閑話 竹 体重(竹視点)
竹視点です
「……………え……………」
意味がわからない。
どういうことか理解できなくて立ちすくむ。
なんで。
なんでこんな。
なにかの間違いじゃ。
震える身体をなんとか動かし、のろりとそこから降りる。
落ち着こう。そう。落ち着かなくちゃ。
すう、はあ、と深呼吸を繰り返す。
今見たものが信じられなくて、もしかしたら間違いかもと思いたくて、おそるおそるソレを見た。
ソレは変わらぬ様子でそのままそこにある。
ゴクリ。
思わずつばを飲み込んだ。
きっと、なにかの間違いよ。
見間違いとか、設定間違いとか。
しゃがんで近くで数字が表示される部分を確認する。
間違いなく『0』になっている。
も、もしかしたら服かな? 服の分かな。
改めて一糸まとわぬ姿になり、もう一度ソロリとその上に乗る。
「……………」
さっきとコンマ二しか変わらない数字が表示されていた。
わ、私、目が悪くなったのかな。ウン。きっとそう。
ホラ、こうしてしゃがんで近くから見たら――。
「……………」
数字は変わらない。
上から見てもナナメから見ても変わらない。
ソロリと下りて確認すると、また『0』に戻ってる。
「……………」
つまり?
コレは壊れてない?
………間違って、ない?
「―――!!」
悲鳴が出そうになるのをなんとか両手で押さえてこらえる。
私史上最も大きい数字が表示されていた。
お風呂上がりの脱衣所。
ふと体重計があるのが目に入った。
あれ。こんなのあったんだ。
そういえば体重なんて長いこと計ってないなあ。
去年の秋に学校の健康診断で計ったのが最後?
……ちょっと乗ってみようかな。
軽い気持ちで乗ってみた。
そこには、信じられない数字があった。
――え? 嘘でしょ?
なにかの間違いじゃない?
ええと、去年の秋は何キロだったっけ? 確か……。
あれ? プラス五キロ?
五キロ!?
え? 私、計算間違ってる?
ええと、ええと……。
指折り数えたけど、間違いない。
プラス五キロ。
……………。
そ、そういえばおなか……
脇腹のあたりをつまんでみると、ふにりとしっかり厚みがついていた。
ひぎゃあぁぁぁぁ!!
そ、そういえば胸もなんだか大きくなった気がする。
はっ! 足も太くなってない!?
に、二の腕……ふにふにだぁぁぁぁ!!
ふぎゃあぁぁぁ!!
脱衣所の鏡に全身を映して改めて確認すると、あっちもこっちもお肉で太くなっている!
そんな! それでなくても私太ってたのに、さらに太るなんて!
はうぅぅぅ。
どうしようどうしようどうしよう。
なんでこんなことに。
今までと何が違う?
今まで。今まで。
黒陽とふたりでウロウロしていたときは……ごはん食べてなかった。
霊力補充するだけで生命活動は維持できるからおなかも減らなくてごはん食べてなかった。
だから? ごはん食べるようになったから?
でも今生の神宮寺のおうちでもごはん食べてた。
あ。でも、小学校卒業するあたりから昔のこと思い出していって、なんかごはん食べられなくなっていった。
神宮寺のおうちにいたときは、朝はカップスープだけ、お昼の給食はほとんど食べられなくて、夜もごはんをお茶碗に少しだけしか食べられなかった。
それでもよく食べたほうで、日によっては眠り続けて食べないとかあった。
今は?
最近の食生活を振り返る。
………私、めちゃめちゃごはん食べてる……。
朝はパンにサラダに卵料理にウインナーやハムの肉類。それにデザートも食べてる。
お昼はその日その日で違うけど、かなりの量食べてる自覚はある。
当然夜も。
そうだ。
トモさんとヒロさんがものすごくたくさん食べるから、つられて食べてた。
トモさんとヒロさんはいつも大きなお茶碗にごはん山盛り二杯食べる。
だから私は大したことないって思ってた。
でも、お茶碗一杯といっても、神宮寺のおうちににいたときの倍以上のごはんが入ってる。
しかもごはんだけじゃなくておかずも食べてる。
そう考えたら、神宮寺のおうちにいたときと比べたら三倍、ううん、四倍は食べてるんじゃないかしら!?
しかも最近はお出かけせずにここで『バーチャルキョート』に使われてそうな術式検討してばっかり。動いてない。
そりゃ太る!
太らないわけがない!
え? なんでこんなにごはん食べてるの私。
今までにこんなにごはん食べたことあった!?
高間原にいたときは霊力過多症でほとんど寝込んでたからごはんあんまり食べてなかった。でもぽっちゃりだった。
そのあと、この世界に落ちてからは?
