久木陽奈の暗躍 33 聞き取り調査
本編第九十一話〜九十四話あたりのおはなしです
トモさんと竹さんから話を聞いた。
とんでもないお姫様だと思っていたが、竹さんは私の考えていた何十倍もすごいひとだった。
ひと?『ヒト』でいいのかこのひと? もう『神』じゃない?
扱える封印術も結界術もラノベのチート主人公レベルのものばかり。私はそういう術とか詳しくないけど、それでも『普通じゃない』と断言できる。
高霊力だとは聞いていたが、ウチの阿呆の何十倍もの霊力を持っているという。普段は抑えていると。
そんな高霊力を並レベルにまで抑えられるって、すごくない?
「そんなことないです。このくらいは、できて当たり前のことです。
ですよね?」
「「「……………」」」
どなたもがお口にチャックをして悟りきったような顔をされている。きっと私もそんな顔をしている。
ご本人だけが意味がわからない様子で首をかしげていた。
どんなアイテムを作ってきたかも聞いた。
「私の作るものなんて大したことないんです」
かなしそうにショボンとして申告してくれた。
神器級のものばかりだった。
なるほど。高レベルすぎてもったいなすぎてどなたも使えなかったと。
東の姫や西の姫に「使えない」と怒られたと。
「使ってもらえない」と自己評価を下げていき、『自分の作るものは使えないレベル』だと思いこんでいると。
……………。
「……誰か説明しなかったんですか?」
「何度も説明したが、理解してもらえない」
コソリと守り役様達に耳打ちすると、黒陽様がそう言ってため息を落とされた。
「私の言葉は『身内故の過剰評価』だと思っていて、信じてもらえない」
「……………」
「それでも『少しでも誰かの役に立ちたい』と、色々作ってきたんだ」
「………お人好しですねぇ……」
困ったひとだ。
そしてショボンと落ち込む竹さんに「俺の大事なひとを卑下しないで」なんてトモさんが言い聞かせている。
聞くべきを聞き、考察を巡らせる。パズルのピースを作っていく。
なにをすべきか。どんな手が考えられるか。
聞いた話のメモはここで消去する。そのために今考えをまとめなければならない。
タン、タン、とペン先をノートに遊ばせながら考える。
これまで聞いた話。今聞いた話。現状すべきはなんだ。
考える。考える。
そうして、決めた。
ノートにメモを書き出す。
『保志 叶多氏に会う』
すべてはこの一言に尽きる。
現状すべきことも。目標のための足掛かりも。
そのために、もう一度、話を聞こう。
この場には守り役様が四人そろっている。竹さんとトモさんがいる。これまでずっと作戦参謀をしてきたタカさんがいる。
おひとりおひとりに聞いていたときには見落としていたことが見えるかもしれない。
なにか突飛なひらめきがあるかもしれない。
そうして、改めてひとつひとつ確認していった。
結果、竹さんが霊力で作った糸を使い布を作り、トモさんがデジタルプラネットに侵入することになった。
これがうまくいったら、『災禍』を確定できる。
そうすれば姫と守り役の皆様でデジタルプラネットに攻め込める。
バージョンアップ前の決着がつく!
『うまくいきますように』
竹さんのお守りをぎゅうっと握り、祈りを込めた。
春休みのように御池で夕食をいただき、さらに話し合いをした。
夜遅い時間になってようやくナツさんが離れに現れた。主座様が転移で連れて来られた。
仕事終わりでお疲れだろうに、簡単に事情を説明されただけでナツさんは快く霊力の提供に同意してくださった。
「対価を!」と言う竹さんに最初は「いいよ」と言っていたナツさんだったが、あまりにも竹さんがしつこく引かないので「……じゃあ、お願いがあるんだけど」とためらいがちに口を開いた。
ナツさんが欲しがったのは『竹さんの水』だった。
なんでも蒼真様が話したらしい。
「竹様の作る水は全然違うんだよ」
「竹様の水で作った薬は効果が違う」
料理人であるナツさんはそれを聞いて思った。
「そんな水で料理をしたらどうなるんだろう」
そうして出された水にナツさんは喜んだ。
「明日の朝、早起きして色々作ってみる!」
……やっぱりこのひとも人外ね。
この水を見て普通そんなこと考える?
