第百十四話 黒陽の過去 2
ショボンとして寄り添っていた白露様と緋炎様だったが、どうにか気持ちを立て直したらしい。
「――私達のことはいいの。
もう過ぎたことだし。変えようもないし」
はあ、とため息を落とした緋炎様は、ぷるぷると首を振り、キッと俺に強い視線を向けた。
こちらもピッと背筋が伸びる。
「トモに話しておきたいのは、ここからなの」
なんのことかと表情を引き締める。
緋炎様も白露様も真剣なまなざしを向けてきた。
「私達の『呪い』のこと」
「『半身』を喪ったひとのこと」
緋炎様達守り役にかけられた『呪い』。
『人間の姿を失い獣の姿になり』『死ねない』呪い。
そのためにこのひと達は獣の姿になった。
五千年という長い時間を生きた。
「――『落ちた』とき、私達はバラバラになってたの。
どうにか合流ようと探してたら――」
『赤』の国は『鳥の国』。
だから元々緋炎様は鳥を使役することができた。
鳥の姿になっても違う『世界』でもその能力はそこなわれておらず、数多の鳥を使って他の姫と守り役を探した。
緋炎様が黒陽を見つけたとき、竹さんはすでに絶命していた。
「――ひどい熱を出したらしいの」
元々病弱だった竹さんに、一連の出来事は耐えられなかった。
そうして高熱を出し、苦しんで死んだらしい。
「――この『世界』にも『ヒトならざるモノ』がいるのはわかった。
竹様の遺体をそのままにしていたら喰われる。
そんなことさせられないって、遺髪を取って私が魂送りをして遺体を燃やしたの」
緋炎様が淡々と語る。
グッと、拳を握って受け止めた。
「黒陽さんはただ泣いてた」
「自分が支えられなかったから」と己を責めて泣いていたという。
どれほど苦しかっただろう。どれほどつらかっただろう。
普段黒陽がどれだけ竹さんを大切に想っているか知っているだけに、その痛みを想うだけで俺も苦しくなった。
拳を握り、歯を食いしばる。
そうしないと、泣きそう。叫びそう。
こらえても身体が震えるのは止まらない。
怒りか、かなしみか。
言い知れない感情が腹の中で渦巻く。
暴風をどうにか押し込め、話の続きを聞くために緋炎様をじっと見つめた。
「私達がどうにか合流して、お互いに情報交換してたとき。
高間原からひとが『渡って』きたの」
その一団には五つの国の人間がいた。
『青』『赤』『白』の国の人間は、そこに己の姫を見つけ、駆け寄った。
姫のそばにはべる獣が守り役と知り、涙を流し怒りに震えた。
『黄』の人間はそんな集団をただ見つめていたという。
そして『黒』は。
姫と獣と共にいたその亀が誰かを察し、すぐさま取り囲んだ。
緋炎様も白露様もそれぞれの国の人間に取り囲まれて話をしていた。
そのとき。
ドン!
強烈な一撃の衝撃と同時に悲鳴が上がった!
