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閑話 アキ

ハルの母親 明子視点です

 私は安倍 明子。四十歳。

 もうすっかりオバサンになっちゃった。

 でも夫であるオミさんは変わらず大事にしてくれるからしあわせ。うふふ。



 我が家はちょっと変わっている。

 私と夫の間に生まれた一人息子のハルちゃんは『転生者』。

 昔の記憶を持ったまま生まれ変わった人のことをこう呼ぶ。

 この京都には『転生者』は意外と多くて、めずらしくはあるけれどそこまで驚かれるほどのものではない。


 でも、ハルちゃんは特別。

 私の嫁いだ安倍家の祖である安倍晴明(あべのせいめい)様その人だという。

 しかも今回が十回目の転生。

 

 大人の記憶が、それも九回分の記憶があるハルちゃんは、当然大人びていて物知りだった。

 それでも私達の息子として生まれてきたからには子供扱いした。

 それを嫌がることなく受け入れてくれるハルちゃんはいい息子だと思う。



 我が家の家族は三人だけではない。

 私の従姉(いとこ)のちぃちゃんとその夫のタカさん、息子のヒロちゃんも私の家族。


 昔から「華道家になりたい」といってがんばってきたちぃちゃん。

 私はずっとそんなちぃちゃんを支えてきた。

 結婚してもその関係は変わらず、タカさんと共にちぃちゃんを支えている。


 ちぃちゃん達の部屋も我が家にあって、月の半分以上はウチで寝起きしていた。

 今はちぃちゃんに双子が生まれてそのお世話があるからずっとウチで暮らしている。



 つまり我が家は、父親二人、母親二人、子供四人の大家族。


 そんな我が家に今年もう二人家族が増えた。

 


