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第十八話 フジとツヅキの話

 ハルとヒロに「じゃあな」と別れを告げ、二人が姿を消したのを見送る。

「ふう」と息がもれた。


 情報が増えた。考えることも増えた。

 どうすべきか。なにをすべきか。


 いつの間にかうつむいていた顔を無理矢理上げ、バシンと両頬を叩く!


 とりあえず、やるべきことをやろう。

 まずは 片付け。

 それからホワイトハッカーの仕事。

 それからは、また明日!


 気合を入れ直し、台所へ向かった。




 今日はちょっと大変だった。

 おかげで余計なことを考えなくて済んだ。

 次の時間の担当者に引き継ぐと、誰からともなく「はぁ〜」とため息がもれた。


「おつかれ〜」

「おつかれ……」

 フジもツヅキも声がぐったりしている。

 かろうじて俺も「……おつかれー……」と返す。


 疲れた。ホント疲れた。

 脳味噌フル回転させた。目がシパシパする。

 仕事のときにかけているブルーライトカットメガネをはずし、軽く眉間を揉む。

 机にうつ伏せてぐったりする。

 誰も声が出ないところを見ると、二人もつぶれているんだろう。


「……とりあえず……検討会、しよう。それから会社への報告……」

 ツヅキの声に「ああ…」とのろりと頭を上げる。


 ああだったこうだったと検討し、会社へ報告。

 次の時間の担当者達もハードな戦いを繰り広げているらしい。

「応援に入れないか」と言われたが三人共に「勘弁してくれ」と断った。

 検討しながら対策システム組んだから、それでどうにかしてくれ!


 そうは言っても放り出すのも寝覚めが悪いので、いつもどおりダベりながら待機することにした。

 少し休めばまた戦えるだろう。

 目薬をさして上を向いて目を閉じる。

 あー、瞼の裏にログが流れる……。



「……そういえばトモ、あれからどうなったー?」


 唐突なフジの問いかけの意味が理解できない。


「『あれ』……って、どれだよ……」

「一目惚れした彼女」


『一目惚れした彼女』――ああ。


「竹さんのことか……?」


 ポロッと返事をした俺に、フジとツヅキがなにかボソボソ言っている。


「今の名前か?」

「今日はハードだったからな。脳のセキュリティレベルが落ちてるんじゃないか?」

「じゃあいろいろ聞き出せそうだな」


 ボソボソ。ボソボソ。なに言ってんだ?

「なんだー?」

「あー。悪い悪い」


 フジの声はもういつもの調子に戻っている。復活早いな。俺はまだヘトヘトだよ。


「で?『タケさん』と話したのか?」

「……話……」

 なんの話だっけ?


「なんか渡さなかったの、謝るんじゃなかったのか?」

 ――そういえば。


「守り役には謝った……」


「『守り役』」ツヅキがボソリとつぶやいた。


「ハルにもヒロにも謝った」


「誰だよ」フジがなにか言ってる。


 ええと、あと誰に謝るんだっけ?

 年少組は今朝メッセージで謝った。

 あのときあの場にいたのは、霊玉守護者(おれたち)とハルと、白露様と黒陽と――。


 そこでハッと気が付いた!


「――彼女には謝ってない――!」


 うわあぁぁぁ! 馬鹿すぎる!

 ナニしてたんだ俺!


「うわあぁぁぁ……」

 頭を抱える。(うな)り声がもれる。

「せっかく来てくれたのに……」


「来た?」

「どこに? 自宅に?」


 その問いかけにハッとした!

 俺、ダダ漏れてる!?


「………俺……何か、言った……?」

 おそるおそる聞いてみたら「ん?」「なに?」とトボけた声が返ってきた!


 情けなくて「うわあぁぁぁ……」と落ち込む俺に対して二人は楽しそうだ。


「諦めなトモ。『恋』してるからだよ」

「そうそう。諦めろ。諦めて全部吐け」

「ぐわあぁぁぁぁ!」


 くっそおぉぉぉ! なんか悔しい!

 二人はなおも「それで?」「ナニ話したんだよ」と楽しそうだ。くっそおぉぉぉ!



