久木陽奈の暗躍 46 伊勢奉納舞
吉野の奉納舞から数日後。
再び主座様とアキさんが我が家に来られた。
今日は伊勢に舞を奉じる。そのために来てくださった。
晃は伊勢の神々から『火継の子』と認定されている。
そのために吉野の神仏だけでなく伊勢の神仏にも「筋を通さなければならない」と菊様が断じられた。
まずは現在の所属である吉野。
次に晃の『火』の根源である伊勢。
このふたつが『筋を通さなければならない』ところ。
吉野の奉納舞は大成功に終わった。
「神仏から直接のお言葉をいただいた」と報告したら、白露様も緋炎様も驚いておられた。
そんなことは「まず無い」らしい。
それこそ菊様とか竹さんのレベルのひとでないとそんなことは無いという。
ナツさんが神様の『世界』で舞ったりお声がけいただいたりするのは、こちらから神様の『世界』に行くからできること。
『神域』に招かれてのこと。
でも今回のように神仏を『こちら』にお招きして『お願い』を聞いてもらう場合、たいていはこちらが一方的にお願い申し上げるだけになる。
主座様ですらひたすらに祝詞を唱えるだけだとおっしゃるのだから、いかにあの『お声がけ』が尋常ではないかわかろうというものだ。
しかも早速に結果が出たらしい。
あの夜、それまでなにをしてもどうやっても侵入できなかった『バーチャルキョート』にタカさんトモさんが侵入できたという。
しかも「さらなる突入の入口を設置してきた」らしい。
信じられない。効果ありすぎか。
だから今回の伊勢での奉納舞にも期待がかかっている。
菊様の命令で急遽今回も舞台を設置し観客を入れることが決まった。
白露様が昔馴染みの神使様と神職の方に「特別な奉納舞を行いたい」と日時を告げた。
「亮ー。久しぶり〜。突然だけど、明日の夜、晃とひなで神仏に奉納舞を捧げたいの。
いえね。ちょっと『お願い』したいことがあって。
で、ここ使いたいの。使わせてね。
霊力の高いコなら同席してもいいわよ!
じゃ。よろしくねー」
………申し訳ない……。
報連相と根回しの重要性を嫌というほど熟知している元社会人には、聞くだけで胃が痛くなる話ですね……。
いきなり「明日の夜に」と言われた神使様は単純に喜び、神職さんは飛び上がった。
幸い指定された場所はしょっちゅうなにかしらの奉納が行われている舞台だったので、吉野ほどの大きな準備は要らなかった。
それでも掃除をして清めの儀式をして、と、それなりに大変だったらしい。
『言われた神職』である亮さんに「もーちょっと早く教えてくれたら助かったのに」とぐちぐち言われた。
ともかく。
晃と私が奉納舞を行うことが伊勢に知れ渡った。
神使ネットワークでもあるのか、あっという間に同席希望者が亮さんに連絡を取った。
「こちらから連絡するより先にあちこちから連絡が来たよ」
詳細説明を求めてあわてて私に連絡をしてきた亮さんが教えてくれた。
『うんざり』としか表現できない声音に「スミマセンでした」と平謝りに謝った。
亮さんは長尾様をはじめとする神使の皆様を一同に集めて『お願い』をした。
「晃くんが遥さんの息子だということは黙っていてほしい」と。
晃の母親である遥さんは、晃の父親と出会ってから数年の記憶を封じている。
生まれたばかりの晃の世話に文字通り心身をすり減らし、あと一歩遅かったら生命を落とすところだった。
晃を命懸けで愛し慈しんでいた遥さんは白露様に記憶を封じられ、晃のことを忘れ吉野のことを忘れて伊勢に帰った。
そうして亮さんと結婚し、今では三児を授かっている。
遥さんが結婚して吉野で暮らしていたことを知っているひとは多い。
でも『子供を産んでいた』ことを知っているのは、伊勢では遥さんのご両親と夫である亮さんだけ。
憔悴しきった状態で伊勢に戻ってきた遥さんに、「記憶を封じて連れて帰った」「結婚していたことは遥には黙っていてほしい」と頭を下げるご両親に、周囲は思った。
「きっと赤ちゃんが死んだんだ」「だから遥ちゃんは記憶を封じるほど憔悴してしまったんだ」
だから伊勢のひと達は『吉野に遥さんの子供がいる可能性』なんて微塵も考えることなんてない。
だから晃が吉野の修験者として『火』を奉納に来ても遥さんと関連付けることはない。
でも、神使の皆様は晃が遥さんの息子だとご存知だ。
中学の修学旅行で初めて伊勢を訪れたとき、おっちょこちょいの白虎がペロッとバラしたから。
万が一なにかのきっかけで晃が『我が子』と遥さんが聞いたら。
封じた記憶が戻ったら。
遥さんはこわれるに違いなかった。
それほど深く晃を、晃の父親を愛していた。
その説明に神使の皆様も納得された。
遥さんも伊勢の神仏にも神使の皆様にも愛されている。
その遥さんを傷つける可能性を示され、神使の皆様は黙っていることを誓約してくださった。
そうして伊勢の名だたる神社仏閣関係者や能力者の方々、神使の皆様が列席する舞台が設えられた。
学校から帰宅し夕食を食べ、禊を済ませたところで主座様とアキさんがいらした。
吉野のときと同じように高間原の神職の衣装をまとい装飾過多に飾りつけてもらう。化粧もしてもらう。
一緒にウチに帰宅し夕食を食べた晃も今日は神職の衣装。
緋炎様のアイテムボックスに死蔵してあった『赤』の男性神職の衣装。
私のお借りしている女性神職の衣装とおそろい。
なんで緋炎様が男性物持ってるんですか?
