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久木陽奈の暗躍 37 ナツさんの朝ごはんと竹さんの話

 ナツさんとおしゃべりをしていたらトモさんが戻ってきた。肩に黒陽様が乗っておられる。


「竹さん今着替えてる」

 そうですか。起きるまで時間停止かけて待ってましたか。

 目が覚めておはようを言っておでこにキスしてきましたか。かわいかったですか。よかったですね。私は砂吐きそうですよ。まさかトモさんがこんなことになるなんて。


「もう朝食はできるのか?」

 黒陽様の確認に「もうできますよー」とナツさんが答える。

「じゃあ緋炎達も呼ぼう」となにやらやられた。

 程なく白露様と緋炎様がお見えになった。

 転移陣からは主座様と蒼真様が来られた。


 手際良くナツさんが玉子焼きを作っていく。

 トモさんが横でごはんや味噌汁をよそっていく。

 せめて配膳でもしようとカウンターキッチンに向かったが「いいよひなさん。座ってて」とトモさんに言われてしまった。


「俺達慣れてるから。すぐに持っていくよ」

「……じゃあ、お言葉に甘えます……」


 女子力高すぎないかこのふたり。

 あれか。トモさんのお祖母様の教育の賜物か。


 言葉のとおり、トモさんがさっさと配膳してくれる。

 玉子焼きを焼き終わったナツさんが食べやすくカットしてはお皿に乗せていく端からトモさんが配膳する。

 息ぴったりなふたりが次々とお皿を並べていくのを守り役様達はウキウキと見守っている。

「美味しそうね」なんてのんきなものだ。


「おはようございます」と竹さんが姿を現した。

 途端にトモさんの気配が変わる!


「竹さん。どうぞ」なんてわざわざ椅子を引いてあげるとか。どんだけ過保護なんですか。

「ごはんこのくらいでいい?」「食べられたらおかわりしてね」なんて、甲斐甲斐しいにも程がありますよ。新妻ですかあんた。


 お茶も煎れてもらい、お皿が全部揃った。

 ごはんとお味噌汁。ほうれん草のおひたしと玉子焼きと漬物。

 ザ・日本の朝ごはん! てかんじ。

「いただきます」と全員で手を合わせて箸を取った。


 まずは味噌汁。

 お椀を持ち上げて口元に運ぼうとした、その時。


 バシィッ!!


 蒼真様を結界が縛った!


 なに!? なにが起きたの!?

 驚いてガタッと椅子から立ち上がった!


「―――う、ううう、」

 うめく蒼真様。一体なにが!?


「―――うんまぁぁい!!」


 ……………は?


「ナニコレ! なんでこんなに美味しいの!?」

 叫びながらごはんを口に入れ、もきゅもきゅと味わっている。

 そうしてまた「うんまあぁぁい!」と叫ぶ。


「……………えーと……」

 誰に説明してもらおうかとぐるりと見回す。

 目があった白露様が困ったように笑った。


「報告書になかった? 蒼真、おいしいもの食べると『爆発』しちゃうのよ」

「………そうですか………」


 そうか。これが報告書にあったやつか。

 チョコレート食べては爆発し、フィナンシェ食べては爆発し、そのために緋炎様が結界要員としてアキさんにくっつく蒼真様にくっついていたと。


 で。

 今結界を展開してるのは?

「私と黒陽さん」緋炎様が答える。

「蒼真はすぐ爆発するからな」

 はあ。『やらかすんじゃないか』と様子をうかがっていたと。だからすぐ対処できたと。さすがですね。


 その蒼真様は結界の中で「うまいうまい」とごはんを噛み締めている。

「あんまりハードル上げないでくださいよー」と笑いながらナツさんが味噌汁をすすった。


 と。


 どうしました? 動き、止まりましたよ?

《………なんだこれ》

 なんだって、なんです?


 再び味噌汁をすするナツさん。

《味見のときは『霊力多いなー』しか思わなかった》

《でもこれは》《なんで》

 なにかを検証している。

 料理の材料とか手順とかが思念として流れてくる。

《いつもと同じはず。違うのは水だけ》

《てことは――》


 固まるナツさんに疑問を浮かべながら、他の皆様も食事に箸をつける。

 そして同じように固まった。


「―――うま!」

「え! すごい! おいしい!」

「ナツ、すごいわね!」


 口々に褒められてもナツさんは呆然としている。

「――水だけでこんなに違うんだな……」とポツリとつぶやいた。


 私も一口。

「―――!!」

 ―――っっっ、美味、しい――!

 ナニコレ! これが高級料亭の味!? そりゃ高額になるわ! 美味しすぎでしょう!

 おまけになんか霊力補充されるかんじがする。美味しいものってそうなの!? 栄養だけじゃなくて霊力もあるの!?

 そりゃ爆発するわ! 美味しいわ!! 前世込みで一番だわ!!


