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第百十三話 黒陽の過去 1

 竹さんの部屋を追い出されてから自室で少しだけ『バーチャルキョート』を探っていたら、ふわりと小鳥が飛んできた。


『トモ。ちょっと黒陽さんにナイショで話がしたいんだけど、今いい?』


 白露様の声でさえずる小鳥に「いいですよ」と答える。

 と。

 コツン。

 窓を叩く音に寄ってみると、大きな白虎がそこにいた。


 窓を大きく開け放つとスルリと部屋に入ってくる。

「こんばんはトモ。遅い時間にごめんなさいね」

「イエ。俺もまだ起きてたんで」


 ふと見ると頭の上にオカメインコが乗っていた。

「こんばんは」と微笑む緋炎様にこちらも「こんばんは」と返す。


「ここ、いい?」とベッドを示されたので「どうぞ」と勧める。

 のっそりとベッドに上がり込んだ白虎か伏せの格好で落ち着いた。


「『黒陽にナイショ』って、なんです? 竹さん関係ですか?」

 俺も椅子に座りおふたりに身体を向ける。


「『竹様関係』といえばそうとも言えるし、そうでないとも言えるし……」


 めずらしく歯切れの悪い白露様に首をかしげる。

 そんな俺に緋炎様が苦笑を浮かべた。


「トモは竹様の『半身』でしょ?」

「はい」

「聞いたわ。竹様、暴走のとき大変だったんでしょ?」


 このおふたりは暴走後の竹さんのところには顔を出さなかった。おそらく遠慮してくれたとわかっているので「ええ、まあ」とだけ答えておいた。


「暴走しても回復して、生理まで来て、竹様これまでになく健康になってるって私達も思う。

 間違いなくトモのおかげだわ。

 ありがとねトモ」


「礼には及びません。俺がしたくてしていることです。

 あのひとは俺の『半身』です。世話をするのは当然です」


 はっきりとそう答える俺に、おふたりは満足そうにうなずかれた。

 なんか表情がオバサンくさいというか、母親達と同じような生ぬるい感じの顔になってるぞ?


 気恥ずかしくなってブスッとそっぽを向いたら、余計に生ぬるい視線を向けてくる! いたたまれない!!


「――で? 話っていうのは、それだけですか?」


 そう水を向けてみたら、おふたりは黙ってしまった。

 何事かと黙って待っていると、緋炎様が白露様の頭から降りた。

 ベッドにちょこんと座ったオカメインコ。白露様なら大丈夫だとは思うが、今にもつぶされそうで落ち着かない。



「――私達、黒陽さんの奥さんと仲が良かったのよ」


 唐突に始まった話にスッと背筋が伸びる。

 高間原(たかまがはら)の話だとわかった。


「黒枝さんのこと、聞いてる?」

 問われたので知っている範囲を答える。


 黒陽の妻。黒枝(くろえ)さん。

 確か『黒の一族』の中でも王に次ぐ立場にあたる神官職の一族の出身で、ご自身も今で言う『神の(いと)()』である『神の巫女(みこ)』だった。

 竹さんを生まれたときから育てた『育ての母』。

 筆頭側仕えとして王族教育をほどこし、霊力過多症で苦しむ竹さんをずっと支えてくれたひと。

 なんでもできた、なんでも知っている優秀な女性(ひと)

 黒陽の『半身』。


 俺の答えにおふたりはうなずく。



「――黒枝さんは私達よりも年上だったの」


 初めて『黒』の館で会ったとき、白露様が三十二歳、緋炎様が二十八歳、黒枝さんは四十歳だったという。


「しっかりした女性(ひと)でね。黒陽さんや他のひとたちを上手く使って『黒』の館を取り仕切ってた。

 でも『女傑』というよりは『大家族のお母さん』ってかんじのひとで、親しみやすい、素敵な女性(ひと)だったわ」


 緋炎様の言葉に白露様もうなずく。


「竹様をすごく大事にしててかわいがってて。

 だからウチの姫達が竹様と仲良くしてるのが『うれしくてたまらない』って喜んでた。

 姫達のお世話は娘さん達に任せて、私と緋炎と三人でおしゃべりしたりしてたの」


「私達にとって、黒枝さんは『頼りになる姉』のような存在だったの」


 おふたりの話す様子から、気持ちのいい人物なのだろうと想像がついた。

 竹さんや黒陽から聞いた話が思い起こされる。きっと素晴らしい人物だったのだろう。



「――私達ね」


 ポソリと、緋炎様が言葉を落とした。

 めずらしい声色に疑問が浮かぶ。

 黙ってしまった緋炎様に、白露様も同じように目を伏せた。

 かなしそうな微笑みを浮かべていた。


 一度顔を伏せた緋炎様が顔を上げた。

 その笑顔にかなしみがこめられていた。


「黒枝さんに頼まれてたの」


 竹さんのことかとうなずくと、緋炎様はそっと目をそらした。


「『黒陽さんを頼む』って、頼まれてたの」

「―――」


 黒陽を?

