閑話 竹 生理がきた
竹視点です。
タイトルどおりのおはなしです。
ご不快な方は飛ばしてください。
あの暴走から十日。
トモさんのおかげですっかり元気になった。
なのに誰も信じてくれない。
「まだ大人しくしときなよ! これ、薬。ちゃんと飲んでよ!」
蒼真は毎日診察してくれる。もう熱だって下がったのに。
「姫。今無理をするとあとで反動が来ます。今しばらく大人しくしておきましょう」
黒陽はそう言って霊玉作りも水作りもさせてくれない。もう平気なのに。
「ホラ竹さん。一緒に『バーチャルキョート』の動画確認しよ?
おかしな陣とかないか、チェックして?」
トモさんにそう言われて一緒に動画の確認をする。
でもこんなに真横にぴったりくっつく必要はないと思うの。
ここ数日は離れにこもって動画を見たりお料理をしたりしていたけれど、そろそろなにかしたほうがいいと思う。
「『なにか』って?」
「その、アイテム作りや、結界の確認や」
トモさんに問われてモゴモゴ答えたら「うーん」と困った顔をされた。
「『京都の結界の確認』って、『終わった』って言ってなかった?」
「言ったぞ。終わってる」
「でもでも、もしかしたら漏れがあるかもだし」
そう心配してるのに「うーん」とトモさんは納得してくれない。
「アイテム作りは、もう黒陽がかなり作ってるから十分じゃない?」
「そうだな。一応安倍家の術者と、関係のありそうな家と、十分行き渡るだけのものはできているはずだ」
「そ、そうはいっても、あって困るものじゃないと思うし」
それでもトモさんは「うーん」と言うだけ。
どうしたらいいんだろう。
どうしたらわかってくれるんだろう。
私が心配なことを。責務を果たしたいことを。
トモさんを守りたいことを。
ひなさんに言われた。
『お姫様が助けを求めて待っている時代は終わりだ』って。
『今は好きな男の子を助けるために、女の子だって戦うんだ』って。
それが『イマドキのお姫様』だって。
私もトモさんを守りたい。
ホントは巻き込みたくないし、戦いにも出てほしくないけど、このひと全然聞いてくれないから。
それなら、私のできる限りで守りたい。
そのためにできることがあったらなんでもしたいのに。
みんななんにもさせてくれない。
心配なのに。いつ『災禍』がなにかしてくるかわからないのに。
ぷう、とふくれていたら黒陽がため息をついた。
「とりあえず今後どうするか、どう動くか、一度話し合うのはどうだ?」
黒陽の提案に、トモさんもうなずいた。
「そうだな。じゃあ、守り役みんな集まってもらって、現状の確認をしよう。
それで足りないところがあれば、竹さんにお願いする。
それでどうかな?」
「! はい!」
大きな声でうなずいたら、トモさんはやさしい笑顔を浮かべた。
胸のどこかがキュッとした。
それから黒陽がみんなに連絡してくれて、緋炎達が来た。
みんな忙しいのにごめんなさい。
「大丈夫ですよ竹様。そろそろ一度確認をしたほうがいいと思ってました」
緋炎がやさしくなぐさめてくれる。緋炎はいつもやさしい。ありがとう。
そうして現状を確認した。
梅様蘭様の話も聞いた。おふたりともまだ覚醒しそうにないみたい。
アイテムはひとまず行き届いているみたい。
結界も大丈夫そう。
じゃあ私、なにしたらいいのかなぁ。
「うーん」とみんなが考えてくれる。
いろんな意見が出たけれど、どれからしたらいいのかな?
困っていたら、トモさんが言った。
「とりあえず、キリがいいから。ちょっと休憩しよ?」
「コーヒー淹れるよ」と立ち上がるトモさんにみんなが口々に注文を入れる。
お手伝いしようとしたのに「いいよ。座ってて」って言われた。
じゃあ、今のうちにちょっとおトイレ行っとこうかな。
「私、ちょっと」と一言言って、お部屋を出た。
トイレットペーパーについていた、その意味がわからなかった。
――血?
