久木陽奈の暗躍 47 伊勢奉納舞 本番
列席者はすでに全員舞台の周囲の所定の位置に座っていた。
私達が降り立ったのは舞台中央。
そのままその場で正座し平伏すると、四方からひとが進み出た。
そのうちのお一方は晃の祖父の少宮司様だった。やっぱりエラい方でしたか。
あとのお三方は神職さんとお坊様と主座様。
吉野のときと同様に主座様を先頭に伊勢の方が続き、舞台の一辺に設えてある祭壇の前で座った。
平伏のあと、主座様の祝詞が始まる。
吉野のときと同じく、私が神様仏様に『お願い』があること、そのために霊力と舞を献上すること、『だからお出ましください』とお願いしてくださった。
と。
「お出ましくださいませ」
「お出ましくださいませ」
「コケーッ」「クケーッ」舞台最前列をぐるりと取り囲んだ神使の皆様が天に向かって声を上げ始めた!
あまりの騒々しさに驚いて身じろぎしそうになった。
晃が《ひな》と呼びかけてくれてどうにか留まった。
と。
バァァァァッ!!
高霊力が目の前に『降りて』きた!
すぐさま白露様が陣を展開する!
陣の内側の霊力がどんどん高まっていった。
吉野で一度経験したとはいえ、慣れるものではない。
私に展開されている竹さんの守護結界を感じる。ビシバシと圧がかかる! 全身が粟立つ!!
居並ぶ人々は手を合わせ一心に念仏やら祝詞やら唱えている。
そこに最前列の神使様方が声を上げられた。
「お出ましくださった」
「我らが主」
「我らが神」
「お出ましくださった」
「お出ましくださった」
鶏の神使様が一番多いけど、猿や蛙や狐や、いろんな姿形の神使様が一堂に会し、やんややんやと囃し立てている。
なんかアレね。アイドルのコンサートみたいね。
でもそうやって囃し立てられて、正面の高霊力体が喜んでおられるのが伝わってくる。
高霊力体でも褒めそやされたらテンション上がるのね。
す、と私達の前に白露様と緋炎様が立った。
緋炎様は今日も燃えるような赤い大きな鳥の姿。
白い大きな虎と真っ赤な大きな鳥が居並ぶのは迫力があって、とても神々しくて、とても綺麗だった。
おふたりの迫力に騒ぎ立てていた神使様方がピタリと口を閉じる。
「――伊勢の神仏にご挨拶申し上げます」
そうして、吉野のときと同様に白露様と緋炎様が名乗りをあげられ、ご説明をし、承諾を求められた。
しばしの沈黙のあと、おふたりは揃って「ありがとうございます」と頭を下げられた。
それに併せて私と晃も平伏していた頭をさらに下げた。
おふたりの合図に、晃とふたりで頭を上げた。
ここからは私達のターン。
シンと静まりかえる中、まずは深々と拝礼。
ゆっくりと身体を起こし柏手を打つ。
パン。
パン。
ふたり同時の柏手は、ひとつの音として周囲に響き場を清める。
次いて祝詞をつむぐ。
吉野のときと同じ言葉を、同じように奏上する。
晃が奏上し、私が奏上し、ふたり一緒に『願い』を述べた。
そうして、ふたり揃って深く拝礼をした。
晃と意識を合わせる。呼吸を合わせる。
ふたり揃って頭を上げた。
ふたり揃って立ち上がり、パンと手を打つ。
ひとつの音が周囲を清める。晃の火が私達を中心にシュバッと円を描く。
吉野のとき同様、晃の展開する火が私にもまとわりついて、私の動きに合わせて一緒に舞った。
スラリと腕を伸ばす。火の粉が舞う。
ゆったりと身体を動かす。帯を引くように火の粉が踊る。
まるで私自身が展開しているような火の動き。
私に触れる火に、私の周囲を踊る火に、私の霊力を込めていく。
晃が手を伸ばす。手を下ろす。
私も手を伸ばす。手を下ろす。
対になるように舞いながら『願う』。
どうか晃が無事でありますように。
戦いに赴くなんてことになりませんように。
京都に『ボス鬼』なんてものが出現しませんように。
『災禍』を上回る幸運がおとずれますように。
そうして『災禍』を滅することができますように。
今後『晃が死ぬかもしれない』なんて心配をしなくてすみますように。
周囲の火に溶ける。
『私』が『火』になっていく。
吉野でも感じた感覚をこの伊勢でも感じている。
舞い続ける身体から意識が溶け出し、火と一体化していく。
晃も『火』に溶けている。
そうしてふたりがひとつに溶けていく。
くるくると舞う身体。
くるくると混じる意識。