 竹さんではなく?


 疑問を浮かべる俺に、おふたりはお互いの顔を見つめ、同じようにうなだれた。


「―――黒陽さんが生理のこと知らなかったことを私達知らなくってね」


 その話は昨日聞いた。だから理解していると示すためにうなずいた。


「あのあとふたりで話してて、思い出したの。

『そういえば黒枝さんに頼まれてた』って」


 昨日俺と黒陽に『女性の身体について』の講義を施したおふたりは、そのまま安倍家で夕食を食べ、西の姫に報告に行った。

 そのあとふたりでおしゃべりをしていて、思い出したらしい。


『黒陽を頼む』と()われたことを。


「黒陽さんて、高間原(たかまがはら)全体でも五本の指に入るくらいのすごいひとだったのよ」


 おふたりによると、『黒』は魔の森に一番近かったこともあり、高霊力保持者が多かった。

 その中でも黒陽は飛び抜けて霊力が多かったという。


 黒陽は『黒の一族』。王の血縁であり、属性特化の高霊力保持者。

 それに加えて、厳しい土地で生き抜くための戦闘力も高かった。体術も剣術も霊力を使った術も超一流だった。

 カリスマ性もある、立派な男だったという。


 だが反面、一般常識はなかった。

 高間原(たかまがはら)にいたときから非常識でうっかり者で、妻である黒枝さんが影に日向にサポートやフォローをしていた。


 黄珀(おうはく)での黒陽は、あくまでも竹さんの筆頭護衛だったという。

 王の名代は別の若い男が勤めていた。

 その相談役のようなことをたまにしたり、同行した近衛兵達に修行をつけたりしていた。


『黒』の館に出入りして黒枝さんと親しくするうちに、緋炎様も白露様も黒陽の強さもうっかり度合いも知ることとなった。

 黒枝さんが『半身』である黒陽をいつも心配していることも、どれだけ愛しているかも。


『王家の森』に姫達とその守り役一名が行くことになった。

『白』の国の馬車で東の姫と南の姫を迎えに行き、最後に『黒』の館に竹さんを迎えに行った。

 馬車に乗り込む時点からテンション高くはしゃぐ竹さんに涙を浮かべながら、黒枝さんは同行する緋炎様と白露様に言った。

「黒陽を頼むわね」と。

「あのひと、まだ時折腕が痛むみたいだから」



 それは、望んで望んで、ようやく王妃が懐姙したときのこと。

 黒陽は怪我をした。

 魔の森からあふれた魔物を討伐に出て、ボス級と戦い見事討ち果たした。

 その代償として両腕を失った。

 生命の危険もあったが、『青』から手に入れていた上級回復薬をジャバジャバかけて飲ませた。

たまたま素材を求めて『黒』に来ていた『青』の上級薬師が治療に当たってくれた。

 おかげで黒陽は一命を取り留め、両腕を取り戻した。


 それでも生えたばかりの腕ではこれまでのような働きはできないと、あっさりと引退を決め、生まれてくる王の子供の守り役となることを決めた。



 ………そんな大怪我だったとは言ってなかったぞ?

「ちょっと怪我をして」「しばらく戦えなくなった」と言っていたが、生死の境を彷徨(さまよ)うような大怪我だったんじゃないかあの阿呆亀!