なんで。
意味が理解できず固まったまま立ちすくんだ。
血? なんで? なんでこんな。
ぐるぐるぐるぐるしていたら、ポンと思い当たった。
小学校のときに教わった。
生理。月経。
そういえば、小学校卒業するちょっと前にきた。
それから急激に記憶を夢で見るようになって、記憶と霊力が徐々に戻っていくごとにごはん食べられなくなっていって、その一回以来生理は来なかった。
「まだ思春期ですから生理不順ということはあります」って病院で言われた。
「食事が取れていないからだろう」とも。
「とにかくごはんを食べてちゃんと寝て、生活リズムを整えなさい」って言われた。
「そうすればそのうちに身体も整うでしょう」って。
「それでも生理不順が治らなかったらまたおいで」と言われてその日の診察は終わった。
そうだ。忘れてた。
あれからずっと生理なんて来なかったから、生理の存在自体忘れてた。
今までの五千年、何度も生まれては死んだ。
だけど、いつも生理がちゃんと来たことがなかった。そのことを気にしたことがなかった。
高間原にいたときからそうだったから、私はそういう体質なんだと思っていた。
でも。
あの病院の先生の言葉が響く。
「とにかくごはんを食べてちゃんと寝て、生活リズムを整えなさい」
ここ最近の私の生活。
トモさんが来てからの生活。
ごはんが食べられるようになった。
夜もぐっすり寝てるみたいで、気がついたら朝になってる。
トモさんがいてくれるだけでなんだかホッとして気がゆるんでる自覚はある。
ちょっとでも弱気なことを言ったら一を十にする勢いでトモさんが弱気を潰してくれる。
そのおかげで自分でも明るく前向きになっていると思う。
だから?
だから『身体が整った』?
それで、生理が来た?
――とりあえず、どうしよう。
どうしたらいいんだろう。
ええと、ええと、と小学校で習ったことを必死で思い出そうと頭をひねる。
ええと、生理用品があるから使うって言われた気がする。
それは確か――。
「保健室にありますからね」
そうだ。そう言われた。
――って、保健室、ない!
ええと、ええと。
そうだ。「お母さんに言いましょう」って言われた!
お母さん。――アキさん!
アキさんならなんとかしてくれる!
そう思ったらちょっとホッとした。
でも、アキさんのところまではどうやって行ったらいいんだろう……。
とりあえず、拭いて……。
トイレを出て、洗面所の石けんをしっかりと使って手を洗った。
まだそんなにたくさんの血の量じゃない。
すぐに行って話したら大丈夫かも。
そう信じて、洗面所から転移陣のある台所に急いだ。
「竹さん?」
すぐにトモさんに呼び止められた。
「どうしたの? 大丈夫?」
心配そうに声をかけてくれるけど、心配してくれるのうれしいけど、今はちょっと、会いたくなかったなぁ。
「―――」
なんとなく目が合わせられなくて、返事もできなくて、そっと目をそらした。
その途端、トモさんの気配が変わった!
「どうした? なにがあった? お腹痛い?」
心配そうに、それでも有無を言わさない雰囲気で顔をのぞき込んでくる。
「トイレ長いから、心配で様子見にきたんだ」
恥ずかしい! 逃げ出したい!
思わず一歩下がった。
その拍子に血がコポリと出たのがわかった。
「――竹さん?」
トモさんの気配がさらに剣呑になった!
「どこか痛めた?」
「な、なんでもない」
「じゃあなんで血のニオイがするの」
なんでわかるの!?
ビクゥ! と跳ねてしまい、さらにトモさんの気配がこわいものになった。
「竹さん?」
ほっぺを両手ではさまれて逃げることもできなくなった!
「正直に言って? どうしたの?」
言えません!
声が出なくてぷるぷる首を振ったら、トモさんは目に見えてムッとした。
その表情に、気配に、ヒュッと息を飲んだ。
――どうしよう。怒らせちゃった。
トモさんに、嫌な思いをさせちゃった。
嫌われちゃう!? どうしよう!
嫌われたくない。
トモさんがいてくれなかったら、私――。
なんだか涙が込み上げてきた。
そんな情けない私にトモさんは呆れたようにため息をついた。
見放されちゃう。どうしよう!
「――じゃあ、見せて」
―――は?
「どこか出血してるでしょう。そこ、見せて」
見せて? って、ドコを?
「なんでもないなら見せられるでしょう?」
見せられません!
ブンブン首を振って逃げようとしたら両方の手首をつかまれた!
ドン、と壁に押し付けられて逃げられない!
「なんで逃げようとするの?」
だって。
「どこ痛めたの? おなか? 足?」
そう言いながらトモさんが片方の手を離し、するりと私の腰をなでた。
「―――!!」
ゾクゾクゾクーッ!!
