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第百十九話 竹さんの体重

前回のトモ視点です

 愛しいひとと始終べったりくっついて過ごすというしあわせな日々を過ごしている。


 朝目が覚めたらヒロと修行。かなり本気で打ち合う。

 シャワーを浴びたら彼女の寝顔を眺めながら『バーチャルキョート』プレイ。

 彼女が目覚めたら「おはよう」とキスをする。

 朝食をいただいて術の検討をしたり昔の話を聞いたりする。

 昼食を一緒に作って『バーチャルキョート』を動画で検討。彼女はたいてい俺にもたれて寝てしまうから、抱き込んで寝させる。

 目が覚めてあわあわするのもいつものこと。

 キスしてなだめて夕食。

 風呂に入って一緒にベッドに入って少しおしゃべりして寝る。


 しあわせだ。しあわせが過ぎる。がんばってきてよかった。



 その日もそんな風に過ごした。

 彼女を風呂に行かせ、黒陽と話をしていた。

 が、彼女がなかなか風呂から出てこない。

 のぼせてるのか? もしや風呂で寝ているのか?


「……遅くないか……?」

 そうつぶやくとソワソワしていた黒陽もうなずいた。

「ちょっと様子を見に行こう」と二人で風呂場に向かった。


 一応念の為にと脱衣場の外から黒陽が声をかけると、すぐに反応があった。

 ホッとして待っていると、出てきた彼女は俺を見て明らかにうろたえた。


 ……またなにか余計なことを考えているな。


 自分でも眉が寄ったのがわかった。

 それでもなるべくやさしく聞こえるように声をかけた。

「どうしたの竹さん。のぼせた?」


 すると彼女はサッと顔を赤くして、くしゃりと泣きそうな顔をした。


 え? なに?

 戸惑っていると、彼女が大きな声をあげた!


「――トモさんのせいです!」

「は!?」


 思ってもいなかった反応に一瞬虚を突かれた。


「トモさんのせいだもん! トモさんが悪いんだもん!」


 ポカポカと俺の胸を叩きながら「わああん!」と泣く彼女。

 初めて見る子供っぽい様子に驚きを隠せない。

 それ以上にかわいくて愛おしくてたまらない!

 なんだこのひと。なんでこんな駄々っ子になってるんだ? かわいすぎだろう!


 かわいくてかわいくてぎゅうぎゅうに抱きしめる。

 抱きしめても駄々っ子はおさまらない。

 かわいすぎか!


「ごめんね?」

 訳がわからないが、とりあえず謝っておく。


「そうやって甘やかすから! だから!」

「うん。うん。ごめんね?」


 こんな彼女見たことなくて、おそらく俺に甘えてこうなってるんだろうと理解できて、知らず顔がゆるむ。


「トモさんが悪いんだあぁぁぁ!」

「うん。うん。ごめんね?」


 ぎゅうぅっと抱きしめてよしよしと頭や背中をなでる。

 俺に八つ当たりするのかわいすぎ!

 俺に甘えきってるってわかってるのか? わかってないだろうなぁ。かわいいなぁ。


 囲い込んで問い詰めて、ようやく吐いた。

 どうやら体重が増えたらしい。

 そういえば最近輪郭がふっくらしたような?

 せっせと食べさせた成果が出ているらしい。


 とはいえ『太った』とパニックになるほど気にするのは可哀想だ。

 運動を提案すると、彼女はそっと目をそらした。


「………私………その………どんくさくて………」


 そこで「知ってる」と言ったら彼女はさらに落ち込むだろう。

 だから「じゃあちょっと柔軟でもしてみよう」と武道場に連れて行った。




 予想以上に彼女はどんくさかった。


「こうして、こうして」とやってみせるが、うまくいかない。

 前屈はおじぎにしか見えなかった。

 本人は大真面目らしく、必死に足先を目指しているようでぷるぷるしている。

 腕立て伏せは一回もできなかった。

 腹筋させたら肩がわずかに床から浮いただけだった。


 たったそれだけでぜえはあと息を上げている。


 ……できないにもほどがある。


 知らず呆れ果てた顔をしてしまっていたのだろう。

 彼女は俺の顔を見るなり、べしょりと泣きそうになった。


「……………ごめんなさい……」

「なんであやまるの?」


 なんとか起き上がり、正座でうなだれる彼女。

 しゅんとするのかわいい。

 ひょいと抱き寄せ、胡座(あぐら)の俺の足の中にすっぽりおさめる。

 そのままぎゅうっと抱きしめたら、彼女はホッとしたように力を抜いて俺に頭をあずけてきた。かわいい。


 かわいいひとの頭をよしよしとなでながら話しかける。


「今は現状を調べただけだから。

 あやまることないよ?」

「……………でも……」


 俺の中でしゅんとしょげてるのかわいい!