 おそらくは竹さんに心配させないためにそういう表現をしたんだろう。気のいい守り役らしい。



 一見元通りに戻ったに見えた黒陽だったが、妻の黒枝さんは黒陽が時折痛みを(こら)えていることを知っていたという。

 だから、心配していた。

 勝手のわからない『王家の森』に行くことを。


「ホントは黒枝さんは反対だったの」


 竹さんと黒陽が『王家の森』に行く話が出たとき、黒枝さんはなにも言わなかったという。

 でも出発前に、ポロリとこぼした。

「本当は行かせたくない」と。


「でも、姫がとても喜んでいるから」


 竹さんにとって、初めての『黒の王族としての公務』だった。

 しかも、初めての『友達とのお出かけ』だった。


 竹さん本人もすごく喜んで張り切っていたが、黒陽をはじめとする側仕えにとっても喜ばしいことだった。


『黒』の国である紫黒(しこく)を出立するときにはこんな日を迎えられるなどと考えたこともなかった。

 竹さんはひどい霊力過多症に苦しんでいて、いつ死んでもおかしくない状態だった。

 実際黄珀(おうはく)に着いたときには旅の疲れから高熱が出て寝込んだという。


 それが、出かけられるまでに回復した。

 いつも申し訳なさそうにしていた竹さんが明るく元気になった。

 黒枝さんにとって、それはとてもとてもうれしいことだった。


 竹さんに付けるとしたら黒陽以外いない。

 実力的にも信頼関係的にも、黒陽以上の人材はいない。

 だから当然黒陽が竹さんと『王家の森』に行くことになった。


 でも、黒枝さんは心配だった。

 竹さんももちろん心配だったが、腕に不安のある黒陽が心配だった。


 本人にも「無理をしないように」と言っていたが、仲良くなった白露様緋炎様にも黒枝さんはすがった。「黒陽を頼む」と。



「――あの森で、立ち上がった竹様がふらついて樹に手をついた。

 そうして『災禍(さいか)』の封印が解けた」


『王家の森』で姫達は思い思いに過ごしたと緋炎様が語る。

 東の姫は蒼真様と薬草採取に励み、南の姫はあちこち走り回って森を探検していた。

 西の姫は『高間原(たかまがはら)滅亡の鍵』が森の中央の大樹と気付き白露様と調査をした。

 そして竹さんは大樹の前に座り、そんな周囲の様子を楽しく眺めていたという。


 竹さんの護衛として黒陽と緋炎様がついていた。


「『そろそろ帰ろう』ってなって、黒陽さんが竹様を立たせたの」


『姫。参りましょう』

 黒陽が竹さんの手を取り、立たせた。

 そのまま抱き上げようとした、そのとき。


「――黒陽さんが、一瞬、竹様の手を離したの」


 それで竹さんの身体がふらりと(かし)いだ。

 黒陽が抱きとめる前に、竹さんは咄嗟(とっさ)に樹に手をついた。

 そうして、封印が解けた。


「――あのときはそれから色んなことがありすぎて気が付かなかったんだけど――」


 緋炎様はそこで口を閉じてしまった。

 目を伏せ、言いにくそうにする様子に、察した。


「――腕、ですか?」


 さっき聞いた。

 黒陽は一度腕を失った。

 再生して元に戻ったように見えるが、時折痛みを(こら)えていたと。


災禍(さいか)』は『望み』を叶えるモノ。

 偶然を重ね合わせて運命と結果を引き寄せるモノ。


 そんな存在ならば、己の封印を解くために邪魔な守り役の古傷を痛ませることくらいわけはないに違いない。


 俺の予想どおりだったらしい。緋炎様も白露様も苦しそうに顔をしかめ、うなずいた。


「―――おかしいと、思うべきだったのよ。

 黒陽さんが竹様を支えきれなかったなんて」


 そのとき、緋炎様も白露様も竹さんの近くにいた。

 立ち上がる竹さんと支える黒陽をなんの気なしに視界に入れていた。

 だからこそ、封印が解けた瞬間の爆発に瞬時に対応できたらしい。


「――昨日あれからふたりで話してて、あのときのことを思い出したの。

 それで、『あれ?』って気が付いて……」


「……どうしても気になって、ウチの姫に『視て』もらったの。

 ―――そしたら、やっぱり『そうだ』って」


「黒陽さん、腕に激痛が走って、それで『竹様を支えられなかった』って」

「……………」


 結果的に、黒枝さんの心配したとおりになった。

 そのことに気付いたふたりは己を責めたのだろう。いつもの明るさはどこへ行ったのか、沈鬱(ちんうつ)な表情でただうなだれていた。


「そばにいたのに」

 ぽつり。緋炎様がこぼす。


「頼まれてたのに」

 余程くやしかったのだろう。余程つらかったのだろう。いつもはピンとはねている冠羽がショボショボと垂れ下がっている。


 そんな緋炎様に白露様が大きな身体をすり寄せた。


「私も同じよ緋炎。私だってそばにいたのに……」


 ショボンとうなだれるおふたりが気の毒になった。

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