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久木陽奈の暗躍 19 あと二ヶ月

 七月十七日のバージョンアップで『なにかが起きる』。

 最も可能性が高いのが『ボス鬼の出現』。

 そうなったら、晃は戦いに行かなくてはならない。

 それまでに保志氏に会わなくては。



 ゴールデンウイークが終わり、学校が始まっていた。

 四月はまだクラス替えのざわめきと身体測定その他の行事で落ち着かなかったが、ゴールデンウイークが明けたら勉強が本格化した。

 とはいっても五月末の体育祭の練習がある分、勉強の比率は少ない。

 授業中は必死に授業に集中し、どうにか落ちこぼれることなくくらいついていった。


 晃には私の見解を話した。

「七月十七日が勝負」「それまでに少しでも強くなれ」「それが白露様のためになる」

 目標が定まったことで晃が落ち着いた。



「修行の時間をとるために、授業時間で内容を覚えろ」

 そう指示したら素直なわんこはこれまでにない集中を見せ、落ちこぼれることなく過ごした。


 脅威の集中を見せる晃に先生方もクラスメイトも驚いていた。

「近々、修験道の修行が予定されているんです。かなり厳しい修行で、もしかしたらしばらく学校休まないといけなくなるかもしれない」

「だから今のうちにできる勉強はしっかりとしておかないといけない」


 私の説明に周囲は驚きつつも納得した。

 私の父と兄、そして晃が修験者であることはすでに知られていた。


 入学当時、宣伝を兼ねてウチのホームページを紹介した。

 そこに修験者のことを書いたページも作っていて、見てくれたひとがこれまでに私や晃にいろいろ聞いていた。


「どんな修行するの」「やっぱ大変?」

 今回も晃にそんなふうに声がかかった。


「修行内容はナイショ。ただ、今もちょっとずつ修行してるんだけど、毎回死にそうになる」

 正直に答える晃に「そうなんだ」と周囲は驚きつつも納得する。よしよし。

 このわんこに「うまくとりつくろえ」とか「『異界』とかは黙ってろ」とか下手に言ったら意識しすぎてぎこちなくなる。

 だから敢えて私は何も言わない。

 晃は、あんな血みどろになる戦闘訓練の話を一般人がこわがることを知っている。

 だから素直でやさしい晃はそこのところはちゃんとぼかして話す。

 これまで私に話していたように。


 そうして学校生活を送った。

 勉強は学校と登下校時だけ。帰ったら農業に関する勉強。

 土のこと、連作障害のこと、害虫のこと、農薬のこと。勉強することは山とある。

 座学だけでなく実際に畑に連れて行って作業させる。

 土のおこしかた。摘果。収穫の仕方。説明しながら身体と頭に覚えさせる。


 家族には正直に話をした。

 トモさんが死にそうになるほどの鬼と、晃が戦う可能性があること。

 今のこの『世界』は霊力量が少ないから、修行を重ねても一定レベルまでしか強くなれないこと。

 白露様の知り合いのいる『異界』ならば霊力量が豊富だから強くなれること。

 生き残れる可能性を上げるためにそこで修行をつけてもらいたいこと。

 その対価として、現代農業の知識を持って行きたいこと。


 家族も三年前の恐怖を覚えていた。

「晃は帰ってこない」日村のじいちゃんがつぶやいた言葉の重さを。あのとき感じた恐怖を。

 だから必死に晃に知識を叩きこんだ。資料もたくさん作った。

「わからなくなったらこれを読め。アイテムボックスに入れて持って行け」

 そう言って知識と技術を叩きこんでいった。


 日村のじいちゃんばあちゃんには黙っておくことにした。

 ただ「主座様の命令で霊玉を切り離した」「霊力量を元以上にしろと命じられた」「白露様の知り合いが修行にさそってくれて、今度みんなで行く」とだけ説明した。

 実際四月に霊玉を切り離したときに晃の霊力量が激減しているのをじいちゃんばあちゃんも知っているから、その説明で納得した。



 夜は毎日守り役様のどなたかが晃のところに来られた。

 毎回死にそうになるまで追い込まれているらしい。

 蒼真様だけは「『半身』の影響力を確認したい!」と毎回私を呼びに来られる。

『治る』とわかっていても、血みどろで倒れる晃を目にしたら毎回取り乱してしまう。毎回阿呆龍を叱りつけてしまう。


「ひなは怒りっぽい女の子だね。晃、大丈夫?」

「なにか言いましたか?」

「なにも言ってばぜん」




 そんな日々を重ねているうちに、トモさんが『異界』へ行った。

 いよいよ動き出したと身が締まる。

 ふるりと全身を走るのは、武者震いか、恐怖か。

 五月も半分終わっていた。


 バージョンアップまで、あと、二ヵ月。




「七月のバージョンアップが終わるまでは社長に会えない」

「逆に、それが終われば会える」

