久木陽奈の暗躍 38 今日も暗躍・晃の帰還
後半は本編第九十七話にあたる場面です
『ナツさんの腹ごなし』に行っておられた皆さんが戻ってこられた。
トモさんはケロッとしているけれど、ナツさんはヘロヘロになっている。
なにがあったのかは聞かないほうが良さそうだ。とりあえずナツさんのおなかは無事こなれたらしい。
主座様がナツさんを送るのに御池に戻ると竹さん達に告げ、私も一緒に移動する。
これから竹さんが布を作り、守り役様達とトモさんがデジタルプラネットに突入する。
そっちは皆様に任せよう。
私は私のやるべきことをやるだけだ。
今日の私の同行者は主座様。恐れ多いけれど仕方ない。この方にしか連れて行ってもらえないところに行くのだから。
主座様が私とナツさんを連れて転移したところは、ナツさんのお仕えする神様のところ。
主座様からナツさんの貸出に関するお話をしていただき、その後の予定をご説明申し上げ、ご了承をいただく。
『せっかく来たのだから』と神様がナツさんの舞をご所望になり、主座様と私も同席を許された。
ナツさんの舞は、すごかった。
うまく言えないのが悔しいくらいに、すごかった。
なんていうか、神々しい? 美しい? 神秘的?
とにかく、言語では現せないくらいに、魅力的で、綺麗で、清められる感じも元気になる感じもした。
こんなすごいひとだったとは。
なんでこのひと料理人なんてやってるの?
いや料理も超一級の腕前だったけど。
あれか。『神の愛し児』だから、天から二物も三物も与えられてんのか。
最後に霊力を献上して、ナツさんの舞は終わった。
私、大丈夫かな。
不安がよぎるけど、気が付かないフリをして拍手を送った。
神域では時間停止がかかっていたらしい。
ナツさんを寮に送って別れた。
次に転移で向かったのは、リカさんのところ。
例によって例のごとく時間停止の結界を展開していただき、リカさんと心ゆくまでしゃべりまくった。
賢明な主座様は「終わったら呼べ」とヘッドホンをして書類仕事をしておられた。
気が済むまでしゃべりまくり、高らかに歌い上げた。満足だ。
リカさんといつかカラオケに行こうと約束した。
そうして御池の安倍家に戻った。
双子の朝食の時間だった。
「ひなちゃ!」と飛びついてきた双子にどうしていいかわからず戸惑っていたらタカさんが助けてくれた。
主座様と保護者の皆様には、昨夜竹さんが寝たあとで部屋を抜け出し、菊様との話を報告した。
菊様に提示された案に、どなたもが絶句された。
「………ひなちゃんは、本当に、いいの……?」
「いいです」
千明様の震える声に、きっぱりと答える。
「『いつかは』って思ってました。
それが役に立つなら、望むところです」
「ひなちゃん……」
悲痛な表情の千明様とアキさんに、わざとにっこりと微笑みかけた。
「菊様が日時指定をされました。
それまでにやらないといけないことがたくさんあるんです。
忙しくなります」
あれと、これと、とやることを挙げていく。
「がんばってね!」と励ましをもらった。
「菊様がそこまでおっしゃるならば、可能性は高い」
主座様も腹をくくられたようだ。
「ひなさん次第で『災禍』の影響を超える運気が手に入るかもしれない。
ひなさん。よろしくお願いします」
「おまかせください」
私が晃を守るんだ。
できることはなんだってやってやる。
神頼みでもなんでも。
そういうわけで、私は今日も神社仏閣巡り。
まだ一番メインの神様にお会いできないから、神域には立ち入らず、一般参拝者としてお願いを繰り返す。
主座様が同行してくだされば神域まで立ち入って神々に直接お願いにあがれるらしいのだけど、一番に筋を通さないといけないところにまだ話を通していないからそれはまた後日。
なので、主座様に同行いただいたのは御池の安倍家まで。
そこからはひとりで行ける範囲の神社仏閣を巡り、一心に祈りを捧げた。
霊力を献上しての参拝方法は主座様に教わった。
私程度の霊力では大したことにはならないだろうが、少しでも運気が上がるよう、必死で『願い』を込めた。
午前中の参拝を済ませたらもうヘロヘロになった。
おなかすいた。霊力もうない。
ナツさんに持たせてもらったお弁当を鴨川の河川敷でいただく。
不思議なことに、食べたら食べただけ回復した。
なんかへんな効果あるんじゃないこのおにぎり。検証の必要があるかも。
