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第二話 出会い

 春が来て、高校二年生になった。



 その日はたまたま百万遍にある大学の研究室に呼び出された。


「研究室の片付けをしていたら、サト先生にお借りしていたものが出てきた」


 祖母の知り合いの大学教授からそんなふうに連絡があった。

 おじさんに丸投げしたかったが「トモくん取りにきてよ」と名指しされ、仕方なく自転車を走らせた。


 祖母から古文書の読み方を教わっていた俺は時々古文書解読に駆り出されていた。

 顔見知りのその教授が一人暮らしになった俺を心配してくれていることは理解していたので、しぶしぶながらも百万遍の研究室にお邪魔した。


 学校が終わってから自転車を走らせ、教授達とちょっと話をした。

 思っていたより量のある本をなんとか鞄に押し込め、やれやれと帰路につくことにした。


 自転車にまたがったとき、ふわりと春風が髪を揺らした。

 気持ちのいい気候と風に、ふと気が緩んだ。


 せっかくこんなところまで来たんだ。気まぐれにあちこち走るのもいいかもしれない。

 そんなふうに思いつき、ペダルを踏み込んだ。



 久しぶりだからと鴨川沿いを自転車で走る。

 四月になりどこも桜が咲き誇っている。

 気持ちのいい風をうけながら、のんびりと自転車を走らせた。


 ぶわりと桜吹雪が舞う。

 天気もいいし、この調子では今日明日で全部散ってしまうな。

 散る前に花見ができてよかったと、地面に落ちた桜の花びらを舞い上げながら北上する。



 まだ四月だけど今日は暖かい。

 花びらを散らす風にふと『颯々(さつさつ)』という言葉が浮かんだ。


 俺は子供の頃から茶道家だったばーさんに色々と詰め込まれた。

 その中には季語や和歌なんかもあった。


颯々(さつさつ)』は夏の季語。

 風が吹き渡っていく音を表した言葉。

 今は桜散る春だから季語的には間違いかもしれない。

 でもまるで初夏のような陽気と、桜を散らす爽やかな風が『颯々(さつさつ)』という言葉にぴったりだと感じた。


 絶好のサイクリング日和だ。

 教授に感謝だな。

 


