すること。

『呪い』を解くこと。


 これまで五千年なしえなかったこと。

 だが、それが叶わないと竹さんは『しあわせ』になれない。



 首から下げた竹さんの作った守護石をぎゅっと握る。


災禍(さいか)』を滅することができますように。

『呪い』を解くことができますように。


 僅かな可能性にすがるように、今日も『願い』を強く込めた。




 しばらく穏やかな日が続いた。

 彼女がアクセサリー作りをする横で仕事をして。食事をとって。柔軟と体操をして散歩をして。

 いつもふたり手をつなぐのが当たり前になった。

 いつもふたりそばにいるのが当たり前になった。




 竹さんは最初に比べるとかなり体力がついた。

 柔軟も筋トレも目に見えて成果が出てきた。

「すごいね」と褒めると照れくさそうに微笑む。それがかわいい。


 食事もずいぶんととれるようになった。

 最近は血色もいい。

 元気な様子に黒陽が時折涙ぐんでいる。


 話をするときも以前のような弱気が少なくなった。

 楽しそうに、うれしそうに話をしてくれる。

 それが俺もうれしくて、ついにやにやしてしまう。


「好きだよ」

 ついそうこぼしてしまう。


 そう言うと彼女は頬を赤く染めて、ぷいっとそっぽを向いてしまう。

 照れていることが丸わかりの様子がまた愛らしい。


 抱きしめるとホッとしたように力を抜いて俺に身体をあずけてくるようになった。

 甘えられているのがわかって愛おしい。


 ずっとこんな日が続けばいいのに。

災禍(さいか)』もなにもかも投げ捨てて、ふたりずっとこんなふうに穏やかに過ごせたらいいのに。


 つい、そう願う。



 わかっている。理解している。

 これはホンの一時(いっとき)のこと。

 戦いにおもむく彼女に赦された『ご褒美』。

『そのとき』がきたら彼女は戦いにおもむかなくてはならない。

 俺は彼女を送り出さなければならない。


 戦いの末にどんな結末が待ち受けているのか、誰にもわからない。

 彼女は生命を失うかもしれない。これまでもそうだった。


 俺はどうなるのだろう。

 彼女を止める? それとも助けることができる?

 彼女の死を目前にして、彼女の望むように振る舞える? それとも邪魔をしてしまう?


 わからない。

 わからないが、せめてそのときに彼女が少しでも疲弊しないように、せっせと食事をすすめる。せっせと散歩に連れ出す。


「大好きだよ」

 いつ伝えられなくなるかわからない。

 だから、伝えられるときに伝えておく。


「好きだ」

 彼女は困ったように、照れくさそうに笑う。

 それでも喜んでくれていることがわかって、愛おしくてたまらない。



 手をつなぐ。抱きしめる。

 彼女がいる。俺のそばに。


 離したくない。

 戦いになんか行かせたくない。

 彼女を苦しませることは全部俺が取り除きたい。


 そんなことできないって、わかってる。

 それでも。


 このしあわせが少しでも続きますように。

 共にいられるしあわせを、一分でも一秒でも長く。




 夜は一緒に寝る。

 さすがにこれはハルにも保護者達にもナイショにしている。

 もしかしたら蒼真様か黒陽が報告しているかもしれないが、誰もなにも言わないから俺も黙っている。


 年頃の男女が、それも好きあってる恋人同士が同じベッドで眠るなんて、いかがわしいにも程があると自分でも思う。


 でも彼女は俺がそばにいれば朝までしっかりと眠るから。

 彼女が穏やかに眠る様子を見るだけで、この腕に彼女を抱きしめるだけで俺はしあわせで満たされるから。


 だから、当然のように同じベッドで眠る。

 最初は俺を探して起き出した彼女を俺が寝させてベッドに連れて行っていたが、蒼真様に勧められてからは最初から一緒にベッドに入る。


 同じ布団にくるまれて他愛もない話をする。

 彼女がうとうとしはじめたら「おやすみ」とそっと頬をなで、ぎゅっと抱きしめる。

 それだけで彼女は心底安心したように、ふにゃりと力を抜いて眠りに落ちる。


 同じベッドの枕元で黒陽も眠る。

「同じ抱きしめるなら姫に霊力流せ」と命じられ、眠る彼女に霊力を注ぎながら俺も眠る。


 抱き合っているだけで、ひとつに戻る感覚。

『半身』だと、強く感じる。

 しあわせで、溶けそうで。

 満たされて、俺も深く深く眠る。




 そんなしあわせで満たされた日々を過ごしていたある日。



 タカさんがとんでもない話を持ってきた。

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