お茶は安倍家の霊力のたっぷり含まれたお水で沸かしたものだと聞いている。だから回復するんだろう。
おなかも霊力もいっぱいになった。
そうして午後も神社仏閣巡りを続けた。
『トモさんが戻った』との連絡を受け、御池の安倍家に戻る。
タカさんと合流してすぐに離れに移動した。
トモさんも守り役の皆様も疲れた様子を見せていた。
霊力量はいつもどおりに見えるが、明らかにぐったりしている。
竹さんが心配そうにトモさんに付き添っているのが微笑ましい。
それはそれとして、報告を聞きましょう。
「――以上のことから、あそこに『災禍』がいるのはほぼ間違いないわ」
そう話を締める緋炎様。
『百パーセントの確定』は取れなかったけれど、『九十九パーセントのほぼ確定』は取れた。
それだけでも大変な成果だ。
これで調査をデジタルプラネットだけに絞ることができる。
蒼真様と白露様と主座様は晃達を迎えに行かれた。
緋炎様は西の姫への報告に向かわれた。
竹さんと黒陽様とトモさんは主座様の命令でゆっくり休むことになった。
間違いなくイチャイチャベタベタするぞこのムッツリ。
とはいえそれが『半身』の回復に一役買うのは間違いないから、まあ好きにさせておこう。
黒陽様が一緒だから不埒なことにはならないだろう。
晃が帰ってくるまでに私はタカさんと作戦会議。
今回の侵入は未遂に終わったけれど、そのおかげで狙いをデジタルプラネットだけに絞ることができる。
これまで続けている調査のうち、やめるもの、続けるものを取捨選択。
続ける調査もどういう方向でやっていくか話し合う。
「ここからは実際に姫達が攻め入ることを考えていかないとな」
タカさんの意見はもっともだ。
攻め入るときに問題になるのはどんなことか、どうやって攻め入るか、そのために何を準備しておくべきか。
考えられることをお互いに吐き出していく。
どうにかバージョンアップの七月十七日までに決着をつけたい。
お互いにやるべきことを報告しあいまとめていたら、主座様から連絡が入った。
晃が帰ってきた。
もう陽が傾いて空を赤く染め始めた。
「ひな!」
離れの玄関前で待機していると、晃の声が聞こえた。
あっと思ったときにはぎゅうっと抱き込まれていた。
「ただいまひな! 会いたかった!」
抱かれている位置が違う。背、伸びた?
どうにか顔を上げると、火を宿した愛しいまなざしがあった。
かろうじて残っていた幼さが完全に消えていた。
精悍な男性に、成った。
きゅうぅん。
胸のどこかがときめいた。
ああもう。これまでも好きだったのに。
あんまりカッコよくならないでよ。ますます好きになるじゃない。
私の思考を読んだらしい最愛が満面の笑みを浮かべる。
そうするとかわいいわんこのままで、余計にキュンとした。
「ひな、会いたかった」
ぎゅっと抱きしめてくれるその力強さとやさしさにキュンキュンする。
ああもう。こんな人前でキュンキュンさせないでよ。素直に『好き』って言えないじゃない。
ごまかすように「はいはい」と適当な相槌を打ち、広い背中をポンポンと叩いてやる。
私の思念も感情も読み取った最愛がスリスリとすり寄ってくる。
もう。かわいいんだから。
《会いたかった。会いたかったよひな》
ぎゅうっと私を抱き込んで思考を伝えてくる。
《三年、がんばったんだ》
《うん》
《会いたかった。ずっと会いたかったよ》
《うん》
《ひな、大好き》
《うん》
《大好きだよ。ひな》
《私も》
しっぽがちぎれそうなくらい喜んでいる最愛に、思念を伝える。
《大好きよ。私の晃》
《―――っ! ひな――!!》
一気にテンション上がって大興奮のわんこをぎゅっと抱きしめる。
「おかえり」
頭をなでてやる。
三年分長くなった髪が指にからまる。
「よくがんばったわね」
『半身』に逢えないつらさを耐えた。
厳しい修行に耐えた。
アヤシイ薬の副作用に耐えた。
そんなことが走馬灯のように流れ込んできた。
《ひな。ひな。ひな》
いつもはどんな修行したか読ませないのに。
余程私に逢えてうれしいらしい。
そこまで喜んでくれて私もうれしい。
愛しいわんこ。私の晃。ただひとりの最愛。
死なせない。絶対に。
私がこのぬくもりを守る。
この手を、この『火』を、守り抜いてみせる!
決意も新たに愛しい『半身』とひとつに抱き合った。