 気まぐれに北大路通を左折する。

 そのまましばらく走っていたが、ふと笛の音が聞こえた気がして自転車を止めた。


 耳をすませる。やはり聞こえる。

 どこから聞こえるのだろうかとキョロキョロしてみる。

 どうも船岡山の方から聞こえる気がする。



 川沿いやら公園やらで演奏の練習をしている人はけっこう多い。俺もそんな場面に出会ったこともある。

 いつもなら音が聞こえても別に気にしない。

 なのに、今日は何故か気にかかった。


 じっと耳を傾ける。

 篠笛だろうか。やさしい、懐かしいかんじの音だ。

 なんの曲かはわからない。でも、耳に心地いい。


 どんな人が吹いているんだろう。

 もう少し近くでしっかりと聞きたいな。


 珍しくもそんなふうに思った。


 幸い気ままな一人暮らし。帰宅が遅くなっても誰にも迷惑かけることもない。

 気まぐれにここまで走ってきたのだし、気まぐれに笛の奏者を見に行くのもいいだろう。


 そんなふうに思って、自転車を停めた。



 音をたよりに船岡山を登る。

 といってもたいした坂道じゃない。

 整備されたゆるやかな遊歩道は『山登り』というより『散歩道』というほうが合っている。


 のんびりとかすかな笛の音を聞きながら歩を進める。

 そういえばここは『四神の地』だったなと今更思い出す。


 新しい都を造るとき『四神相応の地』であることから選ばれてできたのが、この京都。

 その『四神』の一柱である『北の玄武』がいるのが、この船岡山。

 俺は会ったことはないが、おそらくハルは会っているだろう。

 今もいるのかな? もしかして会ったりしてな。


 笛の音を楽しみながら坂道をのんびりと登り、広場に出た。

 この辺から聞こえる気がするんだがな。


 見渡すが、人ひとりいない。

 この広場に桜の木はないからそれも当然かと思う。

 今京都は街中が桜で埋め尽くされている。

 人それぞれの贔屓の桜を愛でに西へ東へと出かけるのに忙しく、こんななにもない広場に来る者はいないのだろう。


 それなのに自分はそのなにもない広場に立っていることを自分で少しおかしく思い、ちいさく笑った。


 それにしてもおかしいな。

 やはりこのあたりから聞こえるんだよな。


 やさしい音色に誘われるように()を進める。

 きょろきょろとあたりをうかがいながら歩みを進め――。



 ――固まった。



 一歩足を踏み入れた途端、ザッ! と『世界』が変わった!

 なにもない広場にいたはずなのに、そこは桜の園だった。

 満開のしだれ桜が薄紅の花を揺らし、歌っているようにも踊っているようにもみえる。

 見渡す限りどこまでも広がるしだれ桜に、空気までもが薄紅色に染まっているかのようだった。



 ヤバい。


 瞬時に察した。


『境界』に『入った』。



 俺には特殊能力がある。

『境界無効』。

 結界だろうが異界だろうが関係なく正解ルートを進んでしまう。

 結果、入ってはならない場所に入り込んでしまう。


 この能力のせいで物心つく前から数え切れないほどのトラブルに巻き込まれてきた。

 幸い俺を育てていた祖父母はこの街で指折りの能力者だったので、すぐに助け出されたり危険を回避したりできた。


 その祖父母から散々言われた注意。

「『マズい』と思ったら動かない」

「来た道を一歩もはずさずに戻る」


 不幸中の幸いか、散々な目にあいまくったおかげで『入った』ときにはすぐにわかるようになった。

『入った』だけではナカのモノには気付かれないことが多い。

 だから、気付かれないうちにそっと逃げる。

 これが基本の対応。


 来た道をそのまま戻れば『境界』から出られる。

 そうして、その道を通らないように気をつけて進めば問題ない。


 今回もそうすればいい。そうすべきだ。

 こんなにあからさまに『世界』が変わるほどの『異界』が創れるモノなど、それこそ『神使』、いや、『神』クラスだろう。

 そんなモノにただの人間が関わってはロクなことにならない。

 今すぐこの足を引っ込めて後退すべきだ。


 頭ではそう理解している。

 それなのに、何故か足が動かなかった。


 この『世界』に一歩足を踏み入れた途端、笛の音がはっきりと聞こえるようになった。

 つまり、この笛の奏者はここにいる。


 何故こんなに気になるのかわからない。

 そもそも俺はそんなに音楽に興味がある方じゃない。

 それなのに、何故かこの笛の音が気になって仕方ない。

 やさしくて、あたたかくて、懐かしい音色。

 ずっとそばで触れていたい音。


 気配を探る。慎重に、慎重に。

 邪悪な気配は感じない。清らかな、清浄な『世界』だ。

 こんな『世界』を創るモノならば、そこまでひどいことにもならないだろう。


 そういえばここは『四神相応の地』だ。

 もしかしたら『北の玄武』かもしれない。

 もしそうならばハルの知り合いである可能性が高い。

「安倍家主座直属の者です」と挨拶すれば帰らせてもらえるだろう。


 色々と考えを巡らせる。

 やがて、心が決まった。

 深呼吸を繰り返し、「よし」とちいさく己に喝を入れる。


 そうして、思い切って二歩目を踏み出した。


 二歩目を踏み出した途端、それまで背後に広がっていた広場の光景が消えた。

『世界』が閉じたとわかった。

 閉じたらより一層笛の音が響いて聞こえる。


 なんだろう。胸が締め付けられる。

 かなしいのではない。苦しいのでもない。

 これは――そう。歓喜。

 うれしくて、感動して、胸が締め付けられる。

 

 演奏も素晴らしいのは間違いない。でも、それ以外のナニカが俺の胸に迫ってきている。

 ナニカ。なにが。


 その正体を知りたくて、音の聞こえる方向にそっと向かう。

 足音を立てないように。気配を感じさせないように。


 そうしたのは、当然のこと。

 中にいるモノが何者かわからない以上、当然の対策。

 そして、演奏の邪魔をしないための当然の配慮。


 足音を消し、気配を消し、そっと太い桜の樹をよけた。


 しだれ桜に囲まれるように、人がひとり立っていた。


「―――!!」



 ―――この人だ!



