久木陽奈の暗躍 43 舞の振付
竹回復中につき再びひな視点でひなの暗躍をお送りします
体力作りを始めて一週間。
体力はついてきた。霊力も増えた。
私の状態を確認した緋炎様が「そろそろいいでしょう」とおっしゃった。
「明日から次の段階に進むわよ。がんばってねひな」
合格が出た安堵と次の段階に進む不安を隠し、ただ「はい」とだけ答えた。
次の日の夜。
白露様が部屋に迎えに来てくださった。
「ナツは緋炎が迎えに行ったわ。
晃のところで合流しましょ」
白露様の背に乗り、ひとっ飛びで日村の家へ。
晃は庭で待っていてくれた。
すぐに緋炎様とナツさんが来た。
ジャージ姿で並ぶ私達に、緋炎様はにっこりと笑みを浮かべられた。
「じゃあ、始めましょ」
緋炎様が『異界』を展開してくださった。
「まずは晃だけで舞いなさい」
緋炎様の指示を受けた晃が「はい」と返事をして、すう、と息を吸い込んだ。
ピリ。
空気が変わる。
晃のまとう雰囲気が変わった。
瞼を閉じて、ゆっくりと息を吐き出す晃。
瞼が開かれたとき、その目には火が宿っていた。
す、と晃はその場に正座をし、深々と拝礼をした。
パン、パン、と柏手を打ち、祝詞をつむぐ。
そうしてまた深く深く拝礼をした。
中学の修学旅行で伊勢の神々に晃の『火』を献上することになった。
そのときに緋炎様から教わったやり方。
そのときと同じはずなのに、迫力が違う。
洗練されたというか、研ぎ澄まされたというか。
あのときは教わりながらということもあり未熟さが目立っていたけれど、今は余裕すらある。
立ち上がった晃がパンと手を打った。
それだけで周囲が清められる。晃の火が晃を中心にシュバッと円を描く。
スラリと腕が伸びる。火の粉が舞う。
ゆったりと身体が動く。帯を引くように火の粉が踊る。
『むこう』で三年半修行してきたと聞いていた。実際晃は成長して帰ってきた。
霊力が段違いに増えていた。背が伸びた。体格がよりがっしりとした。顔つきから幼さが完全に消えた。
子犬のようなところがあったのに、落ち着いた、思慮深い男に成った。
動きも、態度も、成長をうかがわせるものに成った。
『かわいい男の子』は消えていた。
そこにいるのは『凛々しい』『大人の男性』だった。
その凛々しい男性が舞う。火をたずさえて。
時折ボッ、ボッと火がはじける。火が踊る。
それすらも晃の美しさを際立たせていて、目の前のことなのにまるで作り物のような、幻想的な光景を生み出していた。
周囲に広がった火を晃がまとめあげる。
そうして、自分の中の霊力と一緒にして天に差し出した。
ドッと立ち上がる炎の柱!
その大きさも輝きも、修学旅行で見たものとは『格』が違っていた。
やがて炎の柱が収まった。
晃はくるりと舞い、柏手を打った。
そうして正座をして深々と平伏。
そのまま動かなくなった。
ぽふぽふぽふぽふ。
静寂をやぶったのは間抜けな音だった。
目を向けると、白露様と緋炎様が拍手をしていた。
「素晴らしいわ晃! こんなに成長しているなんて! びっくり!」
「ええ! 想像以上だったわ!! 白楽のところで誰かに教わったの?」
「はい。白楽様にも『赤』の神職の方にもご指導いただきました」
にっこりと微笑む凛々しい男性。カッコ良すぎなんだけど。もう、惚れちゃうんだけど!
私のもれた思念を読んだ最愛がうれしそうに微笑む。もう。カッコ良すぎなのよ!
