久木陽奈の暗躍 30 西の姫
月曜日にデジタルプラネットを訪問した。
でも社長の保志氏に会えなかった。
あと一歩だったのに。
『ナニカ』が足りなかった。
その『ナニカ』を得るためのヒントを持っているひと。
それが、このひと。
西の姫。白露様の主。
菊様。
守り役の皆様それぞれから話は聞いた。
学都白蓮の女王の娘。
自身も優れたな占者であり知識も豊富。
『先見姫』と呼ばれるほど『先見』に長けた、優秀な人物。
そのひとが、今、目の前に。
緊張で動けない。
そんな私に菊様は余裕たっぷりに微笑みを向けた。
高間原から『落ちて』、この『世界』に新しく国を作った。
自然と同じ国のもの同士で集まり、集落ができた。
自然と元の国と同じ呼び名で呼ばれた。
四人の姫は『呪い』を刻まれ、生まれ変わる。
何度も。何度も。
不思議と元の国の男女から生まれた。
当然のように転生を繰り返す四人の姫のことは伝わっていった。
何度生まれ変わっても姫は『姫』として扱われた。
西の姫がこの『世界』に落ちて、最初に生まれ変わったとき、まだ前世の母親である白の女王は存命だった。
生まれ変わって再び出会えた娘に、女王は『白』の王位を譲った。
「これからこの『世界』で生きるのに、何人も王はいらない。
今できたこの国の王は既にいる。
それでも『白の王』はお前だ」
『白の一族』は『神に仕える一族』。
神々に仕え、神々と言葉を交わし、人々に神々の言葉を伝えるのが使命。
その王は霊力が強くて『先見』の能力がある人物が求められる。
「菊が何度も生まれる限り、『白』は滅びない」
そう言って、王位を譲る儀式を執り行った。
だから菊様は『白の女王』。
何度生まれ変わっても、いくつ国が滅びても、何千年経っても、彼女が生まれ変わる限り『白』は滅びない。
そうして彼女は『「災禍」を滅する』という責務だけでなく、『白の一族の責務』も背負っている。
何度も生まれ、何度も死に。
永遠ともいえる年月を、いくつもの責務を背負って生きているひと。
それがこのひと。
女王にふさわしい風格と威厳をまとった、美しいひと。
細い身体からはとてもそんな重圧に耐えられるとは思えない。
それでもその目には、これまでに相対したことのない『強さ』があった。
「西の姫に会いたい」
そう願った私に対し、当の西の姫が指定してきたのがこの日この場だった。
西の姫の通う学校の中高合同体育祭。
ここに主座様の婚約者を訪ねて行けと。
主座様のご両親と学校に来いと。
そうすれば会えると。
その指示どおりに晴臣さんとアキさんに連れられて有名女子校の門をくぐった。
リカさんとじゃれていたら、女子高生の一団に遭遇した。
そのなかにいらしたのが、西の姫。菊様。
その高貴さ。
お嬢様学校で周りの娘達もタダモノではないはずなのに、それでも際立つ美しさ。
凛とした、大菊のような華やかさ。
目が合った瞬間、菊様が時間停止の結界を展開したらしい。
そうして菊様の『異界』に招待されたようだ。
のそりと東屋に向かって大きな白虎が歩き出した。白露様だ。
晃達を『異界』に連れて行って、ご挨拶をしたらすぐにとんぼ返りしてきてくださった。
「私ひとりがウチの姫に会うのは心配だから」と同席を申し出てくださった。
「子供じゃないんで。大丈夫ですよ」
そう言ったけれど白露様は引かなかった。
「ひなは『大丈夫』ってわかってるわ。心配なのはウチの姫。私がいなかったら、絶対にワガママ言って無理難題ふっかけるわ!」
「……同席お願いします」
そうして私達がリカさんに会う直前に合流してくださった。
西の姫に『この子がひなですよ』と合図を送ってくださっていた。
おかげですんなりと『菊様の異界』が展開できた。お手数をおかけします。
「さあさ。ひな。こっちへどうぞ」
白露様にうながされたけれど、身体が動かない。
「ひな」と白露様がそばに戻って来てくれ、そっとその鼻先で身体を押してくれた。
それでようやくこわばりが解けた。
どうにか立ち上がり、白露様に先導されて東屋に入る。
間近にするとその美しさがより際立って見える。その『格の違い』も。
「ひな。どうぞ」と白露様が大きな前足で椅子を引いてくれる。
「失礼します」と椅子に座る。
私が固まっている間に菊様はさっさと椅子に座り、どこから出したのかお茶を飲んでいた。
「さあさ。ひなもどうぞ」
どうやら守り役様がアイテムボックスから出したらしい。
私の前にもお茶の入ったグラスが現れた。
「……いただきます」「はいどうぞ」
どうにかグラスを取ろうとするけれど、手が震えてうまくつかめない。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よひな。姫にはひなのこと、よく話してるから」
話したんかい! 余計に緊張するわ!
