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久木陽奈の暗躍 42 話し合い

「ゴホン」

 わざとらしい咳払いに顔を向けると、入口にトモさんが立っていた。

 頬を染めてそっぽを向いていることから、どうもイチャイチャしていたところを見られたらしい。

 あわてて晃の膝から降りようとしたのに、がっちりつかまれて動けない。


「コラ」

「いいじゃない」

「良くない。離せ」

「ええぇー……」


 ()ねながらもしぶしぶ開放してくれる阿呆。

 どうにか立ち上がり、なんてことない顔を作る。


「トモさん。お久しぶりです」

 こちらが淡々と対応したからか、トモさんもごく普通に「お久しぶりです」と返してきた。


 どうも私がぶっ倒れたのを気にしてくれているらしい。

 わざわざ部屋を出てきてくれたのは竹さんの霊力がまだ乱れているからだろう。

「竹さんから離れて大丈夫ですか?」とたずねたら「少しなら大丈夫だと思う」と返ってきた。



「具合はどうだ? ひな」

 トモさんの肩の黒陽様が心配そうに声をかけてくださる。

「竹さんの水をいただきました。もう大丈夫です」


 そう言ったのに、生真面目な守り役様はシュンとしたまま「スマン」とおっしゃった。

「まさか霊力に当てられて倒れるとは思わなかった。私の配慮が足りなかった。スマン」

「もういいですよ。それよりも」


 私の口調が変わったとわかったらしいおふたりがキリっと表情を引き締める。


「竹さん、おつらいですね」

「―――『視た』のか?」


 わざと『視た』ものを思い出して黒陽様に『読んで』もらう。

 黒陽様はくしゃりと顔をしかめ、そんな顔を見られないようにだろう、その顔を伏せてしまった。


「―――スマン」


《つらい記憶を『視せた』》

《ひなと晃にまで背負わせてしまった》


 後悔が波のように押し寄せる。気の毒になって「大丈夫ですよ」とわざと明るく言った。


「これでも中身アラフォーのオバサンです。

 精神系能力者はスルー力――じゃわかんないか――ええと、受け流す能力が大事なんです。

 私は大丈夫です。晃もです。

 ですから、お気になさらず」


「だが」とちいさくもらす守り役様に「それに」ともったいぶってニヤリと笑った。

「私達、『災禍(さいか)』がわかるようになりました」


 顔を上げ、目をまん丸にする黒陽様。

《『災禍(さいか)』がわかるようになった!? どういうことだ》

《まさか》


「その『まさか』です。

 竹さんの記憶を『視』ました」


 息を飲む黒陽様に微笑みかけた。自信満々に見えているといいのだけれど。


「『棚からぼたもち』です」

「あれ?『瓢箪から駒』でしょ?」

 わざと茶化してくる晃に「どっちでもいいの」と軽く応える。


 黒陽様は感極まったように口を一文字に引き結んだ。

 ぷるぷると首を振ると、私達に向けてにっこりと微笑んだ。


「――それは、きっとどこかで役立つに違いない。ひな、晃。よくやってくれた」

 ようやく笑顔になった守り役様に、晃とふたりそっと視線を合わせて微笑みあった。


「よくやってくれたふたりには褒美をやらなければならないな」などと黒陽様が言い出し、ポンと霊玉をひとつずつくれた。


「『水』の霊力を固めたものだ。少し霊力を注いで念じたら水が出る」


 阿呆か。

 そんなレアアイテムを簡単に渡すな。


「黒陽。それだと容れ物がないときには不便じゃないか?」

 トモさんが助け舟だかなんだかわからないことを言いだした。

「普通に結界石でいいじゃないか」


 阿呆か。


「なにもいりません。それよりちょっと話があります」

 霊玉を突き返しわざと話をそらすようにそう言えば、おふたりは、というかトモさんは椅子に座った。


「竹さんの状態ですけど」

 途端にトモさんの顔つきが変わる。


「相当過酷な記憶にさいなまれています。――具体的にははぶきますが……」

「はぶかないで。ちゃんと聞かせて」

 おおう。威圧が刺さる。

 すぐさま晃がなんかしたのがわかった。


「聞かせてもいいけど、トモは聞かないほうがいいと思う」

 晃がそんなことを言いだした。

 トモさんの威圧が、今度は晃に向く。

 晃は平気な顔でトモさんに話しかける。


「たとえばさ。トモにもない?