「……大したことは話してない……」

 正直に言ったのに二人は「またまたぁ」と信じていない。


「ホントに。

 昨日迷惑かけた仲間が来ると思ってたら彼女が来て。

 挨拶して上がってもらってお茶とケーキ出して、一緒にお茶飲んで。

 彼女の守り役に『汗臭い』って指摘されてシャワー浴びて戻ったら、彼女寝てた」


「「寝てた?」」


 驚くのを隠しもしない声に、なんとなく居ずまいが悪くてごにょごにょと言い訳じみたことを口にした。


「……なんか、最近寝られてないらしい」


 黒陽が言ってたいた。秋にハルも言っていた。

『思い詰めて』『眠れなくなる』そして『衰弱する』。


 今日少しでも眠れたならよかった。

 彼女のかわいい寝顔が浮かんでほんわかと胸があたたかくなる。

 かわいい寝顔。寝ぼけた様子もかわいかった。それに――。


 ブラウス一枚の色っぽい姿を思い出し、ボン! と脳味噌が爆発する!

 妄想を振り払うようにバタバタと手で散らしていたら、フジの声がかかった。


「それで?『据え膳』を前にしてどうしたんだよ?」

「なんだよ『据え膳』て」

「だってそうだろ?」


 フジはさも当然のことのようにキッパリと言った。


「一人暮らしの男の家で寝るなんて。

『襲ってくれ』って言ってるようなもんじゃないか!」


 またしても色っぽい彼女が浮かぶ。

 ――違う! 駄目だ! 


「守り役もいたわ!」

 あわててがあっと吠えると「その『守り役』ってなんだよ」とツッコまれた。


「守り役は守り役だよ。

 文字通り彼女のお()りというか、保護者的なひと。

 世話役兼護衛みたいな感じ?」


「お嬢様なのか?」

 ツヅキの問いに答えようとして、口を閉じる。


 昔お姫様だったと説明するのはおかしいよな。

 今日の黒陽の話だと竹さんの今生の家は普通の家のようだった。

 となると、どう説明するかな……。


 うーん、と考えて、安倍家の話をすることにした。


「彼女の生まれた家自体は普通の家だと思う……。

 ただ、彼女が今世話になってる家は、それなりの家」

「『それなり』」

「京都で『それなり』って、すごそうだな」


 フジとツヅキのツッコミに、改めて安倍家の規模を考えてみる。

 俺達、ハルともオミさんとも普通に接してるけど、よく考えたらすごい家だよなあそこ。

 歴史もある。金もある。影響力もある。

 政治家排出したりとかはしてないけど、政治家にだって影響力あるしな。


「……まあ、それなりに……」とぼかして答えると「また『それなり』か!」とフジにツッコまれた。


 いや言えないだろ。

 京都以外で安倍家がどう思われてるか知らないけど、大っぴらにあそこと知り合いだと知られただけで厄介事が降りかかりそうな気がする。


「ていうか、どこの誰かわかったんだな。よかったな」

 ツヅキの言葉にフジも「そうか!」と喜んだ。


「住所氏名年齢職業電話番号わかったのか?」

「電話番号以外はわかった」

「おおー!」

「すごい進歩!」


 パチパチと拍手が響く。

 なんだか照れくさいけれどうれしい。


「で? 次はいつ会うか、約束したのか?」

「それは……」


 フジの言葉に詰まった。


 次会うとき。

 それは、俺が霊玉を渡すとき。


「……その、昨日言った『渡すもの』を渡す覚悟ができたら仲間に連絡することになった。

 そしたら、会える」


「なに? 仲間の知り合いだったのか?」

 フジのツッコミに「そう」と答える。


「仲間の家に世話になってる」

「さっきの『それなり』の家?」

「そう」


 無言になる二人に、説明が足りなかったかともう少し追加する。


「俺、去年の冬から別口のバイト入れて忙しかったから、そいつらとあまり連絡とってなかったんだ。

 彼女がそいつらの家に世話になるようになったのは今年に入ってかららしいから、全然話にも出なかった」


「もったいないなー」とフジ。まったく同意見だよ。

 ちょっと駆けたら行けたのにな。

 そしたらもっと早く出会えたのに。

 もったいないと思いつつも、今会えたのだからまあいいかとも思う。


 彼女に会えた。

 重要なのはそれだけだ。

 これからどうするかだけだ。


「そのバイトって、アレか?