ふと私達を取り巻く『火』が『喜んでいる』と感じた。
ああ。そうか。
この『火』は、ここの『火』だったのか。
《かえってきた》
《かえってきた》
『火』が喜ぶ。
神々もお喜びになっている。
《我らが『火』がかえってきた》
《火継の子よ》
《その『半身』よ》
《我らが『火』を、捧げよ》
はい。もちろんです。
どうぞお受け取りくださいませ。
これが私の愛する『半身』の『火』です。
私達の『火』です。
ずっとずっと昔から受け継がれてきた、神様から授かった『火』です。
ぶわりと火の粉が舞う。晃の、私の動きに合わせて『火』が踊る。
『火』に包まれ、晃を見つめていると、ふと不思議な感覚に陥った。
《ひさき》
《久木》
《日崎》
アタマのナカに言葉が浮かぶ。
《ひさき》
《火咲》
《火裂》
―――ああ。そうなのか。
私は晃を活かすモノ。
『火』を『咲かせる』存在。
私は晃を止めるモノ。
晃が間違ったことをしようとしたら、その『火』を『裂き』止める存在。
晃の『火』に唯一干渉できる存在。
そして。
《ひさき》
《光先》
《陽先》
私は『光』。
私は『太陽』。
晃を照らし、行く先を示し導くモノ。
―――ああ―――!!
歓びが全身を震わせる! 魂が歓喜にむせぶ!
私は晃のために在る。
私の『半身』。私の唯一。
晃を導くことが私の天命。私の成すべきすべて。
晃が間違った道を進もうとするならばその身を裂いてでも止める。
晃が美しく咲けるように私のすべてを尽くす。
私は『光』。
私は『太陽』。
晃を照らし、導くモノ。
《ひむら》
《日村》
《火群》
《火焔》
『日村』と『久木』。
吉野で隣同士に生まれたのは偶然じゃなかった。
私達は、生まれるべくして生まれた。
その身に『火』を宿し人々を守り導く『ヒムラ』。
その『ヒムラ』を支え、止めることのできる唯一の存在である『ヒサキ』。
そうなんですね。そうやって支え合ってきたんですね。
伊勢から分かれ京都に渡り、京都から吉野に渡り、それから吉野をを守ってきたんですね。
『火』の一族の、ふたつの家。
支え合う、ふたつの血族。
そこに私達は宿った。
支え合うために。愛しあうために。
晃と目が合った。
はらはらと涙を落としていた。
私と同じものを『視た』らしい。
わかる。感動だよね。涙出ちゃうよね。
《ひなも涙こぼれてるよ》
え。ホント?
舞いながら頬に触れてみる。
ホントだ。私、泣いてる。
でも嫌な涙じゃない。
感動があふれてこぼれてるだけ。
身体の内側を清めているだけ。
だから、このままでいい。
《うん。そうだね》
愛しい『半身』が泣きながら笑顔を浮かべる。
私も同じように微笑んだ。
《私の『半身』。私の唯一》
この男が私の『半分』。
私達は最初から『ひとつ』だった。
今、改めて、それを教えていただいた。
ずっとずっとずっと昔から一緒だった。
私達はずっと『ひとつ』だった。
身体が。霊力が。魂が。
ずっとずっとずっと続いてきた、支え合う家に生まれた。
生まれるべくして生まれた。
きっとそれが『天のお導き』。
私達は、ずっと『火』と共に在った。
《私の『火』》
《私が活かすべき『火』》
《おれの『太陽』》
《おれの『光』》
炎の中、手を伸ばす。
指先に触れるのは愛しい男の指先。
指をからめ、握る。離れないように。
《愛してる》
その目を見つめ、伝えた。
《愛してる》
熱いまなざしが応えてくれた。
同じタイミングで手を離す。
周囲に広がった火を晃がまとめあげる。
その火に私の霊力も込める!
そうして晃が自分の中の霊力と私の霊力を一緒にした。
火の勢いはどんどん増していく。
ゴウゴウと燃え盛る炎の中、晃と正面から向き合った。
《《愛してる》》
同時に差し出した両手を重ねる。霊力が循環する。ひとつに混じる。
ぎゅっと手を握る。
ふたりのナカを炎が踊る。想いが駆ける。
私の晃。私の唯一。
死なせない。絶対に守る。
これからもずっとそばに。ずっと一緒に。
《おれのひな。おれの唯一》
《泣かせない。絶対に死なない》
《これからもずっとそばに。ずっと一緒に》
再び指を伸ばして手のひらを重ねる。
晃の霊力が私に流れる。私の霊力も晃に流れる。
ぐるぐるぐるぐる循環する霊力を集める。圧縮する! 極限まで!