「どう? ナツ」
緋炎様に声をかけられたナツさんはしばらく黙っていたけれど「いけます」と立ち上がった。
ナツさんも『むこう』で三年半修行してきた。
それなのに出発前と全然変わらない。
身長も伸びてないし顔立ちも『かわいい男の子』のまま。
元々身体年齢二十歳前だったナツさんは晃達と違って成長期は終わっていたのだろう。それで見た目に変化がなかったようだ。
そのナツさんがスルリと舞う。
私達と同じジャージ姿なのに、優美で神々しくもある。不思議。
ナツさんは生まれる前から舞に触れてきた、言ってみれば舞のプロ。
実際プロの舞台に出ていた時期もあった。
中学二年になる前に人前で舞うことはきっぱりと辞めたけれど『神の愛し児』であるナツさんは神々を楽しませる『神楽人』の舞人として月に一回は舞を奉納している。
それに加えてナツさんは『完全模倣』の特殊能力持ち。
一度見た動きは即座に理解して再現できる。
その能力と経験で、初めて見たであろう晃の舞と対になる振付を考えて舞っている。
「こんな感じでどうですか?」
「良さそうだけど、合わせてみましょう」
そうして晃とナツさんが舞う。
なにこのすごいの。たった三人の観客で観ていいモノじゃないでしょう。
神々に奉納すべき美しさと霊力で舞ったふたりに、白露様と緋炎様が細かい修正を入れていく。
「ここでこうしたらどうかしら?」
「いいわね。で、こうして…」
ちょっとちょっと。難易度上げないでくださいよ!
そうして舞の型が決まった。
ナツさんがひとりで舞うのをスマホで録画。ナツさんは順手と逆手両方舞ってくれた。
今日初めて観た、初めて型を決めた舞のはずなのに、なんですぐさま逆手で舞えるのよ。天才か。
「ふたりで舞うのも見といたほうがいいよ。イメージ作りやすいと思う」
そうして再び晃とナツさんが舞う。
ナツさんがお仕えする神々の前で舞うのを観た私には、これでもナツさんは『流して舞っている』と『わかる』。
私のレベルに合わせて難易度を下げてくれていることも。
そんなレベルでもこんなに素晴らしいなら、このひとが本気で舞ったらどうなるのか、観てみたい気もした。
なにかチャンスがあれば進言してみよう。
そこからはひたすらに私の練習だ。
ナツさんが「いちにいさんし」と拍子をとってくれるのに合わせて手を動かし足を動かす。
「足運びはこうで」「もうちょっと重心落として」
ナツさんの指導に食らいついていく。
いつもと違う筋肉を使うせいか、おかしなところがつりそうになる。
どうにか一回通して動いた。それだけでもうヘトヘトになった。
自分でわかる。私のこれは『動いた』だけだ。『舞』ではない。
両手両膝ついてガックリのポーズで息を乱す私に白露様が回復をかけてくれた。
そして緋炎様に明日からやることを指示された。
「じゃあひな。がんばってね」
「ひなにかかってるわよ。しっかりね」
そんなプレッシャーを落として、おふたりとナツさんは帰っていった。
晃に部屋まで送ってもらってからはひたすらに録画した動画を見る。型を頭に叩き込む。気がついたら寝落ちしていた。
登校中も下校中も、電車の中で晃と手をつないで意識を共有させ、思念で舞う。
型通りに舞うこと。
息を、タイミングを合わせること。
何度も何度も繰り返し、型を頭に叩き込んでいく。
学校では授業に集中する。
他で時間が取れない分、授業中だけでその単元を覚え切る。課題は休憩時間に終わらせる!
そうやって時間を作り、帰ってからはトレーニングに費やした。
吉野駅から自宅までは回復なしで歩けるようになった。柔軟も効果が出てきた。霊力量も増えた。
これまでのトレーニングはこのため。
晃と対で舞うため。
菊様に指示された策の第一段階。
『神々に舞と霊力を献上する』
そうして晃と対で舞えるだけの体力としなやかさと霊力を得た。
次は舞を覚えること。神々にお見せしてもお目汚しにならないレベルにまでもっていくこと。
とにかく練習。何度も何度も舞った。
菊様から指示された本番まで、あと数日。