 そうじゃない。落ち着け俺。


「今までは体調整えるので精一杯だったんだから。仕方ないよ。そうだろう?」


 そう言うとようやくのろりと顔を上げ、俺に目を合わせてきた。

 かわいい様子に自然に笑みが浮かぶ。


「ごはんが食べられるようになったから、次は体力をつけよう。

 責務を果たすためには体力が必要でしょ?」


 わざと責務を引き合いに出すと、ようやく彼女はキリッと表情を引き締めた。

 そして力強くうなずく。

 素直だなあ。生真面目だなあ。かわいいなあ。


「まずは柔軟と体操。それと散歩をしよう。

 無理せず、少しずつ体力つけていこう」

「うん」


 おや。


 彼女の口調が変わった。


 今までだったら「はい」と返事しただろうに。

「うん」て。

 それに今までよりもさらに俺に甘えている。むしろ甘えきっている。


 あれか?

 さっき爆発したからか?

 それでなんかこわれたのか?


 指摘すると生真面目な彼女は元に戻してしまうに違いない。黙っておこう。


 ふんす! とやる気になっている彼女ともう少しだけ柔軟をする。

 座って足を伸ばして前屈するのに背中を軽ーく押しただけで「ひにゃあああああ!」と泣き叫ぶのがおもしろかった。



 柔軟だけでぐったりした彼女をもう一度風呂に入れる。

「湯船でしっかり()むんだよ?」と言いつけ、新しいパジャマを取りに行く。

 脱衣場で「パジャマここに置くよー」と声をかけると「はーい」と弱々しい声が返ってきた。


 リビングに戻ると、柔軟後机に置き去りにした黒陽がハルと話をしているのが聞こえた。


「……あんな姫が見られるなんて……」

 グスッと鼻をすする音に、黒陽が泣いているとわかった。

 なんとなく声をかけることもできず、部屋に入ることもできず、入口で立ちすくんだ。


高間原(たかまがはら)に生まれ落ちたときから姫は我ら側仕えにも甘える様子を見せない子供だった。

 いつも我らを気遣い、病に苦しむ己を『迷惑ばかりかけて申し訳ない』と謝り、王族の姫らしく振る舞おうとしていた」


「この世界に落ちてからはいつも罪の意識に(さいな)まれ、『転生者』故に早く独り立ちしようとしていた」


「罪にとらわれ、責務にとらわれ、人一倍がんばってがんばって甘えなど見せることのなかった姫が……あんなわがままな様子を見せるなんて……。

 あんな甘えきった態度を取るなんて……」


「よかったですねぇ黒陽様」

 そういうハルの声も潤んでいた。


「トモのおかげだ」

 黒陽はそう言って、グスッと鼻をすすった。


「食事も睡眠もしっかりとれるようになった。

 霊力も安定している。

 そのうえ『体力をつけよう』なんて話ができるなんて……。

 まるで健康な娘のように……」


「うううう」と黒陽が泣いていた。


「――妻や娘達に見せたかった――」


 そんな大袈裟な。と思ったが、それほどに今の竹さんは五千年でありえないほど健康になったということだと理解した。


 俺が彼女の助けになれた。


 そのことを、突然実感した。


 ――ブワワワワーッ!

 足元から風が一気に吹き上がる!

 あたたかな春風のような、突風のような、ナニカ。


 うれしい。うれしい。うれしい。

 彼女の役に立てた。彼女の支えになれた。

 俺が、彼女のしあわせの一助になれた!


 うれしくてうれしくて震えていた。

 感動で霊力が乱れたらしい。

「トモ?」中からハルに声をかけられた。


 ハッとして顔を出した。

 黒陽は気まずいのか、そっぽを向いていた。

 ちいさな手でゴシゴシと顔をぬぐっている。


「竹さん、風呂に入れたよ」

「そうか」

 そっぽを向いたままの亀が答える。

 なんだかおかしくて愛おしくて笑顔がこぼれた。


「それにしても。あんなに鈍くさくて今までよくやってこれたな!」


 わざと呆れたようにそう言うと、ようやく黒陽がこちらを向いた。


「仕方ないだろう。今までは体調を維持するので精一杯で、体力をつけたり体術を身につける余裕はなかったんだ」


「俺との鬼ごっこでは動けてたじゃないか」

「あれは身体強化と動作補正をかけてたから」


 黒陽の説明によると、竹さんは戦闘時や危険発生時には反射的に身体強化を展開できるように術を組んでいるという。

 他にも動きを補正する術や反応速度を上げる術やらいろいろ持っていて、それで特級の退魔師レベルの戦闘ができる。

 だが普段の、そんな術を使わない状態の竹さんは、体力も筋力もない、普通の女の子のなかでも最下層にあたるレベルの運動能力しかないという。


「とにかく姫は霊力だけはあるから。

 霊力を使って展開する術はいくらでも行使できる。

 だからこれまで体力や運動能力をつけることは重要視してこなかったんだ」


 というよりも、生きるだけで必死でそんなところまで考える余裕がなかったというのが正直なところらしい。


「それが『体力をつけよう』という話ができるようになるなんて……。普通の娘のように……」


 またグズグズしだした守り役に呆れるやらほほえましいやらで苦笑が浮かぶ。


「そうだよ。体力つけさせるんだから。

 あんた甘やかすなよ?

『よくがんはったからもういいだろう』とか『もう休もう』とか言って邪魔するなよ?」


 茶化すように釘を刺すと、守り役はピタリと黙り込んだ。


「……………オイ?」

「……………善処する」


 仕方のない守り役に、ハルと顔を合わせ苦笑した。

ようやく本編(トモ視点)に戻りました

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