第百十二話 生理二日目 夜
今日も竹さんがかわいかった。しあわせだ。
俺の愛しいひとは昨日生理が始まった。
一般的に二日目が重い女性が多いらしく、彼女も今日は朝から腹痛を訴えた。
俺がべったりくっついて腹をあたためてあげた効果か、結局一日のほとんどを眠って過ごした。
しあわせが過ぎる。
こんなにしあわせでいいんだろうか。
後ろから彼女を抱き込むとか。バカップルかよ。しあわせだ!
しかも、俺にもたれて寝るとか。安心しきってるのも信頼されているのも甘えられているのもわかって、うれしくてしあわせでもう感情がおかしい。
オトコとしてはどうかと思わない部分がないでもないが、過保護な守り役に殺されたくはないのでそこは押し込んでおけばいい。
「これだけ寝るっていうのは、もちろん生理中なのもあると思うけど、やっぱりまだ本調子じゃないんだと思う」
蒼真様がそう判じた。黒陽も俺も同意見だ。
だから少しでもくっついて霊力を流している。
決して俺が彼女とイチャイチャベタベタしたいからではない。彼女の健康維持のために、守り役達に言われてやっていることだ。うん。そうだ。そうなんだ。
役得だと思ってはいる。
べったり抱きかかえて。
守り役の目を盗んでこっそりキスして。
しあわせだ。しあわせすぎて死にそうだ。
夕食に出されたレバーを、彼女は泣きそうになりながらどうにか食べた。
他にも鉄分補給メニューが並んでいた。
「一口でもいいから食べなさい!」と言われ、俺の皿に一旦取ってから彼女に食べさせた。
何故かそうすれば彼女は飯を食える。俺の気配がつくからか?
蒼真様も「『半身』についてはよくわからない」と言う。
なんでもいい。彼女が元気になるならば。
風呂に行かせ「おやすみなさい」とハグをする。
「明日こそはがんばります」なんて気負って言うから、かわいくてつい「明日も具合悪くなってもいいよ?」なんて本音をこぼしてしまった。
ぷんぷん怒るのもかわいい。
もう、なにしてもかわいい。
なんでこんなにかわいいんだ。
しあわせが過ぎる。
暴走後一週間ずっとくっついていたから、別々のベッドで寝るのがさみしく感じる。
彼女もそう思うのか、日中あれだけベタベタしているのにやっぱり夜に起き出してくる。
そうしてベタベタに甘えてくれる。かわいくて仕方がない。
俺がそれ以上シないと過保護な守り役様も理解してくれたらしく、唇への軽いキスも解禁になった。
抱きしめてキスして「好きだよ」と伝える。
半覚醒状態の彼女はそれはそれはしあわせそうに微笑んで甘えてくれる。
かわいすぎて爆発しそう。
抱きしめているうちに眠ってしまった愛しいひと。
無防備に俺に全部預けてくれる様子が愛おしくてたまらない。
このまま食べ「オイ」「ナンデモアリマセン」
「……………」
「……………」
守り役の顔を直視できず、わざとそっぽを向く。
ちょっと考えるくらい許してくれよ。
にらみつけてくる守り役をわざと無視していたら蒼真様が来た。
「おまたせー……なに?」
「なんでもない。すまんが診てやってくれ」
どうやら黒陽が呼んだらしい。
「はいはい」と気安く返事をした蒼真様が診察しやすいように彼女を横抱きにする。
首筋に触れたり下瞼を開けたりした蒼真様は「大丈夫そう」と判じた。
「貧血もなさそうだし。霊力も安定してる。
一応また明日の朝診察してみよう」
「そうか。ありがとう」
生理中は貧血になったり霊力が乱れるひともいるらしい。アキさんだけでなく緋炎様白露様にも『教育』され、ただでさえ過保護な守り役が輪をかけて過保護になっている。
蒼真様も昨日から何度も診察してくれている。
俺も心配だから止める気はない。
「じゃあ、このまま寝させようか」
そうして彼女を部屋に運び、ベッドに横たえた。
部屋を出ようとしたら「あれ?」と蒼真様が首をかしげた。
「トモ、一緒に寝ないのか?」
「!!」
な、なんてことを言うんだこの龍は!
「ずっと一緒に寝てたからそうしてるんだと思ってた」
蒼真様が言うには『青羽』は竹さんを抱いて寝ていたらしい。前世の自分だと頭では理解していてもムッとしてしまう。
だから蒼真様にとって、俺が竹さんと一緒に寝るのは『当たり前のこと』だと思っていたらしい。
まあ、暴走後診察してくれてるときはそうだったけどな。
「もう暴走は収まっているから一緒に寝る必要はないだろう」
「そうかもだけど」
黒陽の説明に蒼真様は反対側に首をかしげた。
「こうやって夜起きだすってことは、やっぱり体力的にも精神的にも不安定だからだと思うんだよ」
それは……そうとも言えるかもしれないが。
「フム」なんて黒陽も聞く姿勢になった。
「竹様寝るときに最初から一緒に寝たらいいじゃん」
「!!」
天才か!!
「だがそこまでトモを拘束するのは申し訳ない」
「大丈夫!」
食い気味に答えたらふたりは驚いた。そしてうんざりといった呆れ果てた顔を向けてきた。
「お前、姫が寝てから仕事しているんじゃなかったのか?」
「今はほとんどない」
それまで俺がタカさんから言われていたのは、安倍家のデータベース作り。
過去三十年の事件などの報告書のデータ化。
それを効率よく調査運用するためのシステム作り。
『災禍』に関わりがあるかどうかを調べるために、安倍家の過去の報告書を見直すことになった。
あまりにも膨大でぐちゃぐちゃな報告書に「とりあえず」とハルが決めた範囲から情報処理部門がひいひい言いながら取り組んできた。
俺が『こっち』に戻ってから手伝っていたのがその仕事。
タカさんをはじめとする担当者とやりとりをしてシステムを検討。それなりのものができた。
今はデータを地道に入力しながら使い勝手や反応を調べているところ。
彼女の暴走前に過去データはほとんど入力終わったので、暴走後俺が彼女にべったりになっても支障なかった。
今は平熱に戻り、とりあえず安定したように見える。
それでも彼女が心配で、まだそっちの仕事は復帰していない。
いまならばどうとでも調整可能なはずだ。
俺の説明にふたりは「なるほど」と納得した。
「朝早く抜け出すのは多分竹さん気付かないと思うんだ。
だから早朝のヒロとの修行にも支障ないと思う」
そう説明したら蒼真様が黒陽に言った。
「それなら一緒に寝させたら?」
「!!」
俺は異議なしなのに、黒陽は眉をひそめた。
「そうしてもらえれば姫のためになるとは思うが……。肝心の姫がどう言うか……」
それもそうだな。
まずは遠慮がちで恥ずかしがり屋なこのひとを論破しないとな。
「とりあえず今日は別々で。今夜はもう目を覚まさないだろうから」と黒陽が決めてしまい、部屋を追い出された。