 なにも事情を知らないひとに話すことで楽になったり、無責任に思える言葉に励まされたりっていうことが」

「……………」

 黙ってしまったトモさん。《………ある》と思っている。


「竹さんの事情っていうか、過去は、黒陽様が知ってる。

 ずっとそばで、同じものを見て、同じ痛みを感じてきている。

 だから、トモは、何も知らないほうがいい。

 何も知らず、『今』の竹さんを大事にしてあげて」


「……………」

《―――『今』の、竹さん》


 うなずいて、晃は続けた。


「竹さんは、トモのこと頼りにしてる」

 その言葉にトモさんがビョッと伸びた。

《そうなのか!?》

《竹さん、俺のこと頼りにしてくれてるのか!? 信頼してくれてんのか!?》

 なんでわかんないのよ。このひとも大概ね。


「だからひとりでこもらずに、トモにくっついているんだと思う」

《そうなのか!?》

《『半身』だからじゃなくて!?》


 あーあー。テンション上がって霊力乱れてる。

 黒陽様がわざとらしい咳払いをして、トモさんもハッと正気に戻った。どうにかそれを収めている。


「竹さん、記憶のなかで、たくさんのひとに責められてた」

 晃の言葉にトモさんの眉間が寄る。グッと歯を食いしばった。


「でも、それ、違うんだ」

「……『違う』?」


「うん」と晃はうなずく。

 いぶかしげなトモさんに、晃は冷静に話して聞かせる。


「本人は『誰かに責められている』と思っている。でも、その『責めている』のは、竹さん自身」

「―――」


 晃の言葉に、トモさんも、黒陽様も黙ってしまった。

 心当たりがあるらしい。


「こればっかりは本人が納得しないことにはどうにもできない」


 だから、続く晃の言葉におふたりとも黙ってうなずいた。


《だが、姫には無理だろうな》

 黒陽様。諦めが早すぎます。お気持ちはわかりますが。


《納得……。どう論破してやろうか……》

 トモさん。お手柔らかにお願いします。あんたが本気で説教したら竹さん泣きますよ。


 そんなおふたりに晃も苦笑を浮かべた。


「トモが吐き出させてるんでしょ? それが何よりの薬になると思う。

 とにかく吐き出させて、なぐさめるしかないと思う」


 顔を上げたトモさんの目をまっすぐに見つめ、私のわんこは一生懸命に伝えた。


「竹さんの過去も。痛みも。もうどうにもできない。

 でも『今』の竹さんをなぐさめることはできる。(いや)すことはできる」


「それができるのは、トモだけだ」


 うなずくトモさんに、なおも晃は続ける。


「話をすることで気持ちを整理できると思うんだ。

 誰かに話をすることで客観的に見つめることができて、気持ちを飲み込めることもあるだろ?

 とにかく、話をさせてあげて。吐き出させて。

 そうして、受け止めて、なぐさめてあげて」


「トモにしかできない」

「トモなら、できる」


 晃の言葉をトモさんは真摯に受け止めていた。

 やがて「―――わかった」と、うなずいた。


 悲壮感たっぷりのトモさんに、なんだか気の毒になって、余計なこととは思いつつも、つい口をはさんだ。


「なるべく前向きになるように声掛けしてあげてください。できれば楽しいこと、面白いことを話してあげて、昔の記憶に目を向けないようにできたらいいんですけど」


「なるほど」

 真剣な表情でうなずくトモさんは、なんだか生真面目な竹さんに似ていた。

 だからつい、クスリと笑みがこぼれた。


「まあしっかり抱きしめてあげてください。

 竹さん『甘え下手』なんで、こっちから構ってあげないと甘えられません」

「ですね」


《わかってるよ》なんてふてくされないでください。はいはい。『竹さんの一番』になりたいんですね。女の子にも嫉妬するとか、困ったもんですね。


「先週会ったときに、『恋人ごっこ』の話、聞きましたよ」

 途端に顔が真っ赤になるトモさん。


《マジか! あのひと、なに話したんだ!?》

《少しは喜んでくれてるのか!? 嫌がられてたらどうしよう!!》


 ……………。

 いつも冷静沈着。常に全体を俯瞰で見るようにしているトモさんが。このうろたえよう。

 ホントにどっか頭ぶつけたんじゃないの? 殴られすぎて馬鹿になったんじゃない?


