第百二十話 竹さんの体力増強計画
翌日から竹さんの体力増強計画が始動した。
まずは朝起きて軽く柔軟。それからラジオ体操。
それだけで竹さんはフウフウと疲れているようだった。
「大丈夫?」
「大丈夫」
にっこり笑う顔はやる気に満ちている。
「トモさんが一緒だからがんばれる」
むん! と張り切ってそんなことを言ってくれる。かわいすぎか!
でれっとだらしなくゆるむ顔をなんとか引き締め、「とりあえず朝食にしよう」と御池に移動した。
「竹さんの体力をつけるために散歩をしようと思う」
朝食の場でそう言うと「それはいい」と全員が賛成した。
「哲学の道が歩きやすいわよ」
「嵐山もいいんじゃない?」
「「は?」」
突然何を言いだしたのかこの母親達は。
「俺は離れの周辺を歩くつもりだったんだけど……」
俺の言葉に竹さんもうんうんとうなずく。
「そんなのつまんないじゃない」
千明さんの意見にアキさんもうなずく。
「ただ山の中歩くのもいいけど、お店とかみながらのほうが女子は楽しいに決まってるじゃない!」
「哲学の道や嵐山周辺は平地だから、山よりも歩きやすいと思うわ。
最初は平地を散歩して、慣れて体力がついたら坂道にしたら?」
なるほど。
もっともな意見に二人で顔を見合わせる。
「どうかな? 竹さん」
「おまかせします」
にっこり微笑む彼女。かわいい。
千明さんがさらに付け加える。
「例えば『今日はここまで、明日はここから』みたいにしてもいいし、同じ場所からスタートして『昨日はここまでだったけど今日はここまで来た』みたいにするのもいいんじゃない?」
「なるほど」
それならモチベーションも保てるだろうし、ずいぶんと歩きやすそうだ。
「トモくんと二人で歩くなら大学生カップルに見られるだろうから、観光地のほうが怪しまれないと思うわよ」
その意見にも「なるほど」とうなずく。
保護者達とヒロからオススメルートを聞いて、とりあえず歩いてみることにした。
朝食を食べ終わり、早速散歩に行くことにした。
服装も母親達の指導のもと、歩きやすくかつデートっぽい服装になった。
「トモさんも用事があるのに。ごめんなさい」
「大丈夫だよ。俺の仕事はいつでもできるから。
それより竹さんと出かけられる方がうれしい」
正直にそう言ったら、彼女は顔を赤くして黙った。かわいい。
恥ずかしそうに逸らした目を、チラリと俺にもどす。
上目遣いでうかがうの、かわいすぎ!
へらりと笑みこぼれてしまう。
「……迷惑じゃない?」
「ちっとも」
心の底からの言葉だとわかってくれたらしい。ホッとしたように微笑んだ。
かわいすぎか!
まだ店も開いていない時間だからと、南禅寺周辺の散策を勧められた。
御池のマンションから地下鉄に乗って蹴上まで行って、寺社見物をしてはどうかと。
マップで調べたが、そう大した距離じゃない。これなら彼女も行けるだろう。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってきます」
御池のマンションの一階まで見送りに来てくれた保護者達と双子に二人で挨拶をする。
俺の肩には黒陽。一応隠形をとっている。
「ちょっと待って」
二人並んで歩き出そうとしたら、千明さんに止められた。
何事かと振り向くと、千明さんはこわい顔をしてにらみつけてきた。
「それじゃダメよ」
なんのことかわからず首をひねると、千明さんはビシッ! と俺達を指差した。
「手を繋がないと!」
「「は!?」」
手を繋ぐ!? 公の場で!? 人前で!? そんな夢のようなこと、してもいいのか!?
そんなまるで、バカップルみたいな!
そりゃしょっちゅう手を繋いだり抱きしめたりしているが、それはふたりのときのことで。黒陽はいるけれど、それだけで。
前にデジタルプラネットに三人で下見に行ったときに手を繋いだのは恋人同士に見せるための、言ってみれば演技のようなもので。いや俺にとっては演技じゃなかったんだが、でもそう説明してやったことで。あれはしあわせだった。違う! 落ち着け俺!
