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久木陽奈の暗躍 29 晃『異界』へ

本編第八十九話『ヒロ達、異界へ』の日のおはなしです

 六月になった。

『バーチャルキョート』のバージョンアップまで、あと一月半。


 正直、あせる。

 ふとしたときにあの血みどろで倒れる晃が浮かぶ。竹さんのあの闇が迫る。


 でも、前世からのヲタクである私は数多の教本を読み込んで知っている。

『あせりはなにも産まない』

『危機的状況下ほど、落ち着いて、冷静に』

 そうすることで数多のヒーロー、ヒロインは『世界』を救ってきた。


 だから、私だって。

 私だって、晃を救ってみせる。

 決意も新たに、愛しい『半身』の旅立ちを見送った。




 六月の最初の土曜日。

 晃達が白露様のお知り合いの『異界』へ旅立つ日。


 集合場所である北山の安倍家の離れの前で数ヶ月ぶりに竹さんに会って驚いた。

 竹さんはトモさんに気を許していた。

 あの遠慮がちなひとが。


 パッと見はわからない。竹さんは春休みのときのように礼儀正しく立っていて、トモさんはそんな竹さんの護衛のように隣に立っているだけ。

 それでも精神系能力者の私には、竹さんがトモさんを頼りにしているのが伝わってきた。

 甘えていると言ってもいいくらい、トモさんにココロを寄せているのが伝わってきた。


 やわらかい雰囲気がもっとやわらかくなっている。

 春休みにはどこかこわばったところがあったのに、それが解消されている。


 高かった背がもっと高くなって顔立ちも大人のそれになって別人のような外見になったトモさんが、中身まで別人になったかのようにデレッデレの甘い視線を竹さんに向ける。

 それに気付いて竹さんが返すその視線がやわらかい。


 ふたりがふたりでいることはとても自然で、ピッタリとはまっているように感じられた。


 ふたりは『半身』なのだと、わかった。


 これは今夜根掘り葉掘り聞かないといけないわね。

「寝させませんよ」とわざと言うと、竹さんはうれしそうに微笑み、トモさんは嫌そうに顔をしかめた。




 今回晃達が修行に伺う『異界』の責任者の方は、竹さんも知り合いだという。


 そもそもは『境界無効』の能力者であるトモさんが偶然迷いこんだのがきっかけ。

 そこで修行してきたトモさんはものすごく強くなったらしい。


「くやしい」「ぼくも修行したい!」「トモに負けたくない!!」

 ヒロさんが竹さんの前で駄々をこねてみせた。

「ヒロがそこまで言うなら、楽ちゃんに頼んであげるわ」と白露様が交渉し、今回修行に行くことになった。


 ということにしてある。


『ずっと互角だった友達がひとりだけ強くなった』ということが男の子にはすごくくやしいことだということは、竹さんにも理解できた。

 自分の責務とは『関係ない』『男の子の意地』だと思っているらしい。

 だから「身体に気をつけて。がんばってください」なんてのんきにウチの阿呆にも声をかけてくれた。



 そうして阿呆を見送り、私はアキさん晴臣さんと出かけるために竹さん達と別れた。


 今回私が京都に来たのは『大学の見学のため』と竹さんトモさんには説明している。


 吉野の自宅から通学するには大変だから、大学進学となると家を出なければならない。

 それなら奈良にこだわらず、京都や大阪も視野にいれて考えられる。

 ホームページなどで研究はしているけれど、実際のキャンパスの雰囲気とか、周囲の環境とかを確認したい。

 そう伝えている。



 でも、本当の目的は違う。




 晴臣さんとアキさんに連れられて目的の学校の校門をくぐる。

 前世でも話だけは聞いていた有名な外観に、こんなときなのにテンションあがる。

「間に合いそうだね」

「きゃあ! 全然変わってない!」

 晴臣さんは案内図を見ながら、アキさんは楽しそうに周囲を見回しながら校内へと進む。


 ここは、京都でも有名なお嬢様学校。

 幼稚舎から大学まである、女子校。

 伝統のある学校で、アキさん千明様もここの出身だという。


 今日は中等部高等部合同の体育祭。

 周囲は保護者や生徒の兄弟姉妹と思われるひとでごった返している。


 有名女子校は伝統の学校だけあって、ほとんどの生徒が京都でも『名家』と呼ばれるような家のお嬢様だったり、会社経営者の娘だったりする。


 そんな学校だから不審者対策はしっかりしている。

 普段は学校に登録されたひとしか入れない。

 認証パスを渡されていて、それを持っていないと登録されたひとでも入れない。