 誰もがそう報告をあげていた。

 でも、それでは遅い。

 バージョンアップの七月十七日に『ボス鬼』が出現する可能性がある。

 晃が戦いに身を投じる可能性が。晃が死ぬ可能性がある。

 だからなんとしても、七月十七日までに保志氏に会わなくてはならない。

 会って、『災禍(さいか)』の存在を特定して、姫達に滅してもらわなくてはならない。

 でないと晃が死んでしまう。

 焦る気持ちをどうにか抑え、思考を巡らせた。



 情報を精査した私が出した結論。

 攻めるべきは、やはり三上女史。

 このひとにどうにか保志氏のところに連れて行ってもらうしかない。


 どう攻めるか。

 この三上女史も忙しいひと。

「『目黒』も参入させてもらいたい」「一度お会いして直接話がしたい」そんな申し出をした時も、直接会えたのは申し入れてから二週間経っていたという。

「こちらから御社に出向きます」という千明様タカさんに「そういうわけにはいかない」とわざわざ『目黒』まで足を運んでくれて誠実なひと。

 社会人として、会社の幹部としては合格だけど、余計なことを。


 この三上女史、かなり人柄のいいひとらしい。

 姉御肌でさっぱりとしたひと。面倒見がよくて、誰からも慕われている。

 いつでも明るく元気いっぱい。

 どんな提案も「素晴らしいですね!」と受け入れ、どんな難題も「できません」とは言わない。

 京都の歴史ある会社の中で新興の自分達の立場をよくわかっているひと。

 そうやってただの家庭用ゲームに過ぎなかった『バーチャルキョート』を各企業や官公庁に提案し、世の中に広げていったひと。


「『バーチャルキョート』作ってるとこ見たいなあ~」と千明様がおねだりするも「バージョンアップ前で社外の方は見学できないんですよ」「バージョンアップが終わったらぜひ来てください」と返ってくる。

「オレ、システムエンジニアだったんです。妻の希望の実現について御社のエンジニアと話してみたいです」とタカさんが言えば「今バージョンアップ前でエンジニアは文字通り寝る間を惜しんで働いていまして…」「バージョンアップが終わったら時間がとれるはずなので、そのときにおねがいします」と返される。


 どうやっても、どうあっても「バージョンアップが終わるまではダメ」。


 三上女史自身がその業務に携われないから、保志氏をはじめとするエンジニアを大切にしているらしい。

 その彼らの負担になることを取り除くのも「自分の仕事」と考えている三上女史を攻略するのはかなり難しい。


 どうする? どうしたらいい?



 それこそ『運よく』「来ていいですよ」と言ってもらえたらいいんだけど。

『運よく』誰かが「行くから一緒に行こう」と言ってくれたらいいんだけれど。

 そんなことを願って、安倍家の皆様は地道に種を()き続けている。


 京都は古い街で、縁故が細かい網の目ように入り組んでいる。

 親戚関係。学校関係。行政関係。仕事関係。趣味関係。

 どこで誰がつながっているかわからない。

 そして古い街だから、こういう人と人とのつながりがなによりも重要視されることがある。

「あのひとが言うならば」と話が通ることもたくさんある。

「あのひとの紹介ならば」と面会できることも。


 そんなわずかな可能性を探して、こんな分厚い報告書が仕上がるまでに調査を重ねてこられた。

 いろんなひとがいろんなひとに接触した。それでも保志氏には会えない。

「七月のバージョンアップが終わるまでは」誰もがそう断られていた。




 とある夜の打ち合せ。

「こうなったら神頼みしかないんじゃないか」とタカさんが投げやりに言った。

 それに対し、主座様は「確かに」と納得されていた。

「え? マジで?」言ったタカさんのほうが動揺していた。


 主座様によると、『神頼み』というのは『手段のひとつ』に挙げられるものだという。

「その『願い』に見合う対価をお渡しして、叶えられる範囲のことであれば、叶えてくださる」らしい。マジか。


「『金持ちになりたい』って『願い』をかけたら、金持ちになれるってこと?」

 タカさんの質問に「その『願い』だと叶わない」と主座様は教えてくださる。


「『これこれこういうことをしたい』『そのためにこういうことをがんばる』と、具体的に示さなければならないんだ。

 たとえば『金持ちになりたい』だとすれば、『宝くじが高額当選して金持ちになりたい』『そのために霊力を献上します』とか。『今回やっている仕事が成功して報酬を得て金持ちになりたい』『そのためにこういうことをがんばります』とか」

「結構細かいのな」

「しかもその『願い』の大きさによって対価も変わるから。

 ただお賽銭を入れただけじゃ『対価』にならないしな」

「そうなのか!?」


 それは私も初耳ですよ。どういうことですか! 前世で奮発した千円はどうしてくれるんですか!


