久木陽奈の暗躍 45 吉野奉納舞 本番
深々と拝礼。
ゆっくりと身体を起こし柏手を打つ。
パン。
ふたり同時の柏手。バッチリ成功した!
これがズレると全部が台無しになるから心配だったんだけど、練習どおりうまくいった!
パン。
続く柏手もひとつの音として周囲に響き場を清める。
次は祝詞をつむぐ。
祝詞とは『祝ぐ詞』。神仏へご挨拶をし、『願い』を述べる。
ご挨拶をして『こういうひとがこんなことをお願いしてます。よろしくね』とお伝えするのが一般的な祝詞。
今回の私達の祝詞は菊様が監修してくださった。
まずは自分の言葉で言うべきことをを書き出し、それを菊様が検証。修正のうえ、それっぽい言い回しに翻訳してくださった。
まずは晃の祝詞。
ご挨拶をして名乗りを上げ、私が晃の『半身』であること、私に『願い』があること、私の『願い』が叶うことが晃の『願い』であることを申し上げる。
揃って一礼したら今度は私が祝詞を奏上する。
ご挨拶をして名乗りを上げ、『願い』を述べる。
晃を守りたいこと。
晃を戦いに向かわせたくないこと。
そのために京都に『ボス鬼』が出現することを阻止したいこと。
晃は主座様直属だから、主座様が姫達に協力する以上『災禍』との戦いに関わることになる。
だから晃を長期間戦いにさらさないために、姫達が四人揃っている今代『災禍』との戦いに決着をつけたいこと。
今のままでは『災禍』の『運』に負けてしまう。
だから、一柱でも多くの神仏の協力をいただき、『災禍』を上回る『強運』をいただきたいこと。
そのためにこれからやろうとしていることを説明してその許可を願う。
できれば吉野の神仏にも『そのとき』にはお出ましいただき、ご協力いただきたいことも願う。
そこまで奏上し、呼吸を整える。
晃が息を合わせてくれた。
最後にふたり声を揃えて申し上げた。
対価として、ふたりで舞と霊力を献上します。
『吉野の子』でありながら他の神仏にも協力を願うという無礼をすることをお許しください。
叶うならば、ふたりの『願い』を叶えるためにご協力ください。
そうして、ふたり揃って深く拝礼をした。
必死で奏上申し上げた。
強く強く強く『願い』を込めた。
言葉に、息吹に霊力を込めた。
お願い! 許可して!『願い』を叶えて!!
頭を下げたまましつこく念を込めていた。
ふと晃が無言で私をうながしているのがわかった。
だから念を込めるのはそこまでにして、意識を切り替えた。
晃と意識を合わせる。呼吸を合わせる。
ふたり揃って頭を上げた。
ふたり揃って立ち上がり、パンと手を打つ。今度もタイミングバッチリ。
ひとつの音が周囲を清める。晃の火が私達を中心にシュバッと円を描く。
晃の展開する火が私にもまとわりついて、私の動きに合わせて一緒に舞った。
スラリと腕を伸ばす。火の粉が舞う。
ゆったりと身体を動かす。帯を引くように火の粉が踊る。
まるで私自身が展開しているような火の動き。
私に触れる火に、私の周囲を踊る火に、私の霊力を込めていく。
練習どおりに舞えている。
それなのに、練習のときには感じなかった感覚を感じた。
周囲の火に溶ける。
『私』が『火』になっていく。
舞い続ける身体から意識が溶け出し、火と一体化していく。
晃も『火』に溶けている。
そうしてふたりがひとつに溶けていく。
くるくると舞う身体。
くるくると混じる意識。
ふと目に映る火の粉が、桜の花びらに見えた。
桜。
さくら。
ぶわっ。
目の前に桜に埋め尽くされたお山が広がった!
ずっとずっとずっと昔の修験者が植えた桜。
一本、また一本と増えていく。
ずっとずっとずっと昔から続いてきた。
修験者達が木を植える。『願い』を込めて。『祈り』を込めて。
ああ。そうだ。
私は、私達は、あの桜の木だ。
吉野のお山を支える一木。
昔むかしから伝わってきた、これから未来へ繋いでいく、吉野を護る一本の木だ。
私と晃は『連理の枝』ならぬ『連理の木』。
ふたりで一本となり、吉野を護る。
そうだ。
私は、私達は、『吉野の子』だ。
京都人の魂を持つ転生者であると同時に。
伊勢の『火継の子』であると同時に。
私は、私達は、『吉野の子』だ。
ブワワワワワーッ!!
炎が立ち上がる! 桜吹雪が舞い上がる!!
