久木陽奈の暗躍 39 私の修行
月曜日。
「え…!? 日村!?」
クラスメイトが唖然とするのに、阿呆はのんきにニコニコしている。
「……え……なんか……成長? してない?」
おそるおそる問いかける声に「うん」とあっさり答える阿呆。
「前に言ってただろ?『厳しい修行に行く』って。
あれに行ってきた」
ケロッと答える阿呆に周囲は呆然としながらも視線を外すことができないようだ。
そりゃそうだろう。
金曜日に「バイバイ」と普通に別れたクラスメイトが月曜日に登校したら大人に成長してるんだ。驚くなというほうが無理がある。
晃は結局『むこう』に三年半くらいいたらしい。
金曜日に『こっち』を出るとき、晃は高校二年生の十六歳だった。
晃は八月生まれだから、あと約三カ月弱で十七歳になるところだった。
そこから約三年半修行に励んだ。
まだギリギリ成長期だったことと先方のアヤシイ薬で背が伸びた。
毎日毎日厳しい修行に打ち込み、筋肉がついた。骨格が大人のそれになりがっしりした。
身体年齢二十歳になり、顔立ちも大人のものになった。
たった二日で人間こんなに成長するか! どうすんのよ!!
主座様に幻術を教わるか、守り役様達から变化の術を教わるかとヤキモキする私に、当の晃はケロッとしていた。
「大丈夫じゃない? だって、おれはおれだし」
「阿呆!」と拳骨を落としたけれど、晃はどこまでもニコニコとしていた。
とりあえず夕食をいただいて、白露様と転移で吉野の我が家に戻った。
ウチの家族も晃のじいちゃんばあちゃんも晃が『白露様のお知り合いのところ』で『数年修行する』と説明していたから、単純に「大人になったなあ!」なんてのんきに受け入れた。
そして今日。月曜日。
学校でクラスメイトや先生達にどうごまかそうかと胃を痛めながら登校した。
電車を降りたところで同じ学校の生徒に会った。指さして動かなくなった。
駅からバスに乗り換え、バスを降りて校門を目指す。その間もあちこちからの視線と思念が刺さる。
誰も彼もが驚きながらも声をかけられないでいた。
そうしてたどり着いた教室。
ついにツッコまれた。「成長してない?」と。
阿呆があまりにも堂々とあっけらかんとしているから、クラス中がポカンとしている。
どうすんのよこれ。どう弁明すればいいのよ!!
ひとりで青くなっていると、声をかけてきた晃の仲良しの梅宮がようやく再起動した。
「………修験道……スゲー」
……………梅宮?
え。まさか、それで納得したの!?
周囲の気配も納得に染まっていっている。
「え。すごくない」「修験道って、そんな効果もあるんだ」なんて間違った認識が植え付けられていっている。
どうすんのよこれ。あとでじいちゃん達に怒られるんじゃない?
「あ、あのさ日村」
おそるおそるといった梅宮に「ん?」と軽く答える晃。
「おれもその修行『行きたい』って言ったら、行ける?」
「うーん、ちょっとムリかなぁ」
おお。ちゃんと断ってる。えらい。
「その、修行? したら、背、伸びるの?」
………梅宮………。背、低いの、気にしてるのね………。
そんな梅宮の内心に気付かない阿呆はこれまたあっけらかんと答える。
「いやー。どうだろ? おれはたまたま成長期だったから伸びただけで、修行したから伸びるとは限らないんじゃないかなぁ」
どうも、万が一期間内に帰れなかったり霊力酔いで動けなくなったときのための根回しが違う方面で生きたらしい。
生徒も先生もみんな『修験道の厳しい修行で成長した』と信じている。
もしかしたらこれも竹さんのお守りの運気上昇の効果かもしれない。
「ありがとう」と胸のお守りをこっそりなでた。
晃はかなり強くなったらしい。
霊力量が段違いに増えているのが私でもわかる。
それだけでなく、学校でも、登下校でも、なんか動きが違う。
これまでも一般人とは『違う』ところがあったけど、さらにしっかりどっしりした。
そういうのが『わかる』のも、菊様曰くの私の特殊能力のおかげなのだろう。
その日の夜に晃のところにいらしたのは緋炎様だった。
戦闘訓練を済ませたという緋炎様が私の部屋に来てくださった。晃も一緒。
三人で話をする。
竹さんの水に霊力回復の効果があることは昨日の夕食のときにわかった。
それを竹さん達が今朝から色々と試した結果、水もお米も『効果あり』となった。
「今回の実験で作ったおにぎりよ。
よかったら試食してみて」
ほほう。食べやすいように小さめサイズにしたんですね。
「ううん。トモが『竹様が食べやすいように』ってそのサイズにしただけ。
でも、そうね。食べやすさも考慮に入れて作ることも必要ね。
それに普通の霊力量の子が一度に大量摂取すると危険かもしれないわね」
「さすがひな!」ってお褒めくださるのはありがたいんですが………。
え? このおにぎり、危険物ですか?