『黒』の集団をかき分けた先に、首を落とした亀がいた。
泣き叫ぶ者達から、どうにか話を聞き出した。
それによると。
目の前の黒い亀が黒陽だと理解した『黒』の人々は競うようにこれまでの話をした。
「黒枝は」
当然のように黒陽はたずねた。
『黒』のひとは、正直に答えた。
「姫と黒陽様が『罪をおかした』ために『異世界へ落とした』と聞いて、『黄』の王城へ異議申し立てに行かれました。
そこで『黄』の王に……殺されました」
黒枝さんと同行した者は全員殺されたという。護衛も、ふたりの娘も。
それを聞いた黒陽は絶句し。
あっと言う間もなく霊力の刀を出現させ、己の首を落としたという。
「なんてことを…」
言葉も出なくて震えていた、そのとき。
信じられないことが、起こった。
斬り落とされた首がゆるゆると身体に引き寄せられた。
誰もが目を疑っている中、首が完全に胴にくっついた。
そして。
「……………う……………」
「―――!! 黒陽さん!?」
黒陽は、蘇生した。
『呪い』が証明されることとなった。
蘇生した黒陽は、己に何が起こったのか理解するなり悲鳴を上げた。
「何故!? 何故!!」そう叫び、再び己の首を落とした。
それでも再び蘇生する。
自傷を繰り返す黒陽を見かねて緋炎様が止めたが、逆にすがられた。
「頼む緋炎! 燃やしてくれ! 殺してくれ!!」
激しい慟哭に緋炎様が動けなくなっていたら、西の姫が声をかけた。
「やりなさい緋炎」
周りの人間の制止も諫言も一切聞かず、ただ「やれ」と命令する西の姫。
当の黒陽にも「殺してくれ」と涙をこぼしてすがりつかれ、緋炎様はついに黒陽に手をかけた。
「せめて苦しむことなく、一思いに」と、最高出力の炎で黒陽を燃やした。
炭も灰も残らなかった。
なのに。
どこからか塵が集まった。
徐々にそれは量を増やし、塊になり、少しずつ形をとっていった。
黒い亀が、再生された。
そして。
黒陽は、蘇生した。
「――それが、私達にかけられた『呪い』」
「どれほどの攻撃を受けても再生する。決して、死なない」
蘇生した黒陽は狂乱状態になったという。
泣き叫び、自傷を繰り返し、明らかに精神を病んだ状態だった。
霊力を吐き出し暴走し、その霊力が尽きてようやく動かなくなった。誰もが死んだと思った。
それなのに。
やはり黒陽は目を覚ました。
あれだけ傷つけたのに傷ひとつ残っていなかった。
どう見ても病んでいたのに精神も元に戻っていた。
「死ぬことも許されない。狂うことも許されない。
霊力を失っても、己を失っても、目が覚めたら全部リセットされてる」
――どんな地獄だ。
壮絶とも言える黒陽の過去に言葉が出ない。
ただ黙っておふたりの話を聞いた。
「そうしているうちに、四方の王達が『落ちて』きた」
『黒』の王は黒陽のことを聞くなり駆けつけた。
すっかり様変わりした従兄を抱き、泣きに泣いたという。
話をし、話を聞き、何が起きたか、どうなったかを話し合った。
その間は黒陽は大人しくしていた。
『黒の一族』としての責任感で勤めを果たしているようだったという。
それから『落ちた』人々のために街を作り国を作った。
黒陽は元々土木と治水を専門としていたから、新しい土地でもその知恵と技術を求められ働いた。
『黒』の王がそばにいて仕事をしているときは落ち着いているように見えた。
ひとりにすると自傷に走るので、常に『黒』の王がそばに連れていた。
色々なひとが色々に黒陽に話をした。
それでも黒陽は死にたがった。
それほど『半身』を喪った傷は深かった。
半年も経たずに西の姫が亡くなった。
数年後には東の姫と南の姫が立て続けに亡くなった。
姫達が皆亡くなってすぐ。
西の姫が生まれ変わった。
「姫が母体に宿った」と、白露様には『わかった』。
そうして西の姫が生まれ落ちた。
「竹も生まれ変わる」
「私が生まれ変わったのが、何よりの証明」
幼い西の姫が黒陽に説いた。
「竹のために、生きなさい」
「『竹を守り育てること』
それがアンタの『半身』の『望み』でしょう」
それで、ようやく黒陽が落ち着いた。ように見えた。
『黒』の王を見送り、親しいひとを何人も見送り、黒陽は待った。
待っている間も、思い出したように自傷を繰り返した。
「竹が生まれ変わったら起こすから、それまで寝ておけ」と西の姫が眠りの術をかけて眠らせた。
そうして、他の姫に遅れること数十年。
ようやく竹さんが生まれ変わった。
生まれ変わった竹さんは黒陽以上に自分を責めた。
乳児期はただただ生まれ変わったことに驚いていたけれど、成長するにつれ何が起きたか理解し、ココロを痛めた。
西の姫に起こされ、生まれ落ちてすぐにそばについた黒陽は必死で竹さんを支えた。
自分を傷つける暇はなかった。
黒陽が自分を責めたらそれ以上に竹さんが己を責めるから、黒陽は弱音を吐くことも泣き言を言うこともできなかった。
そうやって竹さんの世話をすることが『半身』との約束を果たすことだと思っているようだった。