久木陽奈の暗躍 27 訪問 4
三上女史が解散を命じて、集まっていた社員達はそれぞれに動き出した。
三上女史はカウンターでトレイを受け取るとそのまま部屋を出て行った。
その肩にすぐさま守り役様達がくっついた。
そのまま社長のところへ行こうという算段とみた。
うまくいきますようにと願いを込めて見送っていると「日崎さんもいただこう」と声がかかった。
前川くんの誘いに「はい」と答え、言われるままに食事を受け取る。
空いた席に着いたら、両側に男性が座った! なんだ!? ナンパか!?
向かいの前川くんの両隣にも男性が座ったことから、単に空いた席に座っただけだと、他意はないと判断する。
ナンパかと身構えた自分、自意識過剰すぎか。
《そんなことないよ。ひなはかわいいんだから。ちゃんと警戒して》
はいはい。アンタのは欲目っていうのよ。
ごめんね。アンタもお腹すいてるだろうに。
《おれはいいよ。あとでアキさんに食べさせてもらうから。
ひな、いっぱい食べてね》
ありがと。
「いやー。お嬢さん。なかなか熱心な『キョート民』だねえ」
私の隣の男性が気安く声をかけてくるので「私なんてまだまだです」と答えておく。
「そんなことないよ。あんなに熱心に褒めてもらえると、おれらもうれしい。ありがとね」
前川くんの隣の男性の言葉ににっこりと微笑みを返す。
「こちらが『ありがとうございます』です。
バージョンアップのお仕事もしながら日々のメンテナンスもされているでしょう?
毎日問題なく楽しめているのは、システムを守っている皆様がいらっしゃるからなんだって、知り合いに教えてもらったんです。
私そんなこと考えたことなくって『そうなんだー』って、びっくりしたんです。
だからデジタルプラネットのすべての皆様に『ありがとう』を捧げないといけないと思います!」
リカさんの真似をしてグッと拳を握る私に周囲から笑いが起きた。
「でもうれしいなぁ。保守のほうも知ってくれてるなんて!」
「なかなか気付いてくれないんだよねー」
「『運営』でひとくくりにされてるしねー」
私達と同席したこのひと達は、そのシステム保守部門のひとだという。
開発は目立つしなにかと取り上げられるけど、自分達は毎日同じような確認ばかりで目立たないんだと。
そのくせなにか少しでもトラブルがあったら鬼の首を取ったようにあちこちから責められるんだと。
「正直、おれじゃなくてもできる仕事だしね」
ハハハ、と力なく笑う彼は、三十代後半に見える。
その言い方に、表情に、私の『おせっかいの虫』が反応した。
中身オバサンだから、つい、余計な口出しをしてしまう。
ヘコんだり弱ってる子には特に。
「――『あなたでなくてもできる仕事』かもしれませんが、『あなたに任された仕事』です」
キョトンとする彼に構わず、まっすぐに目を見て言った。
「たとえどんな仕事でも、どんなにちいさなことでも、それは『誰かがやらねばならない仕事』です。
誰もやらなかったら、会社が、ゆくゆくは社会全体が困ることになります。
それをあなたが背負ってくれているのです。
あなたがやってくれているから、会社が、世の中がまわっているんです」
キチンと姿勢を正して力説する私に、相手はちょっと息を飲んだ。
周囲の社員達も箸を置き私に身体を向ける。
「仕事に優劣はありません。
仕事は『仕事』です。
誰かがやらなければならないのです。
誰でもできるかもしれない。でも、『今』できるのは、あなたです。
『今』この仕事を支えているのは、あなたです」
くしゃりと痛そうに顔をゆがめるから、身を乗り出して伝えた。
「誇ってください! 自分が『バーチャルキョート』を守っていると!
あなたが、あなた方が、『バーチャルキョート』の守護者です!
あなた方が仕事をしてくれているから、『バーチャルキョート』の平和が守られているんです!」
目の前の彼も、周囲の社員も、私の『想い』を受け取ってくれたと『わかった』。
この熱を。この光を。このひとたちに届けたい。
道を指し示す『光』を。
「『自分でなくてもできる』世の中にはそんな仕事がほとんどです。
でも!『今』! 仕事をしているのはあなた方です!
あなた方は、間違いなく『バーチャルキョート』を守っているんです!
それがどれだけ大変なことか、私、知り合いに聞きました。
毎日同じことをする大変さは私もわかります。
あなた方はまさに『バーチャルキョート』を支える『土台』なんです!
地道で、目立たなくて、それでも欠かせない、なくなるとすべてが崩壊してしまう、そんな『土台』なんです!」
「がんばってください! 負けないでください!
これからも私達『キョート民』を守ってください!」
―――言ってやった……。
はあ、はあ、と息が切れる。
そうして息を整えていると、ハッと気が付いた!
―――や、や、や、やっちまったー!
またやってしまった。
推しのことになると我を忘れる私だけど、ヘコんだひとを見るとつい励ましてしまうのよね。
私の悪癖のひとつ。余計なおせっかい。エラそうに説教かましてしまう。
もうオバサンじゃない、ただの小娘なのに。
「す、スミマセン! 小娘がエラそうなことを……」
あわてて頭を下げたけど、周囲はなにも言わない。どうした?
ソロリと顔をあげてうかがうと、メガネを外して目頭を押さえているひとや黙って震えているひとが。
「……日崎さん」
私が語りかけていた男性が真顔で私に呼びかけたので「はい」と答える。
ムカついてはいないみたいだけど、どうした?