 なんか『バーチャルキョート』関連のやつか?」


 ツヅキが聞いてきたので「そうそう」と答える。

 ホワイトハッカーの会社から全スタッフに連絡が行ってるから、ツヅキもフジも募集内容を知っていた。


「どんな調子?」

「まあ、ボチボチだな。

 データ集めるのは自転車で走り回るだけでいいし。

 データ処理するのはシステム組んだから楽になったし。慣れたし」


 そう答えると二人は俄然興味が湧いたようだ。


「おー。システム組んだのか」

「どんなの?」


「見る?」と聞いたら「「見る見る」」と二人共に答えたので、圧縮してそれぞれに送る。


 しばらくシステムを確認している音だけが流れてきた。


「……これ、結構大変な処理させてんな」

「わかるか?」

「まあな」


 さすがフジ。ツヅキもわかったようだ。

「やるなトモ」なんて褒めてもらえるとうれしいな!


「ぼくは『バーチャルキョート』やってないけど、なんかすごい作り込んでるんだって?」

「そうそう」


 ツヅキの声に仕事内容を思い出し、ついげんなりと愚痴がこぼれた。


「もう、街並みデータとか阿呆だぞ?

 何でこんな緻密(ちみつ)なデータがいるんだよっていうくらい作り込んでる。

 それをオンラインで何百万の人間が同時に使えるようにしてるんだ。

 正気を疑うよ」


「すげーな」

「これ、社長が組んでるって噂だよな」

「ああ」

「トモは会ったことあるのか?」

「ない。会社にも行ったことない。

 データは全部(うち)で処理してるし、アップするのも(うち)からしてる」


 問われるままに答えていると、ツヅキが「はぁー」と息を吐いた。


「あんなとんでもないシステム組むなんて、どんな人間なんだろうな」


 その言い方にふと気になった。


「ツヅキも『会ってみたい』って思うか?」


「そりゃ思うよ。

 どんな発想でこんなシステム思いつくのか、話をしてみたいな」


「それでかなぁ。

 明らかにブラックな募集に、何人か行ったって聞いた」


「あれだろ?『社内仮眠室完備! 三食保障!』」

「それそれ」


 二人も明らかなブラック臭に笑ったという。


「応募した人、出てきたって聞かないんだけど。

 四か月カンヅメになってるってことかな?」

「マジか」


 そういえば、担当者に問い合わせようと思ってたんだった。

 思い出したついでにメールしとこう。


 メールソフトを立ち上げて文章入力。送信、と。



「……今思い出したんだけど」


 ふと、ツヅキの静かな声が流れた。


「十年……十五年前?

 京都のエンジニアやプログラマーが立て続けに行方不明になったことがある」


「行方不明?」

 物騒な響きに眉をひそめる。


「その頃って、日本中どこのエンジニアもプログラマーもブラックな労働環境だったからさ。

 行方不明も突然死も当たり前に転がってた」


 さらっと言う内容に思わず「こわっ」と声がこぼれた。

「おれ、その頃ガキでよかった……」

 フジも声が震えている。


「ぼくの知り合いも一人行方不明になったんだ」


 ふう、とため息をついてツヅキが話を続ける。


「一人暮らししてたから、いついなくなったのかわからない。

 ただ、家族がアパートに行ったら、今の今まで居たって感じだったらしい」


「どういうことだ?」

「パソコンつけっぱなしで字が流れてたって。

 多分ログのことだろうな」


 フジの問いに答えるツヅキ。

 その時のことを思い出したのだろう。

 声が一段低くなった。


「生活感丸出しの部屋に飲みかけのコーヒーもあるのに、ケータイと財布は見つからない。

 まるでどこかに出かけて行って、そのままどこかに行っちゃったみたいだったらしい」


 部屋が荒らされた形跡はない。

 それで『行方不明』。

 それって、アレじゃないのか?

『神隠し』とか『落人(おちびと)』とか言われてる、異世界にいっちゃうヤツじゃないのか?


