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久木陽奈の暗躍 44 吉野奉納舞

 晃に抱かれて夜のお山を移動する。

 指定された場所には舞台がしつらえられ、篝火(かがりび)が焚かれていた。


 吉野のお山のお坊様、修験者や神職、たくさんの方が居並ぶ中、晃は私を抱いたまま舞台の中央まで進んだ。

 ようやく降ろされてぐるりと周囲を確認する。

 滅多にお目にかかることのできないお坊様が何人もおられる。各地区の代表らしい修験者がいる。日村のじいちゃんもウチの父も兄もいる。


 えらいことになった。

 内心そう冷や汗をたらしてしまう。

 それでも前世京都育ちのスキルをフル使用して、なんでもないような顔を作りにっこりと微笑んだ。




 私が身にまとっているのは緋炎様からお借りした高間原(たかまがはら)の女性神職の衣装。

 巫女のような装いはあの日の菊様の服装のようだ。

 緋色の袴の裾はより赤い色に染められ、立ち上がる炎のようなグラデーションを作っている。

 白い着物。重ね衿と千早の飾り紐は赤。

 その白い千早は恐ろしく薄く、鳥が翼を広げた吉祥文様が金色の糸で美しく細かく刺繍されていた。


 化粧はアキさんがしてくださった。

 主座様と共に転移で我が家に来られたアキさんは、(みそぎ)を済ませた私に化粧を施し髪を整えてくださった。


 いつもはひとつに結んでいるだけの髪をおろす。

 肩より少し長い私の髪の、横の部分を邪魔にならないようにまとめてくれた。


 緋炎様が着物をまとう術を教えてくださったので、着付なしに丁度いい寸法の衣装に一瞬で着替えられた。

 頭には天冠もついている。

 軽く頭を振ってみるとシャラリと音が鳴った。


 緋炎様がさらに装飾品を取り出し、アキさんがつけてくれる。

 イヤリング、腕輪、指輪、追加の髪飾り。霊力を増幅してくれるアイテムだと説明される。

 そうして装飾過多に飾り立てた。


 修験者の正装の晃もうっすらと化粧をされた。

 私と同じように目尻を赤く染められた。

 カッコ良さが三割増しになった。


「カッコいいわよ」褒めるとうれしそうに微笑むわんこ。大人に成長しても笑った顔は変わらない。

「ひなもすごく綺麗」

 心の底からそう感じてくれていることが伝わって、うれしいけど恥ずかしくて照れくさい。


「行こ」

 差し出された手を取ると、晃はひょいっと腕に座らせてくれた。

 縦抱っこのように抱えられ、母とアキさんに見送られ自宅を出た。

 

 


 晃は吉野の修験者。

 だから、まずは吉野の神様仏様にご挨拶をして、これからしようとすることに許可をいただかなくてはならない。

 そのための私の修行だった。


 高間原(たかまがはら)の衣装をまとう術が使えるだけの霊力をつけること。

 舞を舞うためのしなやかさをつけること。

 舞いきれるだけの体力をつけること。


 ようやく及第点にまでそれらが身についたところでナツさんに来ていただき、晃の舞と対になる振付を考えてもらった。

 それを必死で覚え、頭と身体に叩き込み、どうにか『舞』と呼べるレベルになってからも練習を重ね、今日のこの日を迎えた。




 こっそりと霊力を献上するつもりだったのに、お山のお坊様達にバレた。


 私が霊力を増やしたり柔軟や体力づくりをしているのを見ていた家族が当然のように聞いてきた。

「なんでひながそんなことしてるんだ?」


「晃を守るために必要なんだ」と私は説明した。

 家族には『ボス鬼』のことも晃が戦いに行く可能性があることも話していたから、阿呆な父と私に絶大な信頼を寄せてくれている母はそれで納得した。「なんかよくわかんないけど必要ならがんばれ」とのんきに応援してくれた。


