久木陽奈の暗躍 50 『まぐわい』 2
周囲を高霊力体に取り囲まれている。
何百何千の眼から向けられる視線が私達を刺す。
竹さんの作ってくれた薄衣が守ってくれているのがわかる。お守りも守護結界も精一杯仕事してくれているのがわかる。
そんな中、どなたかが反応を示された。
《是》
《諾》
そんなイメージが伝わってきた。
つまり?
承諾された?
隣の晃がチラリと私に目を向けたのがわかった。
どうにか晃のほうに目を向けると、私の最愛はちいさくちいさくうなずいた。
「―――!」
承諾された。
やった!
まずは第一段階突破だ!
私もちいさくちいさくうなずきを返す。
ふたり揃って深く深く平伏した。
「――承認を確認致しました」
菊様の声が響く。
「これより『まぐわいの儀』を執り行います。
執り仕切りますは私、高間原の西、白蓮が女王、白菊。
『まぐわい』ますは、吉野の修験者であり伊勢の『火継の子』日村 晃と、その『半身』である久木 陽奈」
菊様の言葉に合わせて頭を下げる。
「久木陽奈の『願い』。
『災禍』の『運』に負けない『強運』。
『半身』を守るため、『災禍』を滅することのできる『強運』をお授けくださいませ」
深々と菊様が頭を下げられるのに合わせて、守り役様も含めた全員で頭を下げる。
「日村晃の『願い』。
『半身』たる久木陽奈の『願い』の成就。
どうぞ、お聞き届けくださいませ」
姿勢を正した菊様が再び頭を下げられたので、再び全員で平伏する。
……なんか《わかったから早くしろ!》みたいな思念を感じるんだけど……。
あ。焦らしてもったいつけてテンション上げるんですね。ワルですね菊様。
くるりと私達の方に向き直られた菊様がうなずかれた。
晃とふたり、深く平伏して了承の意を示す。
ふたり揃って立ち上がった。
くるりと反対方向を向く。
と、部屋のサイズが変わっていた。
ていうか、壁がない。
さっき感じた。『天井が抜けた』『壁が消えた』
そのとおりのことが起こっていたらしい。
もしやと思って上を見たら、なにもなかった。
ただ真っ暗な空間が広がっているだけ。
広々とした空間に、陣の描かれた大きな布とその中央に大きな布団がある。
ああ。『ここ』はもう『現世』ではないのか。
唐突に理解した。
『ここ』は『神域』。神々の領域。
リィィィィン。
菊様がベルを鳴らす。
その音に従うように晃と揃って深く頭を下げた。
リィィィィン。
リィィィィン。
音に合わせて動く。
頭を上げる。晃と手をつなぐ。
《大丈夫だよ》
愛しいわんこが励ましてくれるからぎゅっとその手を握った。晃も握り返してくれる。
リィィィィン。
ベルの音に急かされるように手を離す。
一歩、また一歩と、ベルの音に合わせて歩を進める。
陣が描かれた布の前に着いた。
そこで一礼。
そうして再び手をつなぎ、揃って足を踏み出した。
陣の内側、描かれた円の内側に足を踏み入れた。
途端、陣がポゥ、と光った。
ここからは円に沿って分かれて進む。
私は右から、晃は左からまわる。
円を形作る文字のような文様を、ベルの音に合わせてひとつずつ踏みしめていく。
一歩、また一歩と進むごとにポ、ポ、と陣が光る。
守り役様達が四隅で見守る中、数多の視線を感じながら、どうにか陣を半周した。
再び正面から向き合った私と晃。
しばしじっとお互いに見つめ合った。
「――『我が愛しき貴女』」
晃がそっと言葉を紡ぐ。
決められた台詞のはずなのに、その言葉には熱い想いが込められていた。
《おれのひな》
《おれの唯一》
《愛してる》
晃はこんなにも私を愛してくれている。
それが伝わって、うれしくてしあわせで満たされて、胸がいっぱいになった。
「――『我が愛しき貴方』」
決められた台詞を口に乗せる。
声が震えていた。
そんな私に晃はやさしく微笑んでくれた。
愛してる。愛してる。
私の『半身』。私の唯一。
死なせない。絶対に守る。
そのためなら、どんなことでもする。
晃がそっと頭から被っていた薄衣を肩に落とした。
私の薄衣も同じように肩に落とした晃は、そのまま私を抱きしめた。
私も晃の背に腕をまわし、ぎゅうっと抱きついた。
「おれの『半身』。おれの唯一」
「愛してる」
私も。愛してる。
晃はそっと私を離した。
じっと見つめるその眼には熱い火がある。
《《愛してる》》
ふたりの思念が重なった。
どちらからともなくそっと顔を寄せ、唇を重ね合わせた。
結論から言おう。
大成功だった。
あの『陣に入りぐるりと回る』行為が、結界の発動条件だった。
私達が陣に入り文様を踏みしめながら半周ずつし、出会い抱き合ったことで陣が完成した。
発動した結界により陣の内側は完全に『神々の世界』に『入った』。
四隅にいた守り役様にあとで聞いたところによると、陣の内側を歩いているときは「見えていた」けど、私達が抱き合った途端「見えなくなった」という。
つまり?