「竹さん、生真面目に『恋人ごっこ』しようとしてました」

「!!」


《そうなのか!》

《てことは、嫌がられていない!?》

《もしかして、竹さんも、俺のこと、少しは好きになってくれてる!?》


 ……………。

 なんでそんなに自信がないのよ。まったく。似た者同士ね。

 同じようにトモさんの思念を『読んだ』晃が苦笑を浮かべている。


「だから、キスしたりデートしたりして、竹さんの意識を過去に向けないようにしてください。

 トモさんが竹さんを振り回して、トモさんのことしか考えられなくしたらいいと思います」

「!!」


《天才か!!》


 そんなにか。

 そんなにキスやデートを勧められたのがうれしいのか。

 いや。『トモさんのことしか考えられなくしたらいい』ってとこに反応してんのか。


「ひなは天才だよ!」

 はいはい。あんたは黙ってなさい。

 トモさんが真顔で何度もうなずいている。まさかトモさんがこんなになるなんて。


「竹さん、春休みに『視た』『闇』が薄くなってます。

 多分、トモさんがそばにいるからだと思います」

 私の意見に黒陽様がうなずく。


「竹さんの体調を回復させるためにも、ココロの『闇』を薄めるためにも、トモさんがそばにいることは重要だと考えます」

「!!」

「そうだな。蒼真も同じようなことを言っていた」

 守り役様の肯定にトモさんが浮かれている。テンションおかしくなってますよ?


「トモさんがくっついて、なぐさめて励まして、話を聞いてあげてたら、すぐに回復するんじゃないですか?」


 なんとなくそんな気がして、軽くそう進言してみた。

 黒陽様は「フム」と納得のご様子。


「そうだな。引き続き、頼む。トモ」

「言われずとも」


 キリっと顔を作ってうなずくトモさん。

 でもココロの中はお祭り騒ぎになっている。うかれまくっている。まさかトモさんがこんなになるなんて。おそろしいわね『半身』。



「じゃあまた」とトモさんと別れ、黒陽様に転移で連れて帰ってもらう。

 私の部屋に無事ついて安心したところに「ひな」と呼ばれ、何の気なしに顔を向けた。

「手を出せ」と指示され、はてなんだろうと手を出すと「両手を出せ」と言われた。

 なんだ? と思いつつも言われたとおりに両手を差し出すと。


 ころろん。


 ピンポン玉サイズの玉が手のひらに乗せられた。

 霊玉。が、八つ。

 ……………八つ?


「これがさっきの『水が出る霊玉』。こっちは封印石。これが結界石。こっちはただ霊力を固めただけの霊玉。

 今回の()びと褒美だ。晃とふたりで分けろ。じゃあまたな」

「え。ちょっ」


 あっと思ったときにはもう姿が消えていた。


 逃げられた!! あンの阿呆亀!!


『いらない』って言ったじゃない! なんで霊玉増えてんのよ! 阿呆か!!


「まあまあひな。それだけ黒陽様にはうれしかったってことなんだから」

「阿呆! こんな明らかに高価なモノ、受け取れるわけないでしょうが!!」

「でも、お返しするのも失礼だよ」

「だからって、あんた」

「とりあえず、お預かりしとこうよ。で、今回の責務に使えるところがあったら使わせてもらお? それならいいんじゃない?」


 妥協案に、それならとしぶしぶ受け取った。

 すぐさま主座様に告げ口しておいた。

本編(トモ視点)と時系列が追いつきました。

明日からおはなしが進みます。

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