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久木陽奈の暗躍 21 交渉

 御池の安倍家に戻って、タカさんにケータイとパソコンを見てもらう。

 幸いどちらもコンセントをつないでしばらく待つと起動した。


「一応バックアップとっとこう。二十年経ってるから、いつ壊れるかわからない」


 どれを取っておくかタカさんに指示を出す。

 そうして新しいノートパソコンとスマホにデータを移した。


「スマホの電話番号もメールアドレスも、前のケータイと同じにしてあるよ」


 前世の両親はなんでも大事に取っておくひと達だった。

 でもさすがに電話回線その他は解約したらしい。

 そりゃそうだ。そんなのお金の無駄だ。

 幸い私が使っていた番号はどこにも引き継がれていなかった。

 それをタカさんが調べ出し「ちょちょちょーい」とナニカをして、新しいスマホの番号として登録してくれた。


 ……犯罪臭がする気がしますが、黙認。


 そうして元のケータイから移した電話帳から、目的の番号を見つけた。



 二十年経っているわけで、番号変わっててもおかしくない。

 そう思いながら、タカさんに確認してもらう。

 第一候補の番号は、全然違う別のひとの番号になっていた。

 なんで分かるのかはスルー。考えたらヤバいニオイしかしない。


 第二候補の番号は姓が変わっていた。

 そう言ったらタカさんが住民票を画面に出した。

「結婚されて改姓されてるね」


 ……だからなんで……。いや。スルースルー。


「この旦那さん、この第一候補のひとじゃない?」

「あれ。ホントだ。へー。あのふたりが……」


 なんにしても都合がいい。

 もう十時半まわってるけど、電話しても大丈夫かな?


「――確認しました。まだ起きておられますよ。電話してみてはどうです?」


 ………だからなんで………。

 あ。今の住民票の住所に式神を飛ばしたんですか。すごいですね。私は一般常識が崩壊しそうです。


 ともかく。

 主座様の勧めに従って電話をかけてみよう。


 スマホに入れたアドレス帳から目的の名前を選択。通話ボタンを――。

 ――さすがに手が震えるわね……。

 安倍家の皆様と晃の視線に、どうにか自分を奮い立たせて通話ボタンを押した。



 十数回のコールのあと。


『……………もしもし?』

 つながった。

 

 すう。ひとつ息を吸い込んで、にっこりと微笑む。

 なんてことないような声を意識して、言った。


「あやちゃん。ひさしぶり。元気?」




 前世の私の勤め先。

 町のちいさなちいさな印刷屋。

 古川印刷。


 私の入社四年目。

 三月に定年退職した中塚さんと入れ替わりで入社してきたのが、あやちゃんだった。

 

『経理部』とは名ばかりの『事務系なんでも係』に、彼女はへこたれることなく対応した。

 バブルで色んな家や会社が乗っ取られている資料を作っているときは活き活きしていた。

 ちょっと黒いところもあるけれど、バイタリティのある、かわいい()だった。


 会社が大きくなるにつれ私は忙しくなっていったけど、どうにか仕事を回せたのはこのあやちゃんがいてくれたから。

 あやちゃんが私が突然抜けてもしっかりと事務を支えてくれていたから、私はあちこちの問題に対応できた。


 二十代後半で結婚秒読みだった彼氏の浮気が発覚し、お別れ。

「男なんてコリゴリです!!」「私、一生この会社で働きます!!」と、仕事に邁進(まいしん)してくれていた。



『……………あなた………誰……?』

 長い長い沈黙のあと、記憶にあるよりも少し低い声が返ってきた。


「ひなよ。日崎(ひさき) (ひな)。二十年経ったから忘れちゃった?」

『!』


 ガタッ!

 なにかの倒れる音がスピーカーから流れる。


『……なんのいたずら……? なにが目的なの……?』


「さすがあやちゃん。『相手の言うことを鵜呑みにしない』

 守れているようね。うれしいわ」

『!』


 電話の向こうで息を飲む気配がする。


「それにしても、あやちゃん番号変わってなくて助かったわ。

 実は前川くんと連絡取りたいのよ。

 でも番号変わってるみたいなの。

 あやちゃん、電話番号知らない?」


 向こうであやちゃんが動揺しているのが手に取るようにわかる。

 敢えてスルーして話していたけれど、態度が硬化していくのがわかる。


 まあそりゃそうよね。死んだはずの人間から、なんの予告もなしに突然電話がかかってきたら、いたずらか悪意のあるナニカだと思うわよね。



「……ごめんね。突然電話して」


 迷惑なのはわかっていた。

 それでも、晃を守るためになりふり構っていられなかった。


「急にこんな電話かかってきたら、困るよね。気味悪いよね」


「でも、あやちゃんに頼るしかなかったの。

 詳しくは言えないけど、私にとっては大事なことなの。

 なんとか前川くんと連絡取りたいの。

 お願い。協力して!