ああ。私達、ひとつになってる。
意識が桜の花びらに乗って吉野のお山を駆けめぐる。
《愛おしい、我が吉野》
《愛おしい、我らが子》
――誰? ナニ?
わかんない。でもいいや。こんなにも感動があふれてるから。
私達は『吉野の子』。
さくらのひとひらになって、木の一本になって、吉野を護る。
それが私達の存在意義。
それが私達に科せられた天命。
なんて『しあわせ』。
身体中を歓びが満たしている。
あふれてくるのは『感謝』。
生命への。出会いへの。神仏への。すべてへの『感謝』。
目の前に広がり踊るのは火の粉か桜のはなびらか。
それらが舞うのに合わせて私も舞う。晃も舞う。
ふたりがひとつになる。寄せては離れ、離れては寄せ、またひとつになる。
ああ。そうだ。
こうやって、何度も巡り会った。私の『半身』。私の唯一。愛おしい、私の『火』。
会いたかった。また巡り会えた。
うれしい。大好き。愛してる。
この『火』を守ることが私の天命。
この『火』と共に在ることが私の『願い』。
愛おしい、私の唯一。
いつでも、いつまでも、共に。
炎の中、手を伸ばす。
指先に触れるのは愛しい男の指先。
指をからめ、握る。離れないように。
《私の『半身』。私の唯一》
燃え上がる火を宿す瞳を見つめる。
愛おしいそのまなざしを受け止める。
《おれの『半身』。おれの唯一》
やさしい熱が私を包む。
死なせない。離さない。私が守る。絶対に。
決意を込めて見つめる私に、晃がちいさくうなずいた。
《おれは死なない。泣かせない。おれが守る。絶対に》
伝わってきた思念にうなずきを返した。
同じタイミングで手を離す。
周囲に広がった火を晃がまとめあげる。
その火に私の霊力も込める!
そうして晃が自分の中の霊力と私の霊力を一緒にした。
火の勢いはどんどん増していく。
晃の火は私を焼かない。もちろん晃自身も。
だから炎の中でも私達は平気。
ゴウゴウと燃え盛る炎の中、晃と正面から向き合った。
愛おしい、私の『半身』。
《愛してる》
自然に唇が動いた。
目の前の凛々しい男性が子犬のように微笑みを浮かべる。
《おれも。愛してる》
《おれのひな。おれの太陽。おれの光》
同時に差し出した両手を重ねる。霊力が循環する。ひとつに混じる。
《《愛してる》》
ぎゅっと手を握る。
ふたりのナカを炎が踊る。想いが駆ける。
再び指を伸ばして手のひらを重ねる。
晃の霊力が私に流れる。私の霊力も晃に流れる。
ぐるぐるぐるぐる循環する霊力を集める。圧縮する! 極限まで!
晃も炎を制御してくれている。
重ねたふたりの手を近づけて器のようにして、そのなかに圧縮した炎を集めていく。
どうか『願い』が叶いますように!
晃を守れますように!
『災禍』を上回る『運』を手に入れられますように!
強く強く強く『願い』を込め、ふたりで炎を天に差し出した!
ドッと炎の柱が立ち上がる!
その大きさ。その輝き。
まるで天を貫くような巨大な炎の柱。
ああ。私達、今『天』とつながってる。
差し出した手の先を見上げていたら、キラキラと光の粒が降ってきた。
火の粉のような、はなびらのようなソレが私と晃を包む。
《 》
―――?
―――許可を、いただいた―――?
「「―――ありがとうございます――」」
ぽやんとしたまま、ポロリと感謝の言葉が口をついた。
夢見心地のまま腕を下ろし、触れたままの晃の手をぎゅっと握った。
同じように呆然とした最愛と目が合った。
《――今の――神様――?》
《――だよね――?》
思念で会話。
信じられない。そんなこと、ホントに在るの?
舞の前に『降りて』こられた高霊力体の『本体』が、私の『願い』を聞き届けてくださった。
それが『わかった』。
「「―――!!」」
ブワワワワワーッ!!
わかった途端、全身が総毛立った!
夢見心地だったのも正気に戻った!!
