久木陽奈の暗躍 26 訪問 3
『……もしもし』
機嫌の悪そうな声に三上女史は気にすることなく「社長。今いいですか?」と返している。
これが。この声が。
保志 叶多。
スピーカーフォンにして通話してくれているので周囲にも声が聞こえている。
「社長って実在したんだ」「初めて声聞いた」なんて社員の声が聞こえてくる。
「今前川印刷さんが、バージョンアップ関連の印刷物をご披露くださっているんです」
『……………』
「とても素敵に仕上がってますよ」
『……………』
「それでですね。前川の新人さんで熱心な『キョート民』の方が同行されてて。
かわいい女の子なんですけど、『バーチャルキョート』を創った社長のこと、『神』って言ってるんです」
『……………』
………無反応な様子にやきもきする。
どうなの!? つれる? つれない?
必死に拳を握って三上女史のやり取りを見守ってしまう。
その様子が熱心さに映ったらしい。三上女史が私に目を向けて苦笑している。
「それで、日頃楽しませてもらっている『バーチャルキョート』を創った『神』に、是非お礼を言いたいんですって」
「どうです? ちょっとお話聞いてあげてくれませんか?」
『……………』
………無反応。
どうなのこれ!? どうすべき!?
グッと歯を食いしばって叫び出すのをこらえていると、三上女史が「ちょっと話してみて」とスマホを向けてきた!
「――あの! 突然失礼致します!
私、日崎と申します!
いつも『バーチャルキョート』、楽しませてもらっています!」
それからはとにかく必死で言葉をつないだ。
リカさんの台詞は単語の選び方や言い回しが秀逸で、なにも知らない人間が聞いても『楽しいんだろうなー』と思わせる説得力がある。
暗記したそれを身振り手振りを交えて披露する。
「このたび、バージョンアップの印刷物を社員の皆様にご披露する場に立ち会えて光栄です!
皆様にお会いできて、皆様の努力で私達『キョート民』が楽しめているんだって、より一層実感しました」
私の言葉に周囲の社員が感動している。ハンカチで目元を押さえているひともいる。
「この感動を! この感謝を! 是非社長さんにもお伝えしたかったんです!
私などの話をお聞きいただき、ありがとうございました!」
まずはここまで。
ここからが勝負だ!
「――あの、もしご迷惑でなかったら、印刷物をご覧いただけませんか――?」
『……………』
「ここにたどり着くまでに十年かかったとお伺いしました。
皆様それぞれに大変だったと伺いました。
その集大成がこうして形になったところを、是非社長さんに見ていただきたいです。
貴方がお創りになった『世界』を、手に取っていただきたいんです!」
『……………』
……駄目か……?
――いや、あきらめない!
「貴方のお創りになった『世界』は、私の『世界』を広げてくれました。
日常にいながら非日常を感じています。
リアルにいながらゲームの『世界』を感じています。
それは、貴方が最初にこだわりを持って『世界』を創られたおかげです。
その後も『世界』を創り続けてくださったおかげです」
『……………』
「美しい『キョート』を、私も愛しています。
本物の京都よりも『京都らしい』『キョート』に惹かれ、ログインしています。
叶うことならば、社長さんに直接お礼を申し上げたいです。
これまでの『キョート』を、これからの『キョート』を創ってくださったお礼を申し上げたいです!」
会いたい! 会いたい!! 会いたい!!
強く強く『願い』を込める。
会いたい! 会って、『災禍』の『宿主』かどうか確かめたい!!
保志氏が『宿主』だと確定できたら、さらに言えば『災禍』の存在を確認できたら、姫と守り役が一気にここを攻めればいい。
そうすればバージョンアップまでに『災禍』を滅することができる。
そうすれば『ボス鬼』が出現することはなくなり、晃は死ななくて済む!
晃のために! 晃を守るために!
会いたい! 会いたい!! 会いたい!!
私の必死な様子に三上女史がほだされた。
「……どうでしょう。今回の印刷物の一部をこの娘に持たせて、そちらに行くというのは?」
ビョッ!
顔を上げ、三上女史をガン見する私に三上女史は苦笑を浮かべている。
「野村くんはじめ開発スタッフみんなこの娘と握手したんですよ。社長もどうです?」
「!!」
握手!
それができれば、私に触れた晃が私を通して保志氏に『浸入』できる!!
そうすれば、なにもかもがわかる!!
赤い顔でコクコクうなずく私に三上女史は困ったように微笑んだ。
両手を固く組んで、祈りをさらに深める。
お願い! 会わせて! 会いたい! 会いたい!!
『……………三上』
「はい」
ドキドキドキドキドキドキドキドキ。
『……………メシ』
……………。
………それは、どういう、こと、だ……?
