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久木陽奈の暗躍 40 お見舞い

本編第百九話にあたるおはなしです

 晃が修行から帰ってきて一週間経った日曜日。

 この日の夜の修行は黒陽様が来てくださった。



 先週の火曜日、竹さんが暴走した。

 そのせいで高熱が出て、今も寝込んでいる。

 トモさんが抱きまくらになってべったりくっついて世話をしていると聞いている。


「やっぱり『半身』がくっついていると違うね。一週間は続くと思ってた高熱が三日でさがったよ」


 あっけらかんとそう教えてくれたのは一昨日いらした蒼真様。

 昨日いらした緋炎様は竹さんについてはなにもおっしゃらなかった。ただ私の状態を確認し「この調子でがんばりなさい」と励ましをくださった。




「ふたりに頼みがあるんだ」と黒陽様がおっしゃるには。


 竹さんは火曜日に暴走してからずっと寝込んでいる。

 三日ほど高熱が続き、一昨日から微熱にまで下がったけれど平熱にはならず、日曜日の今日も泣き続けうなされ続けているという。


 トモさんが抱きまくらになって必死に霊力を循環させ、弱気をつぶしなぐさめているおかげで昔ほどの疲弊はないものの、いつ状態が悪化するとも限らない。

 昨日も快復に向かっていたのが突然悪くなったという。


 先日は『動けるのはあと半年』と診断するレベルにまで弱っていたわけで、黒陽様も不安になっておられるようだ。


 それでなくても彼女には『呪い』がある。

『二十歳まで生きられない呪い』は『二十歳に死ぬ呪い』ではない。

 だから、これまでにも十三歳で亡くなったときもあれば、現在と同じ十五歳で亡くなったときもあるという。

 それもあって、黒陽様は考えてしまうらしい。「もしかしたらこのまま死んでしまうのではないか」と。


「せっかく『半身』に会えたのに」

 そううなだれる黒陽様。

災禍(さいか)』や責務よりも、単純に自分の姫の『しあわせ』を惜しむ彼が愛おしくて気の毒になった。


「ふたりは精神系の能力者、それも特殊能力持ちだと聞いた」


 私に関してはあまり自覚はないが、菊様が「そうだ」とおっしゃるのでまあ否定するのも違うだろうとうなずいた。


「もし可能であれば、姫を『視て』はもらえないだろうか」


 竹さんが苦しんでいるのは竹さんが『災禍(さいか)』の封印を解いたから。

 そのせいで高間原(たかまがはら)が滅び、『こちら』のふたつの国が滅び、たくさんのひとが死んだから。

 それを『自分のせい』だと抱え込んで罪を背負ってしまっているから。


「もし可能ならば、どうにか姫の精神に干渉して罪の意識を燃やすことはできないだろうか」


 どうも晃のやらかした話を聞いたらしい。

 ナツさんの闇を晃の炎が喰い、ナツさんが自分を取り戻した。

 ココロをこわしていた晃の父親を深層心理から救い出した。

(まが)』に成っていたひとを呪縛から解き放ち成仏させた。


 それほどの能力者ならば、竹さんの闇も燃やせるのではないだろうか。


 黒陽様は、そう考えたらしい。


 この意見に晃は「うーん」と難色を示した。

 お人好しのわんこにしてはめずらしい態度に驚いていると、晃は黒陽様に説明をした。


「どれもおれが狙ってやったことじゃないんです。たまたま、うまくいっただけなんです」


 晃は『霊玉守護者(たまもり)』。

 昔の、『(まが)』に成っていたひとの霊力を分けた霊玉を守る、属性特化の能力者。

 成仏させたひとはその霊玉のそもそもの持ち主。

 ナツさんは同じひとから分かたれた霊玉を持つ者同士。

 そして父親は血縁。

 つまりは、どなたも晃と関わりの深いひと。

 だから「うまくいったんだと思う」と晃は説明した。


「だから対象が竹さんとなると、うまくいくかどうかわからない」


 その説明に黒陽様も納得された。


「そうだな。無茶を言った。スマン。忘れてくれ」


 その様子があまりにも哀れに感じて、つい、おせっかいの虫がうずいた。


「………あの、『視る』とか『干渉』とかはできないですけど……。

『友達のお見舞い』には、行かせてもらいたいです」


 私の言葉に黒陽様はその目を大きく見開いた。

 しばらくそのまま固まった。

 どうしたのかと心配していたら、ようやく「友達」とポツリとつぶやかれた。 


「……………姫に、『友達』……………」


 ジワリとその目がうるむ。

 いやそんなあんた大袈裟な。

 そう思ったが黙っておいた。


 黒陽様はブルンブルンと首を振って、私を見上げた。

 にっこりと、穏やかに微笑んでおられた。


「―――そうだな。見舞いに来てくれるか?」

「ご迷惑でないですか?」

「姫もひなの顔を見たら元気になるかもしれぬ。迷惑でなかったら、今日、これから顔を出してもらえないだろうか」