 そんなセキュリティがゆるむのが、体育祭や文化祭などの行事。

 それでも事前に申請して、許可証を発行されたひとでないとダメだけど。


 生徒の祖父母や兄弟姉妹。婚約者やその保護者。入学を考えている娘さんやその保護者。

 生徒の保護者以外にも門戸が開かれる数少ない機会とあって、かなりの賑わいとなっている。



「あ。いた」

 背の高い晴臣さんが目的の人物を見つけた。


「リカさん」

 晴臣さんが手を振ると、向こうも気付いたらしい。友達との話を切り上げてこちらに来てくれた。


「お義父様! お義母様! お久しぶりです!」


 満面の笑みを浮かべてそう挨拶したのは、主座様の婚約者のリカさん。

 ぱっちりとした目をキラキラと輝かせ、にっこりと微笑んだ。

 ふっくらした頬が赤く上気して可愛らしい。


「お久しぶり。リカさん」

「今日はがんばってね」

「はい!」

「ハルちゃんが来れなくてごめんね。代理でひなちゃんを連れてきたわ」

「ひなさん!」

「お久しぶりですリカさん。先日はありがとうございました」


 手を差し出すとぎゅっと握ってくれる。かわいい()ねぇ。これは主座様もメロメロになるわ。


「またお会いできてうれしいです! こちらにはいつまでおられるのですか?」

「明日までいます」

「じゃあ、どこかでおしゃべりできませんかね!? この前出た新刊、読みました!?」

「読みました読みました。おまけページにあんなファンサしてくれてるなんて思いませんでした」

「ですよね!? あれはまさに神ですよね!!」



 先日デジタルプラネットに訪問するにあたり、このリカさんに『バーチャルキョート』の講義を依頼した。

 主座様に転移で連れて行っていただいたリカさんの部屋は、私の部屋によく似ていた。


 漫画や小説があふれかえっていた。


 目に止まった一冊の本に「あ。これ、私も読んでます」と、つい、ポロッと口からこぼれた。

 その途端! ガッと両手をつかまれた!


「同志!!」


 男性同士の恋愛を描いた本だった。


 それからリカさんは機関銃もかくやと言わんばかりにしゃべりまくった。

 主座様が「リカ。そろそろ本題に入れ」と言ってくださらなかったら止まらなかったに違いない。だって私もテンション高く話しまくったから。


 そんなわけで、私達は短時間でものすごく仲良くなった。

 メッセージアプリの連絡先交換して、バーチャルキョートのIDも交換した。

 時々連絡を取り合っている。

 でもやっぱりリアルで会って話をするのは違う。

 ひとが行き交う校舎の端で、ふたり手を取り合ってキャッキャと話に花を咲かせていた。



「―――九条さん?」


 かけられた声にふたりで動きを止めた。

 そろりと顔を向けると、そこには女子高生の一団がいた。


「開会式、始まるわよ。早くなさい」

「あ! も、申し訳ありません!」


 その一団の一番奥。

 まるで守られているかのように、そのひとがいた。


 数人の女生徒に取り囲まれたそのひとは、大きな目をしていた。

 なにもかも見通すかのような輝きのある目。

 長いまつげが縁取り、大きな目をより大きく見せている。


 ぬけるように白い肌。

 絹糸のように細く艷やかな腰までの黒髪をひとつに束ね、はちまきをしめている。

 ほっそりとした輪郭。身体つきもほっそりとしている。

 細く長い指の先に桜貝のような爪があった。


 周りの女生徒もそれぞれ美形だけれど、そのひとは際立って美人だった。


 ただ立っているだけなのに。

 身にまとっているのは体操服なのに。


 その高貴さ。華やかで威厳のある雰囲気。

 このひとが。



 フッと周囲の景色が変わった。

 校舎の端にいたはずなのに、花のあふれる庭園の、白い東屋(あずまや)の前に立っていた。


 先程までの喧騒も、女生徒達も消えた。

 東屋の中にはひとりの女性。

 大きな目が笑みをたたえる。


「――ここならゆっくりと話せるわ」


 シャラリと天冠についた飾りが音を立てる。

 体操服だったはずなのに巫女のような服装になっていた。

 黄色の袴。同色の千早と領巾(ひれ)

 その威厳に、その場に平伏した。


「―――お初にお目にかかります。久木(ひさき) 陽奈(ひな)と申します。

 このたびは貴重なお時間を頂戴し、ありがとうございます」


 私の名乗りに、おそろしいほどの美人がにっこりと微笑んだ


「―――高間原(たかまがはら)の西、白蓮(はくれん)が女王、白菊(しらぎく)よ。『(きく)』でいいわ」

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