 主座様は頭を抱えてしまわれた。

 守り役の皆様はちいさな手と口で上手に食べ進めておられる。

 ちなみに白露様は子猫サイズになっておられる。「たくさん食べたいから」って、食いしん坊ですね。


《これ絶対竹さんの水の効果だよな》

 トモさんの思念が伝わってくる。

《やっぱりこのひとトンデモナイひとだったか》

《こんな美味いもの食うなんて、俺、今日死ぬんじゃないだろうか》


 やめてくださいよ縁起でもない。


 私達がそれぞれに動揺しているのに、当の竹さんは平気な顔をして食べている。

「おいしいです」とにっこり微笑みかけられたナツさんは引きつった笑顔で応えた。


「これ、おかわりある!?」

 蒼真様。もう食べ終わったんですか。

「ごはんと味噌汁はあります。つぎましょうか?」

「ちょうだい!」「私も!」「私もおかわり!」

 食いしん坊な守り役様達に負けないように私もせっせと箸を進めた。




 土鍋ごはん、サイコー。

 美味しいは正義。


「たくさん炊いたから余ったね。おにぎりにしとくから。

 ひなさん今日も出かけるんでしょ? お弁当に持って行って」


 できた嫁か。

 ありがたくお弁当を作ってもらった。

 トモさんも「お昼に食べな」とおにぎりを渡されていた。


 上げ膳据え膳では申し訳ないからと、片付けは私がやると名乗り出た。

 そしたら竹さんまで「私もやります!」と言い出した。


「いいよ竹さん。あとで俺が……」とトモさんが口を出したけど、黒陽様が許可を出した。

「お前はナツの腹ごなしに付き合うんだろうが。早く行け」

 ちいさな亀にてしてしと肩をたたかれ、しぶしぶトモさんは出ていった。ナツさんと守り役の皆様に引っ張られて。



「いってらっしゃい」と見送って、食器を集めて流しに持って行った。

「私洗いますから。竹さん拭いてください」

 そう言うと「はい」と素直に微笑むかわいいひと。

 ふたりで食器を集め、流しで洗い始めた。

 しばらく流れ作業をしていると、ぽつりと竹さんが言葉を落とした。


「………今日、トモさん、大丈夫ですかね………」


 今日はこれから竹さんが霊力の糸から全属性の布を作り、それで身を隠したトモさんと守り役様達がデジタルプラネットに侵入することになっている。


 私の判断では、ほぼ百パーセントあそこに『災禍(さいか)』がいる。『宿主』は保志氏で間違いない。

 それでも守り役様達は決断しない。菊様も。

 これまでどんなイタイ目に遭わされてきたのかを聞いたら、そうなるのも納得だった。


 だから、これは、勝負。

 トモさんの『境界無効』ならば、おそらく侵入できる。

 そこで守り役様達がなんらかの手がかりを得ることができれば。


 今回はあくまで調査。

 仮に『災禍(さいか)』を見つけても、『宿主』と確証がとれても、今回は戦わない。

 今回確証が取れたら、南の姫と東の姫を覚醒させることになっている。

 そうして四人の姫と四人の守り役とで、改めて攻め入る手はずだ。


 そうして七月十七日のバージョンアップまでに『災禍(さいか)』を滅することができれば、『ボス鬼』なんてものは出現しない。晃は戦わなくてよくなる。晃を守ることができる。


 私から見たら今回の作戦は勝算が高い。

 それだけトモさんの『境界無効』はチートスキルだ。

 心配があるとすれば、侵入したあとに『高間原(たかまがはら)の守り役だ』と―――『姫達の関与がある』と知られて、『災禍(さいか)』に逃げられることだけ。

 それだって竹さんの布でごまかせる確率は高い。


 だから「きっと大丈夫ですよ」と軽く答えた。

 それなのに竹さんは心配そうに笑ってうつむいた。


「―――黒陽達は、大丈夫だって思えるんです。

『呪い』があるから死なないから。

 おかしな話ですけど、『呪い』のおかげで、どんな危ないことしても死なないってわかってるだけで、安心していられるんです」


 ………『死なない』だけで、『死にそう』にはなるかもしれませんけどね。

 そうツッコもうかと思ったけれど、うっかりなこのひとにそんなことを指摘したら余計にココロを痛めるのがわかるから黙っておいた。


「でも、トモさんは『普通のひと』です」


 ………アレは『普通』じゃないですよ? あのひとも十分『人外』ですよ?

