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久木陽奈の暗躍 34 お風呂と恋バナ

「春休み以来ですねえ」

「またひなさんとお風呂に入れるなんて思ってもいませんでした」


 服を脱ぎながら、身体を洗いながら話をする。

「竹さん相変わらず色白ですね」

「そうですか?」

「私最近日焼けしてきて。体育のある日は日焼け止め塗ってるんですけど」

「最近また暑くなってきましたよね」


 大したこともない話をして、ふたりで湯船に浸かった。

「ふう~」と同時に声をもらしてしまい、顔を見合わせて笑った。


「今日はお疲れ様でした」

「ひなさんこそ。お疲れ様でした」

 ニコニコと微笑むかわいいひとにこちらも笑みがこぼれる。


 程よい疲れと温かいお湯に、竹さんもほにゃりと油断しまくっている。

 これなら色々聞き出せるかも。


 思い切って、単刀直入に聞いてみた。


「竹さん、トモさんとお付き合いはじめたんですって?」

「ぅえっ!?」


 バシャン!

 ひっくり返りそうになり、あわてて体勢を立て直そうとし、結果バシャバシャと溺れる寸前になる竹さん。相変わらずどんくさい。


「な、な、な、なん、ど、どこ、から」

「主座様や皆様から聞きました」

 ペロリと明かすとみるみる赤くなる竹さん。かわいすぎか。


「そ、その、『お付き合い』というか、あの、その、こ、『恋人ごっこ』なんです」


「『恋人ごっこ』?」

「はい」


 ……なんだそれは。

 私がそう思っていることがわかったようで、竹さんはポソポソと説明をはじめた。


「私、責務があるし。二十歳まで生きられないし。そもそも罪人で『しあわせ』になるなんて許されないし。

 なのにトモさんは『それでもいいからそばにいさせてくれ』って言ってくださって。

 アキさんも千明さんも『恋をしてみたら』なんて勧めてくださって。

 でも私、『恋』なんてしたことなくて、『恋人』だっていたことなくて、なにをどうすればいいのか全然わからなくて。

 それで、とりあえず『恋人ごっこ』してみようって、やってみることにしたんです」


「……………」


 私の聞いていた話と違うな。

『トモと竹さん、付き合うことになったよ!』とヒロさんは言っていたが。

『もうトモがデレッデレで! チョーしあわせそうだよ! 浮かれまくってるよ!!』なんて言っていたが。


 トモさんはまあそうだろう。今日もずっと浮かれていた。竹さんにデレッデレになっていた。

 まさかあのひとが本当にあんなふうになるなんて。この目でみるまで信じきれていなかった。


 が、そのお相手の竹さんが『恋人』の自覚がない。

 あくまで『恋人ごっこ』だと。

『とりあえず』『やってみる』ことだと。


 ………ただまあ、それを口実にトモさんが攻めることは容易に考えられる。

 今日様子を見ていた限りでも、必要以上にベタベタとくっついていた。かいがいしく世話を焼きまくっていた。

 そうやってスキンシップを取っているうちにこの堅物もほだされていくことだろう。

 そうしているうちにあの闇もどこかに行くかもしれない。


 ………うん。いいかも。

 いきなり『恋人』『お付き合い』なんて言ってもこの頑固なひとが『是』というわけがない。むしろ態度を硬化させるに決まっている。

 でも『恋人ごっこ』なら。

 この生真面目なひともそこまで気負わずに取り組めるかも。

 そしてその生真面目さで生真面目に『恋人ごっこ』に取り組み、『恋人っぽいこと』をすることを了承するに違いない。



「……『恋人ごっこ』というと、たとえばどんなことをしました?」

 ためしに聞いてみると「ど、どんな、って」とうろたえる竹さん。かわいい様子にますますからかいたくなる。


「手を繋ぎました?」

 コクリとうなずく。

 おお。やるなトモさん。


「他には?」

「ほ、『他』と、いうと」


「デートとか」

「で、『デート』と、いうと」

「ふたりでお出かけしたり」

「ええと、ええと」


 視線をあっちにこっちにさまよわせる竹さん。

《ど、どうしよう。言うべき!?》

