久木陽奈の暗躍 28 報告と新たな取り組み
結果的に、今回のバーチャルキョート訪問は失敗に終わった。
三上女史の肩につかまって社長のところに向かった守り役様達だったけど、六階のエレベーターから三上女史が出た途端に弾かれたという。
「おそらくだが」と黒陽様が予測されたところによると。
三上女史が『認めた』モノでなかったから『弾かれた』のではないか。
たとえば私が三上女史に同行して、私が守り役の皆様の同行を認めたら、それは守り役の皆様が三上女史に同行を認められたことになって、保志氏に「会えただろう」と言う。
そういえば聞いた。
晴臣さんが初めて竹さんをトモさんの家に連れて行ったときのこと。
トモさんの自宅には亡くなったお祖母様が施した結界が生きていて、新規の高霊力保持者は弾くようになっている。
それでは都合が悪いこともあるだろうからと、主座様と晴臣さんが同行したら承認できるようになっていると。
それと「同じようなものだろう」と黒陽様が言う。
「……つまり、私が三上女史に同行を認められていれば、保志氏が『宿主』か、『災禍』がそこにいたか、わかったということですね……」
ガックリと首が落ちる。
「申し訳ありません。力不足で……」
落ち込む私を皆様がなぐさめてくださる。
「ううん! ひなはよくやってくれたわ!」
「ウム。あと一歩だった。よくがんばってくれた」
「そうだよ。まさか話ができると思わなかったよ!」
「それに、タカ達が訪問できる可能性を上げてくれたじゃない! 上出来よ!」
皆様がそう言ってくださるのはありがたいが、でもやっぱり悔しい。
晃を危険な目に遭わせない、そのチャンスを活かせなかった。
どうしたらよかったのだろう。
話術? タイミング? 熱意が足りなかった?
「きっと、ホンのちょっと『運』が足りなかったんでしょうね」
白露様がそんなふうになぐさめてくださる。
『運』。
ホンのちょっとの。
確かにそうだ。
運良くあのとき保志氏が「会ってもいい」という気分になれば会えた。
ホンのちょっとの気まぐれが起きたら、きっと会えた。
「……竹さんのお守りにしっかりお願いしたつもりだったけど、足りなかったのかな……」
ショボンとつぶやいたら「それは違うぞ」と黒陽様に指摘された。
「確かに『願い』の強さで叶うか叶わないかは決まることもある。
が、さしもの姫の守護石とはいえ、できることには限度がある。
今回の訪問、私から見たらうまくいきすぎるくらいにうまく行った。
ひなのおかげで次はタカ達が行けるだろう。
ひなの悔しい気持ちもわかるが、『ここまで導いてくれてありがとう』と石を褒めてやれ。
そうすれば守護石はまたお前の運気を上げてくれる」
そうだ。黒陽様のおっしゃるとおりだ。
不足ばかり言っていてはこのお守りだってかわいそうだ。
「ごめんね」「ありがとう」
そうささやいて石の入ったお守り袋をぎゅっと握る。
ほんのりとあたたかくなった気がした。
黒陽様がお守りに霊力を注いでくれた。
「本当は作成者である姫が込めたほうがいいのだが」
私が『なんで』こんなに石が霊力使うほどの『お願い』を込めたのかバレたら、竹さんはまた気に病むだろうと皆様おっしゃる。
まあそうでしょうね。
同属性で薄いけど血縁のある黒陽様ならば、竹さん作のこのお守りに霊力を注いでも「そこまで反発はないだろう」とおっしゃる。
実際「ウム。これならいいだろう」と太鼓判を押してくださった。
『会社見学をしたい』という建前のために前川印刷を軽く見学させてもらった。
懐かしい顔がいくつかあった。
前川くんは何も言わずただ『普通の会社見学』をさせてくれたので、私も黙っていた。
そうして前川くんによくよくお礼を言って別れた。
「くれぐれも私のことも安倍家関連のことも言うな」と厳命して。
交換条件としてメッセージアプリの連絡先を交換させられた。当然あやちゃんとも。
このくらいは覚悟の上だ。あきらめて受け入れた。
御池の安倍家に戻ると、アキさんが連絡してくれて主座様とヒロさんも戻ってこられた。
おふたりも今日は体育祭の代休。朝から北山の安倍本家で用事をしていたという。
晴臣さん、タカさん、千明様はそれぞれにお仕事で外出しておられるので欠席。双子も仕事だという。
モデルさんですか。まだ二歳なのに食い扶持稼いでいるとは。すごいですね。
デジタルプラネットの様子、社員とのやり取りなどを報告し、私の見解を報告する。
『宿主』である保志氏の『願い』で、三上女史が関わるようになったのではないかということ。
そんな都合のいいことができるのは『災禍』だけだろうこと。
その点から考えても、保志氏が『宿主』であることはほぼ間違いないと思われること。
私のこの意見に、主座様も守り役様達も理解を示した。
それでも守り役様達は『確定』としなかった。
「『宿主』か『災禍』をこの目で視ないことには確定とはできない」
五千年の間に何度も痛い目に遭っているという。
その過去が、ここまで『災禍』を示す状況を『都合が良すぎる』『罠じゃないか』と警戒させているらしい。
四人の姫が同じ時代に生まれるのは四百年ぶりだという。
その姫達は全員同い年の十五歳。
『呪い』による『生命の期限』まで、あと数年。
ここで「違いました」となったら、取り返しがつかない。
だからこそ慎重に、慎重に動いている。
それは理解できる。
でも、それで間に合うの?