はあ。魔の森の魔物を退治したあとは浄化が必要なときがあると。そのために神事をすることがあると。
部隊長として、高霊力保持者で大きなアイテムボックス持ってるひととして、常に予備は持ってたと。なるほど。
神職の衣装をまとった晃は、控えめに言ってカッコよすぎ。
なに!? ウチの『半身』イケメンすぎない!?
衣装がイイ仕事して普段よりも五割増しにカッコよくなってる!
私の思念を『読んだ』唯一が嬉しそうに微笑んだ。
そうするとかわいいわんこのままで、ギャップにキューン! と貫かれた。
全部装備したあと、顔を隠す紙をつけた。
額の天冠にぺたりと貼り付けるようにつけられた紙は習字に使う半紙と同じくらいのサイズで、なんだかよくわからない文様が墨で描いてあった。
不思議なことに、顔を紙で覆っているはずなのにいつものように目の前の光景が見える。
「そういう術式が描いてありますから」と主座様が教えてくださる。
あと万が一のために認識阻害も組み込んであると。すごいですね。
その上からさらに薄衣を被る。
……これ、作ったの竹さんですか?
「よくわかりましたね。そうです」
「『こんなのが欲しいの〜』って話してたら『ちょちょ〜い』って作ってくれたのよ!」
……主座様。アキさん。確信犯ですね……。
とてつもなく軽い薄衣は透け感があって手に乗せると腕が透けて見える。
それなのに晃が試しに被ってみたら顔がよく見えなくなった。
「『お顔を隠すために使いたい』って話したら『わかりました』って」
「認識阻害が付与されてます」
「……………」
……じゃあこの紙いらないんじゃ……。
「舞うときに角度によってはチラリと見える可能性がありますから。
『念の為に』と姫宮が描いてくださいました」
「……………」
……これも竹さん作でしたか……。
「夕ごはんのデザートにりんごを剥いている間に作ってくれたわよ?」
「……………」
………相変わらず人外なことを………。
なんにしても竹さん作の紙で顔を隠し薄衣を被って、準備はできた。
晃が走って伊勢に向かうのかと思っていたら、緋炎様が全員を転移させてくれた。
「目を閉じて」
言われるがままに瞼を閉じる。晃と手をつなぐ。
「もういいわよ。目を開けて」
声に瞼を開けると、夜の屋外、篝火とたくさんの人々に囲まれた舞台のど真ん中だった!
阿呆かー!!
ナニ衆人環視のど真ん中に放り込んでくれてんですか!?
ドッと汗が噴き出す!
そんな私の手を晃が握ってくれた。
《落ち着いてひな》
《練習どおりにすれば大丈夫》
ドッドッドッドッと激しい鼓動を刻んでいた心臓を落ち着けるように晃がそっと耳元に顔を寄せた。
「大丈夫」
その一言で、スッと落ち着いた。
そっと見上げると凛々しい男がにっこりと微笑みを浮かべていた。
竹さんの認識阻害の紙だが、同じものをつけている同士は見える。
だから晃の、火を宿した瞳を見つめることができた。
私の『火』。
私の唯一。
この『火』のために私は在る。
そうだ。晃を守るために。
決めたんだ。『どんなことでもする』と。『私の全部で晃を守る』と。
呼吸を整え、繋いだ手をぐっと握った。
決意を込めてまなざしを返してうなずくと、晃はやさしい笑みを浮かべてうなずいてくれた。
私の晃。愛しい唯一。
死なせない。絶対に守る。
私の決意を『読んだ』愛する『半身』は、しあわせそうに微笑んだ。
《おれも愛してる》
《泣かせない。おれは死なない。絶対に》
ふたりコクリとうなずいて、正面に向き直った。