「竹様みたいにウチの姫にも仲良くしてやって?」
できるかー!
あのうっかりぼんやり姫とこの威厳に満ちた女王とじゃ、全然違うわー!!
笑顔で固まっていたら「ぷぷっ」と菊様が吹き出された。
「うまいこと言うわねあんた。『うっかりぼんやり姫』なんて」
―――読 ま れ て た ー!!
ざあっと血の気が引く。
どうしよう。無礼だった!? なんて弁明すれば。ていうか、なにをどうしたら。
固まったまま冷や汗をダラダラと流していたら、菊様がにっこりと微笑んだ。
「あんたみないなのに『気にするな』といっても無理でしょう。
――話とは?」
ふ、と表情を変え、女王然とした態度になられた菊様に、こちらもシャキッと背筋が伸びた。
『仕事をしろ』そう命じられていると、わかった。
これは、仕事。
そう。仕事。晃を守るための、仕事だ!
仕事モードに切り替わったら落ち着いた。
これまでも突然他社の社長に会わされたこともあった。
いきなりプレゼンの場に引きずり出されたことだってある。
大丈夫。落ち着け。
私のすべきことはなんだ。
すう、と息を吸い込む。目を閉じて頭を空っぽにする。
そうして息を吐き出した。
余計なものは吐き捨てた。
目の前の仕事に、集中!
瞼を開け、膝の上の拳をぐっと握った。
目の前には美しい女王。
ニヤリと口角を上げるそのひとに、わざとにっこりと微笑みを向けた。
「――改めまして。久木 陽奈と申します。
菊様におかれましては、貴重なお時間を頂戴し、誠にありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる。
が、機嫌の悪そうな声が降ってきた。
「御託はいいわ。要件を述べなさい」
「はい」と返事をし、遠慮なく本題に入った。
「菊様におかれましても、報告が各方面から届いているとは存じますが――」
『バーチャルキョート』のこと。『ボス鬼』のこと。晃のこと。
「我が『半身』日村 晃を守るために。
どうぞご助力くださいませ。お知恵をお貸しくださいませ」
真摯に頭を下げる私に「対価は」と声がかかった。
顔を上げ、まっすぐにその大きな目を見据えた。
「私には大した霊力も能力もございません。
差し出せるとすればこの身だけでございます。
今後、菊様のご命令であれば、私にできることであればどんなことでも致します。
不足であることは十分承知しております。
しかし、私にはほかに差し出せるものがございません。
どうぞこの身をもって『対価』としていただきますよう、お願い申し上げます」
右手を胸に当て、必死で願った。
じっと見つめる私を黙って見つめていた菊様だったけど、ふと、その眼が金色になった。ように見えた。
「――『大したことない』なんて、そんなことないじゃない」
ニヤリと、楽しそうに微笑む菊様の言葉の意味がわからない。
「――さすがは白露が太鼓判を押すだけはあるわね」
「でしょう?」
うふふ。と菊様の横の白虎が笑う。
「いいわ。あんたの『依頼』、受けようじゃないの」
「―――あ、ありがとうございます!」
ガバリと頭を下げる私にフフンと菊様は笑われた。
「こっちの『望み』とも合致する。私もあんたを利用させてもらうわ」
「それは、当然です。
私は『私自身』を『対価』と致しました。
どうぞ菊様の『駒』としてお使いくださいませ」
覚悟を持ってそう告げたら「いい駒が手に入ったわ」とうれしそうに目を細められた。
美少女の微笑みがこれほどまでの破壊力を持っているとは初めて知った。
それから思いつくままに質問を重ねた。
菊様の能力について。できることできないこと。これまでにどんなことがあったか。どう対処したか。
ある程度は守り役様達の話で聞いていたが、やはり本人に聞くのは違う。
周囲に知られていない話もあった。本人の受け取り方もあった。
失礼なこともたくさん聞いた。それでも菊様は怒ることなくさらりと答えてくれた。
あらかた出切ったところで、思い切って聞いてみた。
「――菊様にとって、最重要事項はなんですか」
「なんのために戦いますか? なにを望みますか?」
菊様はじっと私を見つめ、なにかを考えておられた。
私はただじっとその視線を受け止めていた。
が、やがでニヤリを口角を上げられた。
「私の名誉を取り戻すため」
「―――」
―――それはまた、大変な理由ですね……。
白露様はそんな主に困ったような微笑みを浮かべていた。
「――私って、高間原にいたときから優秀だったのよ」
それはうかがいました。守り役の皆様も口々におっしゃっていました。
「実際ほとんどのことは視通せた。神々とも言葉を交わせた。『私にわからないことはない』って思ってた。
それがあの『災禍』だけでは読めなくって。
結果、後手後手に回されて『呪い』を刻まれた上に『落とされた』」
ギラリ。大きな目に剣呑な光が灯る。
「なにが『先見姫』かって話よ」
獰猛な笑みを浮かべ、菊様は続ける。
「この私の!『先見姫』とまで謳われたこの私の予見も予想も全部くつがえして!
