第百十七話 おねだりの結果
目が覚めた。
なんかめちゃめちゃ調子がいいのが自分でもわかる。なんだコレ。
自分で自分の体調に驚きながらもいつものくせで霊力を循環させる。と、いつもと違う感覚を感じた。
あ。竹さんの霊力だ。
俺のナカに竹さんの霊力が巡っているのを感じる。
ずっとくっついていたから俺と彼女の霊力が循環していたらしい。
そのおかげでめちゃめちゃ調子がいいのだと理解する。
左腕に重みを感じる。身体にあたるぬくもりを感じる。
あの暴走から一週間ずっと感じていた重みに、ぬくもりに、安堵感が浮かぶ。
瞼を開けると愛しいひとの可愛らしい寝顔が至近距離にあった。
すう、すう、と規則正しい寝息を立てている。
安心しきった、何もかもゆだねてくれる様子が愛おしくてたまらない。
そっと腕の中のぬくもりを抱きしめる。
ああ。愛おしい。俺の『半身』。俺の唯一。
ずっとこうしていたい。ずっと俺の腕の中に閉じ込めておきたい。
唇にキスをする。愛おしすぎるんだが。胸がキュンキュンして苦しいんだが。
愛しいひとを抱きしめて堪能していたら完全に目が覚めてしまった。今何時だ?
スマホで時間を確認。
きっちり三時間寝ていた。
彼女はしっかり寝ないといけないタイプだから早くベッドに入った。
そのおかげで、三時間しっかり寝てもまだいつも寝る時間よりは若干早い。
どうしようかな。今から起き出して少しだけ仕事するか? で、また寝るか?
なにか急ぎの仕事でもあるかと、とりあえずタカさんに連絡を入れてみる。もう寝てたとしても朝見てくれたら指示をくれるだろう。
そう思ってメッセージを送ったら、すぐに返信が来た。
いつもの御池での報告会を済ませて今から寝るところだという。
『話せるか?』とのメッセージに了承の返事を返し、ベッドから抜け出す。
俺が抜けだしても枕元の黒い亀はぐーすかと眠っている。
護衛失格じゃないか? それだけリラックスしているのか?
まあいいやと放置してリビングに移動する。
電話をかけようとしたら転移陣のある扉が開いた。
「わざわざ来なくてもよかったのに」
「どうせ扉数枚だ。それなら顔見て話したほうがいいだろ?」
電話だけのつもりだったから俺はパジャマのまま。
対するタカさんもパジャマ姿だった。
「お前の部屋でいいか?」と問われたので了承する。
部屋に移動して打ち合わせをした。
俺達がデジタルプラネットに侵入を試みて失敗したあと。
彼女の暴走前のこと。
タカさんとひなさんで作戦会議を開いた。
守り役達が「ほぼ間違いない」と断言したことで、狙いをデジタルプラネット――正確にはその社長の保志 叶多だけに絞ることにした。
そして『攻め入ること』を考えはじめた。
状況は一段階進んでいた。
タカさんひなさんはデジタルプラネットの調査を続けながら、攻め入るための準備に入っていた。
ハルや守り役とも毎晩話し合っているという。西の姫もハルや守り役からの報連相を受け、色々と考えてくれているという。
俺がデジタルプラネットに突入したのが先々週の日曜日。
火曜日に竹さんが暴走してからはずっと彼女にくっついていた。
ようやく回復しても病み上がりの彼女が心配でやっぱりずっとくっついていた。
そこに生理がはじまってまた彼女にくっついている。
夜いつ彼女が起きてくるかわからないからずっと離れで待機していて、御池の『夜の報告会』に行くことはなかった。
彼女の調子がいい時には『彼女に聞かせてもいい範囲』のことだけを打ち合わせる『夜の報告会』に一緒に参加していた。
が、実は本当の『夜の報告会』は、彼女が寝たあとで行われている。
『こっち』に戻って数度俺も参加したが、お人好しで生真面目で思い詰めるタイプの彼女には聞かせられないような話がバンバン出ていた。
そういうこと平気で話している場面を目の当たりにすると、この保護者達は『普通』とか『一般的』とかからは外れているのだと改めて思い知らされる。
世の中は『真っ当』で『綺麗なこと』だけではない。
人生十回目、何度も百歳前後まで生きたハルは当然として。
弁護士で旧家の一人息子でもあるオミさんも。
その旧家と関係ないような顔をして実は関わっているアキさんも。
会社の社長として有名人としてあちこちに顔が売れている千明さんも。
パソコン関係だけでなくあちこちで『伝説』なんて言われてるタカさんも。
世の中の醜いところも汚いところも知っていた。
知ったうえで受け入れ、それに穢されることなくまっすぐに立っていた。
改めてすごいひと達だと感じた。
そしてその息子のヒロは、そんな保護者達に少しでも追い付こうと、懸命に学んでいた。
ヒロはどちらかと言えば生真面目で素直だ。
人間の良さや育ちの良さが穏やかな雰囲気ににじみ出ている。
『十四歳まで生きられない』なんて『先見』をくつがえすこと、ナツを救うことだけを願って必死に修行に励んできた幼い頃のヒロには、周囲の雑音を気にする余裕はなかった。