「神々が『願い』を叶える『対価』となるのは、信仰心と霊力」


 ……つまりお賽銭の金額は関係ないと……。


「一概にそうとは言えない。

 たとえば一円を入れて祈る『祈り』と、一万円を入れて祈る『祈り』では、必死さがちがうでしょう?

 そういう『祈りの強さ』が神々の『チカラ』になるんです」


 なるほど。


「神々がその神力を保つのも使うのも、人々の『祈りのチカラ』が原動力になるんです。

 だからこそ人々は(やしろ)を作り神々にご鎮座いただき、祈りを捧げて神々の神力を保ち、対価としてご加護をいただいているのです」


 なるほど。


「姫宮は今生覚醒してからあっちこっちで霊力を献上しているが、あのひとは欲がないというか、『災禍(さいか)』を追うのは自分が果たすべき責務で、神々の助力をいただくのは『ちがう』と聞かなくて……」


 なるほど。主座様も竹さんに提案したことがあると。でも聞かないと。


「あのひとにとって神々に霊力を献上するのは、ご挨拶のようなものらしい」

 ふう、とため息をつく主座様。


「見返りを求めていない。ただただ皆様が喜んでくださったらそれでいいらしい」


 まあそれが本来あるべき形なんでしょうけどね。

 でも、もったいない気がするのは、私が今切実に強運が欲しいからですかね。

『運よく』保志氏に会いたいと『願って』いるからですかね。


「姫宮がくれたお守りに『願い』を込めるのは有効かもしれない」


 なんでも竹さんは「お世話になるから」と安倍家の皆様にお守りを作って渡しているという。

 見せてもらったけれど、特に強い霊力は感じない。感じないところにこの石のすごさがある気がする。

 竹さんのやわらかくてあたたかな気配を感じる。

 私がもらった『運気上昇』と同じようなものかな?


「霊的守護と物理守護、毒耐性と運気上昇。

 トモをあの鬼の瘴気と攻撃から守った実績のあるお守りだ。

 強く強く『願い』を込めたら、運よく社長に会えるかもしれない」


「―――!!」


 四 重 付 与 !?

 ナニそれ! そんな存在、ラノベの中だけじゃないの!?


「そうだな。トモが『異界』で修行できるようになったのも、竹ちゃんのお守りに『強くなりたい』って願ったからだもんな。

 オレ達も『社長に会いたい』って願ったら、叶うかもな」


 実績ありまくりじゃないですか。なんですかそのお守り。私、今日これから一生懸命に『お願い』します!


「姫宮に頼んでお守りを量産してもらうかな…。数は『チカラ』になるから」

 主座様がぶつぶつとなにか言っておられた。



 後日。

 両親とふたりの兄、晃のじいちゃんばあちゃん。そして晃。

 七個のお守りを渡された。


「『晃が無事でありますように』とでも『願い』を込めてください」

 了解です。


「こちらが『持っていてくれ』『願いを込めてくれ』と依頼するので、対価は不要」


 ……………。


 日村のばあちゃんと母とで柿の葉寿司をたくさん作ってお渡しした。




『バーチャルキョート』のバージョンアップまで二ヵ月を切った。

 今日晃の修行に来たのは蒼真様。当然のように呼び出され、阿呆龍を締め上げた。


「今日トモの様子を見に行ったんだけどね。なかなかの霊力量になってたよ」

 なんでも『むこう』では一年半が経過していたらしい。

 トモさんはその間しっかりと揉まれ、『それなり』になっていたらしい。

「まだまだ実践投入するには足りないから、もーちょっと置いとく」

 トモさんの成果に晃が張り切っている。

 霊玉守護者(たまもり)達はどうにかなりそうだ。

 こっちもどうにかしなければ。



 晃に部屋まで連れて帰ってもらい、おやすみのキスをして別れる。

 机についてお茶を飲み、「よし」と気合を入れる。


 なにかいい考えが見つからないかと預かっている報告書を再度見直す。

 もう何度読んだかわからない。考えをまとめるために書きなぐっているノートも何冊目になったか数えてない。


 なにか。なにかヒントはないか。切り口はないか。

 取引先企業。三上女史の友人知人の勤め先。そんなものをひとつひとつ確認していたそのとき。


「――あれ――?」


 ひとつの企業に、目がとまった。

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