私だけでなく他の姫も守り役も嵌めやがって!
しかも一度だけでなく二度も三度も!
許せるわけがないでしょう!」
ダン! とテーブルを叩き、メラメラと怒りに燃える目を向ける菊様。
「『災禍』は滅する。何年経っても。なにがあっても。
それが、私の名誉を取り戻すための唯一の方法。
私が『私』であることを誇るための唯一の方法」
燃えるような瞳に呑まれそうになる。
強い思念をぶつけられ、感情を揺さぶられる。
記憶が流れてくる。
穏やかな日々。三人の姫とその守り役とのお茶会。
他愛のない話。笑顔がこぼれる。
深い森。大きな樹。その樹が弾け――。
金色の瞳の男。その気配。圧倒的な『チカラ』。
玉座の前。解けない結界。突然、床が抜けた。
白銀の鎧をまとった美しい女性の身体がみるみる変化する。
それでも自分を守ろうと抱きしめてくれている。
知らない場所。知らない気配。そばには、一頭の白虎。
ひとが渡ってくる。それをまとめ、国を創る。
二十歳目前で死んだのに、気付いたら赤ん坊になっていた。
何度も繰り返す。何度も何度も。
親しいひとを見送り、別れ、何度も何度も生まれては死ぬ。
それでも生きた。『白の女王』として。
おせっかいな守り役がいつもそばにいた。
あるとき異変に気付いた。神々の声がうまく届かない。
ノイズがかかったような。文字化けしたような。
それでもその言葉が理解できた。
『世界が崩壊する』
あのときと同じ言葉に必死で探した。他の姫も守り役も協力させた。
まさかと思った。
でも、そのまさかだった。
『災禍』が、この『世界』にいた。
涙を落とす竹。「私のせいで」
ちがう。竹のせいじゃない。私が『視』きれなかったから。森への同行を止めなかったから。
「私が森に行きたいなんて望まなかったら」「オレが無理に竹を誘ったから」
梅も蘭もそう言って自分を責める。ちがうのに。私が悪いのに。私がうぬぼれていたからなのに。
自分に『視通せ』ないことなんてないと思っていた。
ちょっと『視よう』と思って『視』たらなんでもわかった。
「つまんない」「ちょっとは手ごたえのあるモノがいたらいいのに」幼い私はそんなことを心の底で思っていた。
「私でも『視通せない』存在があればおもしろいのに」
軽い気持ちでそんなことを願っていた。
だからこんなことになったんだ。
私のせいだ。
うぬぼれた私がえらそうにあんなことを『願った』から。
軽い気持ちでも冗談交じりでも『願い』は『願い』。
しかも私は『白の一族』。神々に近しい立場。
それなのに、不謹慎にも、そんなことを『願った』。
私のせいで。
ならば。
私が『災禍』を滅する。
これ以上の不幸を起こさないように。
竹を、梅を、蘭を悲しませないように。
それができずして、なにが『女王』だ。なにが『先見姫』だ。なにが『白の一族』だ。
私の名誉のために。私が『私』を誇るために。
『災禍』を滅する。
なにがあっても。何年経っても。
「―――な。ひな」
ハッと意識が覚醒した! あぶない! 呑まれてた!?
ドッドッドッドッドッ。心臓が早鐘を打つ。汗が吹き出す。身体が震えて止まらない。
そんな私に、菊様はひとつため息をつかれた。
「――悪かったわね。まさかそこまで『視』れるとは……」
「ひなは霊力は多くないけれど、感知能力が鋭いんですよ。言ったでしょ?」
「でもまさか私まで……」
つぶやきながらじっと私を見つめる菊様。
そして「ああ」と納得された。
「特殊能力なら仕方ないわね」
「は?」
特殊能力? それって、アレ? 晃の『記憶再生』みたいな?
は? 私に、特殊能力?
「『看破洞察』。
対象の思念や思考を読み取ることに長けた能力ね」
「なるほど。それでひなは感知に長けてるのね!」
「……………」
……そんなこと急に言われてもどうしていいのかわかりません。
それなのに菊様はそれはそれは美しい笑みを浮かべておっしゃった。
「なかなか得難い、いい駒が手に入ったわ」