七月十七日までに『災禍』を特定し、姫達が封印または滅することができるの?
そうしないと、晃が戦いにおもむかなければならない。
トモさんも死にかけたあの鬼よりも強い相手と戦わなければならない。
大怪我をするかもしれない。死ぬかもしれない。
そんなところへ、晃が行かなくてはならない。
――どうにかしなくては。どうにか。
ぎゅ、と膝の上で拳を握る。
今回足りなかったのは、少しの『運』。
それを上げるにはどうすればいい? なにをすればいい?
これまでに聞いた話をもう一度頭の中に再生させる。何度も読んだ報告書も。
異世界高間原の話。『災禍』の話。四人の姫と守り役の話。これまでの五千年の話。
ぐるぐるぐるぐる。
考えを巡らせる。
今の情報だけではピースが足りない。だから今回届かなかった。
足りない情報を持っているのは誰だ。
話を聞いていないのは誰だ。
「――西の姫に会うことはできませんか」
私の言葉に皆様が注目される。
「現状、今回の件に関わる方でお話をうかがっていないのは、四人の姫とトモさんです。
竹さんとトモさんにもお話をうかがいます。
東の姫と南の姫はまだ覚醒されていないのでお話をきくことはできないでしょう」
話ながら考えを整理していく。
一度目を閉じ、深呼吸。
やはり、これしかない。
瞼を開き、白露様をまっすぐに見つめた。
「西の姫に会わせてください」
おそらくは現状一番情報を持っているひと。
『先見姫』と謳われたほどの方ならば、私の取るべき行動についてもご指示いただけるかもしれない。
竹さんとトモさんは後回し。
竹さん具合悪いらしいし。
まずは西の姫。
このひとなら、きっとなにかいい考えを持っているはず。
『災禍』を滅する――晃が戦いに行かなくても済むような考えを。
これまでいろんなひとに話を聞いた。
守り役の皆様。主座様。ご家族。
安倍家のひとにも話を聞きたかったけれど、それは主座様に止められた。
「ひなさんを安倍家に関わらせるつもりはない」って。
『私』を守るためにそう言ってくださっているのがわかったから、大人しく「はい」と了承した。
姫達に話を聞くことは早い段階で考えた。
でもそれぞれの守り役様に難色を示された。
「ひなが我らの責務に関わっていると知ったら、我が姫は傷つく」
黒陽様の言葉に『それもそうだ』と納得した。
「姫のことは我らが話すから、姫には黙っていてくれ」と懇願され、了承した。
「ウチの姫は今、猫かぶって『良家のお嬢様』してるから……」
なんでも西の姫はこれまでも貴族やお金持ちの家に生まれていた。今生の家も名家のお金持ちだと。
そんな西の姫はこれまで何度も『祀り上げられている』と白露様が教えてくれた。
『先見姫』の呼び名は伊達ではなく、ちいさな頃から『ついポロッと』アドバイス的なことを口にしてしまうと。
結果お家が危機を脱したり、さらにお金持ちになったりして、西の姫を祀り上げると。
そんな状況に西の姫本人はうんざりしていて、今生は気をつけて気をつけて『余計なことを言わない』ようにしているという。
幸いというかなんというか、今のところうまく隠しきれているらしい。
「おっちょこちょいの守り役がそばにいなかったからね」
「聞き捨てならないわね緋炎。ちょっとお話しましょうか」
「それはまたあとでお願いします」
守り役様達は隠形を取って西の姫のところに行き、異界を展開してその中で報告をしているという。
「それに私も連れて行って欲しい」とお願いしたのだけれど「とりあえず話しておく」と保留にされていた。
「姫は『先見姫』と言われるだけあって『見通す』ことに長けてるのよ。
『災禍』を『今生でどうにかしたい』と思っているのは姫も同じだから、だからこそひなを有効に使いたいと思うの」
私のことはすでに西の姫に報告が行っていると白露様が教えてくれる。
『晃を守るために』動いていることも。
それについての西の姫の見解は『好きに動かせておけ』だったらしい。