どう見ても浄化に使うとか神様に捧げるとか、そんなレベルの水でしょう。
見るとトモさんは口元を引きつらせ、主座様はうつむいて目元を覆っておられた。
喜ぶナツさんに竹さんと黒陽様はニコニコとうれしそう。
「竹さん。明日食べてね!」とナツさんに言われ「はい!」と素直に返事をしている。
そうですか。あのレベルの水を料理に使うことに問題はないですか。
ていうか、おふたりにとってあのレベルの水は『普通の水』ですか。
以前から『おかしい』と思っていた。他の守り役様達も『あのふたりは常識がおかしい』と口々に言っていた。
それが裏付けられた。
このふたりは『おかしい』。
さすがは『神』レベル。人間の常識の枠に入れてはいけない。うん。
そんな『おかしい』『神様』みたいなひとは『おかしい』ので、大仰にされたり崇め奉られたりすると困るらしい。
そこは私が飲み込んで『普通』を心掛けて接するようにしている。
霊力量とか魂の格とかを全部取っぱらえば、このひとは素直で可愛らしい、構いがいのあるひとなのだ。
ナツさんから霊力を提供してもらい、無事土属性の霊力の糸が用意できた。
竹さんは「ついでに布にしちゃいます!」と張り切ったが、トモさんが止めた。
「とりあえずやるべきことは済んだでしょ?」「続きは明日にしよう」「しっかり休んで、禊をしてからのほうがいいものができるんじゃない?」
そう説得されて、糸をつむぐのも布にするのも明日の朝やることになった。
トモさんはしっかりと竹さんを管理しているようだ。素晴らしい。
竹さんに『管理されている』と気付かせないない手腕は見事の一言だ。
どうやらトモさんも『捧げる側』の人間らしい。
竹さんが彼の『世界』の中心になっているのが伝わってくる。
だからだろう。竹さんに向ける目が、私や主座様に向けるものとは全然違う。
もう、目だけで『好き!』と訴えている。
このひとにこんなやわらかな目ができるなんて思わなかった。
目だけでなく、口調も態度も、竹さんに対するときはどこまでもやさしい。
これまでのトモさんを知っているだけに「別人ですか?」「頭でも打ちましたか?」と聞きそうになる。
これなら竹さんも萎縮せずに過ごせるだろうとちょっと安心した。
実際竹さんはトモさんに甘えている。
あの遠慮がちなひとがトモさんには距離が近い。
物理的な距離でなく、ココロの距離が近い。
精神系能力者の私にはそれが『わかる』。
そのおかげか、春休みに『視た』あの竹さんの闇が少し軽くなっている気がする。
『半身』だからか。
トモさんに対する感情のためか。
なんにせよ、竹さんはトモさんといることで良い方向に向かっていると感じる。
このままトモさんに竹さんのそばにいてもらうようあとで主座様に進言しておこう。
もう遅い時間になったので「お風呂入って早く寝て」とトモさんは竹さんをリビングから出そうとする。
過保護な様子がウチのわんこのようだ。
『半身持ち』はみんな過保護になるのか?
「そうですね。竹さん。一緒にお風呂行きましょう」
そう誘うと、竹さんはパッと笑顔になり「はい!」と良いお返事をした。
とてとてと私に寄ってくるかわいいひとにトモさんがショックを受けている。
《俺の竹さんなのに!》なんて、ウチのわんこのようなことを考えている。
『半身持ち』は同じような思考回路になるのか?
「じゃあお風呂お先にいただきます」と男性陣に声をかける。
「行ってきます」と私の隣でかわいく笑う竹さん。
トモさんが作った笑顔をひきつらせながら私をにらみつけていた。