 あやちゃんにはこれ以上の迷惑はかけない。約束する」


 そこまで言って、ふと思い出した。

 あやちゃんと約束していたことを。


「……私が定年退職したら独身女ふたりで一緒に暮らそうって約束してたのに……。

 約束守れなくて、ごめんね……」


『―――! それ……!!』


 あやちゃんの気配が変わった。


『私とひな先輩しか知らない話なのに……。なんで……』


 うろたえるあやちゃんに申し訳なくなった。

「ごめんねあやちゃん」

 重ねて謝った。


「せっかく『ふたりで暮らそう』って言ってたのに。

『おでんいっぱい作って一週間ぶっ続けで食べよう』って話してたのに」


『!!』


「まさか熱出しただけで死ぬとは思わなかったわ。いやー、まいったまいった」


『!! ひな、先輩――?』


「色々ごめんね。あやちゃん」

『ひな先輩――!』


 あやちゃんの声が震えている。

 私の能力程度では電話越しだと感情や思考が読めないのよね。

 怒ってる? 泣いてる?

 なんにしても『ひな先輩』って呼んでくれたということは、『私』が二十年前に死んだ『日崎 雛』だと信じてくれたんだろう。やれやれよかった。


「で、話は本題に戻るんだけど。

 前川くんと連絡取りたいのよ」


 そう告げたけれど、電話の向こうからの反応がない。


「あやちゃん?」

 再度の問いかけにも無言。


 ええと。どうしたんだろう。

 どうすればいいか迷い、顔を上げて安倍家の皆様に視線で『どうしよう』と問いかける。

 スピーカーで話していたからやり取りが聞こえていた皆様も困った様子だ。


「あやちゃん? 前川くんのね――」

『――前川なんか知るかあぁぁー!!』


 ビリビリビリーッ!!

 あやちゃんの絶叫に声が割れる!


『阿呆ですか!? 阿呆ですね!! なにが前川ですか!! 前川の前に私でしょう!? 連絡取って話するなら私が先でしょう!?』


「あ、あやちゃん?」


『なに死んでんですかひな先輩!

 月曜日出社してこなくて、電話かけても全然でなくて、心配でアパート行った私がどれだけびっくりしたか、わかってないでしょう!?』


 おお。あやちゃんが『第一発見者』だったのか。


「あやちゃんが見つけてくれたのね。ありがとね」

『そこじゃなーい! 言うべきはそれじゃなーい!!

 まずは謝罪してください!

 死んだことを詫びてください!!』


 なるほど。あやちゃんの言うとおりだ。


「死んでごめんなさい。ご迷惑をおかけしました」


『ホントですよ!! 私がどれだけ悲しかったか、わかってんですか!?』

「イヤほんとゴメン。私もまさか死ぬとは思わなかったわ」

『のんきですか!? 仕事はきっちりしっかりやるくせに、なんでそんなプライベートはザルなんですかひな先輩!』

「いや申し訳ない」

『大体先輩は大雑把なんですよ! もっと細かいところも気をつけてくださいよ!!』

「いやー。薬飲んで寝たら治ると思ったのよ」

『ザル! 思考がザル!!』


 あやちゃんからの口撃が止まらない。どうしようこれ。

 そして隣の晃が顔をそむけて震えている。

 くっついてるから思考が流れてくる。


《『思考がザル』って! うまいこと言うなぁこのひと!》

《ひなって昔から変わらないんだな》

《他のことはきっちりしっかりやるのに、自分のこととなるといい加減なんだよねひなって》


「……………」

 ジロリとにらみつけたら楽しそうに笑いやがる。

 この駄犬め。


『ひな先輩! 今どこにいるんですか!?』

「ん? 知り合いの家」

『そうじゃなくて! 京都にいるんですか!?』

「うん」

『市内!?』

「うん」


 噛みつくようなあやちゃんの声に、このくらいならいいかなと情報を開示する。

 するとあやちゃんは思いもかけないことを言った。


『わかりました。会いましょう』

「は?」

『会社のちかくの、よく行ってた居酒屋、覚えてますか?

 あそこまだやってます。そこで会いましょう』


「い、いや。あやちゃん。会わなくても、前川くんの電話番号をね?」

『前川なんか放置です! まずは私と話をしてください!!』

「……………」


『どうしようコレ』

 視線で助けを求めると、タカさんがサラサラッと書いたメモを見せてきた。


『店はマズい』

『迷惑でなかったら自宅に行かせて』

『オレと晃が同行』


「……あやちゃん家に行っても、いい?」

『! 望むところです! 膝つき合わせて説教してあげますよ!』

「説教は勘弁して。――ふたりほど同行させてもいい?」

『どなたですか?』


 いぶかしげなあやちゃんに、なんと答えようか困る。

 と、タカさんがサラサラサラッと再びメモを書いた。


「………『今の仕事先の上司』と………『今付き合ってる男』」


『!!』

 あやちゃんが大きく息を飲んだ!


『男!? ひな先輩に、男!?』

「あ、あのね。あやちゃ……」

『是非! 是非連れてきてください!!

 あのひな先輩に男なんて!! 見たい! 見たい見たい!!』

「……そんな……見せるようなモンじゃ……」


 げんなりしながらどうにか住所を確認し、タカさんと晃と三人で夜の街に出かけた。

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