 が、兄は納得しなかった。


「なんか危ないことしようとしてるんじゃないのか?」と聞いてきたから「私は危なくない」「危ないのは晃だ」と説明した。


「具体的にはなにをするんだ?」と聞いてきたから「神様仏様に霊力を献上して『お願い』をする」と答えた。

「そのために霊力を増やしている」と。


 それで兄は納得して引いた。

 と、思っていた。


 兄は晃に質問していた。

「『霊力を献上する』ってひなが言ってたけど、どうやるんだ?」

 素直なわんこは兄の質問にキチンと答えた。

「白露様のお友達から教わった『霊力を献上する儀式』をする」

「どこで?」

「どこだろ? 白露様に聞いたらわかるかな?」


 兄は晃に「白露様がいらしたら教えろ」と言いつけた。

 素直なわんこは言われたとおり白露様がいらしたときに兄に報告した。


 兄は白露様に質問した。

「『霊力を献上する儀式』というのは、いつどこでやるんですか?」

 おっちょこちょいの白虎は深く考えず正直に答えた。

 そのときには菊様から日時も場所も指示が来ていた。


「―――わかりました」


 ようやく納得した兄は、日村のじいちゃんに報告した。

 日村のじいちゃんは飛び上がって驚いた。

 すぐさま修験者集団の上層部に報告し、そこからお寺のお坊様達に報告が上がった。


 まあね。そりゃ私でもそうするわよ?

 そんな明らかに尋常じゃない奉納が行われるなんて。お山の霊力乱す可能性あるしね。



 晃は実は吉野では有名人。

 生まれたときからの高霊力保持者。しかも属性特化。さらには『白露様が育てた子供』。


 晃が赤ん坊のとき、晃の母親は死の淵まで追い詰められた。

 そのために記憶を封じられて実家である伊勢に帰らされた。


 晃の父親は思春期から徐々に霊力を失い、そのときには『霊力なし』になっていた。

 それ自体はよくある話だけど、それを本人が隠そうとした。

 そのことに周囲が気付かなかった。

 そうして、晃の父親はココロをこわした。

 妻と生まれたばかりの息子の存在に気付かず放置し、死なせかけた。


 晃の父親は修験者を辞め、吉野を追放になった。


「もっと早く気付いていれば大樹のココロは壊れなかった」と、日村のじいちゃんと父は吉野中の修験者の前で告白した。

 そうして成人までは毎年霊力を調べるシステムを整えた。


 だから吉野のある一定年齢以上の修験者は晃のことを知っている。その事情も。


 その晃は素直に育ち、白露様に育てられたおかげであっという間に修験者としてお山に入れるまでになった。

 ちいさな身体で勤めについてくる晃を、同行した修験者みんながかわいがってくださった。

 その成長を共に見守ってくださった。

 今では晃は修験者としては一人前になっていて、同年代の世話役のような立場になっている。


 だから、吉野の修験者で晃を知らないひとはいない。もちろんお山のお坊様達も。



 その晃が白露様の指導のもと『霊力を献上する儀式』を行うと聞いたひとは驚いた。

 そうして、思った。

「ふさわしい舞台を作らなければ!」


 余計なお世話だ!!


 まあね!? 私が聞いてもそう考えるとは思うわよ!?

 でも今回は放っといてほしかった!!

 だって私も舞うんだから!!