学校ではハルとナツとだけしか関わらず。
それ以外では修行修行で、関わる大人は保護者達と安倍家の一部の人間だけ。
保護者達の愛情を一身に受けハルに守られていたヒロは、退魔の実戦に出ることはあっても、人間の『負』の感情や思考を直接見聞きすることがなかった。
『術のイメージ作りのために』と買っている大量のラノベや漫画では知っていた。『そういう考え方がある』と。『そういう人間がいる』と。
でもそれは現実味のない『虚構の世界』を覗き見て『知った気になっている』だけだった。
あの『禍』の騒動で『先見』をくつがえしたヒロは「これまでの恩返しに」と積極的に安倍家や保護者達の仕事を手伝うようになった。
晃を父親に会わせるための取り組みの中心に進んでなった。
そのときにあちこちの役所で色々嫌な思いをしたらしい。
ひとの良いヒロは悪口になるようなことは言わない。
その分しょっちゅうウチに来ては俺と打ち合うことで吐き出していた。
時にはじーさんやナツがうまく誘導して愚痴を言わせていた。
その騒動を経て、ヒロは一皮むけた。
大きな仕事を、大変な仕事をやり遂げたことがヒロの自信になった。
それからも保護者達から難題を出されては取り組んでいる。
「いつかハルを支えられるようになりたいんだ」
「『ハルの右腕だ』って、ぼく自身が自信をもって言えるようになりたいんだ」
いつかそう教えてくれた。
その想いは『むこう』で三年半修行しても変わらないらしい。
現在もハルから、保護者達から、少しでも吸収しようと懸命に学んでいる。
その『本当の夜の報告会』で出た話を改めて説明された。
現在の安倍家を含む京都の能力者の状況。
俺も行ったデジタルプラネットのバイトでなんらかの陣が作られた可能性。千明さんの勘では「『バーチャルキョート』に連れていかれる」その陣を除去できる可能性がゼロに近いこと。
現在までに準備できている兵站。それを用いて戦うための戦術。
考えられるだけの案を出し、考えられるだけの準備をしている最中だと教えられる。
「で、昨日ちーちゃんが気がついたんだ」
昨日の『夜の報告会』のとき。
『バーチャルキョート』と現実京都を『同じ』にしようとしているのではないか。
それはなんのために、そうすることでなにをしようとしているのか。
そんなことを改めて話し合っていたとき。
「『バーチャルキョート』って、レベルや装備品によって強さが変わってるくるわよね」
そう千明さんが気がついた。
「現実と『同じ』にするなら、そういう『強さ』も『同じ』になったり、する?」
『災禍』は姫達も守り役達も知らない術を知っている。
そのなかにそういうものが『ない』とは、誰もが断言できなかった。
例えば『呪い』。
例えば『封印』。
そんなもので『バーチャルキョート』と同じレベルや装備に落とし込まれる可能性は、確かに否定できない。
『バーチャルキョート』のレベルや装備品で戦わなければならない可能性に、千明さんの指摘で初めて気がついた。
「タカなら『ちょちょい』って強くすること、できる?」
要は『不正アクセスしてデータを書き換える』ということ。
そしてタカさんの判断は「できる」だった。
ただし、タカさんひとりではさすがに無理で、誰かを囮にする必要があった。
今日安倍家のシステム部門のひと達をこっそりテストしてみたが、やはり囮になれるのは「トモ以外考えられない」と結論づけたとタカさんが話す。
なるほど。それでパソコンのある俺の部屋で話すことにしたのか。
納得とともに協力することを約束する。
「試しにちょっと潜ってみよう」と、ふたりそれぞれに『バーチャルキョート』に侵入してみた。俺はデスクトップ。タカさんはノーパソで。
『少しでも嫌がらせになれば』と時間があればしょっちゅうシステムに侵入しているのだが、未だに侵入に成功したことはない。
ダメモトでふたりで攻めた。
と。
「あれ?」
「え。まさか」
「―――イケる! 行くぞトモ!」
「了解!」
どうにか突破できそうな隙間をみつけた!
そのまま大急ぎで攻め立てバックドアをとりつけ、離脱!
「ふうぅぅぅ……」
終わったときにはふたりともぐったりしていた。
それから『個人データの書き換え』ができるか、タカさんと検証。
どういじるのがいいか。誰のどのデータからいじるか。俺達霊玉守護者と姫達は当然レベルアップさせるとして、他の能力者達のデータはどうするか。
「関係者ばかりレベルアップさせてたらどこでバレるかわからないから、世界中の人間のデータをいじる必要があるな」
「まだバージョンアップの作業してるんでしょ?
それならシステム流せないかな?」
『バージョンアップ作業の誤作動』を装うことはできないかという俺の提案にタカさんも乗り気になった。
システムを考えることを宿題にして、その夜は解散になった。
ヒロのあれこれは『霊玉守護者顛末奇譚』『根幹の火継』をお読みくださいませ