三上女史も困った様子で眉を寄せ、スマホに問いかけた。
「………それは、『お連れしてもいい』ということ?」
『違う。メシの時間だろう。持ってこい』
「……………」
『持ってこないならいらない』
「待って待って。今持っていくから。ちゃんと食事はとって」
はあ、と三上女史はため息を落とした。
「つまり?『会わない』ということ?」
『話は聞いた』
「もう」と三上女史がまたため息を落とす。
―――つまり―――。
「……………駄目、です、か……………」
駄目だった。チャンスを活かせなかった。晃を守るチャンスを。
ガックリ。頭も肩も落ちた。
そんな私に三上女史も周囲も気の毒になったらしい。
「きみの熱心さは伝わったよ!」
「うん! 俺達もやる気が出た! ありがとう!!」
そんな言葉いらないんですよ。私は保志氏に会いたかったんです。そのためにがんばってきたんです。なにもかもさらけ出してきたんです。
「社長。せめて彼女になにか言ってあげてください」
『なにかとは?』
「『ありがとう』とか!」
三上女史に叱られた保志氏が『ありがとう』と言う。感情もなにもない、『言えと言われたから言いました』というのがまるわかりの言葉に余計に情けなくなった。
そのとき。
きゅ。
左手を、ナニカが包み込んだ。
見なくてもわかる。
晃の手。
いつも私を包んでくれる、私の晃の手。
どうにかのろりと頭を上げると、穏やかに微笑む男がいた。
《ひなはがんばったよ》
《仕方ないよ》
思念でそう伝えてくる。
やめてよ。今そんなやさしいこと言わないでよ。泣きそうになるじゃない。
《泣くのはやめてね。ひなの泣き顔を見ていいのはおれだけだから》
嫉妬深い、独占欲の塊。
それほどの愛情を私ただひとりに捧げてくれる。
私の晃。私の『半身』。
ぽ。胸に火が灯る。
―――そうだ。まだこれで『おしまい』じゃない!
ここから『次』につなげなくては!
「……『神』に感謝をお伝えできただけでも光栄です」
そうだ。あきらめるな。まだ時間はある!
ここから『次』につなげるんだ!
「『お会いできるかも』と期待してしまって、浮かれてしまいました。スミマセン」
伏せた顔をパッと上げ、三上女史にまっすぐに向き直った。
「お話させていただき、ありがとうございました。
こんな機会をいただけて、うれしいです」
そして周囲の社員をぐるりと見回す。
「皆様も。こんな小娘の勝手な話を聞いてくださり、ありがとうございます。
これからも一『キョート民』として楽しませていただきます。
よろしくおねがいします!」
ペコリと頭を下げると、なぜか拍手喝采が起こった。
「こっちこそありがとう!」「がんばるよ!」「楽しんでね!」と口々に言葉がかかる。
「日崎さん」
三上女史に呼ばれ顔を向けると、なんだか感動したような顔で両手をつかまれた!
「ありがとう。私達の『バーチャルキョート』をそんなにも愛してくれて。
バージョンアップまでの励みになったわ!
あなたのような『キョート民』が待っててくれてるって、本当の意味で実感した!」
「そうよねみんな!」とかけられた声に「おう!」「はい!」とあちこちから声が返る。
「バージョンアップまであと一月半。最後の追い込みよ!
日崎さんのような『キョート民』が待ってくれてる。
みんな! 大変だろうけど、がんばりましょうね!」
「わあぁぁぁぁ!」と割れるような拍手喝采が起こった。
デジタルプラネットの社員すべてがひとつになった。
士気を上げ、まとめあげる。
これが三上女史の能力。
素晴らしいリーダーシップ。
保志氏が持っていないものをこのひとが持っている。
こうして『バーチャルキョート』は大きくなったのだろう。
保志氏の足りない部分をこのひとが補ってきたのだろう。
―――。
―――ん?
ナニカが引っかかる。なんだ?
『バーチャルキョート』。保志氏の開発した。
大きくなった。売れたから。
それだけ?
違う。
三上女史がいたから。
このひとが広めた。
あちこちと交渉して。提案して。めんどくさいことをすべて引き受けて。
保志氏の足りない部分を補って。
足りない部分。保志氏の。
それを補う人材。
そんな人物が、都合よく、同級生にいた。
都合よく。
都合よく。
―――カチリ。
ピースが、はまる。
――『災禍』とは
それは、望みを叶えるモノ。
それは、運命を操るモノ。
強い望みを持つモノの強い願いを叶えるために、偶然を重ね合わせて運命と結果を引き寄せるモノ。
強い望みは犠牲もいとわない。
強い願いは贄を要する。
結果、全てが滅びる。
周りも、無関係なモノも。
願った当事者も。
それでも、その願いを叶える。
それが 『災禍』
『望みを叶えるモノ』
『運命を操るモノ』
『望み』。なにを『望む』。
『バーチャルキョート』が売れること?
そのために必要なもの。
――交渉その他を一手に引き受けてくれる人材――?
つまり、三上女史――?
保志氏の『望み』に、『願い』に応え、『必要なもの』を『運命を操り』引き寄せた?
それが、三上女史?
『たまたま』同級生に社交性あふれる頭のいい人物がいた。
『偶然』彼女が『バーチャルキョート』に興味を持った。
『都合よく』彼女が面倒なことをすべて引き受けた。
「―――!!」
浮かんだ仮定に叫び出しそうになるのをグッとこらえる。
にっこりと微笑みを浮かべて愛想を振りまく。
それでも重ねた手が震えるのが止まらない。
隠形のままの晃がすぐに気付いて肩を抱いて支えてくれる。
《どうしたの?》《大丈夫?》
心配そうなわんこに、どうにか《大丈夫》と返す。
―――『災禍』の関与があったとしか思えない。
つまり、やはり『宿主』は保志氏。
―――あと一歩。あと一歩だったのに!
悔しくてギュウッと手を握りしめる。
笑顔を作ったまま。