 まあこの神様みたいなひとから見たら『普通のひと』も『人外』もおなじようなものか。


「………私の責務のために、あのひとを危ない目に遭わせるのは………」

 ぎゅ。

 拭きかけのお皿を強く持ったまま、竹さんは動かなくなってしまった。


《やめさせたい》

《あぶないこと、してほしくない》

《あのひとを巻き込みたくない》


『半身』を危険にさらしたくない気持ちは、私と同じだ。

 私も晃を危険にさらしたくない。戦いになんか行ってほしくない。


 でも、それが晃だから。

 行かないほうが晃は傷つくから。


「………今回の作戦は、トモさんがいないと成り立ちません」

「………理解、して、います」


 だから竹さんは何も言わない。

 本当は言いたいことがたくさんある。精神系能力者の私には彼女の悲痛な叫びが聞こえている。

半身(トモさん)』を守りたいと。傷つけたくないと。代わりに自分がやると。

 でも今回の作戦では、誰もトモさんの代わりになれない。

 それも竹さんはちゃんと理解している。


 このひとは甘っちょろくてお人好しで押しに弱くてすぐに丸め込まれるけれど、頭は悪くない。ニブいけど。

 だから、昨日の作戦立案から何も言わず黙っていた。

 でも、いざ、いよいよこれから突入となったら、不安が込み上げてきたらしい。


《やめてほしい》《行かないでほしい》《もし万が一のことがあったら》

 ふつふつと不安が湧き上がり、居ても立っても居られなくなっているらしい。


 その気持ちが、痛いほどわかった。

 私も同じだから。


「………あぶないこと、してほしくないですよね……」

 うなずく竹さん。

「そばにいて、ニコニコしていてほしいですよね……」

 これにも黙ってうなずく。


「私も同じです」

 ついぽろっとこぼした言葉に、竹さんはのろりと顔を上げた。


「『京都なんか放っとけ』って。『主座様直属なんかやめてしまえ』って言いたいです。

『あんたは私の「半身」だろう』って。『私だけを守れ』って言いたいです」


 竹さんは黙って私を見つめている。

 それに気付かないフリをして、食器を洗っていく。


「でも、そんなこと言ったら晃は苦しむ」


 スポンジを置いて、蛇口から水を出す。

 さああ、と流れる水に手を当てると、その冷たさが心地よかった。

 私の迷いを流してくれるようだった。


「私の言葉と自分の気持ちに挟まれて、晃は苦しむ」


 竹さんは黙っていた。手が完全に止まっている。

 泡だらけの食器を流れる水にあてると、するりときれいになった。


「私の『願い』を、晃は叶えようとしてくれます。

 いつもそうなんです。自分よりも私を優先してくれるんです」


 食器をすすぎながらわざと茶化すように話した。


「私が『行くな』と言えば、晃は最後には従ってくれます。

 でも、そんなことしたら、晃は絶対に後悔する」


 綺麗になった食器を置いては次の食器をすすぐ。

 竹さんはじっと私をみつめたまま動かない。


「自分にできることをしなかったら、晃は苦しみます。

『自分なら救えたのに』って、一生後悔します。

 私は、そんな晃を、見たくない」


 やさしい晃。お人好しの晃。

 いつだって晃が戦うのは『だれかのため』。

 それを『死ぬかもしれないから』って行かせなかったら、晃は苦しむ。


「己の責務と、信念と、仲間への想い。

 そんな、晃を晃たらしめるモノと、相反する私の言葉にはさまれたら、晃は苦しみます」


 そうして苦しんで苦しんで、ココロが傷つき、死んでしまう。


「私は、『晃』を殺したくない」


 あの『火』を。あの輝きを。

 (うしな)いたくない。

『晃』を守りたい。


「晃には『晃』のままで在ってほしい。

 素直で、友達想いで、まっすぐな晃で在ってほしい。

 それを『死ぬかもしれないから行くな』と止めることは、たとえ生命は助かっても、ココロは傷付きます」


「『晃』を殺すことになります」


「だから、私は晃を止めることはできない」


 全部の食器がなくなった。

 蛇口の水を止め、布巾で手を拭く私を竹さんは黙って見ていた。


 痛そうな、つらそうな表情。

 お人好しでやさしいひと。

 自分と同じ『痛み』を感じている私を心配してくれている。

 同じ『痛み』に苦しんでくれている。


 そんな彼女に、フッと笑みが浮かんだ。


「だからって、私は黙って手をこまねいているつもりはありませんよ?」


 わざとニヤリと笑いかけると、竹さんは目を丸くしてキョトンとした。


「昨日も言ったでしょ?

 私は私にできることをやります。

 私にできることで、私のやり方で晃を守ります」


 布巾を戻し、えらそうに腰に片手を当てた。


「マンガや小説にもあるでしょう?」


 まばたきをする竹さんに、人差し指を立てて説明する。


「お姫様が助けを求めて待っている時代は終わりです。

 今は好きな男の子を助けるために、女の子だって戦うんです。

 私は晃を助けます。守ります。そのために戦います。

 竹さんも、トモさんを守るために戦ってください。できることをやってください」


 ピッと人差し指を竹さんの胸に向け、自信満々に微笑んだ。


「それが『イマドキのお姫様』というものです」


 私の言葉に、竹さんは唖然とされていた。

 それでも生真面目に私の言葉を反芻(はんすう)していった。


《イマドキのお姫様》

《私が、トモさんを、守る》


 言葉がココロにしみこんでいく。

 竹さんの目にグッとチカラが宿った。


《守る》


 表情が変わった。

 さっきまでの痛そうな顔は消え失せ、凛々しい、決意を込めた顔になった。


《守るために、戦う。トモさんのために。できることを、やる》


 ニヤリと笑う私に、竹さんは力強くうなずいた。


「――はい! 私、がんばります!

 がんばって、『イマドキのお姫様』になります!」


 ふんす! と張り切るかわいいひとに、思わず笑みがこぼれた。

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