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久木陽奈の暗躍 32 竹さんとトモさん

本編第九十話『ひなさんの話』のときのおはなしです

 菊様から授けられた『策』に、さしもの白露様も難色を示された。

「姫! いくらなんでもそれは……」

「でもこれが一番効果があるでしょう」

「ですが……」

「じゃああんた代案があるの? あるんなら出してみなさいよ」

「……………」

「ないでしょうが」

 フフンとえらそうにふんぞり返る菊様の横で大きな虎が申し訳なさそうにちいさくなっている。

 私を心配して心を痛めてくれていることが伝わって、申し訳ないやらありがたいやらで胸がいっぱいになってしまった。


「白露様、大丈夫です。その案でいきましょう」

「でも、ひな」

「大丈夫です」


 自信満々にうなずいてみせると、白露様はべしょりと顔をゆがめた。


「ごめんねひな。ごめんね。

 私達の責務に貴女を利用することになる」

「利用してください。私も皆様を利用させてもらいます」

「ごめんね」

「大丈夫です。『いつかは』って思ってましたから」

「でも、だからって」

「大丈夫です白露様。それに、それが有効的だというならば、活用できるというならば、私にはなんの問題もありません。むしろ望むところです」


 事務的にはっきりと言い切る私に、白露様は「ひなぁ」と泣きそうになり、菊様はウンウンとうなずかれた。


「あんたなかなかいい性格ね。これはいい駒を手に入れたわ」

「もう! 姫!」


 そうして守り役からのお説教だか愚痴だかわからないお小言を聞き流した菊様は、話が落ち着いたところで私におっしゃった。


「あとは白露と緋炎の指示に従いなさい」

「承知いたしました」


 頭を下げる私に菊様はニヤリと口角を上げられた。

「あんたの働きに期待してるわよ」

 悪の女王のような美しいひとに、こちらも悪の組織の幹部になったつもりで頭を下げた。




 元の立ち位置に戻り、菊様がパチンと指を鳴らされた。

 途端。

 目の前に女子高生の集団が現れた。

 菊様が『異界』を解除し時間停止の結界も解除され、もとの有名女子校の体育祭に戻ったのだった。


「では皆様、ごゆっくりなさってくださいませ」

 リカさんが丁寧に挨拶してくれるのに「はい」と答え、頭を下げる。

 リカさんは先輩方にも頭を下げて集合場所へと走って行った。


「皆様。お久しぶりです。リカを可愛がってくださっているのですね。ありがとう存じます」

 アキさんがにっこりと微笑んで女子高生の集団に話しかける。

 向こうもほとんどの生徒がアキさんのことを知っているようだった。

 話したそうにしていたけれど、ちょうど集合のアナウンスがかかった。

「わたくしたちも、これで失礼いたします」と一人が代表して挨拶をし、女子高生集団はグラウンドへ移動した。


「――首尾は?」

「上々です」

 晴臣さんと短くやりとりを交わす。

 その晴臣さんの右の手首には金色のブレスレット。 

 竹さんの作った『霊力の持てるブレスレット』だ。


 だから晴臣さんにも私達に同行してくれた白露様が視える。

 その白露様のうなずきにうなずきを返した晴臣さんは、打ち合わせどおり私と別行動になった。


 晴臣さんとアキさんは、このままリカさんの体育祭を見学。

 保護者をはじめとする観覧者には挨拶をしておかないといけないひとがたくさんいるとかで、学校行事とはいえ競技エリア以外は社交場の様相に変わっていた。


 私を連れていると『社交』の邪魔になるので、私はここで離脱。

 白露様が護衛についてくださり、行ける限りの神社仏閣に参拝した。


「『ボス鬼』なんてものがこの京都に現れることなどありませんように」「晃が戦いに行くなんてことになりませんように」「どうか『災禍(さいか)』と『宿主』を特定できますように」「そのためにどうか保志氏に会えますように」