 この京都は周囲を結界で固めてある。

 その中に神社仏閣をはじめ、ありとあらゆる霊的なモノがぎゅうぎゅうに詰め込まれている。

 そのために他の場所よりも色々と『つながり』やすい。

 異世界に行ったり逆に異世界から『落ちて』きたり、異界に入り込んだり時空の狭間(はざま)に挟まったり。 


 なんで俺がこんなことを知っているかというと、俺の持つ特殊能力のせいだ。


 俺の持つ特殊能力は『境界無効』。

 ガキの頃は無意識に境界を越えていた。

 そのたびに能力者である祖父母に助けられ、こんこんと説教され、厳しく修行をつけられた。


 だが、他府県の人間にそんなことを説明しても理解できないだろう。

「それこそあれか? コンビニでも行って、突然『自分探しの旅』に出ちゃった的な?」

 フジもそんなふうに判断したようだ。


「そうなのかなぁ」とツヅキも困ったような声で言った。


「電話では話をしていたらしいんだ。

 で、ある時からかけても電話に出なくなった。

『おかしい』って思った家族が家に行ってみたら誰もいなかった。

 でも、部屋も荒らされてない、数日前に話した様子もおかしなところはない。で、警察も動きようがないって。

『一応行方不明として受理されたけど、家出扱いで捜索してくれそうにない』って、家族が残ってたパソコン使って連絡先のわかる相手に片っ端から問い合わせた。

 ぼくにもそうやって連絡がきた」


「……そのひと、それから連絡は?」

「ない」


 おそるおそるというように聞くフジに対し、ツヅキはキッパリと言い切った。


「……どっかに雲隠れしてんのか、それとも……」

 ブツブツとつぶやくフジも最悪を思い浮かべているのだろう。明言を避けている。


「で、ぼくも心配になってあちこち問い合わせてたら『自分の知り合いも連絡とれなくなった』って人が結構いた。

 どの人も京都で一人暮らししてる人だった」


 ――『神隠し』にしても、そんな同じ業種の人間ばかりが消えるか?

 それとも当時大量に人間が消えるようなナニカがあったのか?


 ハルに確認したほうがいいか? と考えていると、ツヅキが続けた。


「とはいえ、ホントにその頃のデジタル関係は大当たりするか使い潰されるかの両極端だったから。

 京都に限らず自殺者も増えすぎて、ニュースにもならなくなったレベル」


「……それ言ったら今だってそんなニュース聞かないよな……。

 え? 無くなったからニュースにならないんじゃないってこと?」


「めずらしくなくなったからニュースにならないんだよ」


「「……………」」


 無言。


「――こわーッ!!

 こわいこわいこわい!

 なんだよ! ホラーの話かよ!!」


 ギャー! と叫びを上げてフジが騒ぐ。俺もゾワゾワゾワーってトリハダ立った。

 自分を抱き締めるようにして二の腕をこする。


「みんな気をつけような。

 この仕事は果てがないから。

 いくらでも追い込まれて、いつの間にか使い潰されるぞ。

 自己管理と自衛は大切だぞ」


 久しぶりにツヅキが指導役の声で言う。


「なんでも『ほどほど』がミソだよ。

 のめり込みすぎると泥沼にはまって身動きとれなくなる。

 そこが泥沼だと気付かないまま、沈んでいく」


「こわい! こわいって!!」

「冗談に聞こえないんだが……」

「冗談じゃないからな」


 キッパリと断言するツヅキに何も言えない。


「ぼくもやらかして危なかったことがあるよ」


「あの頃のぼく、病んでたなぁ」なんてサラッと言わないでくれ! こわいよ!


「まずは睡眠。それから三食バランスのよい食事。適度な運動と日光に当たること。

 それを(おこた)ると、すぐに『病む』ぞ」


「「気をつけます」」

 揃ってそう言うとツヅキは満足そうに「よし」と言った。

 なんだか入社すぐの頃のようでちょっと懐かしくなった。


 しかし、そうか。

 睡眠。食事。運動と日光に当たること。

 どれもばーさんに『絶対遵守』を言い渡されているものだ。

 どこの世界でも通用する基本なんだろうな。


「俺はまだ学生だから学校行くのに出歩くし日光も当たる。

 フジは大丈夫か?

 この前も残業してただろ?

 ちゃんと家に帰って寝てるか?」


 心配になってそう問いかけたら、フジは返事をしなかった。

 無言が続く。

 ツヅキが「フジ?」と指導役の声で強めに呼びかけると、しぶしぶというように声が続いた。


「……長いことお日様見てない……」


「お前……」

「それは……」


 ヤバいんじゃないのか?