 その後ろ姿が目に入った途端、とらわれた!


 この人だ。

 この人が、俺の求めていた人だ。


 俺の『半身』。俺の唯一。

 また会えた。やっと会えた。



 やさしい笛の音はどこまでものびやかに広がっている。

 その笛の音にあわせるようにさわりさわりと桜の花が揺れる。

 淡いピンクの世界の中で、その人だけがはっきとり浮き立っていた。


 巫女のような装束。

 若竹色の袴に同色の千早。

 領巾(ひれ)というのだったか。竜宮城の乙姫様のように薄い布をまとっている。

 笛の音のためか、彼女の霊力のためか、まとった薄い領巾(ひれ)は垂れ落ちることなくふわりと彼女を包んでいる。


 髪が長い。膝よりも長い。

 真っ直ぐな髪は真っ黒ではなく少し茶色がかっている。

 その長い髪をきっちりとひとつに束ね、背に垂らしている。


 おそらく背は高め。百六十五くらいあるか? 履物のせいか?

 そう思って足元を見たら、パッと見普通の草履のようだった。底も厚くない。

 女性としては高めでも百八十センチ近い俺よりはちいさい。



 後ろ姿だけでもドキドキする。

 この人だ。この人だ。この人だ!

 やっと会えた。また会えた!


 後ろ姿しか目に入っていないというのに、何故か『わかった』。


 身体中が震える。喜びが満ち溢れる。

 すぐに駆け寄って抱きしめたいのに、身体が動かない。


 この人だ。やっと会えた。

 俺の『半身』。俺の唯一。



 動くこともできずただじっと彼女の後ろ姿を見つめていると、演奏が終わった。


 最後の一音が空気に溶け、消えた。


 音のない、心地よい緊張感が周囲を包んでいた。



 やがて彼女はペコリとお辞儀をした。

 綺麗な所作だった。

 誰に向かって頭を下げたのかと視線を向けると、桜の樹と樹の間に置いてある岩の上に亀が二匹いた。


 どちらも黒い亀。

 一匹は墨に落としたように全身真っ黒で長い尾をしていた。

 一匹は同じ黒でも黒曜石のような輝きのある甲羅をしていて、額に日輪のような模様があった。


「素晴らしい笛であった」

 全身黒い亀が彼女を褒めた。


「ありがとうございます」


 その声が耳に入った途端、またしても胸が締め付けられた!


 ――今のは、彼女の声か?

 やさしい声。高めなのは女性だから?

 たった一言なのにおだやかな性質がわかる。

 いい声だなぁ。もっと聞きたいなぁ。


 そんなふうにドキドキしていたから、霊力が一瞬乱れた。

 それを感知されたのだろう。日輪模様の亀がふと、俺のほうに顔を向けた。


 ヤバい。見つかった。

 そう思ったが、やはり動けなかった。

 亀が俺を見て、その顔に驚愕をはりつけたからだ。


 驚く亀に驚く。

 なにを驚くことがあるんだろうか。

 あ。勝手に『境界』に入ったからか。

 どうする? ここは正直に姿を出して謝るべきか?


 迷っていたのは一瞬。

 それでもその一瞬で、彼女は亀の驚愕に気がついた。


 亀の視線を追って、彼女が振り向いた。


 不思議なことに、スローモーションで見えた。


 ゆっくりと彼女がこちらに向く。

 長い髪が揺れる。


 キラリと光りシャラリと音を立てるのは頭につけた天冠(てんかん)

 金色の冠から細かな飾りがいくつも下がり、シャラシャラシャラと音を立てて彼女の頭を縁取る。


 白い肌。ふっくらとした頬。そして。


 その目が、俺を、とらえた。



 ―――ズキューーーン!!


 文字通り、撃ち抜かれた!



 彼女の目が俺をとらえた途端、ココロを撃ち抜かれた!

