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第百二十一話 南禅寺デート 1

 竹さんも黒陽も地下鉄は初めてだという。

 実は俺も初めてだ。

 大抵のところには自転車で行くし、そもそもそんなに出歩かないからな俺。


「三人共『初めて』のこともあるんだね」

 そう言うと、彼女はうれしそうに微笑んだ。

 黒陽も楽しそうに笑った。


 切符を買って改札を抜けて地下鉄に乗り込む。

 市内中心部とは逆方向だからか、客はそこまで多くない。すぐに席に座れた。


 席に座っている間もずっと手を握ったまま。

 そのことに他の乗客は何も気にした様子はない。

 なるほど。母親達の言ったとおり、年頃の男女が観光地へ向かうのに手を繋ぐのはめずらしいことではないらしい。


 竹さんも黒陽も興味深いのを隠しもせずにキョロキョロしている。かわいい。


 蹴上にはすぐに着いた。

 さっそく駅からインクラインに上がり、歩く。

 ゆるい下り坂になっているから竹さんでも歩きやすいだろう。


「ここ、テレビで見た気がする」

「俺も来るのは初めて」

 そう答えると、彼女はパッと顔を輝かせた。


「また『一緒の初めて』が増えましたね」

「―――!」


 そんなかわいいこと言わないでくれ! しあわせで倒れそうだよ!!

 くっそぉぉぉ! かわいいぃぃぃ!

 ぎゅうぎゅうに抱きしめたくなる!


「オイ」

 ボソリと黒陽の低い声が耳に届いた。


「あまり浮かれるなよ」

「……わかってる」


 わかってる。けど、仕方ないだろう!

 好きなひとがかわいいこと言うんだから!