 ツヅキもそう思ったのだろう。

 指導役の声のまま厳しめに言った。


「フジ。自分の健康は自分で守らないといけないんだ。

 あんまりブラックな職場の場合、思い切って辞めることも必要だぞ?」


「今は退職代行もあって…」なんてツヅキが説明しはじめるのを「大丈夫! 大丈夫!」とフジがあわてて止める。


「年度が変わったから! もーちょっとしたら楽になる! はず!」


「『はず』って……」

「休みはちゃんと確保できてるのか?」

「一応……?」

「休みは何してんだよ」

「ひたすら寝てる」


「「……………」」


 コイツ……大丈夫か?


「しばらくこっちの仕事休んだら?」

 ツヅキのもっともな指摘にフジは「でも」と反論する。


「でもお前らとダベったりわあわあ言いながら戦ったりするの、ストレス解消になるんだよ。

 仕事から離れられるっていうか」


  俺達との時間を大切にしてくれているらしいフジの発言にほんわかする。

 ツヅキもそれは同じようだ。


「……まあ、眠れてるならまだ大丈夫だ。

 目を閉じてもログが流れだすとヤバいぞ?

 脳が寝てないってことだからな?」


 ツヅキのお小言に「うぃっす」と大人しく返事をするフジ。

 ツヅキもそれで矛を収めた。



「……やっぱ『眠れない』って、マズいよなぁ……」

「なに? 彼女、そんなに眠れてないのか?」


 考えていたことがまたポロリと口から出てしまったらしい。

 フジの声にハッと気付き、また頭を抱える。

 それでも何か言わなきゃと口を開く。


「……らしい。守り役が言ってた」


「守り役って、男性? 女性?」

 ツヅキの質問に「男性」と答える。


「え? トモ、ライバル出現?」

 阿呆なことを言うフジに「そんなんじゃないよ」と返す。


「さっきも説明したろ? 文字通り彼女の保護者的なひとだよ」


 そう説明すると「なーんだつまんね」と無責任なことを言う。

 そう言いながらも俺のことを心配してくれているのが伝わって苦笑が浮かぶ。


「その守り役とはなんか話したのか?」

 ツヅキの質問にも「話した」と軽く答える。


「なにを?」

 フジのツッコミには即答できなかった。

 どこまで話していいものか。そもそも話していいのか。話す必要があるのか。


 しばらく考えて、当たり障りのなさそうなことをもにょもにょと喋った。


「彼女の事情とか……責務とか……背負ってるものとか……」


『責務』とか『背負ってる』とか言ったからだろう。

 フジがすぐに反応した。


「なに? 彼女、『訳アリ』?」

「………まあ………」


 思いっ切り『訳アリ』だ。

 責務があって、『呪い』があって、余命僅か。


「……『訳アリ』なら、やめとけば?」

「―――」


『やめる』。

 彼女を『やめる』。


 フジの言葉で初めてそういう選択肢があることに気が付いた。

 昔の俺ならそうしたかもしれない。

 彼女に出会う前だったら。もしくは、出会ったのが彼女でなかったら。

 そんな面倒事しかなさそうな相手と付き合うことなどさっさと放棄して逃げ出したに違いない。


 だが。


「――そんなこと、できない」


『訳アリ』だろうがなんだろうが、諦めるなんてできない。

 出会ったのだから。

 彼女に、出会えたのだから。

『恋』したのだから。


「彼女がなんであろうと。どんな責務を負っていても。俺がどれだけ大変になるとしても。

 だからって諦めるなんて――できない」


 言葉にするとより気持ちか固まった。

 理屈じゃない。ココロが、魂が彼女を求める。

 どんなに条件悪くても、どんなに大変なことが待ち受けていても、彼女を諦めるなんて、できない。


 だって、出会ったのだから。

 彼女に、出会えたのだから。



「――ぐわあぁぁぁぁ! うらやましいぃぃぃ!!」


 突然フジが吠えた!


「なんだよ! ノロケかよ! ちくしょー!

『恋』を満喫しやがってー!」


 ナニ言いだしたんだこの阿呆。


「誰が『満喫』してるか! ダメダメだよ! ポンコツになって毎度毎度ヘコんでるよ!」


「うらやましいぃぃぃ!」

「どこが!?」


 やいやいしていたら会社からツヅキに連絡が入った。

 俺達の対策システムが功を奏したようで、無事迎撃できたらしい。

 待機解除になりホッとしたところでお開きになった。

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