そんなに食べた記憶がない。
今生の子供の頃はよく食べてた気がする。
成長期のときはすごく食べて、背がニョキニョキ伸びた。
でも記憶を取り戻してからはごはん食べられなくなって……
……なんでごはん食べられなくなったんだっけ?
ええと、ええと……。
……そうだ。昔の罪を思い出して、苦しくてごはんが喉を通らなかったんだ。
私が『災禍』の封印を解いたためにたくさんの人が亡くなった。
高間原も滅びた。
姫達も守り役達も私のせいで『呪い』を刻まれた。
そうだ。
私のせいで。
思い出しただけで、今も苦しくなる。
なのになんで今はごはん食べれるんだろう。
――トモさんのせいだ!
ハッと気がついた!
そうだ! トモさんのせいだ!
あのひとが「これおいしいよ」って少しだけくれるから、それなら食べてみようかなって食べるんだ!
あのひとが「食べられなかったら俺が食べるから、ちょっとだけ食べてみなよ」ってすすめるから食べるんだ!
お料理しているときも「ちょっとだけ味見してみて」とか「出来立てだよ」とかって食べさせるから!
だから私、今までに考えられないくらいごはん食べてるんだ!
だからこんなに太っちゃったんだ!!
おまけに最近すぐに寝ちゃってる!
食べて寝てばっかりだ! そりゃ太るよ!
今までにこんなに寝たことあった?
夜だってまともに寝られないことがほとんどだったのに。
今は私、お昼寝もして夜もしっかり九時間以上寝てる!
なんで!? なんでこんなに寝てるの!?
霊力駆使したわけでもないのに!
最近の寝ている状況を思い出す。
――トモさんのせいだ!
ハッと気がついた!
そうだ! これもトモさんのせいだ!
あのひとが抱きしめてくれると、なんでか安心してトロンてなって寝ちゃってる!
あのひとにくっついてるだけであったかくてほわあってなって、いつの間にか寝てる!
最近ではそれが染み付いちゃったのか、あのひとに抱きしめられてポンポンされるだけで寝てる!
だから私、今までに考えられないくらい寝てるんだ!
だからこんなに太っちゃったんだ!!
はわわわわ、と震えていると、扉の外から声がかかった。
「姫? どうしました?」
黒陽の声にハッと正気に戻る。
いけない。ずいぶん時間が経っちゃった。
まだトモさんにもお風呂入ってもらわないといけないのに。
「ごめんなさい。すぐ出ます」
あわてて服を着て扉を開けたら、目の前にトモさんが立っていた。
肩に黒陽を乗せて、心配そうにこちらを見ている。
「どうしたの竹さん。のぼせた?」
心配そうにしてくれるけど、貴方のせいで、私、私……!
「――トモさんのせいです!」
恥ずかしいのや情けないのや、いろんな気持ちがぐるぐるしてごちゃごちゃで、そんなところにひょっこり本人が現れるから、なんだかよくわからないけど、爆発した!
「は!?」とびっくりした顔のトモさんに無性に腹が立って、ポカリと胸を叩いた。
「トモさんのせいだもん! トモさんが悪いんだもん!」
「わああん!」
感情がぐちゃぐちゃで、なんでか涙が出てきて、ポカポカとトモさんを叩いた。
トモさんは戸惑いながらも「ごめんね?」と私を抱きしめてくれた。
「そうやって甘やかすから! だから!」
「うん。うん。ごめんね?」
「トモさんが悪いんだあぁぁぁ!」
「うん。うん。ごめんね?」
ぎゅうぅっと抱きしめてくれて、よしよしってなでてくれて、爆発したのがちょっと落ち着いた。
落ち着いたら自分の行動が恥ずかしくなった。
私、駄々っ子じゃない!
「……ごめんなさい。トモさんが悪いんじゃないの。私が悪いの。ごめんなさい」
謝ったらまたぎゅうぎゅうに抱きしめられた。
「いいよ。どうしたの?」
「……なんでもないの。私が悪いの」
「……竹さん?」
ピリ。
トモさんの気配が変わった。
あ。マズい。
そう気がついたけど、手遅れだった。
ほっぺを両手ではさまれて上を向かされ、トモさんが目を合わせてくる。
まっすぐに目をのぞき込まれて、そらすともっと怒られる。
「いつも言ってるでしょう?
俺には本当のこと言って?