晃も炎を制御してくれている。
重ねたふたりの手を近づけて器のようにして、そのなかに圧縮した炎を集めていく。
どうか『願い』が叶いますように!
晃を守れますように!
『災禍』を上回る『運』を手に入れられますように!
強く強く強く『願い』を込め、ふたりで炎を天に差し出した!
ドッと炎の柱が立ち上がる!
その大きさ。その輝き。
まるで天を貫くような巨大な炎の柱。
ああ。私達、また『天』とつながってる。
差し出した手の先を見上げていたら、キラキラと光の粒が降ってきた。
火の粉のような、光のカケラのようなソレが私と晃を包む。
《 》
―――?
―――許可を、いただいた―――?
「「―――ありがとうございます――」」
ぽやんとしたまま、ポロリと感謝の言葉が口をついた。
夢見心地のまま腕を下ろし、触れたままの晃の手をぎゅっと握った。
同じように呆然とした最愛と目が合った。
舞の前に『降りて』こられた高霊力体の『本体』が、私の『願い』を聞き届けてくださった。
それが『わかった』。
《――今の――神様――?》
《――だよ!》
思念で会話。
私は呆然としているのに、晃は二度目だからか、すぐにうなずいた。
ブワワワワワーッ!!
またしても全身が総毛立った!
夢見心地だったのも正気に戻った!!
《か、神様!? ホントに!?》
《ホントだよ!! 間違いないよ!!》
《お聞き届けくださったよ! よかったね! ひな!!》
ふたり手を握り合って思念で会話していたら、炎の柱の勢いが弱まってきたのがわかった。
《そうだ。奉納舞の途中!》
《あとちょっとだよ。がんばろうひな!》
《うん!》
やがて炎の柱が収まった。
くるりと舞い、柏手を打った。
そうして正座をして深々と平伏。
そのまま動きを止めた。
じっと平伏していると、目の前の高霊力体がさわさわと動いたのがわかった。
なんか大興奮していらっしゃるのが伝わってくる。お褒めくださっているのも。
だから「ありがとうございます」とふたりで頭を下げた。
と。
ドワアァァァァ!!
激しい波音のような音が湧きあがった!!
驚きに思わず身体を起こし、目だけであたりをうかがった。
「素晴らしい! 素晴らしかったぞふたりとも!!
我が主は大層お喜びである! 褒めてつかわす!!」
ピョーンと舞台そばから飛び上がったのは、顔なじみの神使である鶏の長尾様。
バタバタと羽を羽ばたかせ小躍りしておられる。
どうも先程の激しい音は、神使の皆様の歓声だったらしい。
「素晴らしい!」「もっとやれ!」などと口々にお声がけくださっている。
ふと大騒ぎしていた神使の皆様がピタリと口を閉じた。
ザッと一斉に平伏する様子に、あわてて頭を下げる。
晃が身体を起こそうとしたのがわかったので一緒に身体を起こす。
チラリと伺い見ると、晃はどこも見ていない目でどこかに向かって話しかけた。
「――はい。はい。―――ありがとうございます。――はい。よろしくお願いいたします」
そうして再び平伏するから私も合わせて頭を下げる。
しばらくそのままでいたら、高霊力体が天に昇っていったのが感じられた。
音のない、シンとした空気の中、誰一人動けなくなっていた。
と。
パチリ。
篝火の薪が爆ぜた。
その音でハッとこわばりが解けた。
「―――伊勢の皆々。頭をお上げなさい」
朗々とした緋炎様の声にどうにか頭を上げる。
舞台外の皆様もそれぞれに頭をあげられた。
「此度の奉納舞、神仏は非常にお喜びになられた」
緋炎様の言葉にザザザッと波打つように皆様が平伏された。
そんな中、神使様方は平気な顔でキャッキャと喜んでおられる。
長尾様が緋炎様白露様の前にトコトコと進み出られた。
「異世界高間原の方々よ。
そして『縁のもの』よ」
おお。うまいですね長尾様。
それだとまるで『高間原の縁のもの』みたいに聞こえますね。
それならこの舞台で舞った人間と遥さんを結びつけて考える人間なんて現れないでしょうね!
「我らが主は大変お喜びになった!
また是非奉納に来てくれ!」
晃とふたり揃って「ありがとうございます」と頭を下げた。