《でも、恥ずかしい!》

《でもでも、せっかくひなさんが聞いてくださってるのに、答えないのは失礼になるし》


 生真面目な思考の末、竹さんはうつむいたままぼそりと吐き出した。


「……今日、ふたりで、お散歩、しました」

「……………ほう」


 そうですか。私が菊様と対峙している間にそんなことしてましたかあのむっつり。油断も隙もありませんね。

 でもまあ戦略的には正しいですね。ふたりきりになった隙を狙って攻撃をしかけるというのは。


「なに話したんです?」

 わざと肩を寄せてそうツッコむと「大したことは話してません」と恥ずかしそうにそっぽを向く竹さん。


「お互いのこととか、子供の頃のこととか」

「ふむふむ」


 伝わってくる思考からもそれ以上の話はしていないようだ。

 そんな他愛もない話だけで十分しあわせだったことが伝わってくる。

 いきなりがっつかないあたり、ウチの阿呆とは違いますね。そのあたりはさすがと言ってもいいかもしれない。


「基本を押さえてますね」

 そう言うと「そうなんですか!?」とガバッと顔を上げる竹さん。


「あれでいいんですか!? 私ちゃんと『恋人ごっこ』できてますか!?」

 生真面目にそんなことを言う彼女がかわいくてつい笑みが浮かぶ。


「できてるんじゃないですか?」

 そう言ってあげると「よかった…」とホッと息をつく。


「私なんかがお相手ではトモさんにご満足いただけないってわかってるんですけど……。

 少しは『恋人』っぽくできたなら、皆さんのご期待に添えますかね」


 そんな生真面目な。

 そんなことでも『周囲の期待に応えたい』とか考えるのかこのひとは。


「トモさんも、喜んでくれますかね……」


 頬を染めて目を伏せてポソリとそんなかわいいことをつぶやく。

 トモさんじゃなくて私が胸をつらぬかれましたよ!


 なんですかそのいじらしさ!

 めっちゃかわいいんですけど!!

 そして相変わらず自己評価低いですね!?

 トモさんがあんなにデレッデレになってるの、わからないんですか!? わからないのか! ニブいから!!


「トモさんは喜んでますよ」

 断言してあげたけど、困ったように微笑む。

 なんでわかんないのかしら。自分に自信がないから?


 これは今夜一晩じっくりとお話をしなければならないわね。


「竹さん」

 呼びかけると「はい」と素直に答えるかわいいひと。


「とりあえず上がりましょう。のぼせちゃいます」

 そう言うと「そうですね」とちいさく笑う。

 ふたりでお風呂から出てパジャマに着替えてリビングへ。


 待っていた男性陣に「お風呂お先でした」と声をかけてゴソゴソとトレーにコップやお菓子を乗せていく。

 そんな私にトモさんが首をかしげた。


「なにが始まるんですか?」

「これからパジャマパーティーですよ」

「は!?」


 驚くトモさんに竹さんがうれしそうに話しかける。

「春休みにご一緒したときもしたんです」

「ベッドでお菓子をいただきながらおしゃべりするんです」


 ウキウキと楽しそうな竹さんにトモさんがデレデレと目尻を下げている。


「うふふ。お話することはたくさんありますからね。今夜は寝させませんよ竹さん」


 わざと腕を組んでにっこりと微笑む私に、かわいいひとは「うふふ」と照れくさそうに微笑む。


《俺の竹さんが! あんな顔するなんて!!》

《くそう。俺の竹さんなのに》


 嫉妬してる嫉妬してる。

 ウチの阿呆といいトモさんといい、なんで女の子同士なのに嫉妬すんのよ。阿呆か。


 それが『半身持ち』というヤツなんだろう。

『半身』の愛情も笑顔も独り占めしたいと思ってしまうんだろう。困ったものだ。


「じゃあ皆さん。今日はお疲れ様でした。明日もよろしくお願いします。おやすみなさい」

 私に続いて竹さんも「おやすみなさい」と挨拶をする。


「おやすみなさい」と笑顔を浮かべつつもトモさんの威圧が私に向いている。

 そんなトモさんを黒陽様とナツさんがなだめるのを聞きながらリビングをあとにした。

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