 主座様に教わったとおりの手順で参拝し、必死で祈りを込めた。

 私なんぞの霊力などたかが知れている。それでも少しでも『願い』が叶うようにと霊力を込めて思念を向ける。


「数はチカラになる」いつか主座様はおっしゃった。

 だから、白露様とふたりで手あたり次第神社仏閣に祈りを捧げた。


 私の祈りに白露様も霊力を乗せてくださった。

 だから「普通のひとよりは『願い』が聞き届けられやすいと思うわ」とおっしゃっていた。


 これで少しでも運気が上がればいいんだけど。

 お賽銭を奮発し、必死に『願い』を込めた。




 主座様から「戻りました」と式神が飛んできた。

 白露様は主座様達と合流して離れに戻る。

 さも『一緒に異界にいましたよ』という顔をして竹さんのところに戻る手筈(てはず)になっている。



 今回の計画――菊様に話を聞き、アドバイスをもらい、神社仏閣に祈りを捧げる――を立案したとき、黒陽様が頭を下げられた。

「姫には黙っていてくれ」


 なんでかと首をひねった。

 黒陽様曰く。

「なんでひながそんなことをするのかに気付いたら、『自分のお守りのチカラが足りなかったからだ』と姫は自分を責める」


 なんでそんなことまで竹さんが責任を負うのよ。阿呆か。

 責任感が強くて、自己犠牲精神にあふれて、お人好しで生真面目で。

 そんな彼女が愛おしくて、「わかりました」と了承した。



 異世界の王族のお姫様。

 属性特化の高霊力保持者。

 神様に近い『格』と清浄な魂を持つひと。

 私のような一般人ではとてもお側に近寄れない。そんな高貴なひと。

 それなのに自己評価が低くて腰が低くて、お人好しで甘っちょろくて世間知らずで。


 私は彼女がますます好きになっていた。

 不遜(ふそん)だとは承知の上で、妹のように感じていた。

 私が守るべき姫。私が庇護すべき妹。

 そんな竹さんがココロを痛めることのないよう、守り役様同様私も暗躍するのだった。



 ひとりになってからも神社仏閣をめぐり、待ち合わせの時間に再び有名女子校に戻った。

 晴臣さんアキさんと合流して、少しだけ学校見学をさせてもらった。

 有名洋菓子店でケーキを買って御池の安倍家に戻った。



 タカさんと千明様もおやつに戻って来られた。双子はお昼寝中だという。

 アキさんの帰還連絡に、離れの皆様も御池に来られた。

 私がナニをしてきたかご存知の主座様も守り役様達も知らんぷりでケーキに喜んでいる。


 トモさんが竹さんにケーキをゆずった。

「おいしい」とニコニコする竹さんを見つめるその目はどこまでもやさしく、甘い熱がこもっている。

 愛おしいのを隠しもしないで竹さんを見守るトモさん。

 そんなやさしい顔もできたんですね。別人ですか? 修行で頭殴られすぎて性格変わったんですか?


 竹さんもトモさんに甘えている。

 春休みにデートしたときに食べ物シェアしたけど、竹さんの方を多くしたらすぐに「ダメです!」と言っていた。

 生真面目で遠慮しぃでお人好しの竹さんが、トモさんのケーキをまるまるもらって食べている。

 トモさんの誘導がうまいのもあるけれど、他の人相手だったら「いけません」「ご自分で召し上がってください」って突っ返すはず。

 それなのに、素直にケーキをもらって素直に食べている。


 ケーキを口に運んでしあわせそうに微笑む竹さん。

 そんな竹さんをトモさんはじっと見つめている。しあわせそうに笑みを浮かべて。

 トモさんの視線に気付いた竹さんもトモさんに笑みを返している。


 なんかもう、雰囲気がピンクなんですけど。

 なんですか。トモさんにこんなやわらかな雰囲気出せるなんて考えたこともなかったですよ。『半身』相手だと人格も変わるんですか。おそろしいですね。


 でも、これなら竹さんもトモさんをこわがることはないだろう。



 正直竹さんはトモさんの『嫌いなタイプ』だと思っていた。

 トモさんはどんくさいひとやニブいひと、甘っちょろいひとや仕事のできないひとが嫌い。『なんで存在してるんだ?』とか平気で思ってる。


 竹さんは世間知らずの常識なし。

 やさしいからか気が弱く押しに弱い。

 どんくさくてトロい。慣れないことはモタモタする。すぐに「ごめんなさい」と言う。


 甘っちょろくてお人好しで自己評価が低くて。

 私の知っているトモさんだったら、そんな竹さんを完全無視していたに違いない。


 それが!

 この豹変っぷり!


 なんですかそのデロッデロにとろけた顔。

 もう目が違う。態度が違う。

 竹さんがカップを口に運ぼうとしたら「熱いよ?」「気をつけてね」なんてかいがいしく世話を焼いている。晃達には面倒見のいいひとだとは思っていたが、こんな女性に対して『尽くすタイプ』になるとは。意外すぎて気持ち悪いです。


 ふう、ふう、とカップに息を吹きかける竹さんを隣で見つめるトモさん。

 表面上はニコニコと穏やかに微笑んでいる。

 でも精神系能力者の私にはダダ漏れに漏れてくる彼の思念が読めた。


《ああ! もお! かわいすぎる! 愛おしすぎる!!》

《なんでこんなにかわいいんだよ!》

《こんな至近距離でこんなかわいい顔が見られるなんて。しあわせだ。がんばってよかった!》


 ……………。

 ………阿呆?


 まさかトモさんがこんなことになるなんて。


 ふと顔を向けると、黒陽様も主座様も呆れすぎて無になった顔をトモさんに向けておられた。

 


 トモさんキツいから竹さん萎縮してるんじゃないかって心配だったけど、この調子なら大丈夫そう。


「なるほど。よく理解しました」


 ラブラブな雰囲気のおふたりに向けて口を開いた。


「トモさん。竹さん。おやつが終わったらちょっと私に付き合ってもらえませんか?」



 そうしておふたりと守り役様達から話を聞き、策を練った。

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