「お見舞いの品もなにもないんですけど」

「そんなもの不要だ。姫はひなにずいぶんとココロを許している。

 きっとひなに『元気になれ』と言ってもらえたら元気になるに違いない」


 そこまで信頼されていると照れくさくはありますが。

『手ぶらでいい』と守り役様がおっしゃるなら今から行きましょう。




 そうして黒陽様の転移で、安倍家の離れの竹さんの部屋の前に移動した。


「ちょっと待っていてくれ。様子をみてくる」

 そう言って黒陽様がまた姿を消した。

 部屋の中から黒陽様とトモさんの話し声が聞こえる。

 もうかなり遅い時間だけど、トモさんは起きているらしい。


「心配だね」晃のつぶやきにうなずく。

『暴走した』とは聞いたが、扉のこちら側はそんな気配は微塵(みじん)も感じない。昔晃が暴走したときはしばらく周囲の霊力が乱れたものだけど。


 そんなことをのんきに思い出していたら、再び黒陽様が現れた。


「姫は起きそうにない。せっかく来てくれたのだが…」

 申し訳なさそうな黒陽様に気の毒になった。


「気にしないでください。じゃあまた今度、竹さんが起きたときに呼んでください。

 今日は私達はこれで……」


 そう辞去しようとしたけれど、ふと晃が気付いた。


「トモは話せます?」

「ああ。トモは起きているから話せるぞ」

「じゃあトモにだけ挨拶していってもいいですか?」


 さては『半身』の先輩としてアドバイスをするつもりだな。

 普段トモさんに『アドバイス』するなんてことないから、ここぞとばかりに先輩風を吹かそうとしているんだろう。


 そう思ってそっと晃の肩に触れて思念を『視』た。

 晃は単にトモさんの心配をしていただけだった。


《『半身』が具合悪いなんて、トモ、心配だよね》

《くっついて支えないといけないなんて、竹さんもどれだけつらいだろう。トモもどれだけ大変だろう》

《おれ、なにもできないけど、一言『がんばれ』って伝えたい》


 ……………ウチのわんこは素直な良い子だった。

 そういうところも好き。


 仕方ない。トモさんにだけでも挨拶して帰ろう。


 黒陽様が晃の額をちょんと突いて『承認』してくださった。これで竹さんが寝てるときに自動展開する結界のなかに入れる。

 私は春休みに『承認』されているので大丈夫。


「トモー? 入るよー」

 晃がノックをして声をかけると、中から「おー」と声が返ってきた。トモさんの声だ。

 なんの気なしに晃が扉を開けた。


 途端!


 ドドドドドドド!!

 霊力の渦に呑まれる! 記憶の奔流が襲いかかってくる!!

 台風の暴風雨の中に放り出されたような!

 激しく波打つ荒れ狂う海に突き落とされたような!


 千切れる! 身体が、ココロが!!

 内蔵も脳味噌もぐちゃぐちゃにかき混ぜられる!!

 痛い! こわい!! 苦しい! 苦しい!! 助けて! 晃! 晃!!


 バシュ。


 突然、痛みが止まった。

 目の前に誰かが立っていた。

 背を向けたそのひとが自分をかばってくれたと、わかった。

 ぐらりと彼の身体が傾いていく。

 ドサリと倒れた。

 赤く広がっていくのは。


「―――晃―――」


 晃が、倒れていた。

 広がっていく血の海の中で。


「―――晃―――!」


 必死で回復をかけた。

「晃!」「晃!!」

 晃はピクリともしない。虚ろな目はもう絶命していることを表していた。

「いや。そんな。嫌」


 すがりついて涙を落としていた、そのとき。

「ワアァァァ」とも「ギャアァァァ」ともつかない叫びが聞こえて、顔を上げた。


 目の前で、虐殺が行われていた。


 逃げ惑う人々を別の集団が追いかける。

 足をからませ倒れた子供に刀が刺さる。

 子供を守ろうと体勢が崩れた母親にも凶刃が下ろされる。


 やめて。なんで。どうしてこんな。


 老若男女、赤ん坊もちいさな子供も殺される。

 手強い大人は人質をとられ抵抗できなくなったところをなぶり殺された。

 罠にかけられむごたらしく殺された。


 どうして。なんで。やめて。殺さないで!!


 ひとが死ぬ。次々に。

 どうして。どうして。どうして!


 いつの間にか小高い丘に立っていた。

 俯瞰(ふかん)で街を見下ろしていた。

 あっと思ったときにはその街に陣が描かれた。

 一瞬光ったその陣の中にいたひとが、一瞬で死んだ。


「―――!!」


 ゾゾゾゾゾーッ!!

 全身が総毛立った!

 死んだ!! 一瞬で!! たった今までしあわせに暮らしていたのに!!

 なんで! なんでなんでなんで!!


 人々の霊魂が一箇所に集まっていく。

 街に結界がドーム状に(ほどこ)されているのがわかる。あれで魂が成仏するのを防ぎ、霊力を集めている。

 どこへ? なんのために? 誰が?