 神宮寺(じんぐうじ) (たけ)ちゃん。十五歳。

 そしてその守り役の黒陽様。年齢なんと五千歳。


 竹ちゃんは昨年末から高霊力のために眠り続け、この一月から我が家でお預かりしている。


 本来なら高校一年生だけど、高校受験ができなかった彼女は学校に行っていない。

 目が覚めてからは守り役の亀の黒陽(こくよう)様と二人であちこちウロウロしているという。



 竹ちゃんはハルちゃんと同じく、昔の記憶を持ったまま生まれ変わった『転生者』。


 何度も何度も生まれ変わっている『転生者』は大人びたひとが多い。

 なのに竹ちゃんはそんなところが一切ない。

 素直なお嬢さんで、うっかりというかぼんやりというか、世間知らず。

 ハルちゃんの話によると、今まで何度生まれても二十歳まで生きられなかったという。

 だからこんなに純真で幼いのかと納得する。



 私が嫁いだ安倍家にはひとつの昔話が伝えられている。

 昔々、安倍晴明様を救ったお姫様の話。

 その安倍晴明様であるハルちゃんによると、この竹ちゃんがその『お姫様』だという。


 安倍家の、ハルちゃんの恩人とあらばしっかりとお世話しなければ! と、家族一丸となってお世話している。

 でも本人は遠慮してなかなか甘えてくれない。


 それでも千年近くお付き合いのあるハルちゃんに言わせると「ずいぶんと気を許してくれている」らしい。よかった。



 とはいえ、こまごまとお世話をしていたのは最初だけ。

 竹ちゃんがあちこち動けるようになった最近では、朝ごはんと夜ごはんのときしか顔を合わせない。


 洗濯や掃除は離れ専属の式神ちゃん達がやってくれている。

 私がお世話できるのはごはんくらいしかなくてちょっとつまんない。


 からかいがいのある若いかわいい子を構いたいのにー。



 そんな竹ちゃんの責務を助けるために、ハルちゃんを先頭に我が家も安倍家もいろいろと取り組んでいる。

 その報告をするのは夜のお茶の時間。

 竹ちゃんが離れに帰って、双子も寝たあと。


 三月に入ってすぐのある日。

「竹ちゃん、眠れていないみたいなの」

 離れ専属の式神ちゃん達に聞いた話をハルちゃんに報告する。


「竹ちゃんの様子はどう? 夜はちゃんと寝てる?」

 何気なく聞いた質問に対する答えを聞いたときには目の前が真っ白になった。


 彼女は、ほとんど寝ていなかった。


 覚醒してしばらくは眠っていた。

 それが安定した二月中頃から、夜何度も起きているようだ。

 黒陽様を起こさないようにかお布団の中でじっとしているときもあれば、水を飲みに台所に行ってそのままずっと起きているときもあるらしい。

 黒陽様が眠りの術をかけて眠らせているけれど、それでも起きてしまうようだと教えてくれた。


「またか」とハルちゃんはため息をついた。

 諦めているようだった。


 昔々、竹ちゃんが『災禍(さいか)』というモノの封印を解いてしまった。

 そのためにたくさんの人が亡くなった。

 それを彼女は「自分のせいだ」と責め続けているという。

 そのつらい記憶を夢にみて、思い詰めて、眠れなくなるとハルちゃんが教えてくれた。


「仕方ない」「どうにもできない」と言う。

「眠りの術をかけてあげたら?」と言ったけれど、ハルちゃんよりも竹ちゃんのほうがチカラが強いから効かないらしい。


「ともかく、日中しっかりこき使って動かして。

 夜クタクタで眠るようにするしかない」

 そう言って、いろいろな用事をお願いしているらしい。



 かわいそうに。

 あんなに素直な娘さんが眠れなくなるほどの記憶を抱えているなんて。


 どうにかしてあげたくてもどうにもできなくて、ただ、なにも気づいていないフリをして明るく構うことしかできなかった。




 そうしているうちに四月になった。



 二月の頭に竹ちゃんの責務の話を聞いて、彼女の背負っているものの話を聞いて、彼女に『半身』がいる話を聞いた。

「また『半身』に会えたらいいね」なんて話をしていた。


 その『半身』が、なんとトモくんだという。

 ヒロちゃんが「晃くんから聞いた」と教えてくれた。


「早く会わせたらよかったのに!」

 そう思ったけれど、「会わせることが『しあわせ』かはわからない」とハルちゃんが悩んでいたことも知っているから何も言えなかった。


「出会ったからには協力するのよね?」

 そう確認したら、かわいい息子は難しい顔をして腕を組んで黙っていた。




 そんな話をした翌日。

 トモくんの家に竹ちゃんと黒陽様が行くことになった。


 オミさんが竹ちゃんと黒陽様をトモくんの家に連れて行ったけれど、なかなかトモくんが帰宅しなかったからとオミさんだけが帰ってきた。


 それから竹ちゃんからもトモくんからも連絡がない。

 家族それぞれ用事をしながら「遅いねえ」と話していた。


 その時突然気がついた。


「一人暮らしの男の子の家に、好きな女の子を送り込んだんじゃないかしら……」


 私のつぶやきに、全員が言葉を失った。


「……ええと……『据え膳』てやつ……?」

 タカさんのつぶやきにサッと血の気が引いた。

 見ればちぃちゃんも青くなっている。


 女子校時代、さんざん注意された。

 男がどれだけ危険な存在か。

「絶対に男性と二人きりになってはいけませんよ」

 生活指導の先生の声が聞こえた気がした。


「いやいや。黒陽様もいるし…」

 引きつった笑いを浮かべながらのオミさんの言葉に、ハルちゃんがぼそりと言った。


「……あのひとはトモの味方だぞ」

「………え?」

「昔夫婦だったらしい」


 誰と誰が?


「……竹さんと前世のトモが?」

 ヒロちゃんの問いかけに「そう」とハルちゃん。


「え? 黒陽様も認めてたってこと?」

「認めたから夫婦になったんだろう」


「「「………」」」


「……あのひと、トモが竹ちゃんの『半身』て知ってるの?」

「当然だろう」


「………黙認の可能性は……」

「………高い」


 タカさんの質問にあっさりと答えるハルちゃん。

 黙認。そんな。


「いや、トモはそんな男じゃないよ。トモに限ってそんな……」

 ハハハ、と笑うタカさんの顔は引きつっている。

 そんな夫からそっと目を逸らし、ちぃちゃんがぽつりと言った。


「……でも晃くんも『半身』のひなちゃんには……ねぇ……」


 晃くんが『半身』であるひなちゃんと付き合い始めたその日からおイタが過ぎるほど過ぎている話は当のひなちゃんから何度も相談されている。

 晃くんこそ純朴でそんなことしそうにないのに…。

 そのたびにハルちゃんは「『半身』だから。仕方ない」と言っていた。


「……『半身』が相手なのよね……」

 つまり、トモくんも普通の状態じゃなくなる可能性があるのよね…。


 私の考えは伝わったようで、オミさんがスマホを取り出した。

「……電話してみる」

 数回コールしていたけれどつながらない。

 それならともう一度電話をかけるオミさん。


「あ。トモ?」

 トモくんが出た様子にホッとする。

 よかった。心配は杞憂だったのね。


「竹ちゃん、そっちに行ってる?」

 そう言ったオミさんが、呆然とこちらを向いた。


「……切られた……」


 ……え? まずくない? 乙女のピンチじゃない!?