 彼女の目から目を離せない。

 この人だ。この人だ! この人だ!!


 魂が叫ぶ。ココロが歓喜する!

 また会えた。やっと会えた。

 全身が喜びに震える。動けない。こんなこと、初めてだ。


 やさしい目は垂れていてかわいらしい。

 一重瞼のその目が俺をとらえている。

 眉も垂れている。彼女のやさしい雰囲気に合っている。

 ちいさめの鼻の下にはやわらかそうな唇。

 ぽってりとして赤い唇は、今は疑問に結ばれていた。


『なんでここにヒトがいるのか』という表情に、ハッと意識が覚醒した。弁明しなければ!


「あ、あの」


 なのに、気の利いた言葉ひとつ出てこない。

 この人だ。会えてうれしい。

 そんな言葉しか胸にない。


 どうにかしなければと柄にもなくあせり、あちこちに視線が彷徨(さまよ)う。

 漆黒の亀は彼女と同じように疑問を浮かべ首をかしげ、日輪の亀は変わらず驚愕に固まっている。


 そして彼女は俺が声を出したからか、話を聞く姿勢になった。

 俺に対してきちんと正面を向き、軽く手を合わせて立っている。

 ちいさく首をかしげているのがかわいい。


 改めて真正面から彼女の姿をまじまじと見てしまう。

 ああ、彼女だ。

 何故かそう思った。


 うれしくて、胸がいっぱいで、何故か泣きたくなった。

 それで余計に声が出なくなった。


 何か言わなくてはと思うのに、何一つ言葉が出ない。

 意味もなく口を開けては閉め、ただじっと彼女を見つめた。


 ふと、彼女が下を向いた。

 視線を追うと、どこから来たのか真っ白い猫が彼女の足元にいた。


 猫は何事かを彼女に告げたようだった。

 それに彼女は「ああ」と納得の声を上げた。



 その途端。『世界』が戻った。


 急激な景色の変化にあたりを見回す。

 むせかえるほどの桜は霧散し、なにもないただの広場に戻っていた。


 どういうことかと視線を彼女に戻すと、彼女の姿も変わっていた。


 巫女装束ではなく、普通の制服になっていた。


 黒に近い深い緑色のワンピースのスカート。

 膝より長い丈のスカートはひだもなくふんわりと広がっている。

 同色のボレロを緑色のラインが縁取り、そのラインと同色の細いリボンが首元を飾っている。

 白いブラウスの襟が首を清楚に飾り、全体的に上品な印象だ。


 制服だと思ったのだが、こんな制服は見たことがない。

 京都の学校ではないのか?


 一大観光地であるここ京都は修学旅行で日本中の学生がやってくる。

 だから見たことのない制服であれば、他府県の生徒ということになる。


 調べればわかるかな?

 下心満載でじっと彼女の服を見つめ記憶に収める。


 黒の靴下? タイツ? の下は黒のローファー。これは市販の物っぽい。学校の特定にはならないだろう。

 他になにか特徴はないかとじっと見つめて、気付いた。


 胸がデカい。


 パッと見てスタイルが気にならないようなゆったりとしたワンピースだから最初は気付かなかった。

 が、布のふくらみからするにかなり大きい。


 あわてて視線を上げて顔を見つめる。

 キョトンとしている。かわいい。

 いやそうじゃない! それは置いとけ俺!


 ふっくらした輪郭。ちょっとぽっちゃりさんだな。かわいいな。

 いやだからそれは置いとけ俺!


 長い髪はそのまま。

 天冠がなくても艷やかな髪。

 俺のゴワゴワした髪と違ってやわらかそう。

 後ろでひとつに結んで垂らしている。

 やはり膝よりも長い。邪魔じゃないのか?


 ええと、こういうときはどうするのが正解なんだ!?

 普段女と話すことなんかないから何を話していいのかわからない!


 ええと、ええと、と考えを巡らせていると、ポンと仲間達の顔が浮かんだ。

 そうだ! ヒロの真似をしてみよう!