嘘つかれるのも、ごまかされるのも、俺、かなしい」
ムッとしてそんなふうに言う。
トモさんはいつもやさしいけれど、私が自分を卑下したり具合が悪いの黙ってたりしたらすごく怒る。
私のために怒ってくれてるとわかっているけれど、怒ったトモさんは、すごく、こわい。
「ごめんなさい」と謝ったけれどダメだった。
「謝らなくていいから、ちゃんと本当のこと言って」と追求してくる。
「なにが『悪い』の? なにがあったの?」
じっと見つめてくる目は、私のことを『絶対に逃さない』と言っている。
こわくてこわくてそっと目をそらすと「ちゃんと俺を見て」と両方のほっぺをはさまれて顔を近づけられる。
黒陽に助けてもらいたくても、黒陽のいるほうに目を向けようとしただけで怒られる。
あ、あうぅぅぅぅ。
情けなくて、こわくて、また涙がにじんできた。
「………トモさんが」
「『俺が』?」
「甘やかすから」
「『甘やかすから』?」
「だから……………」
べしょ、と顔が情けなくゆがむ。
泣きそうで涙が喉につかえて言葉が出ない。
ふるふるしていたらトモさんが呆れたようにため息をついた。
その様子に、息を飲んだ。
どうしよう。嫌われちゃう!
すごくかなしくなって、さみしくなって、ぽろりと涙が落ちた。
トモさんが涙をぬぐってくれたけど、涙はなおもぽろぽろと落ちていく。
ぎゅう。
またトモさんが抱きしめてくれた。
トモさんに包まれている、それだけで安心して、それでも情けなくて、また感情がぐちゃぐちゃになっていく。
トモさんの胸に顔を埋めて抱きつく。
涙が止まらないかと顔をふるふるしたけど全然止まってくれない。
情けない。なんで私はこうなんだろう。
仮にも王族なのに。
社交の勉強なんて一切してないけど。
なんにも知らない『名ばかり姫』だけど。
情けなくて情けなくて、でもトモさんが甘やかしてくれるから、ぽろりと言葉がこぼれた。
「トモさんが悪いんだもん」
「なにが?」
「――ちがうの。トモさんは悪くないの」
「だからなにが?」
「私がごはん食べるのがいけないの」
「ごはんは食べないといけないよ?」
「でも」
「でも、なに?」
ポンポンと背中を叩いてくれる。
ぎゅうっと抱きしめてくれる。
ここは、世界で一番安心する場所。
ここは、私がわがままを言ってもいい場所。
なんでだかそんなことが浮かんで、ぎゅうっと抱きついた。
「いつも言ってるでしょ?
ちゃんと言葉にしてくれないとわからないよ?
どんなちいさなことでも、どんな苦しいことでも、教えて。
俺は、貴女のことが、知りたい」
耳元にやさしい声が落ちる。
「俺には本当のこと言って?
嫌なことも、つらいことも、言いにくいことも、ちゃんと伝えて。
俺は何聞いても怒らないし、貴女のこと嫌になったりしないから」
そうやって甘やかしてくれるから。
私はどんどん甘えん坊になる。
貴方に甘えて、なにもかも放り出したくなる。
ずっとここにいたい。
ずっと甘えていたい。
そんなふうに、考えてしまう。
ぎゅう。
抱きついてもトモさんは怒らない。
トモさんもぎゅうっと抱きしめてくれる。
それが苦しくて、うれしい。
「――で? どうしたの?」
「……………言わなきゃ、ダメ……?」
「ダメ」
きっぱりと言うトモさんは、私をにがしてくれそうにない。
いっぱい甘えてぎゅうぎゅうしてもらって、満たされて、ちょっとだけ気持ちがゆるんだ。
「……………」
「なに?」
「……………太った、の……………」
「え?」
「……………体重……………その………増えてたの……………」
「……………」
「……………」
ううう。恥ずかしい。顔上げられない。
恥ずかしくて恥ずかしくてぎゅうっとトモさんの胸に顔を埋める。
と、突然ふわりと身体が浮いた!
「ひゃ!」
思わずもれたヘンな声にもトモさんは動じず、お姫様抱っこの私の顔をのぞき込んできた。
「軽いよ?」
「そ、それはトモさんが力持ちだから!」
「体重増えてたの?」
サラリと言われ、恥ずかしくてまたうつむいてうなずく。
と、トモさんは「よかった」なんて言う。
「よくないもん」
「なんで? 食べたごはんがちゃんと栄養になったってことだろ?
貴女が元気でいることが一番なんだから。
ちゃんと身になって、よかったよ」
「食べさせた甲斐がある」なんてうれしそうにしないで!
「だって」
「だって、なに?」
「元々太ってたのに、また太っちゃって……」
情けなくて泣きそう。
そんな私にトモさんは簡単そうに言う。
「じゃあ、運動しよう」
「え」
「食った分運動すれば、太らないよ?」
そしてにっこりと微笑む。
「だから『ごはん食べない』とかは許さないからね」
そうして私はその日からトモさんの指導のもとトレーニングをすることになった。
私のあまりにも運動できなさにトモさんに呆れられた。