「―――!? ―――!?」
「!! !!」
《か、神様!? ホントに!?》
《ホントだよ!! 間違いないよ!!》
叫び出さなかったのはひとえに前世京都育ちのスキルがあったから。
晃が叫ばなかったのは主座様の修行の賜物。
ふたりパクパクと口を開け締めして手を握り合っていたら、炎の柱の勢いが弱まってきたのがわかった。
《そうだ。奉納舞の途中!》
《あとちょっとだよ。がんばろうひな!》
《うん!》
やがて炎の柱が収まった。
くるりと舞い、柏手を打った。
そうして正座をして深々と平伏。
そのまま動きを止めた。
じっと平伏していると、目の前の高霊力体がさわさわと動いたのがわかった。
なんか大興奮していらっしゃるのが伝わってくる。お褒めくださっているのも。
だから「ありがとうございます」とふたりで頭を下げた。
晃が身体を起こそうとしたのがわかったので一緒に身体を起こす。
チラリと伺い見ると、晃はどこも見ていない目でどこかに向かって話しかけた。
「――はい。はい。―――ありがとうございます。――はい。よろしくお願いいたします」
そうして再び平伏するから私も合わせて頭を下げる。
しばらくそのままでいたら、高霊力体が天に昇っていったのが感じられた。
光の粒と共に花吹雪が降り注ぎ、私達に積もっていった。
「―――吉野の皆々。頭をお上げなさい」
朗々とした緋炎様の声にどうにか頭を上げる。
さっきまでのことが現実だと示すように、頭から肩から桜のはなびらがはらはらとこぼれ落ちた。
見ると舞台の上は雪が積もったかのように桜のはなびらで埋め尽くされていた。
チラリと目だけで周囲を確認。
舞台を取り囲むように居並んでいる皆様も一様に桜のはなびらを浴びて呆然としていらっしゃった。
そんな皆様に緋炎様は鳳凰のような姿のまま声をかけられた。
「此度の奉納舞、神仏は非常にお喜びになられた」
ザザザッと波打つように皆様が平伏された。
緋炎様、威厳たっぷりですね。
「これからもこの吉野の地を守るように。では、解散!」
「「「ハハーッ!!」」」
さらに皆様が頭を下げられた。
白露様が展開していた結界を解除された。
結界に使っていた霊玉は主座様がサッと回収された。
「さ。晃。ひな。帰るわよ」
あっさりと言う白露様。いやちょっと待ってくださいよ。こっちはまだ動揺してんですよ。
動けずにいたら晃がひょいっと私を抱き上げた。
文句を言う間もなく白露様のあとについて駆けだしたわんこ。
「な、ちょ、待っ、」
動揺している間に自宅に着いた。
「おかえりなさ〜い。どうでした?」
アキさんののんきな声に白露様が「大成功よ!」と返している。
見れば主座様と緋炎様もおられた。いつの間に。
「お夜食用意してありますよ。どうぞ召し上がれ」
「ありがとう真由!」
「アラ気が利くわね! いただくわ!」
なんか現実に引き戻される。
さっきまでのが夢だったんじゃないかと思えてきた。
「ひな。お風呂入る? なんか桜まみれになってるわよあんた」
母の指摘に髪に触れると、はらはらと桜のはなびらが落ちてきた。
「――これ、押し花にして栞にしようかな」
思いつきをつぶやくと「いいですね」と主座様が反応された。
「神仏の高霊力が形作ったはなびらです。
これ一枚持っているだけでも加護が期待できますよ」
は?
「さすがひなね! そんなこと思いつかなかったわ!」
「ホントね! 吉野の神仏の霊力を栞にするなんて!
運気上昇が期待できるんじゃない!?」
守り役のおふたりまでキャッキャと喜ぶ。
え。そうなの!? そんな大層なこと考えてなかったんですけど!? 単に『今日の記念になれば』と思っただけなんですけど!!
とりあえず母とアキさんに手伝ってもらって身体についたはなびらはすべて回収した。
半紙で丁寧に挟んで押し花にすべく雑誌で押さえた。
後日。
会うひと会うひとが「おめでとう!」と声をかけてくることに疑問を抱き、家で相談してみた。
阿呆父と兄達のせいだった。
あのあと。
舞台から私達が姿を消したあと。
「すごかった!」と大興奮の皆様は当然のように疑問を口にされた。
「あの男は日村の晃だろう。女は誰だ」
その声に、ウチの阿呆父が答えた。
「ウチの娘です!!」
黙っておけばいいものを!
そうして阿呆な父が娘自慢をしまくり、競うように兄達まで妹自慢を始めた。
話の流れで私と晃が付き合っていること、大学を卒業したら結婚することまで話した。
一緒にいた日村のじいちゃんまで「そうなんだよ!」と話に参戦してしまい、その日のうちに吉野中に『私と晃が結婚する』と広まった。
ウチの阿呆共は反省させるために情報管理とは何たるかを懇々と講義してやった。
「レポート十枚。明日まで」
「スミマセンでした!!」
「勘弁してください!!」
「許してください!!」
「黙れ。やれ」
「「「そんなあぁぁぁ!!」」」
ちゃんとレポート十枚提出してきたのと晃が一緒に頭を下げたので、阿呆共は許してやった。