久木陽奈の暗躍 48 奉納舞後
行きと同様、帰りも緋炎様の転移で帰った。
一瞬で周囲の光景が変わる。
「おかえりなさ〜い。どうでした?」
アキさんののんきな声に白露様が「大成功よ!」と返している。
今回は留守番だった父と兄もやって来て緋炎様と主座様に「連れてってほしかった!」と文句を言っている。
「さあさ。皆様。今日のお夜食はおうどんですよー」
「ありがとう真由!」
「気が利くわね! いただくわ!」
ワイワイとにぎやかな光景がなんだか非現実的に感じる。
私のナカでまだ晃の『火』が燃えている。
神仏からいただいた『光』がきらめいている。
なんとなく動けなくてただボーッとしていたら、晃がそっと背中に触れてくれた。
見上げると、あたたかな火がそこにあった。
穏やかな微笑み。やさしいまなざし。
私の愛しい。
なんだか胸がいっぱいで、泣きたくなった。
そんな私を晃はさっと抱き上げて、こっそりと連れ出してくれた。
庭の片隅でそっとおろしてくれる。
空には満天の星。さっき見た光のカケラが散りばめられているみたい。
この空は伊勢につながっている。
京都にも、神様の世界にもつながっている。
過去にも、未来にもつながっている。
言葉にならない想いが身体をめぐっている。
血が、霊力がめぐっている。
感動が。感謝が。愛情が。祈りが。
ぐるぐるぐるぐると私のナカでめぐっている。
「ひな」
やさしい呼びかけに目を向けると、晃は穏やかな笑みを浮かべていた。
目に涙をたたえて。
晃がその手を伸ばしてきた。
そっと私の目をぬぐう。
あれ。私、泣いてた?
晃はなにも言わず、ただやさしい笑みを浮かべた。
そうしてそっと私を抱きしめた。
ああ。晃も同じなのね。
身体のナカでいろんなモノがめぐっているのね。
抱き合うことでひとつになった私と晃の身体を、ふたりの感情がめぐる。
霊力が、感動がふたりの身体をめぐっていく。
「愛してる」
ぽろりと言葉があふれた。
感情がそのまま言葉になったようだった。
「おれも。愛してる」
晃の感情が吐息と一緒にこぼれたようだと思った。
吉野で。伊勢で。霊力と舞を奉納した。
捧げたつもりで与えられたのは私達のほうだった。
私達は『吉野の子』。
この吉野を守る連理の木。
両親、祖父母、曾祖父母、代々継がれてきた系譜。
伊勢の『火』を継いだ、ふたつの血族。
めぐりめぐってこの地に生まれた。
めぐりめぐってまた出会えた。
愛してる。愛してる。
私の『半身』。私の唯一。
生まれ変わってまた出会えた。
ふたりいつも共に在った。
ずっと支え合っていた。
これからも、ずっと。
ずっと。
「愛してる」
私の想いに、晃はやさしく微笑んだ。
「おれも。愛してる」
顔を上げ、目を閉じ、そっと唇を重ねる。
ただ抱き合う。ひとつになるように。
ぬくもりが、感情が、身体が、霊力が、ひとつになるように。
これまでに何度もキスをした。
激しいキスも、むさぼるようなキスもあった。
それなのに、これまでのどんなキスよりも深く熱い愛情を感じた。
ただ重ねただけのくちづけは、まるで初めてのような、厳かで尊いキスだった。
奉納舞から数日後。
いよいよ今日が本命の『お願い』の日。
場所は北山の安倍家の離れ。
一階の、神棚のあるお部屋。
私達の今回のたくらみのことは竹さんトモさんにはナイショ。
これから私がナニをシようとしているか知ったら、あのお人好しなかわいいひとはココロを痛めるに違いなかった。
トモさんには言ってもいいけど、なんか気恥ずかしいから言いたくなかった。
だから彼女らにバレないように準備を進めた。
黒陽様には協力を依頼した。
話を聞いた黒陽様は他の守り役様と同様痛そうなお顔をされたあと「スマン」とうなだれた。
「そこまでの犠牲をひなに強いることになったのも、私のチカラが及ばなかったからだ。
そもそも私があのとき姫を支えられなかったから――」
落ち込みまくる黒陽様を「大丈夫です!」とあわてて止める。
「『いつかは』って思ってました。それが役に立つならば、これほど有益なことはありません!」
「だが、」
くしゃりと顔をゆがめる亀ににっこりと微笑み「大丈夫です」ともう一度告げる。
「それよりも結界をお願いします。
菊様の『異界』の中で行うこととはいえ、竹さんや『災禍』にバレることがあってはなりません」
そう説明するとキッと表情を引き締める亀。
「任せておけ」と力強く請け負ってくださった。
北山の安倍家の離れは、主座様が場所を選定して建てさせた建物。
霊力豊富な安倍家の敷地の中でも、地中を走る龍脈の上に建っている特別な場所。