 しばらく待っても折り返しの電話がない。

 用事で手が離せないとかなら、トモくんならすぐ折り返してくるはずなのに!


「乙女のピンチ…?」

「やっぱ据え膳…?」


 青くなる従姉夫婦にバッと息子を見れば、こちらも腕を組んだまま眉間にしわを寄せてへの字口で黙っている。

 ヒロちゃんもどんな顔をしていいのかわからないようだ。

 双子がのんきに遊ぶ音だけが響く中、思いきって竹ちゃんに電話をした。



 乙女は無事のようだ。

 ほーっ、と、全員力が抜けてソファに沈み込んだ。




「遅くなりました」

 転位陣を通ってリビングに入ってきた竹ちゃんは、なんだかぐったりとしていた。


 なにかあったとわかる様子に聞いてみた。


「どうしたの竹ちゃん。お話、うまくいかなかったの?」


 トモくんになにか不埒なことをされたのではないかという心配を隠して聞いてみたら、竹ちゃんはわかりやすく目を泳がせた。


『なんかあった!』『なにしたのトモ!』

 視線だけで家族が会話するのに気付かず、竹ちゃんはうつむいたまま立ちすくんでしまった。


 そっと近くに寄り添うと、やっと顔を上げてくれた。

 そうして手にした袋を差し出してきた。


「――あの、これ、トモさんから預かってきました。

 ヒロさんに、昨日のお詫びだそうです」


「ぼくに?」

「『ご家族みなさんで』とおっしゃってました」


 受け取ったヒロちゃんがキッチンのカウンターで箱を広げる。


「ケーキだ! こっちは…マドレーヌ!」

「これ、北山本店限定販売のやつじゃない」

 ちぃちゃんの声にヒロちゃんが一層喜ぶ。

「わざわざ本店まで行って限定品買ってきたのかー。仕方ないなー」なんてご機嫌になっている。

「なになにー」「ゆきもー」と双子が見たがるのを、二人まとめて抱き上げて中身を見せてやっている。


 そんなほほえましい様子にも、竹ちゃんは困ったように微笑むだけだ。


「さあさ。とりあえず座って」

 なんとかうながして席に座らせる。

 それでも困った様子のまま。どうしたのかしら。


「姫。大丈夫ですよ。トモには私が話をしましたから」

「でも」


 黒陽様の言葉にしゅんとしてしまう。


「私、情けなくて…。私がお話しなきゃいけないのに、寝ちゃうなんて……」


「「「……………」」」


 ………え?


 寝た?


 この子が?


 眠れなくて夜何度も起きているこの子が?

 遠慮がちで未だに私達にもどこか気を張っているこの子が?

 初めてお邪魔した家で、寝た?