 余計なことをした兄はしばき倒しておいた。

 私の受け持っている事務仕事を押し付けてやった。

 二日で土下座で泣きをいれてきたので許してやった。



 菊様には白露様から報告が行った。

 元々は白露様が結界を張って、そこで霊力を献上する予定だった。

 観客は神仏とその眷属(けんぞく)だけのはずだった。


 お坊様達の列席に、菊様がオーケーを出してしまった。

「観客がいたほうが盛り上がる」

「そのほうが『祈りのチカラ』が強くなる」


 主座様が教えてくださった。

「神々が『願い』を叶える『対価』となるのは、信仰心と霊力」


 晃と私ふたりで舞うだけよりも、その舞を観客に見せたほうが観客の感動や信仰心を上乗せできると説明される。

 そして、観客がいたほうが神仏も盛り上がると。

 盛り上がってテンション上がったら、普通なら無理な『お願い』も聞いてくれることがあると。



 そうして、急遽吉野で奉納舞が行われることになった。


 列席できるのはある一定以上の霊力がある、吉野の神社仏閣と修験者のエラいひと。特例としてウチの父と兄。奈良市内で大学生している下の兄までわざわざ帰ってきた。


 早速黒陽様にもらった霊玉が役に立った。

 結界石と霊力石を観客席の外側に配置。白露様の陣の一部になる。

 これで本番が始まったら白露様が陣を展開して、この中は『神域』となる。



 列席者はすでに全員所定の位置に座っている。

 私達が舞台中央で正座し平伏すると、四方からひとが進み出た。

 お山の一番エラいお坊様。修験者の一番エラいおじいちゃん。神職のエラい方。そして主座様。


 主座様は陰明師の正装らしき白い狩衣に烏帽子(えぼし)

 その主座様が舞台の一辺に(しつら)えてある祭壇に向かう。

 ほかのお三方はその後ろに従い、四人は祭壇の前で座った。


 平伏のあと、主座様の祝詞(のりと)が始まる。

 私が神様仏様に『お願い』があること。

 そのために霊力と舞を献上すること。

『だからお出ましください』とお願いしてくださった。


 しばしの間。


 ふわり。風が吹いた。


 風に乗ってナニカが飛んできた。

 なんだろうと平伏したままそっと辺りをうかがうと、手元にソレが落ちてきた。


 桜の花びらだった。


 六月だというのに。なんで今、桜?


 そんな疑問が頭に浮かんだ、その瞬間!


 バァァァァッ!!

 高霊力が目の前に『降りて』きた!

 すぐさま白露様が陣を展開する!

 居並ぶ人々は手を合わせ一心に念仏やら祝詞やら唱えた。


 陣の内側の霊力がどんどん高まっていくのがわかる。これは普通の霊力量のひとでは倒れてしまうに違いない。

 私は竹さんのお守りが守ってくれているのがわかる。薄い結界のようなものをまとっている感じがする。


 普段は感じない『竹さんの守護結界』を感じるのも、この場に満ちる高霊力のためだろう。

 身体中がピリピリする。鳥肌というよりも、身体中の毛が逆立っている気がする。毛穴全開で汗が出てる気がする。


 す、と私達の前に白露様が立った。

 その隣には燃えるような赤い大きな鳥。

 緋炎様だ。

 いつものオカメインコの姿でなく、おそらくは本来の姿の緋炎様は、イラストとかで見る朱雀とか鳳凰とかみたいで、とても神々しくて、とても綺麗だった。


「――吉野の神仏にご挨拶申し上げます」


 そうして、白露様と緋炎様が名乗りをあげられた。

 それから私がナニを『願い』、そのためにナニをしようとしているのかをご説明された。

 その承諾をいただきたいと。


 しばしの沈黙のあと、おふたりは揃って「ありがとうございます」と頭を下げられた。

 それに(あわ)せて私と晃も平伏していた頭をさらに下げた。


 おふたりの合図に、晃とふたりで頭を上げた。

 目だけでぐるりとあたりを見回す。

 舞台の外側のひとたちは一心に手を合わせ念仏や祝詞を唱えている。白露様緋炎様の声は聞こえていなかったようだ。


 ふ、と隣の晃と目が合った。

《大丈夫だよ》

 にっこりと微笑むかわいいわんこ。凛々しい男に成っても変わらない笑顔に、こんな場面なのにキュンとする。


《ふたり、いっしょだよ》


 そうだ。晃がいる。

 晃が一緒なら、大丈夫。


 ちいさくうなずくと、にっこりと微笑んでくれる。愛しい『半身』。私の唯一。

 その笑顔だけで、無駄に入っていた余計なチカラがストンとぬけた。


 自然に浮かんだ微笑みに、晃も微笑みを返してくれた。


《行こ》

 いつものような、ちょっとそのへんを散歩するような晃の呼びかけに《うん》と返す。

 そうしてふたりで呼吸を整えた。

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