なにを言い出すのかとじっと待っていると、彼はガバリと頭を下げた。
「――ありがとう。そんなふうに認めてくれる『キョート民』がいてくれたなんて……。
おれ達、これからもがんばります!」
見つめてくる目がうるんでいる。なんか過剰にやる気にさせてしまったらしい。
仕方ないから「……よろしくお願いします」とこちらも頭を下げた。
《さすがはひな先輩》
《相変わらず熱いひとだなあ》
前川くんはなんかうなずいてる。
そう? 私、『熱い』?『ウザい』じゃないの?
《ひなはいつも一生懸命だよね》
《落ち込んだひと放っとけないんだよね》
《そんなところも好き》
……はいはい。ありがと。
「日々のメンテナンスのことをそんなふうに教えてくれるなんて、その日崎さんの知り合いもエンジニア?」
後ろの席からかかった声に「そうなんですかね?」と首をひねる。
「昔はなんか『ホワイトハッカー』っていうのをしていたらしいんですけど、今は奥様の会社のデジタル関係一手に引き受けておられる方なんです。
そういうひとも『エンジニア』でいいんですかね?」
私の答えに「ホワイトハッカー?」と別のところから声がかかった。
「個人でやってたの? どっかチームに入ってたの?」
「ええと、確か『ホワイトナイツ』っていう……」
「ええっ!?」
三十歳前後に見える彼は驚き、パッと私の前に陣取った。
「オレも! オレも『ホワイトナイツ』にいたの!」
「ええっ!? そうなんですか!?」
と、別の同年代の男性もやって来て「おれは今出向中なの!」とアピールする。
タカさんから聞き出した話を思い出す。
昨年末、デジタルプラネットから『ホワイトナイツ』に依頼が入った。
デジタルプラネットでシステム構築が追い付かなくて、社員のひとりが昔バイトしていた伝手を頼って『ホワイトナイツ』に助けを求めた。
「京都在住もしくは京都に来てくれるシステムに強い人間を紹介してくれないか」と。
画像データを集めるのは学生バイトに依頼している。
それの処理が追い付かない。
だから会社に来て処理してくれる人間が欲しい。
もしくは画像データを集めて処理した状態のデータを送れる人間が欲しい。
確か数人がデジタルプラネットに出向したと聞いた。
そのうちの三人が現在行方不明。
ひとりだけ今でもデジタルプラネット残っている。
つまり、こっちの男性がその『昔バイトしていたひと』で、こっちの男性が『ひとり残った出向者』ということか。
「ねえねえ。そのひと、名前わかる?」
「名前ですか? もちろんわかります。目黒さんです」
「そうじゃなくて! コードネームっていうか、ホワイトハッカーの活動ネーム。
『ユーゴ』とか『セナ』とか」
「ああ。そういうのですか。ええと…」
タカさんから情報開示の許可は得ている。
ここでバラしてもいいだろう。
なんだったか。ええとたしか……
「……『テイク』、だったと……」
「「『テイク』!?」」
ガタッと、ふたりが同時にバランスを崩して椅子に当たる。
「『テイク』って、伝説のホワイトハッカーじゃないか!」
「『ホワイトナイツ』立ち上げの功労者だろ!? え!? そのひとと知り合いなの!?」
「会いたい!」「紹介して!!」とふたりに迫られドン引く。
「え、ええと、私、そこまで詳しく聞いてないので、本当に『そのひと』かどうかわからなくて……。同姓同名ってこともあるでしょうし……」
私の言葉に「それもそうだね」とふたりは納得を見せた。
「……そのひと、ずっとこちらに『来させてほしい』ってお願いしてるって聞きましたよ?」
「「え!?」」
「なんか奥様が『バーチャルキョート』に興味持って、参入したいみたいで。
『あんなことしたい』『こんなことできるか』っておっしゃってるから、エンジニアの方、できれば社長さんと話がしたいって副社長さんに何度もお願いしてるって。
でも『バージョンアップが終わるまではムリ』って断られているって。
私が今回こちらに伺うと行ったら『先越された!』って言われましたから」
「『奥さんが参入したい』って……。奥さんが会社でもやってるの?」
「そうです。華道家の目黒千明さんってご存知ですか?」
「「「目黒千明!?」」」
ガタガタガタガターッ!
あちこちから悲鳴じみた叫びがあがる!
「ウソ! 目黒千明が『バーチャルキョート』に加わるの!?」
「え! 会いたい! 打ち合わせとかで来ないかな!?」
「あ。なんか、何回も『会社に行かせてくれ』『社長に会わせてくれ』ってお願いしてるらしいですよ?」
「「「えええええ!?」」」
とそこに三上女史が戻ってきた。
「三上さん!」「副社長!」とあちこちから詰め寄られ、驚きに固まっている。
「目黒千明が『バーチャルキョート』に参入したいって言ってるって、ホント!?」
「え。なんでそのこと」
「ホントなんだね!?」
「会いたい! 副社長! 連れてきて!!」
「うわぁ! どんなこと企画してるのかしら! 旦那様も見てみたい!」
「副社長! 旦那さん、伝説のホワイトハッカーかもしれないんだよ! 会わせて! 連れてきて!!」
大興奮の一同を「待って! 待って!!」と止める三上女史。
「まだバージョンアップの作業があるでしょう?
それが終わるまでは新規のお仕事は止めてるの。
バージョンアップが終わったら、必ず来ていただくから」
「ホントですね!?」「約束ですよ!!」と社員に詰め寄られ、三上女史は困ったように笑った。