「その娘が動くことで事態が動くだろう」と。
そうして守り役の皆様と主座様に『その娘への全面協力』をお命じになった。
それもあって守り役様も主座様方も、ありえないほどの情報開示をしてくださったらしい。
「だから『ひなが必要だと言っている』ならば、姫は会うと思う」
「ただ、会う日時や場所は姫が指定すると思う」
そう言われたら「わかりました」としか言えなかった。
そうして今日まで大人しく待っていた。
でも、もう待てない。
「白露様。西の姫のところに連れて行ってください」
重ねてお願いすると、大きな白虎は「……ちょっと待ってね」とどこからか札を出した。
なにかを吹き込んでフッと息を込めた。
すると札はスルリと白い小鳥になり、ふわりとどこかに消えた。
「一応聞いてみないと。姫はうるさいから」
困った様子に日頃のご苦労がうかがえた。
「お返事が来るまでお茶にしましょ」とアキさんがお茶を煎れてくださった。もちろんお茶請けも一緒。黒陽様以外の守り役の皆様が大喜びだ。
「そういえば晃。『白楽様の世界』に行くの、大丈夫? 勉強どんなかんじ?」
ウチのわんこは白露様のお知り合いの『異界』で修行するためにずっとウチで現代農業に関する勉強をしてきた。
「とりあえずは……ってかんじかな?
どうしても『作物によって』とか『季節によって』っていうところが出てくるから。
でも勇おじさんや兄ちゃん達がテキストいっぱい持たせてくれてるから。それでどうにかなる。……と、いいな」
困ったように笑うわんこにヒロさんも「だよね」と苦笑を浮かべている。
「この土日で行って帰ってくるから学校は大丈夫だと思うけど。
トモが『向こう』に三年ちょっといたらしいから、ぼくらもそのくらいは必要だと思うんだ。
長いことひなさんに会えなくなるから、晃、なんか『お守り』用意してもらっといたら?
「「『お守り』?」」
またなにを言い出したんだこのひとは。
「トモは例の童地蔵持っていってがんばったらしいよ?」
「あー。あれかぁ」
トモさんの家に四百年伝わっていた木彫りの童地蔵は、昔の竹さんが『半身』のために作った霊玉をはめた、昔の竹さんの姿を写したもの。
トモさんは幼い頃から暴走したりヘコんだりしてはその童地蔵を抱きしめていたらしい。
「あの童地蔵は姫宮の『形代』に成っていたから。
だから青羽は姫宮を喪っても生きられた。
四百年経っても生まれ変わっても『半身』の気配を感じてトモは癒やされていたらしい」
そうしてつらい修行を乗り切ったと。
「だから晃もぬいぐるみかなんかにひなさんの気配をいっぱいつけて持って行ったらいいんじゃない?」
ヒロさん。余計なことを。
ほら。阿呆が乗り気になった。
「ひな!」なんてキラキラした目を向けられても知らないわよ!
「『気配をつける』なんて、私、できませんよ?」
「あと数日あるから。その間毎晩抱きしめて一緒に寝るだけで気配はつくだろう」
主座様まで余計なことを。ほら。阿呆がさらにキラキラした目を向けてくる。
「ひなさんが子供の頃から持っていたモノとかだとより良いんですが…。なにかありませんか?」
その言葉に阿呆が反応した!
「ひな! あれ! うさ太郎! うさ太郎貸して!」
「えええええ……」
『うさ太郎』は大きなうさぎのぬいぐるみ。
まだ二歳になる前『白露様みたい!』と反応したら母方の祖父母が買ってくれた。
白くてふわふわもこもこで、乗っかると白露様に乗っかっているようだった。
幼い頃はよく抱いて寝ていたが、さすがに成長した現在は棚の上にご鎮座いただいている。
「ずっとひなさんの部屋に在ったなら、それだけでも気配がついているだろう。
ひなさん。申し訳ないですが、数日その『うさ太郎』と一緒に寝てください。
で、晃に持たせてやってください」
「『半身』の気配があると回復するのはトモで実験済だよ」
主座様と蒼真様がそんなことを言う。
こうしてうさ太郎の貸し出しが決まった。