「少しでも寝られてよかったですね」

「もう! 黒陽!」

 やっと大きな声が出た竹ちゃんからはトモくんと何かあった様子はみられない。

 とりあえず詳しい話はあとにしようと、夕食の準備をした。




 その夜。

 ハルちゃんとヒロちゃんがトモくんと話をしてきた。

 帰ってきた息子達に黒陽様も交えて恒例の夜のお茶会という名の報告会を始める。


「トモが霊玉を渡さないのは、やはり本人の気持ちの問題だけだ。

 霊玉を渡すことが姫宮をひとりで苦しめることにつながると思い込んでいる。

 これはタカでないと解消できないだろう。

 スマンが近々時間を作ってくれ。

 トモと話をしてやってくれ」


 ハルちゃんの依頼に「りょーかい」と軽く答えるタカさん。

 そんなタカさんに黒陽様も「スマンな」とおっしゃる。


「とにかくアイツは『姫が無茶しないなら渡してもいい』と、その一点張りなんだ。

 どれだけ『私がいる』と言っても『他の姫も守り役もいる』と言っても納得しない」


 ハァとため息を落とす黒陽様。


「お前もそうだっただろう? 無意識に守ろうとしているんだよ」


 そうハルちゃんに指摘され、タカさんが「あー」と気まずそうに苦笑を浮かべる。


 ちぃちゃんが妊娠していた時。

 タカさんはずっとピリピリしていた。

 弱った『半身』を守ろうとしているとハルちゃんが説明してくれた。

 竹ちゃんが今弱っているから、トモくんも守ろうとしているということみたい。


「竹ちゃんがトモくん家で寝たと言っていましたね」

 黒陽様に確認すると「そうだ」とあっさり帰ってくる。


「それも二人が『半身』だからですか?」

「おそらくな」


 そう言って黒陽様は「ふう」とため息をついた。


「夫婦だったときに一緒に寝ていたから。

 アイツの側なら安心だと無意識に警戒を解いているのだろうな姫は」


「夫婦」

「一緒に寝ていた」

 ヒロちゃんとちぃちゃんがぽつりとこぼす。

 それに気づかないまま黒陽様は続ける。


「アイツの気配の染みついた場所に長くいたからか、今夜は姫もよく寝ている。

 アイツが姫の側にいてくれるのが一番なのだが……」


「無理だろうなあ」とこぼす黒陽様に「でしょうねえ」とハルちゃんも相槌を打つ。


「なんで無理なの?」

 タカさんに黒陽様の言葉を聞いたオミさんが質問する。

 黒陽様とハルちゃんはおなじようなしかめ面をして話し始めた。


「とにかく姫宮は他人を巻き込むことを嫌がるんだ。

 自分の側にいたら自分の気配がその相手について不幸を招くと思っている。

 ……実際そんなことが何度もあったからな」


 渋い顔で黒陽様が続ける。


「トモが心配しているのもそこなんだ。

 今はここを拠点とさせてもらっているが、姫はそのうちこの家も出るかもしれない。

 その可能性は否定できない。今までもそうだった。

 そうして眠れず食事もとれず衰弱していったんだ」


「そんな――!」

 思わず非難めいた声が出た。

「私にはどうにもできない」と黒陽様はさみしそうにこぼした。


「せっかく『半身』とまた出会えたのに…」

 ちぃちゃんのつぶやきにそういえばと思い出した。


「竹ちゃんは『半身』の記憶を封じてあるのよね?」


「そうだ」

 答えたのは黒陽様だった。


「だから姫はトモが己の『半身』だと気づいていない」

「会ったらわかるんじゃないのか?」


 タカさんはちぃちゃんを一目見ただけで「この人だ!」とわかったという。

 だからそう質問したようだけれど、黒陽様は首を振った。


「最初に出会った時も、姫は最初気付かなった。

 抱きしめられてはじめて『半身』と気付いたようだ」


「今生もその可能性がある」と説明する黒陽様に気になったことを聞いてみた。


「ということは、今日は抱きしめられるようなことはなかったと、そういうことですか?」

「なかったぞ? ケーキと紅茶をもらって、トモがシャワーを浴びている間に寝た」


 どうやら乙女のピンチはなかったようだ。

 知らず「ほーっ」とため息が落ちた。


「? なんだ? どうした?」

「イエその…。トモが姫宮に対して不埒な真似をしたのではないかと、心配していたんですよ……」


 ハルちゃんの説明に黒陽様が「は⁉」と首を上げた。


「私がいるのに、そんな真似をさせるわけがなかろう!」

「「「……………」」」


 ………あら?


「……黒陽様?」

 ハルちゃんの呼びかけに「なんだ」と答える黒陽様。フンスと鼻息が荒い。


「……確認なのですが……。姫宮と『半身』――智明? は、夫婦だったのですよね……?」

「そうだが?」


 きょとん顔の黒陽様にハルちゃんはためらいがちに質問した。


「……何歳と何歳のときの夫婦ですか?」

「姫が十八、智明が二十八だったな」

「……成人同士ですね?」

「そうだな」


「「「……………」」」


「………その……『夫婦の営み』のようなものは……」

「あるわけなかろう」


「「「……………は?」」」


 ハルちゃんまで目玉が落っこちそうな顔で驚いている。

 そんな私達に黒陽様は首をかしげている。


「なんだ? おかしいか?」

「……その……『夫婦だった』と聞いていたので、てっきりそういう関係があるとばかり……」


 しどろもどろしたハルちゃんの言葉に「言ってなかったか?」と黒陽様はあっさりと答える。


「出会ったとき、姫は生命を落としていたんだ。

 それを智明が蘇生させた」


 は?


「それは聞きました。『三度(みたび)蘇生させた』と」


 え?

 そんなこと、できるの?


「ウム」と黒陽様は当たり前の話をするように続けた。


「蘇生した姫だったが、霊力をためる『(うつわ)』に穴が開いた状態で、長く生きられないことはわかっていたんだ。

 あの高霊力もなくなっていたから、それならと私が智明と姫の『夫婦ごっこ』を提案したんだ。

 ――まさか『半身』とは気づかなくて」


 細かいところを聞きたかったけれど、しゅんと落ち込んだ様子を見せる黒陽様にそれ以上聞けなかった。


「姫は智明の薬と霊力でかろうじて生き延びていた状態だったから。

 智明もそれ以上手出しするという発想にならなかったんじゃないか?