はあ。抱き合う前にいた『世界』は菊様の『異界』と『神々の世界』が重なった状態だったと。
そこから陣が完成して発動したことで、陣の内側だけが完全に『神々の世界』に移動したと。
そんなことあるんですか。わけわかんないですね。
陣の内側――『神々の世界』は、陣の外側とは時間の流れが違っていた。
陣をぐるりと回って再び出会った私達は、感動とともに抱き合った。
そうして、そのままフッカフカの布団の上に移動した。
そこからは、まあ、そういう行為を致した。
私がこれまで晃に最後まで許さなかった一番の理由は、妊娠をおそれていたから。
どれだけ対策を取っていても『万が一』ということが起こりうるということを、ヲタクな私は古今東西数多の文献により知っていた。
だから「結婚まではシない」といつも言っていた。
そんな私に配慮してくださったのか、菊様は「この日は絶対に妊娠しない」という日を『先見』してくださった。
そこから逆算していって全てのスケジュールが決まっていった。
その上、蒼真様が特製の避妊薬を処方してくださった。
ここに移動する前に飲んだのがその避妊薬。
一緒に飲んだのは霊力を一時的に上げる薬。
これまでは霊力増幅アイテムで装飾過多に飾り立てることによって霊力を底上げして事に当たっていた。
でも今回はアクセサリーをつけることはできないから、薬で底上げすることになった。
晃は属性特化の高霊力保持者。
私とは霊力差がありすぎる。
その晃の霊力に当てられないように「念の為に」と事前に霊力増幅薬を飲んだのだった。
そうやって色々と対策を講じて実行に移した『まぐわい』。
正直に言おう。
すごかった。
これまでの交わりは児戯だったと知った。
重ねる肌が。混じる霊力が。
ひとつに溶ける感覚。
お互いを求め合い、愛し合う歓び。
ものすごくしあわせを感じた。
ものすごく満たされた。
とにかく気持ちヨかった。大満足だった。
ふたりの霊力が混じり、周囲にあふれた。
花火のように飛び散る霊力に観客は大盛りあがりになった。
興奮しすぎた晃が火を噴き出したけど、私の霊力と混じった炎になってそれまで献上された。
そういえば炎噴き出したのになんで布団燃えなかったんですかね?
は? これも竹さん作? 布団まで作れるんですかあの方。
え? 違う? シーツだけが竹さん作?
昔東の姫が『病人のための大きな布があれば』と言ったのを聞いて作ったけど『使えない』って怒られてずっと竹さんのアイテムボックスに入れてたモノ。
はあ。『病人用』と聞いて汚れ防止やら自動修復やら回復やら付与してあると。
それで晃の炎でも燃えなかったと。
………とんでもない方ですね………。
それはともかく。
行為を終えた私は、しあわせを感じていた。
晃に愛されて、晃に私を捧げられて、ただしあわせだった。
これで『運気』を上げることができると安心した。
やるべきことをやりきった。気持ちよかった。愛し愛され満たされた。
そんな満足感に浸っていた。
なのに。
阿呆は満足していなかった。
「ひな……。もう一回、いい?」
そのおねだりに、観客の皆様が大喜びになった。