 映画でも見るように視点が動く。

 ズームされたそこに、『それ』がいた。


 漆黒の髪を結い上げた、大人の女性。

 人形のように整った顔立ち。長い手足。

 古代風の衣装をまとい、術式をまとめあげている。


 とても美しい女性なのに。まるで宗教画のようにすら感じるのに。

 そのひとを目にするだけで恐怖で涙が落ちる。全身震えて立てない。

 ガクリとしゃがみこみ、自分をぎゅっと抱いた。


 その、強烈な霊力。


 禍々しいのではない。清浄なのでもない。

 ただただ、巨大。

 とてつもなく大きな霊力。

 暴力的で、純粋で、思念も思想もない。

 ただのチカラ。


 こんな存在があるなんて。


 ―――これが、『災禍(さいか)』。


 守り役様達がおっしゃっていた。

「『災禍(さいか)』の気配は強烈なのだ」と。「見れば『わかる』」と。

 ああ。守り役様達のおっしゃったとおりだ。

 こんなもの、他に存在しない。存在してはいけない。


 純粋で、透明で、強烈で、巨大。

 だからこそ『願い』を叶える。どんな『願い』でも。

 封じられた状態でもその巨大すぎるチカラは封印しきれなかった。だから影響を与えられた。そうして竹さんを呼び寄せた。

 そして。


 深い森。大きな大きな樹。

 立ち上がった拍子にくらりと立ちくらみがした。

 反射的に樹に手をついた。

 途端。


 激しい爆発音。抱きしめ守ってくれた黒い鎧の男性。その肩ごしに、見えた。


 金色の髪。蒼い眼。

 背も高くて身体付きもしっかりしている、まだ若い成人男性。

 豪奢(ごうしゃ)な衣装をまとい、にっこりと微笑んだ。


「封印を解いていただき、感謝する」


 封印。解いた。私が。私のせいで。私が。『災厄』を招いた。


「お前のせいだ」誰かが指差す。

「お前のせいで『災禍(さいか)』の封印が解けた」


 どこかの大広間。取り囲まれ剣を向けられる。

「お前のせいで」

「罪を与えなければならぬ」


 底が抜けた。落ちる!

 ぎゅっと抱きしめてくれた男性がみるみる縮む。

 気がついたら、知らないところにいた。そばには黒い亀が一匹。


 ああ。私のせいだ。

 私のせいで、黒陽が亀になった!


 痛い。熱い。苦しい。

 これが罰なの? 死ねば赦されるの?

 それならこの生命、捧げる。

 それなのに、気付いたら赤ん坊になっていた。


 いつでも黒陽がいてくれた。

 高間原(たかまがはら)は滅びた。

 たくさんのひとが死んだ。

 黒枝(くろえ)がいない。(もみじ)(かえで)もいない。(かしわ)(えのき)もいない。

 どこにいったの? 黒陽の、私の『家族』はどうなったの?


黒柏(こくはく)殿も黒榎(こくか)殿も、ご立派に戦われたと聞いています」

「黒枝様とご息女については………申し訳ありません。口外することを王に禁じられております」


 ―――私のせいで。


 私が『災禍(さいか)』の封印を解いたから。


「違います姫。姫を支えられなかった私が悪いのです。姫は悪くありません」

 黒陽はいつでも私を守ってくれる。そんなやさしい嘘をついてまで守ってくれる。


 私のせいで姫達が呪われた。二十歳まで生きられなくなった。何度死んでも記憶を持ったまま生まれ変わるようになってしまった。


 私のせいで守り役達が呪われた。獣の身体になった。死ねなくなった。


 家族と、友達と、愛しいひとと長く共に過ごせない。

 家族を、友達を、愛しいひとを見送らなければならない。

 そんな痛みを、真綿で首を絞めるような苦しみを強いることになった。

 私のせいで。


「お前のせいだ」誰かが指差す。

「お前のせいで我らは死んだのだ」誰かが叫ぶ。


 まるでホラー映画のように倒れたひとが立ち上がる。

 はみ出した内蔵を揺らしながら。ただれた皮膚をひきずりながら。


 ひとり、またひとりとそんなひと達が立ち上がり私を取り囲む。

「お前のせいで」「お前のせいで」

 何十人、何百人、何千人のひとが私を責める。

「お前のせいで」「お前のせいで」


「―――いやあぁぁぁぁぁ!!」

《ひな!!》


 ゴウッ!

 私の身体から炎が噴き出した!!

 そのまま炎は周囲を走り、私を取り囲んでいたひとを焼き尽くす!


 これは。この『火』は。


 私を守り、あたためる、この『火』は。


「……………晃……………」


 周囲を燃やし尽くした炎は私にまとわりついて、ちいさな塊になった。

 心臓のようなその塊が『晃』だと『わかった』。

 どうにか手を伸ばして両手で包む。

 あたたかな塊を胸に抱き寄せると、すうっと私の身体のなかに溶けた。


《大丈夫。大丈夫だよひな》

《おれが守るよ》


 ―――ああ。晃がいる。晃がいてくれる。

 炎を取り込んだ部分からぬくもりが広がっていく。徐々に、徐々に。

 指の先までぬくもりが広がったら、私の全部が晃に包まれているようだった。

 それでひどく安心して、私は意識を失った。

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