『半身』の負担になることは『半身持ち』にはできないから」


「ああ。なるほど」とタカさんが深く理解を示している。

 そう言われたら、ちぃちゃんの調子が悪いときはタカさんくっついているだけでそれ以上のことはしようとしないって聞いたことがある。


「霊力を注ぐために一緒に寝てはいたが、それだけだな。

 ――ああ。別れ際に接吻はしていた。

 そのくらいは、まあ、見逃してもいいかと見逃した」


 清く正しい交際だったようだ。


「今生も、今の姫の状態ではトモには手を出すことはできないだろう。

 とはいえ、姫の安定のために一緒に寝てもらえると助かるんだがな」


「……それは……生殺しというやつでは……」


 心底気の毒そうにオミさんがつぶやく。

 タカさんも微妙な顔になっている。

 ヒロちゃんは仏様のような笑顔を浮かべて「ぼくはなにも聞いていません」という態度を貫いている。


「つまり、竹ちゃんを一人暮らしのトモくんの家に行かせても、身の安全は保障できるということですか?」

「私が同行するのだ。不埒な真似はさせん」


 ふんす! と胸を張る勢いで首をそらせる黒陽様。


「で? トモくんのそばもしくはトモくんの家で寝ることが竹ちゃんの安定につながって、夜も寝られるようになるということですか?」

「そうだ」


 元々『半身』は一つの『(カタマリ)』がふたつに分かれた存在と言われている。

 片方が弱っているならばもう片方が足りない部分をおぎなって安定するらしい。


『半身』と自覚していなくても竹ちゃんにもそれはちゃんと作用していて、トモくんのそばにいるだけで安定するようだ。


 それなら。


「それなら、竹ちゃんをトモくんの家に行かせることが重要ですね」

「それはそうだが」


 黒陽様はお口をへの字にして難しそうな顔をされた。


「姫はなにか正当な理由がない限り他人の家に行くことはないぞ。

 トモへの説明は今日しっかりしてしまったし、返事も後日と言ってしまったし…」


 だからもうトモくんの家に行かないだろうという黒陽様。


「それなんですけど」

 くるりとハルちゃんに顔を向ける。

 かわいい息子は私になにか案があると察してくれたようだ。

 

「ハルちゃん。その霊玉を受け取るのって、一刻を争う?」


「――そりゃ、早いほうがいいに越したことはないが……」


 今すぐでなくても大丈夫みたい。

 それなら。


「大丈夫なら、霊玉を受け取るのはもうしばらく保留にできないかしら」


 どういうつもりだ? と視線でたずねられたので答える。


「その間に竹ちゃんの安定のために、少しでも眠らせるために、竹ちゃんをトモくんの家に行かせたらどう?」


「そりゃ……、そうできたらいいが……」

 ハルちゃんの顔にも黒陽様の顔にも『無理だろう』と書いてある。


「さっきハルちゃんが言っていたでしょ?

 トモくんの明日のバイト、『バーチャルキョート』関連だ、って。

 それなら、さりげなく調査をするように竹ちゃんに依頼することはできない?」


 私の提案にハルちゃんも黒陽様もじっと考えた。


「……できなくは、ない」

「そうだな。どんなことをするのか見ることは、もしかしたら何かの糸口になるかもしれないな」


 ふたりは顔を見合わせてうなずいた。

 合意の様子にホッと息をつく。


「あとは『今日のケーキのお礼に』っておかず持って行ってもらうのはどうかしら?」


「……いいかもしれないな」

「ウム。

 今日トモの家の場所はわかったから、転移すればすぐだ。

『お礼に』『転移ができる我らへの依頼』と言えば、姫は動く」

「で、行ったついでにトモの仕事の調査をしてもらうと」

「そうすれば、家に上がることになる。

 なんとかトモを言いくるめて姫がひとりになる状況を作れば――寝るかもしれない」


 うん! とうなずくふたり。

 私の提案は採用された。



「明子は天才だな! いい母親を持ったな晴明!」

 黒陽様に手放しに褒められて嬉しくなっちゃう。

 ハルちゃんもめずらしく得意そうな顔をしていてうれしかった。



 翌日。

 早起きしておかずをたくさん作った。

 

「賢いだけでなく料理もうまいとは! 素晴らしい母親だな晴明!」

 ベタ褒めの黒陽様に、言われたハルちゃんでなくオミさんが得意になっていたのがおかしかった。

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