千年にわたり姫達のお世話をしている主座様は、今生も姫達のお世話をするつもりでこの建物を用意した。
二階は居住スペース。
大人数で食事や打ち合わせができるように大きなリビングダイニングキッチンを用意。
四人の姫のために個室を四部屋。
お世話の人員のために四人部屋と二人部屋も用意。
そして、一階には鍛錬のための武道場と神事のため神棚を設置した部屋が設けられた。
今回使うのはこの神棚を設置した部屋。
文字通り『神事』を行うから、この部屋以外の選択肢はない。
初めて入ったその部屋には、既に支度が整えられていた。
神棚の前、板の間の上に何やら陣が描かれた布が広げられている。
そしてその中央には、見ただけでフッカフカだとわかる大きな敷布団が二枚重ねで敷かれていた。
「……………」
………これからスることを考えると、生々しさに顔が赤くなる。
そんな私に気付いたのだろう。白露様が申し訳なさそうに声をかけてくださった。
「………やめるなら、今よ?」
「………やめませんよ」
そうだ。やめてなるものか。
これで『運』を手に入れるんだ。
『災禍』を上回る『運』を。
晃が戦いに行かなくて済むように。
『ボス鬼』なんてモノと戦わなくても済むように。
運気を上げて、デジタルプラネットの保志社長に会う。
彼が『宿主』だと確定し、その周辺にいるであろう『災禍』を特定する。
そうして、南の姫と東の姫を覚醒させ、姫と守り役で『災禍』を滅してもらう。
主座様は姫達の責務の支援をすることを己の勤めと決めておられる。
その主座様直属の晃はどうやっても姫達の責務に巻き込まれる。
だから、姫達の責務をまっとうしてもらう。
『災禍』を滅してもらう。
そうすれば晃は戦いにおもむかなくてもいい。
『死ぬかも』なんて心配をしなくてよくなる。
これは『私のため』。
『私』が『晃を守るため』。
そのために『願う』こと。
そのために行うこと。
『私の全部で晃を守る』と誓った。
そのためならば『どんなことでもする』と誓った。
晃を守るために必要ならば、なんの問題もない。
私にできることならば、どんなことでもやる!
ただ、巻き込む晃には申し訳ないと思う。
私が勝手に『やる』と決めたから晃は『嫌』と言えなくなった。
だから改めて「ゴメン」と謝った。
「いいよ」
晃は穏やかに微笑んで許してくれた。
安倍家の離れの裏手。
準備の合間の隙をついてそっと晃を連れ出して謝ったら、あっさりと許してくれた。
やさしく抱きしめてくれるから、うれしくて申し訳なくてすがりついた。
「ゴメン」
「いいよ」
そう言って、やさしく頭をなでてくれた。
「おれは男だから、大したことない。
そりゃひなのそんなところ見られるって思ったらムカつくけど。
ても、おれよりもひなのほうが嫌でしょ? つらいでしょ?
ホントだったらそんなこと、断りたいでしょ?」
隠していた内心を言い当てられ、なにも言えなくなった。
そんな私を包み込み、晃はやさしく語りかけてくれた。
「ひなが『おれのため』に『それ』を決断したんだって、わかってる。
ホントは怒りたいくらい嫌だってわかってる。
でも、おれのために受けてくれたってことも、わかってる。
だから、いいよ。
おれは大丈夫。
ひなの信じる手段を取ったらいいよ」
やさしい晃。
どこまでも私を信じてくれている。
その愛情。その信頼。
応えたい。守りたい。
愛おしい、私の唯一。
「愛してる」
「おれも」
顔を上げると、すぐに唇を重ねてくれる。
愛おしい、私の『半身』。私の『火』。
「大好きだよ。おれのひな。おれの太陽」
抱き合うだけであの奉納舞の感動が甦る。
私達はひとつだったと。ずっと共に在ったと。
唇を重ねる、その熱に甦る。
あの奉納舞の火が。はなびら舞う感謝が。ヒカリきらめく感動が。
ゆっくりと唇を離し、身体を離した。
火を宿した熱い瞳がそこにはあった。
「一生、大事にする」
「うん」
「こんな形の『はじめて』になったけど」
ぎゅっと抱きしめてくれる。
その強さ。そのぬくもり。
「おれがひなを好きなのは『本当』だから」
耳につむがれる言葉が私を溶かす。
抱き合う身体の熱が晃の気持ちを伝えてくれる。
「ひなや菊様に言われたからスるんじゃなくて。
おれはちゃんとひなが好きだから」
真摯で、真剣で、まっすぐ。
晃の言葉に、気持ちに、熱に、こわばっていたものが溶けていく。
ほろりと涙が落ちた。
「……………うん」
それ以上言葉が出なくて、ぎゅっと晃に抱きついた。
晃もぎゅっと抱きとめてくれる。
「私も好き」
「大好き。晃、大好き」
「うん」
「絶対守るから。絶対死なせないから」
「うん」
ぎゅうぎゅうとふたり抱き合い、『願い』を込めた。