痺れるような得体の知れないナニカが足先から頭の先に突き抜けた!
恥ずかしくて、いたたまれなくて、わけがわからなくて。
「―――ひ、ひぎゃあぁぁぁぁ!!」
「ゲフッ」
ド! とトモさんに威圧を叩き込んだ!
油断していたところに真正面から叩き込まれてトモさんが手をゆるめた。
その隙にダッと逃げる!
「あ、アキさあぁぁぁん!!」
転移陣をくぐり抜けた先にアキさんを見つけ、ぶつかるように飛び込んだ!
「うわあぁぁぁん!!」
「竹ちゃん!? どうしたの!? なにがあったの!?」
わけがわからなくなって、パニックになって、アキさんの顔を見た途端安心して、しばらく泣いてしまった。
なんとか説明をして、お風呂に入れられた。
ズボンも下着も血がついていた。
申し訳なくて謝ったら「大丈夫よ」「よくあることよ」となぐさめてくれて、また涙が出た。
もろもろ用意してもらい、説明してもらった。
ゆっくりと湯船に浸かって温まって、着替えて脱衣場から出てみると、トモさんが土下座で固まっていた。
「ゴメンナサイ。配慮が足りませんでした」
え、えと。
これ、どうしたらいいの? なんて言ったらいいの?
わからなくてつい黒陽を探したら、トモさんの肩にいた。
黒陽は黒陽で白露と緋炎に怒られていた。
「生理が来ないっていうのが問題あるって、なんでわからないの?」
「五千年あったじゃない。一回くらい相談してよ」
「申し訳ありません」
平謝りに謝る黒陽に申し訳なくなって、でも目の前のトモさんも土下座を崩してくれなくて、みんなに私に生理が来たと知られていることに気がついて、またぐるぐるぐるぐるしてしまった。
「とりあえず」
そんな私の肩をアキさんが抱いてくれた。
「トモくんは反省。で、再教育」
「ハイ」
「黒陽様はこれまでどう過ごしていたか、竹ちゃんがどんな状態だったのか報告」
「ハイ」
二人そろって大人しく返事をするのが申し訳ない! いたたまれない!!
「で、竹ちゃんは」
ビクリと跳ねたら、アキさんは優しく笑ってくれた。
「ベッドで本でも読んでゆっくりしなさい。
ごはんができたらスマホにメッセージ入れるから。
それまではゆっくりしなさい」
ね? と微笑まれ、なんだか力が抜けた。
「はい」とうなずくと、転移陣まで手を引っ張って連れて行かれた。
そのまま一緒に転移陣をくぐる。
「ここに置いておくからね」とトイレに生理用品を置いてくれた。
他にもこまごまと説明してくれて、お部屋までついてきてくれて、ベッドに押し込まれた。
「お腹痛くなったらすぐに言うのよ? お薬飲んだら楽になるからね」
「はい」と返事をすると、アキさんは「竹ちゃん」と優しく呼びかけてくれた。
「生理は、こわいことでも悪いことでもないのよ。
大人の女性になるための、普通のことよ。
みんなある、当たり前のことよ。
だから、恥ずかしがることも、申し訳なく思うこともないのよ」
横になった私の目を見て、優しく頭をなでてくれながらそう話してくれる。
その言葉に、ぬくもりに、なんだかホッとして身体がベッドに沈み込んだ気がした。
コクリとうなずくと、アキさんもにっこりとうなずいてくれた。
「とはいえ、やっぱり若いうちは恥ずかしいわよね。私もそうだったわ」
いたずらっぽくそう言われて、またホッとした。
私だけでないということに、また気が楽になった。
「最初のうちはうまくいかないこともあるだろうけど、私もそうだったから、気にしないで。
困ったり、うまくいかなかったりしたりしたら、すぐに教えてね」
優しい言葉にコクリとうなずく。
アキさんは満足そうに微笑んで、最後によしよしと頭をなでてくれて立ち上がった。
「寝られたらお昼寝したらいいわ。じゃあ、またあとでね」
「――ありがとうございました」
なんとかそれだけ伝えると、アキさんはにっこり笑って部屋を出ていった。
ひとりになって「ふう」と息をついたら、途端に睡魔が襲ってきた。
わあわあしたから疲れちゃった。
ちょっとだけ。ちょっと目を閉じるだけ。
そう思っていたのに、気がついたらぐっすりと眠っていた。