私、ナツさんのお弁当、普通に食べちゃいましたよ?
「『霊力酔い』は? 出なかった? ああ。なるほど。霊力空っぽにしてから食べたからじゃない?」
……………。
「兵站としておにぎり装備させるのは晃達だけじゃないから。
安倍家の能力者も霊力の多い子もいれば少ない子もいるわ。
小さいのをたくさん用意して、摂取量を自分で調節するほうが管理は楽よね……」
緋炎様がブツブツと検討される。
緋炎様は高間原では戦闘部隊の部隊長をされていたとかで、そういう、兵站とか、兵の管理とかについてお詳しかった。
今回の戦略についても安倍家の術者をどう使うか、他家への依頼を出すならどう使うかなどは、緋炎様の助言をいただいている。
その緋炎様にも菊様の策は説明されている。
「理論的にはできるでしょうけど……。ひなはかなり大変になると思う。
それでもやる?」
心配そうにそう言ってくださるから「やります」と断言する。
私の決意に緋炎様も腹をくくられた。
「じゃあ」と、やるべきことを指示された。
まずは体力をつけること。
体力づくりと並行して柔軟をしてしなやかな動きができるようにすること。
それから霊力を少しでも増やすこと。
どんなトレーニングをすればいいか考えてくださった。晃が手伝ってくれることになった。
「ふたりの息と霊力を合わせる訓練もしなさい」ともアドバイスをもらう。
そうして、学校が終わって吉野に帰ってからは私のトレーニングをすることになった。
とにかく体力づくり。バスで帰っていた道のりを徒歩で帰る。
駅のトイレで晃のアイテムボックスに入れていたトレーニングウェアと運動靴に替えてひたすら歩く。
荷物は晃が持ってくれる。時々水分補給もさせてくれる。体力限界近くなったら回復をかけてくれる。
英単語の問題を互いに出し合いながら長距離を歩いた。
どうにか自宅に戻ってからは柔軟。
晃を先生にあっちを伸ばしたりこっちをひねったりする。
面白がった父と兄まで参加になった。
それから夕食を食べて霊力操作の訓練。身体の中を循環させたり、放出させたり。
『晃とタイミングを合わせる』ことを重視しながら取り組む。
霊力操作訓練が終わったら霊力からっぽになる。
普通だったら霊力を取り入れて圧縮循環させることで『器』を大きくするらしいんだけど、私は短期間で少しでも効率良く『器』を大きくするために蒼真様特製の霊力回復薬を飲む。
竹さんの作った『霊力補充クリップ』は失った霊力の半分を補充するように術式を組んでいる。一度に全快させてしまうこともできるけど、それを頻繁に繰り返すと霊力酔いが起こる可能性があるため「補充は半分」にしたと聞いた。
でも私の場合は戦闘するわけでも何回も繰り返すわけでもないからと全回復できるような回復薬を蒼真様が私の霊力量に合わせて作ってくれた。
回復薬を飲んで霊力を無理矢理戻すことで『器』に勘違いをさせてちょっと大きくする。
それからまた霊力操作訓練をして半分くらい減らしたところで、通常の増やし方――外部からの霊力を自分に取り込んで『器』に圧縮していく――をする。
晃はここまで付き合ってくれる。
そうして私の霊力が安定してベッドに入るまでそばにいてくれる。
わんこがそばで手を握ってくれるだけで安心して、疲れもあって、スコンと眠りに落ちた。