ああ! なんか思考がぐちゃぐちゃになってる!!
俺も動揺してしまったが、竹さんもオロオロしている。
そんな俺達に千明さんはさらに説明する。
「男女が観光地で散歩するなら、手を繋ぐのは当然でしょう!?」
きっぱりと、さも常識であるかのように断言する。
「そうなんですか?」
「そうよ!」
「竹ちゃん、目立ちたくないんでしょ?
観光地だったら手を繋ぐほうが『あー、カップルがデートに来たのかー』って思われて目立たないと思うわよ」
「そうなんですか……」
千明さんに続いてアキさんにまでそう言われ、竹さんはあっさりと丸め込まれた!
「ホラホラ。手を繋いで」
せかされて、竹さんがそっと俺を見上げる。
か わ い す ぎ か !
叫びだしそうなのをなんとかこらえ、にっこりと笑う。
「……じゃあ……、ど、どうぞ?」
そっと左手を差し出すと、彼女は「はい」とちいさく返事をして俺の手に自分の右手を重ねた。
「―――!!」
手! 手! 握ってる!! 人前で! 公道で!!
なんだコレ! しあわせか!!
バカップルじゃないか! 恋人同士みたいじゃないか!!
一応『恋人ごっこ』してるんだから『恋人』なんだが。でもなんかこう、『本物の恋人同士』みたいだ!
毎晩同じベッドで抱きしめて寝てるのに。
唇にキスだってしてるのに。
なんでこんな、手を繋いだだけでドキドキキュンキュンするんだ!? 外だからか!? 人前だからか!?
ああもう! 心臓バクバクうるさい!
これ、心臓破裂しないか? 不整脈とか心臓発作とか大丈夫か?
あ! 手汗! 手汗出てないか俺。竹さん嫌じゃないか?
チラリと竹さんの顔を見ると、目が合った。
彼女は恥ずかしそうに、でもしあわせそうにふんわりと微笑んだ。
―― か わ い す ぎ か ー !
なんだそのかわいい表情! かわいすぎるんだよ!
『俺と一緒でうれしい』って書いてある!
かわいいかわいいかわいいかわいい!!
ああもう、大好きだ!
ふと視線を感じて顔を向けると、保護者達がニヤニヤと笑っていた。
冷やかす気満々の顔に思わず反発心が沸き起こったが、母親達のおかげで堂々と手を繋ぐなんてことができるんだ。
グッとこらえて口を引き結ぶ。
俺、今、顔真っ赤になってるんだろうな。
そう思うけれどどうにもできない。
左手の中に彼女のぬくもりがある。
すぐ真横に彼女がいる。
それだけでしあわせで満たされて、他のことが考えられない。
そんな俺にタカさんが軽い調子で声をかけてきた。
「じゃあ二人共、気をつけてな。トモ、護衛しっかりな」
そして俺の耳元に顔を寄せ、俺にしか聞こえない声でそっとささやく。
「デート、楽しんできな」
バッと顔を向けると「ニヒヒッ」といつものように笑う。
その間に竹さんにはオミさんが話しかけていた。
竹さんにタカさんの言葉は聞こえなかったらしい。よかった。
生真面目なこの人のことだ。『デート』なんて言ったらそれだけで散歩に行くのをやめてしまうかもしれない。
でも、そうか。これはデートか。
うれしくてしあわせでフワフワする。
ついギュッと彼女の手を握ってしまい、彼女が俺を見上げる。
「ご、ごめん。そろそろ行こうか」
ごまかすようにそう言うと「はい」と微笑む彼女。かわいい!
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「困ったことがあったらいつでも連絡するのよ」
「夕ご飯までには帰ってくるのよ」
「疲れたらすぐに休むんだよ」
タカさん以外の保護者の過保護な言葉に苦笑が浮かぶ。
「たけちゃー! トモちゃー! いってらっちゃーい!」
「らっちゃーい!」
双子のかわいい見送りに竹さんと二人で手を振る。
ブンブンと手を振るひと達に、俺達も何度も何度も手を振った。