 手を繋いで彼女のペースに合わせてゆっくりと歩く。

 少しでも歩きやすそうな場所を選んでいるが、あちこちキョロキョロしながら歩く彼女がいつこけるかと心配になる。

 ぎゅう、と手をしっかりと握り、彼女の足元を確認しながら歩く。


 彼女は無邪気に、楽しそうに歩く。

「すごい」「素敵」とテンション高くはしゃぐ。

 あちらを眺め、上を見上げ、時折後ろを振り返る。

 俺を見上げ「うふふ」と笑う。

 その様子がとにかく楽しそうで愛おしくて、胸がキュンキュンと苦しくなった。


「桜が咲いたら素敵でしょうね」

「よくテレビでやってるよね」


 六月の今はすっかり葉桜だ。

 それでも線路と並木は絵になる風景だ。


「来年の桜の季節にまた来よう」

 軽い気持ちでそう言った。

 彼女はパッと喜色を浮かべたあと、ハッと何かに気付き、そして困ったように微笑んだ。


 ――それまで生きていられるかわからない。

 そう、考えている。

 それがわかって、悲しくなった。


 そんなこと全然気付いていないフリをして、気分を変えるようにわざと明るく声をかける。


「あ! あそこから下りるみたいだ! 行ってみよう」

「うん」



 二人並んで、手を繋いでゆっくりと街並みを歩いた。


「俺、このへん来るの初めてだ。竹さんは来たことある?」

「南禅寺さんは結界の確認のときに来たけど、このあたりは車で通っただけ」

「車で?」


「うん」とうなずいて、彼女がずっと先を指差す。


「もーちょっと行った、あの辺りで晴臣さんに車から降ろしてもらって。

 それから南禅寺さんの中を確認したの」

「転移は使わなかったの?」

「日中に転移使ったら、もしひとが居合わせたらマズいことになるよって晴明さんが……」

「なるほどね」


 それで俺と初めて会った船岡山でもオミさんが送迎していたのか。

 ていうか。


「隠形とって転移ってできないの?」


 パカリと彼女の口が開いた。ついでに足も止まった。

 俺の肩の黒陽も同じように目も口もまん丸にしている。

『その手があったか!!』と言わんばかりのうっかり主従に思わず「プッ」と笑ってしまった。

 そんな俺に黒陽はプンプン怒り、竹さんはガックリと落ち込んだ。


 そうしているうちに有名な三門に着いた。


「おおー。けっこうデカいな」

「立派ですよねぇ」

 感心していると「あのー」と声をかけられた。


 なんだ? と顔を向けると、大学生くらいの男女がこちらを見つめていた。

 反射的に彼女を背にかばう。


「よかったら、その、写真を撮ってもらえませんか……?」


 おずおずと差し出されたスマホに警戒心を解く。

 チラリと彼女に目をやると『やってあげて!』と期待の目を向けている。

 ああ、そうだよなぁ。このひと、お人好しだもんなぁ。

 仕方ない。竹さんの期待には応えなければ。


「いいですよ」と軽く受け取り、写真を撮ってやる。

 スマホを返して画像を確認してもらうと「ありがとうございます!」と二人が喜んだ。

 喜ぶ二人に竹さんもうれしそうだ。よかった。


「じゃあ」と立ち去ろうとしたそのとき、男のほうが声をかけてきた。

「よかったらそちらも撮りましょうか?」


 ……は?


 意味がわからなくて一瞬固まった。

 撮る。そちらも。

 つまり。

 竹さんとのツーショット写真を、撮るということか!?

 なんて提案をするんだこいつ! 天才か!?

 そんなしあわせなこと、してもいいのか!?


 チラリと彼女をうかがうと、彼女も俺を見上げていた。


「……ご迷惑でないですか?」

 竹さんが男にそう言うと「撮ってもらったお返しです」と男女がニコニコと返してきた。


 いいヤツらだな! 神か! 寺にいるなら仏か!


「……じゃあ、お願い、する?」

 おずおずと俺を見上げるの禁止!

 かわいすぎて抱きしめたくなるから!


 うなずくとパッとうれしそうに笑顔を浮かべる彼女。かわいすぎる。


 男に俺のスマホを渡し、三門をバックにツーショット写真を撮ってもらった。

 画像を確認すると、真っ赤な顔の俺とうれしそうな笑顔の竹さんが写っていた。


 なんだこのバカップルみたいな写真。

 めちゃめちゃうれしいんだが。


「見せて見せて」と彼女が身体をくっつけてくる!

 手元のスマホを見せてやると、しあわせそうに微笑んだ!

 もう、もう! かわいすぎるんだよぉぉぉー!!


「ありがとうございました」

「イエこちらこそ。失礼します」


 男女はペコリとお辞儀をし、三門へと向かっていった。


「黒陽は写ってないのねぇ」

「隠形取ってますからねぇ」

 竹さんが俺の肩の黒陽と俺の持つスマホを覗きこみながら話をする。

 だから近いよ! 肩当たってるよ!!


「ねえトモさん」

「!」


 愛しいひとがかわいく呼びかけてくれる。

 どうした!? 今までそんなふうに呼んでくれたことないだろ!?

 あれか? 昨夜爆発したからか!?

 それとも観光地だからか!?


 ドキドキする心臓を気にしないようにして、なんとか「なに?」と返事をする。


「『初めて』が増えましたね」


 うふふ。と、しあわせそうに微笑む彼女。


「『初めて』の『ふたりで撮った写真』です」

「―――!!」


 ――神様ありがとう。仏様ありがとう。

 こんなしあわせな気持ちにさせてくれて。

 竹さんと出会わせてくれてありがとう!


 もう、今なら世界中のどんなモノにでも感謝できそうだ。

 しあわせでしあわせで泣きそうだ!


「……オイ?」

 黒陽がボソリと低い声をかけてくる。でも仕方ないだろ!? 竹さんがかわいすぎるんだから!


 あ。そうだ。写真、竹さんのスマホにも送ろう。

「これ、竹さんのスマホにも送るね」

「ホント!? うれしい」


 俺とのツーショット写真を送られて『うれしい』の!?

 もう、どれだけかわいいんだこのひとは!!


 送った画像を確認した彼女がスマホを見ながらしあわせそうに微笑む。

 その笑顔に、ズキュゥゥゥン!! と撃ち抜かれた。


 これまでも好きだ好きだと思ってたけど、まだ好きになるとか、あるのか!?

 こんなに何度も何度も胸を撃ち抜かれてたら、俺、心臓がもたないよ!!


 胸を押さえてふるふると震えていたら、黒陽のため息が耳に届いた。

 だって仕方ないだろ!? 竹さんがかわいすぎるんだから!!


 スマホを鞄に収めた彼女が俺を見上げる。


「? どうかしました?」

「な、なんでもないよ」

 あわてて俺もスマホを収め、彼女に手を差し出す。


「行こ」

「うん」

 彼女は素直に俺の手を取ってくれた。


 うれしくて、しあわせで。

 こんな時間がいつまでも続けばいいのにと、願った。

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