 人当たりのいいヒロの真似ならば、そこまで嫌がられることもないだろう。


 ええと、こういうとき、ヒロならどうするかな。


「――こんにちは」


 考えて考えて、やっと出てきたのがただの挨拶とか。

 情けなくて落ち込みそうだが、そこはヒロの真似を貫くべくにっこりと微笑んでみた。


「素晴らしい笛でしたね」


 そう言うと、彼女はふんわりと微笑んだ。


 笑った!

 笑った!!

 かわいい!!


「ありがとうございます」


 俺に向かって笑った!

 俺に向かって話しかけた!


 それだけでキュウゥゥゥン!! と胸が締め付けられて倒れそうだった。

 が、必死でこらえ、なんでもないような顔をつくる。


 さてこれからどうすればいい?

 何を話す?

 頭をフル回転させて、やっと自己紹介することを思いついた。


「お――僕、西村といいます。西村 (とも)です。高校二年生です」


「西村さん」


 彼女が俺の名を呼んだ!! なんだコレうれしい!!


「『トモ』と呼んでください」

 うれしさのあまり調子に乗ってそんなことを口走ってしまった。


「トモさん」


 ――か わ い す ぎ か !


 ちょっと首をかしげて俺の言った言葉を復唱する彼女。

 ただ復唱しただけとわかっている。

 それでもうれしい! かわいい! なんだコレ!?


 動揺を全部抑え込んでなんでもないようににっこりと微笑みをつくる。


「――貴女は?」

 名前をたずねたつもりなんだけど、彼女はちょっと困ったように微笑んだだけで答えてくれなかった。


 名乗りたくないのかな?

 だから別の質問をしてみた。


「いつもここで笛を吹いているのですか?」


 この質問に彼女はホッとしたようだった。

「いえ。今日はたまたま――ちょっと、吹いてみようかな、と、思っただけで」


 不自然に空いた間になにか隠しているとは思ったが、あえてスルーした。

 それよりも聞きたいことがある。知りたいことがある。


「また、ここで吹きますか?」


 また会えるだろうか。


 どこに住んでいるのか。名前は。年齢は。

 あれだけ何も出なかったのが不思議なくらい、ひとつ言葉が出たら次から次へと知りたいことがあふれてくる。


 俺は余程必死な顔をしていたのだろう。

 彼女は困ったように眉を下げ笑顔を作った。


「――ええと、その――」


 その時。

 スマホの着信音が響いた。


 彼女のポケットから鳴る音に、彼女はわかりやすく動揺した。

 あわあわと俺を見てポケットを見る彼女に、しぶしぶ「どうぞ」と電話を取ることをすすめる。

 彼女はペコリとお辞儀をして、ポケットからスマホを取り出した。


 もたもたと操作をして、ようやく電話に出た。

「もしもし。――はい。――あ! ええと、」


 なんとなくじっと見つめるのはマナー違反な気がして視線を逸らす。

 と、ベンチに先程の白猫がいるのをみつけた。

 白猫の隣には雀が一羽。

 喧嘩することなく仲良く並んで何故かこちらを見ている。


 漆黒の亀はいなくなっていた。

 日輪の亀は白猫達のいるベンチの隅にうずくまっていた。


 ふと、その白猫と雀が気になった。

 白猫の、その、金色の瞳。


「――白露(はくろ)様――?」


 知り合いの白虎の名を口にすると、白猫は驚いたようにちいさく耳を動かした。


 何をしているのかと問い詰めようとした時、彼女が電話を切ったのがわかったのでそちらに意識を持っていかれた。


「あの、私、迎えが来てますので。これで失礼します」

「えっ」


 引き止める間もなく彼女はペコリと俺に頭を下げ、ベンチの亀を拾い上げた。

 白猫もベンチから降り、彼女に従うように側に寄った。

 そして雀はちょこんと白猫の頭に乗った。

 

「あ、あの、その、」

 引き止めようと腕が伸びたけれど、ペコリと再び頭を下げた彼女は気にすることなくさっさと俺に背を向け、さっさと立ち去った。



 何がおきたのか理解できず呆然と立ちすくむ俺がひとり残された。

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