月曜日に説明を受けて、火曜日からトレーニングを開始。
土曜日の今日はほぼ一日をトレーニングにあてた。
晃は『むこう』で霊力操作の訓練もかなりしたとかで、良い先生になってくれた。
おかげで私の霊力は短期間でかなり増えた。
といっても元がそんなに多くないから大したことないのには変わりないけど。
「そんなことないよ。ひなはがんばってる。
霊力だって元の倍近くなったよ。
これって、すごいことなんだよ?」
そうかもね。
でもそれは蒼真様の薬と晃の指導があるからできることだ。
「それでも、がんばったのはひなだ」
やさしい晃。
クタクタになったところにそんなやさしいこと言われたら、甘えたくなっちゃうじゃない。
「甘えて。
ひながそういう、甘えたりっていうの苦手なの知ってるけど。
甘えたいって思ったときくらいは甘えて?」
そんなやさしいこと言われたら泣きたくなっちゃうじゃないの。バカ。
横になったベッドからどうにか這い出て、晃にしがみつく。
すぐさまぎゅうっと抱きとめてくれる愛しいわんこ。
私の最愛。私の『半身』。
抱き合うだけでひとつに戻る。霊力が循環する。
「……晃の意見も聞かず、勝手に決めてごめんね」
「いいよ」
「付き合わせて、ごめん」
「いいよ」
ぎゅうっと私を抱き込んで、晃はやさしくささやいてくれる。
「ひなを信じてるから」
「ひながそれが『最善』と判断したなら、間違いないっておれは知ってるから」
どこまでも私を信じてくれている晃に、その信頼に、胸が熱くなる。
あたたかな『火』が注がれる。
なんでか、涙が落ちた。
「好きよ」
「好きよ。晃。
私の『半身』。私の唯一」
「うん」
「うん。知ってる」
「ごめん」
「いいよ」
「好きなの」
「うん。わかってる」
「大丈夫だよひな。
おれはわかってるから。
ひながおれを好きなことも。
おれのことを一番に考えてくれることも。
だから今までしなかったことも。
わかってるから。大丈夫だから。
だから、そんなに謝らないで。
そんなに申し訳なく思わないで」
やさしい晃。
そんな晃を、私は利用する。
「利用していいよ。
それだって『おれのため』でしょ?
ひなはいつだっておれのことを一番に考えてくれる。
わかってるよ。
だから、おれを利用したらいいよ。
それがひなが必要だと言うなら、おれはひなの言うとおりにするよ」
「大丈夫。おれ、ひなのこと、信じてる」
「ひなはおれのこと『好き』って、知ってる」
「だから、大丈夫だよ」
「………晃………」
しがみついたまま顔を上げると、やさしい笑顔がそこにあった。
そっと近づき、唇が触れ合う。
《晃》
《晃。好き》
《好き。大好き》
《死なせない。戦いになんか行かせない》
《私が、晃を守る》
重ねた唇をそっと離すと、晃はうれしそうに目を細めた。
ちゅ、とバードキスを落とし、ぎゅうっと再び抱きしめてくれた。
「――おれも、大好き」
「絶対、ひなをひとりにしないから」
「おれは絶対、ひなを置いて死んだりしないから」
ふたりで抱き合った。
霊力が混じる。ひとつになる。晃の体温に、やさしさに溶けていく。
あたたかな感覚に不安も恐怖も溶けていき、私は眠りに落ちていった。
胸に愛する『火』を抱きながら。